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「次代を担うIT起業家」4人の肖像 [3] ルナスケープ社長・近藤秀和

2012年10月19日 公開

速水健朗(ライター)

『Voice』2012年11月号より》

 現在のITベンチャーの旗手たちは、何を考え、想い、どんな理想を掲げて仕事を成し遂げようとしているのか。この国のITベンチャーに深い影を落としたライブドアショックが、2006年のことだ。そこから月日は流れ、それ以後の世代が台頭しつつある。ポスト・ライブドアショック世代というべき、いまどきの「若手」経営者たちに話を聞くことで、ITベンチャーの現在という地平を覗いてみたい。〈文中・敬称略〉

「国産ブラウザ」で世界を制す 
近藤秀和(ルナスケープ社長)

「最先端」の大企業に失望

 ルナスケープ社社長の近藤秀和(35歳)は、大学院在学時代の2001年にインターネットブラウザを開発した。マイクロソフト社がブラウザの世界で圧倒的なシェアを獲得し、盤石な基盤を築いていた時代のことだ。

 しかし、ユーザビリティーやカスタマイズ機能などでアドバンテージをもつ近藤の「ルナスケープ」は、ネットユーザーの支持を得る。このブラウザの特徴には、当時はまだ一般的ではなかった「タブブラウジング機能」などが挙げられるが、何よりその特徴は、ITの世界では珍しい“100%国産”という部分である。

 「日本には世界でNo.1の分野が数多くあります。そういった日本の底力というのは、勤勉性もありますが人口の多さに起因している部分もあると考えています。日本はフランスやイギリスよりもかなり人口が多い。その国のもちうる潜在開発力は、一般的には市場や人口の規模に比例します。だからこそ自動車でもゲームでも、それこそ最近だとサッカーに至るまで、日本が世界で強さをもちえている。

 それなのになぜか人がまさに資本であるはずのITの業界だけは、日本のプレゼンスが世界では皆無に等しいんです」

 日本のITが世界に影響力をもちえない理由とは何か。それを、近藤は大企業や官僚といった、日本の中枢の人びとの「ITへの理解不足」にあると考えている。自身の経験ではないが、大学時代には、研究室で開発されていた検索エンジンのプロジェクトが、現在のグーグルに匹敵するような画期的な技術を開発しながらもまったく評価されず埋もれていく経緯を遠目にみたことがある。日本では、世間がそれを重要な研究と見なさなかったのだ。社会で力をもっている人が理解しなければ、その分野が発展することは難しい。

 近藤自身にも似たような経験があった。近藤はソニーに就職した経験をもっている。ソニーで大学時代に研究していたウェブブラウザを製品化したいと考え就職したのだが、じつは当時、ソニーのノートPCの主力製品である「VAIO」用のおすすめブラウザとして、ソニー発刊の雑誌でそれが紹介されていたのだ。それを知った近藤は、人事にまさに“その部署でブラウザ開発の仕事をしたい”と名乗り出た。

 「人事には、“10年待て”といわれました。なぜかと聞くと、“新人はそういうことはできませんよ”って。でも、自社の雑誌で紹介しているソフトを作った本人にやらせないというのはまったく理解できないし、ITの世界で10年待っていたら、とてもじゃないがビジネスにはならないですよね。

 最先端といわれたソニーがそうだったので、“もうこれはどこの会社に行っても同じだな”と思いました」

 その場で決心をした近藤は、会社を辞めた。フリーランスでソフトウェアエンジニアのアルバイトをしても、会社時代の初任給よりもずっといい給料を得ることはできた。ただし、やりたいことはブラウザのさらなる開発だった。

 近藤がルナスケープ社を立ち上げる直前の2003年、彼の起業の足がかりとなる出来事が起きた。ルナスケープは、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構の「未踏ソフトウェア創造事業」に採択されたのだ。

 「税金を個人に2000万円ぐらいくれるという画期的なプロジェクトでした。それにルナスケープで応募し採択されたんです。好きなことをやって2000万円もらえるというのは、大きな資金的な支えがないなかではたいへん心強かったですね」

下からの変化が日本を動かす

 ルナスケープにとって強みになったのは、大学での研究時代からファンになってくれていた10万人のユーザーであった。ただし、ルナスケープは無料配布のフリーウェアなので、それだけで収益があるわけではない。ブラウザで食べていくと決めていたものの、いかにマネタイズ(収益事業化)するかというのが大きな壁となった。

 「ネットでの収益といえばバナー広告しかなかった当時、それ以外にもビジネスモデルの手法はあるはずだと考えていました。そのときに気づいたのは、ブラウザのビジネスって“情報流通業”だということでした。ブラウザで人が行なうのは、検索をしたり、ニュースをみたり、ものを買うという行動だったりしますよね。そうした情報の流通に対する行動が収益になるような仕組みを考えました」

 最初に話をもっていったのは、大手ポータルサイトだった。ブラウザのデフォルト(初期)設定のポータルを、そのポータルサイトにすることで、多くの人がそこに流れる。

 「自社の情報を流通させてほしいと考えている人がいたら、流通させてあげて対価をもらえばいい。ユーザーの利害を損なわない範囲で情報流通を利用するというのがうちのビジネスモデルなんです」

 この“情報流通業”というビジネスモデルは、そのポータルサイトとの年間契約を得られたことがきっかけとなって、次々と発展した。

 近藤のビジネスのやり方は、営業に力を入れて大きな案件を次々と獲得するより、まずよりよいものをつくり、よいサービスを提供し続けるというところに力点を置いている。

 「新卒で入ってすぐ辞めてしまったので、古いスタイルのビジネスの経験はまったくないわけです。しかしながら、そもそもネット広告の分野は生まれたばかりでしたし、誰もノウハウをもっていないので、経験は必要ありませんでした。

 とにかく本質的にいいサービスをつくって、そこに集まってもらうことがこれからの時代は大事ということには気づいていましたから、そこに集中しました」

 ものづくりで手を抜かない。こうした考え方は、劣悪な環境に置かれていた「イノベーションを起こせるようなソフトウェアエンジニアの地位向上もめざす」という近藤の経営哲学にも結びついている。だが、こうした状況に影を差したのが、2006年のライブドアショックだ。これにより、ITベンチャー企業全体のイメージが失墜する。

 「ライブドアは、株価や買収劇の話ばかりが強調されましたが、じつは『ターボLinux』というOSも手がけるなど、ITのコア技術を重視する側面もある、技術に対しては真面目な会社だったんです。うちも、老若男女誰もが使えるような新しいブラウザをめざして、一緒に共同開発もしていた矢先に起きた事件でした。

 あの事件で、一時期、真面目な技術開発をしているITベンチャー企業全体が変な扱いをされるようになってしまったのは残念でした」

 ライブドアショック以降、ITベンチャー企業は学生たちが敬遠する業種となっていく。ちょうど戦後最長と呼ばれた“いざなみ景気”による就職市場の復活で、学生のあいだでは大企業人気が高まっていたこともあった。そして、その後は2008年のリーマン・ショックを機に、学生の人気就職先のトップは公務員になる。ITの人気低迷は続いた。ただし、去年、今年でその傾向に劇的な変化が生まれている。

 「結局大企業もダメ、公務員もダメ、そうすると安定していてやりがいもあり、景気もいい業界ということで、ついに今年、就職活動学生の入りたい業界の1位がIT業界になったんです。こうした変化の萌芽は、2、3年前から顕著になってきていましたが、1位はおそらく初めてのことです。

 数年前までは、母校に行って学生と話をして“どこへ行きたいの?”と聞くと、みんなソニーとかNEC、『僕は商社です』とか『銀行です』っていっていました。それが2年前から急に、ミクシィです、サイバーエージェントですという声が聞こえ始めたと思ったら、去年くらいからITがいいよという声が明確になってきた。グリーがいい、DeNAがいい、給与もいいよ、って。やっとこの業界こそが将来の日本を背負っていくと気がついたんでしょうね」

 残念ながら、それでも日本の中枢にいる人びとのITへの理解が向上したとはいいがたい。いまの日本の流れは、“下からの変化”に社会全体が対応せざるをえない、という状況である。

 「10年前は個人で社会を変えられるなんて誰も思ってなかった。いまはそうではない。ITには個人の力を増幅して世界を変える力がある。それにみな、気づき始めています。エジプトの革命もそうですし、日本だと原発の問題もそうです。もうこの流れは止まらないだろうと思います」

 

近藤秀和

(こんどう・ひでかず)

ルナスケープ〔株〕代表取締役社長

1977年、東京都生まれ。工学博士。早稲田大学大学院在籍中にウェブブラウザ「ルナスケープ」を開発。その後、ソニー勤務を経て、04年にルナスケープ〔株〕を設立。

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著者紹介

速水健朗(はやみず・けんろう)

ライター

1973年、石川県生まれ。パソコン誌編集者を経て、2001年よりフリーランスのライター、編集者として活動。主な分野は、メディア論、20世紀消費社会研究、都市論、ポピュラー音楽など。著書に、『都市と消費とディズニーの夢』(角川oneテーマ21)ほか多数。

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