BX
2022/07/21

「宇宙ビジネス」は、みんなのものになる~スペーステックの進化がもたらす可能性~(前編)

INDEX

「スペーステック」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。Space(宇宙)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、宇宙に関連した技術開発によって、生活やビジネス、社会活動などに新たな価値をもたらそうとする取り組みのことを指します。現時点では、特に人工衛星に関する技術が中心となっており、人工衛星の数が増えるとともに技術開発も進歩し、新たなビジネスの可能性が開けています。

一方で、「宇宙と言えば宇宙旅行」というように、多くの人にとって宇宙に対するイメージは非常に限定的で、日常と乖離した存在かもしれません。近年、民間人が宇宙旅行に行く事例が登場したことで、少し身近な存在として語られることも増えていますが、まだ「自分には関係ない」と思っている人も多いのではないでしょうか。しかし、スペーステックが広げる「宇宙ビジネス」は、一般の方の生活にも関わる、多くの可能性を秘めているのです。

そこで今回は、宇宙関連事業開発に従事している株式会社 電通の片山俊大氏にインタビュー。宇宙ビジネスの概論やその可能性、そこから生まれるイノベーションについて聞きました。

>>後編はこちら

これからの日本の経済発展のカギを握る「宇宙港」

©2020 canaria, dentsu, NOIZ, Space Port Japan Association.

Q.片山さんが「宇宙」と関わることとなったきっかけは何だったのですか?

片山:海外のとある大規模な展示会イベントで、宇宙をテーマにしたパビリオンを出展する仕事に携わったのがきっかけです。その時は、本当にたまたま宇宙をテーマにしただけだったのですが、その過程で、これからは「宇宙港」が必要な時代になるのに、日本にはそれがないのだと知りました。宇宙港とは、宇宙に行くための地上の拠点です。海に出るための玄関口を「港」、飛行機の玄関口を「空港」と呼ぶことに掛け、宇宙に出るロケットや宇宙船の玄関口を宇宙港と呼んでいます。

かつて、「ハブ空港」という、さまざまな地域からの航空路線を集中させ、人や貨物を他の空港に中継する「拠点=ハブ」となる機能を持った空港が、経済的に重要なファクターになっていた時期があったのを覚えていますか?例えば、航空情報を扱うOAG社の「メガハブ国際指標2018」によると、国際線乗り継ぎが多い空港は、1位はロンドンのヒースロー空港。アジアでは、シンガポールのチャンギ国際空港が第8位。続いてジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港(10位)、クアラルンプール国際空港(12位)、香港国際空港(13位)、バンコクのスワンナプーム国際空港(14位)、仁川国際空港(15位)、と続きます。日本は、羽田空港が21位、成田空港が42位。アジアでのプレゼンスを発揮できていませんでした。つまり「ハブ空港戦略」で大きく後れを取ったわけです。

そんな中で、宇宙ビジネスで次のカギになるのは「宇宙港」であることを知りました。正直なところ、当時の私は特に宇宙が好きでもなければ、これといった思い入れもない、というのが正直なところでした。でも、ここで「宇宙港」実現の動きが生まれなければ、日本はまたハブ空港の時のように世界に後れを取ってしまうかもしれない。そして、「宇宙港」は、「宇宙」とはいっても、地上に設置するわけですから、それは一種の「街づくり」ということになります。それなら自分が携わる意義があると思い、問題意識を共にする有志と一緒に「日本にも宇宙港をつくろう」というムーブメントづくりを開始したのです。

そのムーブメントの中心として挙げられるのは、2018年の一般社団法人スペースポートジャパン設立でしょう。日本にいち早く複数の宇宙港を開港するために、国内外の関連企業や団体、政府機関などとの連携を推進する団体で、宇宙飛行士の山崎直子さんが代表理事を務めています。自力で滑走・離着陸できる宇宙船「スペースプレーン」や有人ロケットなどの開発・運用を行う企業との連携、宇宙とはこれまで接点がなかった業界の巻き込みも進めています。

Q.「宇宙港」というのはあまり聞いたことがありませんでした。どんな施設なのか、詳しくお聞かせいただけますか?

片山:宇宙に行くための地上の拠点というと、種子島宇宙センターやケネディ宇宙センターをはじめとする「ロケット発射場」を思い浮かべるかもしれません。それらに加え、最近では、航空機に人工衛星を搭載したロケットを吊り下げ滑走路から水平に離陸し、上空からロケットを打ち上げる「水平型」の宇宙港も出てきたので、ロケット発射場を設置することなく、通常の空港をそのまま宇宙港として利活用することが可能になりました。国内で宇宙港への準備が特に進んでいるエリアの1つとして挙げられるのが、大分空港です。人工衛星の打ち上げに取り組む、アメリカのヴァージン・オービット社は、大分空港を水平型の宇宙港として活用することを発表しています。また、アメリカのシエラスペース社も、大分空港を自社の宇宙往還機のアジア拠点として検討するためのパートナーシップを結んでいます。それ以外にも、北海道の大樹町、和歌山県の串本町、沖縄県の下地島など、宇宙港とそこから広がる新たなビジネス開発を行っています。

ロケットは、地球の自転を利用して宇宙に向かって飛ばすケースが多いので、飛翔する方角である東や南に街や国境があると飛ばせません。ケネディ宇宙センターがフロリダにあるのも、そういったさまざまな制約条件をクリアしているからです。この地理的な条件によって、東南に国境がある国が宇宙港をつくることは難しいですし、中国は砂漠の真ん中や内陸部の深い山の中などでロケットを打ち上げている。そんな中で日本は、東も南も全て海で開けている、宇宙港にとっては奇跡の場所と言えるのです。

人工衛星はこれからますます増えるので、「衛星を打ち上げるためのロケットを飛ばしたい」という需要も増える一方です。つまり宇宙港の需要は間違いなくある。どの宇宙港がその需要を獲得できるか、という競争になります。北海道スペースポート、スペースポート紀伊、スペースポート大分、下地島宇宙港などといった日本の宇宙港は全て、非常に条件がいい。それでいて砂漠の真ん中や山奥ではなく、市街地は近いし、温泉やビーチリゾートなどの観光地としての側面も持ち合わせているので、海外からも注目を集めているのです。

宇宙港は「地上の経済」を活性化する

Q.宇宙港ができるとビジネスの可能性が広がるというお話ですが、具体的にはどのような可能性が広がるのでしょうか?

片山:例えば、新しく新幹線の駅ができたとします。そうしたらどうなりますか?そこに人が来るので、ホテルや飲食店ができます。さらにオフィスができて街が大きくなっていく。

同じように、宇宙港ができれば、周辺にロケットやスペースプレーンの関係者が長期的に住むことになる。ゆくゆくは整備士が常駐し、その関連会社のオフィスもできます。住民が増えれば、やがて飲食店や娯楽施設も増えていくでしょう。産業の中心ができて、そこに人が集まりさまざまなニーズが生まれビジネスが広がっていく。この流れは宇宙港も新幹線の駅も同じなのです。

「宇宙旅行」も宇宙港ができることで活性化するビジネスの1つですね。2021年に日本でも有名な実業家が国際宇宙ステーションに行ったことで、話題になりました。宇宙旅行にもいろんなパターンがあって、国際宇宙ステーションに滞在するもの、地球を数日間周回して帰ってくるもの、月に行くものなどがあるのですが、これらはどれも何十億円、何百億円とかかるといわれており、非常に高額です。もう少し費用を抑えた数千万円程度のものとして、数分間ほど宇宙に行って帰ってくるという、一種のアトラクションのようなプランも生まれています。もちろんこれでも十分に高額なのですが、現在既に需要が多すぎて供給が追い付かないレベルですし、今後もっと価格が下がっていけば、爆発的に宇宙旅行も増えていくかもしれません。

例えばですが、以前「宇宙ウエディング」という商品の企画もあり、近いうちに実現するかもしれません。これは、宇宙飛行機に乗って上空100㎞の宇宙空間に行き、そこで結婚式や指輪交換などをして5分ほど宇宙に滞在してから地上に戻るというプラン。この宇宙飛行機には新郎新婦に加え数人同席し、その模様は生中継で地上にいる親族や友人に伝えられ、地上に戻った後は帰還パーティを兼ねた披露宴が行われるというものです。これを今実現するとしたら、全てをパッケージ化して料金は約4億円程度になると思います。世界には、「これくらいなら払える」という、宇宙旅行に前向きな富裕層もたくさんいるんです。このような富裕層が宇宙港に集まってくるのですから、その周辺には高級ホテルの建設が求められますし、さまざまなリゾート地やサービス誕生の可能性が広がります。

では海外の宇宙港はどうなっているかと言うと、その多くが砂漠の真ん中などの辺地にある場合が多い。宇宙旅行を目当てにしている人の多くは富裕層なので、プライベートジェットで来ることも多いでしょうから、アクセスの問題はあまりないのですが、宇宙旅行は楽しみだけど、宇宙港自体はあまり楽しくないかもしれません。これが海に囲まれている日本であれば、温泉やビーチリゾートなどがあり、食事もおいしいところに宇宙港を設置することができますから、宇宙港の周りも、とても楽しいとなる。競争力があると思いませんか?

宇宙港ができたら、どのような施設や街へと発展するのか、また、それによってどのような関連産業・関連サービスが生み出されるのか。スペースポートジャパンでは、そういったことが分かりやすくイメージできるように、図解を交えて解説した「スペースポートシティ構想図」を発表しました。一度ご覧になっていただくと、宇宙港がもたらすいろんな可能性を感じていただけるのではないでしょうか。

Q.なるほど、宇宙港をつくるということは、単に「宇宙に行くため」ではなく、「日本全体が新たなビジネスで成長していくチャンスをつかむため」であり、そのチャンスは世界で奪い合いになる可能性もあるため、先行して取り組まなければいけないのですね。

片山:宇宙港の設置とは、つまり巨大なインフラを整備するということ。ですから、官民が一体となって進めていかなければならないテーマです。ですが、宇宙港の価値や可能性を正しく皆さんに知っていただかないと、「富裕層のための宇宙港より先に他のことに予算を使うべき」という意見も出てくるかもしれません。ここまでの説明で感じていただけたら嬉しいのですが、宇宙港とは、今後の巨大産業の基盤となるのはもちろんのこと、実は安全保障や地政学の重要課題でもあり、非常に重要なテーマだということを伝えていきたいですね。

「宇宙」というテーマが例えばテレビ番組で取り上げられる時、「何となく夢があってワクワクするお話ですね」という、一般の人には現実味の薄い話題として語られることが多いのが現状です。しかし、宇宙開発は「国家戦略そのもの」であり、宇宙港は日本が国を挙げて真剣に取り組まなければいけないテーマだと私は考えています。

 


 

スペーステックをはじめとする宇宙ビジネスの発展は、「地上の経済」の発展にも寄与することが分かりました。地上に住む私たちが宇宙ビジネスによる恩恵を得られる時代は、すぐそこまで迫っているのかもしれません。また、官民が連携して「宇宙港」の誘致に取り組む意識も、これからの日本の成長を推し進める、重要なファクターとなりそうです。

続く後編では、宇宙ビジネスがもたらすソフトコンテンツへの影響や、さらなる展望について詳しく聞きます。

>>後編はこちら

この記事の企業サイトを見る
株式会社 電通

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

RELATED CONTENTSあわせて読みたい
BX
「宇宙ビジネス」は、みんなのものになる~スペーステックの進化がもたらす可能性~(後編)
株式会社電通 ビジネス・プロデューサー片山 俊大 Toshihiro Katayama
AX
Z世代の就活事情~「就職」に対するZ世代の考え方とは?そしてコロナ禍での就活はどう変化したのか?~
株式会社電通 第2クリエーティブプランニング局 Future Creative Center / ブランディングディレクター用丸 雅也 Masaya Yomaru
BX
ソーシャル・イノベーターに聞く「NEXT社会課題」対談相手:NPO法人クロスフィールズ 代表理事 小沼大地氏
NPO法人クロスフィールズ 代表理事小沼 大地 Daichi Konuma
CX
来るCookieレス時代のために。顧客目線の「ゼロパーティデータ」で、マーケティングの未来を開く
BX
「カーボンニュートラルに関する生活者調査」結果を読み解く~カーボンニュートラル浸透の現在地と、今後の展望~(前編)
株式会社 電通 第3統合ソリューション局 / 部長、電通Team SDGs / SDGsコンサルタント林 祐 Yuu Hayashi
BX
「生活者視点」を取り入れた中長期戦略とは。急激な社会変化の中で、組織の未来を描くために(後編)
株式会社電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 サービスイノベーション事業部 / シニアコンサルタント中溝 由里絵 Yurie Nakamizo
BX
Web3.0時代の到来で何が変わる?デジタル社会の変革で生まれる新たなビジネススタイルとは
AX
サステナビリティ・ネイティブなZ世代。キーワードは「意味」と「透明性」
株式会社電通 第2クリエーティブプランニング局 Future Creative Center / ブランディングディレクター用丸 雅也 Masaya Yomaru
CX
「デジタルネイティブ世代の消費・価値観調査 ’21」を読み解く~コロナ禍で変化した、デジタルネイティブ世代の購買行動〜(後編)
株式会社電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 デジタルネイティブルーム / サブリーダー松崎 裕太 Yuta Matsuzaki , 株式会社電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 デジタルネイティブルーム / プランナー安部 茜 Akane Abe
VIEW MORE POSTSCLOSE
RECOMMEND CONTENTSTSCからのおすすめ
VIEW MORE POSTSCLOSE