7月10日に投開票が行われた参院選。結果は「アベノミクス」の成果を訴えた自公政権が勝利。参院の過半数の議席を確保した。さらに、安倍晋三首相が進める改憲を支持する可能性の高い勢力は、参院の3分の2以上の議席を確保した。

 選挙権年齢が「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられた初めての国政選挙としての話題はあったものの、18~19歳の投票率は45.45%にとどまり、全体としての盛り上がりはイマイチという印象だった。全体の投票率は約54.7%で前回2013年よりは2ポイント以上、上回ったが、過去4番目に低い数字となった。

 そうした中、今回の参院選には出馬せず、6年間の任期を終え静かに政界を去っていく男がいる。タリーズコーヒージャパンの創業者として知られる松田公太・参院議員だ。

ビジネスの常識が通じない

 2010年7月の参院選、当時のみんな党からの公認を得て出馬を決めた松田氏。タリーズコーヒーの社長を退任し、シンガポールで新たな事業を模索していた最中だった。海外の和食ブームを予感し、和食店の展開を考えていた。そんな折、旧知だった浅尾慶一郎衆院議員(当時、みんなの党に所属)に「一緒に日本を立て直そう」と誘いを受けたのが政界入りのきっかけだった。

6年間、参院議員を務めた松田公太氏。議員退任後は再び新たな事業を立ち上げると話す
6年間、参院議員を務めた松田公太氏。議員退任後は再び新たな事業を立ち上げると話す

 松田氏は当時41歳。タリーズコーヒーで成功し、引き続きビジネスの世界で新たなチャレンジをしようとしていた矢先。政界入りは大きな決断だった。東京選挙区から立候補し、約65万6000票を集め、当選を果たした。

 それから6年。松田氏は7月25日の任期満了に伴って、参院議員を退任する。ベンチャーの旗手に何が起きたのか。日経ビジネスの記者として、松田氏の話を基に、ビジネスの視点から日本の政界の問題点を浮き彫りにしていきたい。

 松田氏は政界を去る理由について「ここでは社会やビジネス界の常識が驚くほど通用しない。自分がいるべきところではないのではないかと思うに至った」と話す。その1つ目は事業管理手法のPDCAサイクルの発想がないこと、2つ目は契約を順守する考えが欠如していることだと指摘する。

 PDCAとは事業に対してPlan(計画)、 Do(実行)、 Check(評価)、 Act(改善)の 4段階を繰り返し、管理、継続、または見直しをかけるシステムのことだ。ビジネス界では常識とも言える基本的な管理手法だ。しかし、松田氏は「実行された政策に対して、後から誰もチェックしない。当然、チェックの後に来る改善もない。チェックを受け、責任を取ることがないから、計画も実行方法もいい加減になる。言いっぱなしの状態でPDCAができていない」と指摘する。

 松田氏はPDCAを「入口、中口、出口でのチェック」と言い換え、国会でも発言をしてきたが、議員の意識を変えるのは難しかったと振り返る。

 2つ目の契約順守に対する考え。松田氏は「(政界の)約束手形は最初から不渡り手形だ」と表現する。

 「『日本を元気にする会』の党首として他党との交渉事が多かったが、一度交わした合意事項の書類を目の前で破られたことがある。これはショックだった」と振り返る。

 もちろん、政界において、政局の流れから前言を覆すことも少なくはないだろう。それはビジネスの世界においても同様だ。しかし、合意事項を一方的に破棄する行為が散見されたとすれば、常識的に考えても耐えがたいことだ。まして元経営者ならなおさらだ。

 「ビジネスの世界に生きてきたバックグランドを有権者にご支持いただいて私は政界入りした。その常識を持ったまま政治家を続けるのは難しかった」(松田氏)

ベンチャー政党を立ち上げたものの

 松田氏が参院議員となった6年前。第三極として期待された野党勢力のみんなの党だったが、その後、分裂。渡辺喜美・元代表の借入金問題なども相まって、組織力は弱まり2014年11月、解党を決定する。

 翌2015年1月、松田氏はアントニオ猪木参院議員らと計5人の議員で新党「日本を元気にする会」を設立。代表となり独自路線を目指す方針を決めた。

 「これまでの政界にない全く新しい政党にしたい。そんな、ベンチャー政党を目指した。その特徴の1つが直接民主型政治。国会に提出された重要法案に対して、ネットなどで党員に議論してもらい最終的には賛否を投票してもらう。その結果を議員の投票行動に反映させる仕組みを導入した」(松田氏)

 1000人を超す党員が安保関連法案など重要な法案に対して、ネットを通じて意見を表明した。それを反映した「元気にする会」の行動は一定の効果を上げたものの、最後は、所属議員の離党によって国会議員5人以上という政党要件を失った。

 松田氏はこの責任を取って今年6月に代表を辞任。7月の参院選には出馬せず、政界を去ることを決めた。「是々非々の政党を目指したが、自分の力不足だった」と松田氏は語る。

 みんなの党の分裂と解党、ベンチャー政党の立ち上げと挫折。この経験を通して松田氏が感じたことは選挙で当選さえすればいいという自己保身の考え方を持つ国会議員の多さだったという。理念もなく、有利と見れば所属する党派を変える。かつて対立し、批判した党派にも臆面もなく参加する。そうした状況を数多く目の当たりにしてきた。

 日和見で選挙に有利な行動を露骨に見せる国会議員たち。その状況は何も今に始まったことではないが、最近の国政選挙を取材していると、より自己保身に満ちた議員の発言、行動が目立っているという実感が記者にもある。

 空虚な選挙演説に有権者もすっかりしらけている。経済界のやり方がすべて正しいとは言えないが、経済界で培ってきた感性をより政治に反映させることが今こそ求められていると言えるだろう。

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