──三治さんと金出さんが、Technology Laboratoryでご一緒されるようになった経緯から聞かせていただけますか。

三治信一朗(以下、三治) もともとわたしが世界的なロボット競技会を立ち上げる際に、金出先生にご助言をいただいたのがきっかけです。そこで議論をさせていただいたのは、ロボットを軸にして産業エコシステムをどうつくり、イノヴェイションをいかに起こしていくかでした。

エコシステムのつくり方には、軸が2つあるという話になったのが印象的でした。1つ目は地域・場所を軸に産業エコシステムをつくっていく方向性。これは、まさに金出先生がいらっしゃったカーネギーメロン大学の周りで色々なテクノロジーの社会実装が始まったタイプですね。場所にいた人のつながりが活性化されることで、テクノロジーが社会に実装されていったわけです。

2つ目が、コアテクノロジーが生まれることで波及的に進化が始まり、人が競いあうことによってイノヴェイションが起こるタイプ。これはDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)から生まれたプロジェクトが例になります。集まった人の切磋琢磨がイノヴェイションを生みます。いずれのタイプにせよ、人と人のつながりや、場所がなければエコシステムを生むことが難しいと痛感しました。

だからPwCコンサルティングが産官学が連携する拠点としてTechnology Laboratoryを立ち上げようと思ったとき、人が集まって競う場、そしてエコシステムの実践のありようを見せていく空間を提供したいと考え、金出先生にお声掛けさせていただき、ご助言をいただいています。

──金出さんご自身も、産官学の取り組みをこれまでずっとやってこられています。それを振り返ったとき、研究をめぐる昨今の変化をどうご覧になられていますか?

金出武雄(以下、金出) 研究開発現場にいる者からすれば、情報を発信してそれを使う、いわゆるITと呼ばれる技術が周りにある状況が昔と違う一番のポイントです。ぼくが博士論文を書いたのは1973年で、ほぼ半世紀前。その頃からすると情報通信の進展によって、知識の伝達が瞬間的なものになっています。以前は知らないということが一番ハンディキャップでしたが、いまはそれが全くない。

違う言い方をすれば、情報が速く伝わる力を研究者がどう使えるかが重要になっています。情報というのは、つまるところ誰が何をしているか、いま何が重要か。要するに、テクノロジーによって、チャンスを得る機会とそれを実現する能力が飛躍的に増加していると感じます。

ぼくが行なっているコンピューターヴィジョンの研究では、パーフェクトストームという言葉をよく使っています。パーフェクトストームというのは、ある気象条件が重なったことによって生まれた大嵐のことです。これはポジティヴな捉え方をすれば、千載一遇の意味に使います。現在の情報通信はさまざまな条件を揃えることで、われわれのアイデアに対して、ものすごく大きな力を与えてくれるのです。

金出武雄|TAKEO KANADE
米国カーネギーメロン大学 ワイタカー記念全学教授、および京都大学高等研究院招聘特別教授。1973年、京都大学で博士号を取得し助教授をつとめたのち、80年にカーネギーメロン大学に移籍し、同大学ロボット研究所のディレクター(92〜2001)など歴任。主な研究成果に、世界最初の顔画像認識(1972)、動画像処理における基礎アルゴリズムであるLucas-Kanade法(81)、最初にアメリカ大陸を横断した自動運転車「Navlab 5」(95)、第35回スーパーボウルで採用された33台のロボットカメラをリアルタイムで同期したマルチカメラ3Dリプレイシステム「Eye Vision」(2001)などがある。

アカデミアとコンサルの化学変化

──三治さんは、これまでアカデミアとどのような取り組みをされてきたのでしょう。

三治 逆にいうとわたし自身は産学連携しかしてこなかった人間なんです。PwCコンサルティング入社前から、いろいろな研究者の方々と国の委員会などでの議論でイノヴェイションの機運を醸成していくような取り組みをやってきましたし、国家プロジェクトに参加し研究開発を興したりもしました。実は共同研究のような形でモノづくりを体験したこともあります。

コンサルティングファームでモノづくりもやろうという人は少ないかもしれませんが、わたしは構想段階から実装に至るまでに取り組むことが必要だと思っています。産学連携の権化ともいえるDARPAのプロジェクトのようなかたちで、実装が生まれていくのが一番です。

あとは、コンサルタントとしてアカデミアとエコシステムをつくっていくときには、触れて感じられる実体験が重要だと思っています。コンサルティングでさまざまな提案をしても、実際のものを見ないと分からないことが多くあります。例えば無線と有線の接続の違いだけで遅延が生まれて、XR、VRの体感に差が出てくるといったことです。実際にコラボレーションしながら体感してみないと、技術が本当に現場で使えるかは分からないんです。

一方、アカデミアの方々は、自分たちがつくっているものが社会にどう活用されるかイマジネーションが湧きづらい場合もある。だからこそ、自分たちがユースケースをつくっていって、アカデミアが研究の成果そのものを高度化していくという両輪を回すことが重要だと日々痛感しています。

三治信一朗|SHINICHIRO SANJI
PwCコンサルティング合同会社 パートナー/Technology Laboratory 所長。日系シンクタンク、コンサルティングファームを経て現職。産官学のそれぞれの特徴を生かしたコンサルティングに強みを持つ。社会実装に向けた構想策定、コンソーシアム立ち上げ支援、技術戦略策定、技術ロードマップ策定支援コンサルティングに従事する。産官学の共創による社会課題の解決に向け、官公庁、民間企業、研究機関に対し、先端技術を活用したビジョニングから実行までを支援。政策立案支援から、研究機関の技術力評価、企業の新規事業の実行支援など幅広く視座の高いコンサルティングを提供する。

──アカデミアの知見とビジネスの実装を組み合わせる三治さんのような取り組みは、どのくらい一般的なものになっているのでしょうか。

金出 ぼくが米国という国を面白いと思うのは、そういう概念が一般的であるところです。例えば、三治さんが挙げられたDARPAではアイデアを出すためのサマーキャンプがあって、一流の研究者とDARPAのプログラムマネージャーたちが、ニューハンプシャー州のケープコッドでさまざまなプログラムを1週間行います。そこに元宇宙飛行士や空軍の元将軍、元企業人などがたくさん来て、具体的なアドバイスを言うんですよ。それは本当に偉いなと思います。

ぼくは「素人」が大事だとよく言います。ただ素人は物を知らないという意味ではない。専門家は常にいろんな物事に囚われている。ぼくが知っているビジネスのプロが偉いのは、素人として考えを物おじせずに言うところ。じつはそれ自体が特殊な能力なんですよ。

Technology Laboratoryには、半球型映像システムも完備されており、技術を開発するだけでなく、体感するための拠点として機能することも意図されている。

視点の差がイノヴェイションをつくる

──金出さんご自身は、いわゆる「素人」の方の意見で、ご自身の研究の視界が開けたご経験はありますか。

金出 それはもう、嫌というほどありますね。イチロー選手が守備のときにキャッチャーに向かって投げると、ぴったりとキャッチャーミットに届きますよね。これは理屈としては正しい速度、正しい発射角度で計算して投げているからこそ起きることです。だから、専門家はそのプロセスをいくつかのステップに分解して、野手の位置からキャッチャーまでの距離を測り風が分かれば、あとはニュートンの法則で計算すればいいと思います。ただよく考えてみると、イチロー選手はそんなことはしてないでしょう。

おそらくですが、距離や速度という概念を通さずに何らかの方法で最終的な結果を得ている。でも答えは合っているということは、最終結果を得るために、専門的な意味での途中結果は必要がないということです。むしろそれを得ようとすると、逆に問題が出てきます。個々のステップが完璧に実行できて距離や風の速度を正しく測ることができれば、それを使った答えは合うに決まっていると思いますよね。ところが、答えは合わない。なぜかというと、データに精度が足りないからなんです。つまり、各ステップでの答えを表立って決めようとすると、どこかで誤差が入りこんで、最後まで効いてくるのです。

いまのディープラーニングは、始めから終わりまでプロセスを途中で分解しない意味合いがあります。画像解析の分野では、この手法で成功しているのが意外と多い。科学というのは分解することでできたものですから、もちろん分解するのは基本いいことなんですが、必ずしも分解しない方がいい場合もあるわけです。

──科学者として、エンジニアやコンサルティングなど、さまざまな人たちとどのように認識の共通基盤をつくれるとお考えでしょうか。

金出 基本は話すこと以外にないと思いますよ。自分が気づかなければ、アイデアは出てきません。ただ、言ったら盗られるという気持ちが強いからか、自分の考えを秘密にする人が多いんですよね。ぼくは、アイデアを他人に言う人は賢いと思います。人に言うことによってアイデアが研ぎ澄まされてよくなる。自分のアイデアを人に言って競争する試みともいえるアワードも、そういう試みだと理解しています。

三治 わたしも、アイデアを言うことは、本人がその内容を確認する手段になると思っています。ひとりで悶々としていると自分自身も納得できませんが、他人に説明するとアイデアがブラッシュアップされる。さらに説明力がついて、ストーリーが生まれます。

さらにいえば「盗られる」という発想から、「差を見つけてつなげる」という発想に転換することが重要だと思います。イノヴェイションを起こしていくには差が大事。同じもの同士だと摩擦が生まれませんから。

コンサルタント、エンジニア、科学者といった立場の差から、テクノロジーの進化、価値観のアップデート、ひいては「コモングラウンド」という共通基盤をアップデートする基軸が生まれると思っています。コモングランドというコンセプトが面白いのは、いまが完成形でない点にあります。みんなでアイデアを出し合っていると、自分のアイデアが基盤の一部になっている状態が生まれるわけです。

今回のアワードは、そんなコミュニティづくりを一緒にできる人たちを募り、そのなかで一番いいアイデアを出した人が毎年表彰される仕組みになっています。ひとりでも多くの人に応募してもらって、新しい他者と出会える体験をぜひ生み出したいなと思っています。

Technology Laboratoryは、東京都千代田区大手町一丁目一番地に位置する。東京の「中心」から、グローバルへとネットワークを拡げる試みでもあるという。

──今回のアワードは、ウェルビーイングとレジリエンスというお題で社会課題を発見し、技術と結びつけること、もしくは自分のもつ技術を読み替えて社会課題とつなげることが求められています。果たしてイノヴェイションというのは技術と課題の、どちらから発想されるものなのでしょう。

金出 「課題がないものを解く」というのは、言葉の上ですでに矛盾がありますよね。イノヴェイションの基本条件は、アイデア、実現可能性、社会課題の3つだと思います。この三角形がちょうどいいバランスを取ることが大事です。いまの世の中で何を解決すべきなのかという課題設定と無関係なイノヴェイションは考えにくい。今回のレジリエンスやウェルビーイングといったキーワードは、社会の課題に対する同時代的な理解を表した言葉なんだと思います。

もちろん社会課題なしに生まれたように見えるイノヴェイションもたくさんあります。ただ、それはたまたまか、社会課題を感じとる素晴らしい感性がある人が研究者自身あるいはその横にいたから上手くいっただけです。さきほど「読み替え」といわれましたが、これはキーワードとして非常に重要だと思います。技術が生まれたときに、あとから社会課題とのつながりを読み替えることができること自体が、課題がイノヴェイションを駆動していることの証明です。新しい観点が、技術の新しい価値を人に認識させることができたわけですから。

──その観点から、金出さんが印象に残っているイノヴェイションがあれば教えてください。

金出 クイックソートという世界で最も使われているアルゴリズムが生まれたときの話をしましょう。これを発明したアントニー・ホーアというチューリング賞をもらったコンピュータサイエンスの理論家は、もともと第二次世界大戦が終わったあとに、ロシア語を英語に機械翻訳するプロジェクトに参加していました。そのためには、もとのロシア語の文献に出てくる単語をまず辞書で引く必要があります。

当時の辞書は磁気テープのなかに入っていましたから、Zから始まる単語を探すためには、一番最後までテープを進める必要がありました。そのつぎにAから始まる単語を引くとなると、最初まで巻き戻さなければならない。だから、文章のなかの単語を事前にすべて調べて、ABC順に並べておくと処理が速くなります。ところが、1万個くらい単語があると、ABC順に並べるのにも結構時間かかってしまう。その課題から、アントニーは、クイックソートという全く新しい並び替えのためのアルゴリズムを発明し、それがあらゆるデータを必要とする分野で使われるようになったわけです。

本インタビューは、同じく「WIRED COMMON GROUND CHALLENGE」の審査員をつとめる『WIRED』日本版編集長の松島倫明が聞き手を務めた。左上から右回りに、金出武雄、松島倫明、三治信一朗。

金出武雄が教える「穴場」

──最後に、金出さんと三治さんが最近気になっているソーシャルイシューやテクノロジーは何でしょうか。

三治 いまは死後の世界をどう捉えていくのかが面白いと思っています。自分が死んだあと世界はどうなるのか、いま周りにいる人をどう幸せにできるのかを考えることは、ウェルビーイングの在り方につながります。例えば、「何を世の中に残せたのか?」という問いの裏返しが、ウェルビーイングなのだという考え方もできるはずなんです。

ブロックチェーンで記録を残して、死後の世界から人間を蘇らせてVRで再現するようなサービスも出てくると思いますが、もう少し違った視点から見ると、自分という存在価値を問い直せます。そんな少し哲学的な課題も応募されると面白いなと思っています。

金出 ぼく自身が人工知能(AI)をやってきた経験から言うと、人間が難しいと考えていた問題はほとんど解けるんじゃないかと思いますね。それを踏まえた上で「人間ではできない、だけどコンピュータで初めてできる」テーマを、ぜひやってもらいたいものです。ここの可能性は大いにあると思います。

あと、観点を変えると、伝統的に人がやってきたことには、何かきっと意味があるんだと思うことが多い。伝統文化、伝統芸術、伝統産業……。それらは人の生活への価値をみんなが認めてきたからいまもあるわけでしょう。

京都の伝統産業「西陣織」の産地にAIの研究所ができたりしている。AIには、解析のための技術と改善のための技術、両方の側面があるので、上手に使えば、伝統の価値を復興することができるんじゃないかなと考えたりしています。

これまでは、文明を人間的な勘とでもいうべきもので解釈してきたわけですが、そこに実は本当に意味があったんだということを、新しい技術を使えば証明して発展させられるかもしれません。これは、ひとつの穴場かもしれませんよ。

WIRED COMMON GROUND CHALLENGE
with IIS, The University of Tokyo
supported by PwC Consulting

期間:2022年1月~2022年2月
最終審査・授賞式:2022年4月〜5月

対象者:年齢・国籍・性別不問。社会人・学生不問、個人/チームどちらの応募も可。大学生、大学院生、研究者、技術者、スタートアップ、ベンチャー、起業家、ビジネスマン、建築家、デザイナー、クリエイター、プログラマーなど、さまざまなバックグラウンドの方が応募可能です。

提出物:チャレンジのタイトル/チャレンジの概要説明(400字程度)/テクノロジーに関する説明(200字程度)/実装に関する説明(200字程度)/グローバル性に関する説明(200字程度)/応募内容の詳細説明[任意]/プロジェクトの参考資料(画像・ドキュメント資料・映像など)[任意]/プロフィール(200字程度)

期間:2022/1/12 (WED) ~ 2022/3/6 (SUN)
主催:『WIRED』日本版
共催:東京大学 生産技術研究所
協賛:PwCコンサルティング合同会社

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