Tポイント・Vポイント統合、成功への課題は?
ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説
カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と三井住友フィナンシャルグループ(FG)が、共通ポイントの「Tポイント」と三井住友カードなどの「Vポイント」を統合する方向で協議に入りました。どのような狙いから統合が検討されているのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が経営資源を評価する際に用いられるフレームワーク「VRIO」の観点から考察します。
Tポイント運営会社に4割出資へ
CCCと三井住友FGは10月3日、両社のポイント事業「Tポイント」と「Vポイント」の統合に向けて基本合意したと正式発表しました。2024年春の統合を目指し、CCC傘下のTポイント運営会社に三井住友グループが4割出資する方向だといいます。
Tポイントの会員数は約7000万人、三井住友カードの会員は約5200万人で、そのうちVポイント会員が約2000万人です。
競合の「Pontaポイント」や「楽天ポイント」、「dポイント」がいずれも9000万~1億人程度の会員を抱える中、今回の統合が実現すれば、激化する「ポイント経済圏」の競争に大きな変化を及ぼしそうです。
統合によって両社が得るメリットを詳しく見てみましょう。
経営戦略、特にその中でも事業戦略を考える際の対照的なアプローチに「ポジショニング・アプローチ」と「資源アプローチ(RBV:Resource Based View)」があります。ポジショニング・アプローチとは、まず外部環境を分析し、売り手や買い手との関係性、あるいは参入障壁といった業界構造上、魅力的な市場領域を見いだしたうえで、そこでの差別化を考えるという方法論です。
それと対照的なのが、自社の強みをベースに考える資源アプローチです。資源アプローチでは、自社独自の経営資源の強みを認識し、その資源に合わせてポジショニングを構築していくと考えます。
この2つのアプローチはどちらが正しいというわけではなく、いずれも大切です。つまり、起点こそ異なるものの、良い戦略には両方のエッセンスが必要ということです。「魅力的な市場の中で独自の差別化をはかる」ことと、「自社の強みを生かす」ことの両方が実現されたとき、持続的な優位性が構築される可能性が高いことは直感的にも理解できるでしょう。
4つの要素で経営資源を評価
今回は、「強みを生かす」という要素が大きいので、後者の資源アプローチに注目しましょう。資源アプローチの重要なフレームワークであるVRIOを用いて2つのポイントの統合を検討してみましょう。
さて、VRIOとは、図に示した4つの要素の頭文字です。
このフレームワークでは、V→R→I→Oと進むに従って難易度が上がり、それゆえに特にIやOが実現できているほど良い経営資源であると考えます。最後のOがやや分かりにくいかもしれませんが、これは他の3つの要素を使いこなす組織能力を指します。そのため、他の3つとはやや異なる次元のものとされます。
「加盟店離れ」「低知名度」が弱み
VRIOに基づいて、私見ながら筆者の視点からそれぞれのポイントの強みを分析してみます。
まずTポイントですが、現時点での評価は以下のようになるのではないでしょうか。
R:ポイントが乱立する中で、かつての希少性は薄れている。特に加盟店からみると楽天ポイントやdポイントなど、代替となる有力選択肢が多い状態だ。とはいえ、7000万人の会員数は魅力的であり、そこから得られる顧客データにも希少性がある。
I:一定規模の先行投資が必要なため、模倣は小企業にとっては容易ではないが、大手企業にとっては不可能ではない。現に通信会社や楽天グループなどが使いやすいポイント制度を構築しつつある。競合に比べ、ポイントの原資を確保しにくくなっているのも弱点だ。原資は基本的に加盟店負担であるが、加盟店が離れつつあること、そしてdポイントを展開するドコモなどとは異なり、自ら巨額の原資を拠出することが企業規模的に容易ではないためだ。CCCの資料によると、直近の売上高(22年3月期)が1819億円と、21年3月期の2983億円、20年3月期の3533億円から減少するなど、全体の売上高が低下していることも逆風だ。
O:長年かけて培ってきた組織能力はそれなりにありそう。ただし、上記の3つが弱体化すると、その組織能力を十分に生かしきれない可能性もある。
総評:Tポイントは、CCCの増田宗昭社長の先見の明が奏功し、一定の強みはまだ保持しつつも、競争環境激化の中で徐々に全体としての強みが弱まっているといえそうです。
一方、Vポイントの評価は以下のようになるでしょう。
R:国内屈指の金融グループならではのポイントであり、希少性はありそう。VISAカードとの強い関係も希少価値あり。
I:三井住友グループのメガバンクが運営するポイント制度という意味では独自性が強く、簡単には模倣できない。他のメガバンクは参入しておらず、5200万人のカード会員数も簡単には追いつけない数だ。ポイントの原資もその気になれば独自に拠出することが可能であり、独立系の企業にとって模倣するのは容易ではない。
O:知名度不足などによって、必ずしも組織の強みを有効に活用しきれているとはいえない。利用者数も競合に比べると多いとはいえない。ただ、加盟店の開拓などは進んできており、ノウハウも徐々に蓄積されつつある。
総評:Vポイントは、知名度や実際の利用者数などは不足しているものの、表現を変えれば「伸びしろ」があるともいえ、メガバンクの後ろ盾があることからも一定の強みはありそうです。
会員9000万人以上のポイントへ
両社に共通する狙いは会員数や加盟店の拡大です。それは「21世紀の石油」ともいわれるビッグデータの獲得にもつながります。また、統合の方法論次第ですが、マーケティングコストやオペレーションコストの低減も当然念頭にあるでしょう。ポイント利用者の増加、ビッグデータのマーケティングへの高度な活用、顧客メリットの拡大などが実現できるなら、両社にとって素晴らしいことです。
Tポイント側としては、最近加盟店離れが進むなど苦境にある中、三井住友グループがバックについているVポイントとの統合は加盟店開拓の武器にもなりますし、原資の確保にもつながるかもしれません。CCC自体の売上高が低下していることもあって、この点はありがたいでしょう。
Vポイント側の一番のメリットは知名度の向上でしょう。せっかく会員数は多いのに、これまでその価値はあまり消費者や店舗に伝わっていませんでした。CCCのノウハウなどを用いることで浸透すれば、単純計算ではありますがTポイント会員+Vポイント会員で延べ9000万人以上の会員を抱える一大ポイントサービスが視野に入ります。
このように考えると今回の統合は、一定の強みはありながらも最近苦戦が続くTポイントと、強みを生かしきれていないVポイントの思惑が一致したものともいえそうです。
モバイル時代に強み発揮できるか
では統合の課題はどのような点にあるでしょうか。
1つはネットやモバイルにおいて強みを発揮できるかという点です。TポイントもVポイントも比較的リアル店舗型、決済重視型のポイントです。これは、もともとIT企業であった楽天や通信キャリア系企業との大きな違いです。楽天ポイントやdポイントは、株式購入や動画サービスの利用にもポイントを使えるというデジタル対応が魅力のひとつとなっています。
Tポイント、Vポイントは、確かに統合によって弱みを補完できるかもしれませんが、世の中全体がデジタルやモバイルに寄っていく中で、必要なピースがそろっているかは疑問です。それをクリアしなければ、見た目の会員数が増えても楽天ポイントなどとの競争で勝ち抜くのは容易ではないでしょう。
資源ベースのアプローチは往々にして内向きになりがちですが、最後に優劣を判断するのはやはり顧客や加盟店です。彼らにとっての使いやすさ、導入・運用のスムーズさなどの視点を持ち続けることが大切です。
異なる企業文化、融合は可能か
2つめはVRIOでいえば組織能力にかかわる部分です。CCCと三井住友FGでは、まず組織文化が大きく異なります。CCCはいまでもベンチャーの気質が強く、何事にもチャレンジングです。またエンタメ愛の強い人が多いとされています。一方で三井住友FGは、銀行の中ではアグレッシブで行動的といわれますが、やはり老舗の金融機関です。よくいわれることですが、M&A(買収・合併)やアライアンスの最大の失敗要因のひとつは組織文化の違いです。それをどう擦り合わせるかは大きな課題となるでしょう。組織の在り方によっては、期待されるシナジーも現実のものにはなりません。組織文化以外にも、組織構造や諸制度も整合させる必要があります。
こうした課題をいかに乗り越えていくのか。注目されるところです。
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。1988年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修
「VRIO分析」についてもっと知りたい方はこちら
https://hodai.globis.co.jp/courses/5f26d70d(GLOBIS 学び放題のサイトに飛びます)
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