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「空揚げ→唐揚げ」 新聞用語のバイブル『記者ハンドブック』改訂の背景とは 共同通信校閲部に聞く

2023年1月15日 14時22分 (1月17日 17時55分更新)

『記者ハンドブック』第14版

 「着陸体勢」から「着陸態勢」に、「揚げ句」から「挙げ句」に―。
 昨春、中日新聞が記事などで原則とする漢字表記に一部変更がありました。準拠する『記者ハンドブック』(共同通信社発行)が改訂され、目安とする表記が変わったのです。
 共同通信は国内外のニュース記事や写真などを新聞社や放送局などに配信している通信社。中日新聞は加盟社としてこれらの配信を受けています。
 『記者ハンドブック』の初版は1956年。国の国語施策や社会情勢、言葉の変化などに対応しながら版を重ね、昨年の6年ぶりの改訂で第14版となりました。そこには記事を書く上で注意すべき言葉の使い方なども載っています。
 漢字表記や言葉の使い方の基準などを決めるのにはどのような背景があるのでしょうか。昨年のハンドブック改訂に携わった共同通信社校閲部の内藤大樹さんに聞きました。(上田貴士)

共同通信社校閲部の内藤大樹さん=東京都港区の共同通信社で

「着陸たいせい」「あげく」「からあげ」の漢字、変更の理由は?

―飛行機の「着陸たいせい」。昨年の改訂まで「体勢」としていたのはどんな理由からですか。
 「体勢」は飛行機自体がどうなるかという考えでした。飛行機が斜めになったりしますよね。そのような動きをしますという意味合いでこれまでは「体勢」を使っていました。飛行機の見た目がどう動くかというようなことで「体勢」を適用していたということです。
―「着陸体勢」はいつからハンドブックに明記されていますか。
 1981年9月に発行された第4版から載っていました。
―「態勢」に変更した経緯・理由は。
 一番大きいのは航空会社のホームページなどで「態勢」を使っていたことです。どうしてかは航空会社の方に聞いてもあまり意識されていなかったのですが、考えてみたら航空会社が「着陸たいせいに入ります」と言うときは、「飛行機が動きます」というよりは「これから着陸の準備に入ります」という意味だろうと。そうした場合、航空会社で使われているように「態勢」の方がよりふさわしいのではないかということで。
 いったん使い分けようという案も出ました。外から見たら「体勢」、準備という意味であれば「態勢」と。ただそれでは非常に分かりにくいでしょうし、読者から見てもなぜ使い分けているのかとなるので。

「着陸態勢」となった第14版の記述(左)と「着陸体勢」の第13版

―昨年の改訂では「揚げ句」から「挙げ句」への変更もありました。「揚げ句」としていた理由は。
 かなり古い話なので正確なところは分かりませんが、1948年の当用漢字音訓表(※1)で「挙」には「キョ」の読みしかなく、「揚」には「あげる」の読みがあったことが大本だと推測されます。
 ただ、共同で「あげく」に漢字の「揚」を使うようになったのは当用漢字の音訓表が改定された1973年(※2)です。それまでは平仮名の「あげく」を使っていました。
 このとき「挙」にも「あげる」の読みが入り、「挙」と「揚」両方使えるようになりました。それまでは片方しか使えないので平仮名にしていたというのがあったと思うのですが、改定される前の音訓表から既に読みで載っていた「揚」の方に統一し、そこからずっと使われるようになったのかなと推測されます。

※1 当用漢字と当用漢字音訓表
1946年、法令・公用文書・新聞・雑誌および一般社会で使用する漢字の範囲を示す当用漢字表1850字が告示された。当用漢字表は字種についての制限で、音訓は48年の当用漢字音訓表で示された。

※2 当用漢字音訓表の改定
1973年、当用漢字音訓表が改定された。表示した音訓以外は使用しないという従来の当用漢字音訓表の制限的色彩を改め、漢字の音訓を使用する上での目安とすることが根本方針とされた。

【補足】常用漢字
1981年に告示された1945字の字種と音訓。一般の社会生活において使用する漢字の目安とされる。常用漢字表の制定によって当用漢字表などは廃止された。
2010年には196字を追加、5字を削除した2136字の「改定常用漢字表」が告示された。『記者ハンドブック』ではこのうち7字を使わない一方、同漢字表にない8字を使うことにしている。音訓も独自に使用、不使用を決めているものがある。

―「挙げ句」に変更した経緯・理由は。
 新聞協会(※)の議論も参考にしながら検討したのですが、結局「あげく」で「揚」を使っているのは新聞業界だけなのではないかという疑問が出たんです。
 辞書ではもちろん両方「挙」と「揚」と載っていますが、だいたい「挙」の方が先に載っています。あと国立国語研究所のデータベースで調べてもやはり「挙」の方が多い。
 そうするとやはり世の中で使われているのは「挙」の方なのではないかということで、新聞協会の中でも検討して「挙」にしましたので、共同もこの際だから「挙」にすることにしようという経緯で変更しました。

※ 日本新聞協会
全国の新聞社・通信社・放送局が倫理の向上を目指す自主的な組織として、1946年7月23日に創立。日本新聞協会新聞用語懇談会は実用的な表記辞典として『新聞用語集』を編集している。

―2016年のハンドブック改訂時には「空揚げ」から「唐揚げ・から揚げ」への変更もありました。「空揚げ」としていた理由は。
 確たる話として残っているものではないのですが、からあげは元々衣がつかない素揚げのことをいうので「衣が空っぽ」から、今のからあげそのものを指す言葉としては「空揚げ」が元はそうだったのではないかという話があります。
 「唐」の字のからあげは非常に昔の文献などにもありますが、別の料理のことを指していたといわれています。ですので元々は「空揚げ」、後から「唐」のからあげというのが今のところの言葉の説というようなのです。
 当用漢字の「唐」は1950年代以降、『記者ハンドブック』では表外字扱いにしていました(※)。そういうのも、もしかしたら検討するときにはあったのかもしれません。
 ただ、「空揚げ」の「から」の読みは元々はなく、読み自体は73年の改定音訓表のときに入ったものではあります。

※ 1954年、「唐」を含む28字を当用漢字表から削除して別の28字を加える当用漢字補正資料が当時の国語審議会(文部大臣の諮問機関)に報告された。新聞業界はこれを採用したが、文部省はあくまでも試案としかしなかった。

第12版記載の「空揚げ」

―ハンドブックでは「空揚げ」はいつから掲載されていましたか。
 「から」の読みが1973年の改定音訓表に入りましたのでそこからです。ハンドブックの記載は改定音訓表のときに大きく変わり、「揚げ句」にしても「空揚げ」にしてもそこから始まっているということになります。
―「唐揚げ・から揚げ」に変更した理由は。
 これはもう圧倒的な世の中での使われ方ですね。
 ただこれについては「あげく」よりも世の中にいっぱい例がありますので。それこそ定食屋さんから、からあげの粉をつくる会社、冷凍食品、いろいろ見ましたが平仮名かもしくは「唐」の字。「空」を使っているのは、もちろんいくつかあるのかもしれないですが、ほぼなかった。
 そうするともうこれはなぜ新聞業界だけ「空」にしているんだという話になりますので、ここは変えてしまおうということで。

「肝いり」の注意書き、なぜ削除?

―前の版のハンドブックには「肝いり」の項に「仲介・世話(人)のこと。発案・提唱(者)の意味では使わない」という注意書きが入っていましたが、昨年の改訂で削除されています。どのような判断があったのでしょうか。
 これまで禁止してきた使い方で使うという人が増えてきました。「首相肝いり」「知事肝いり」というのが多くなってきた、というよりはもともとの仲介役という意味で使う人がほぼいない状態になっています。
 言葉の移り変わりなので、なぜというのもなかなか説明しづらいのですが、実態としてまったく本来の意味で使われなくなってきているというのが一番大きな理由ですね。

内藤さん(左)へのインタビューの様子=東京都港区の共同通信社で

―使われている、使われていないという調査などはされているのですか。
 調査というよりは実際の原稿で「肝いり」とあった場合、ほとんどが音頭を取る、あるいは主導してやっていくなどの意味でしか使われていない。
 「彼の肝いりで結婚した」のような仲介役の使われ方はほぼしていないですよね、原稿で。これはちょっと考えなきゃいけないなと。
 辞書でははっきり、きちんと元の意味が載っていますのでこれを変えるのはどうかという意見もありましたが、現実問題として使われている意味では規制して、使われていない言葉の意味を載せているというのはちょっとおかしいだろうという話で。
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