EVタクシー時代にらみ運用実験 日本交通社長
編集委員 滝順一
タクシー大手の日本交通(東京・北)は今年4月末、六本木ヒルズ(東京・港)を拠点に電気自動車(EV)タクシーの運用実験をスタートした。実験で使う車は国内自動車メーカーの充電式EVとは異なり、車載の蓄電池を1分間ほどで素早く交換し、時間のムダを最小限にして走れる。それでも航続距離の短さは悩みの種。「5年後にはタクシーの新車はすべてEVになってもおかしくない」と言う川鍋一朗・日本交通社長にEVタクシーの勝算を聞いた。
――実験は外資系のEVビジネス・ベンチャー企業、ベタープレイス・ジャパン(本社東京・千代田、藤井清孝社長)と組んでいて、経済産業省の支援を受けています。始まって1カ月ほどがたちましたが、反響はいかがですか。
「順調で、ニュースにならないほどだ。乗っていただいたお客様にはタッチパネルで感想をうかがっている。『また乗りたい』など好意的な意見が全般的に多い。一方、『普通のタクシーで、特にエキサイティングなことはない』との感想もけっこうある。この点は大事だ。ノー・サプライズで、いつも通りに自然に乗れるからこそ、電気自動車はこれから普及すると思う」
――六本木ヒルズを拠点に、まだ3台に過ぎませんが、この実験に踏み切った理由はどこにありますか。
「タクシー事業者として、これは早く取り組んでおくべきことだと考えた。タクシーの乗務員は国内に約40万人いる。その家族を含めれば国民の100人に1人はタクシー業界にかかわっている計算だ。EVはタクシー業界のコスト構造を変える潜在力がある。低炭素化に向けて社会のあり方が変わろうとしている時に、業界が世界の潮流に乗り遅れて、社員の雇用や生活に影響を及ぼしてはいけない。タクシー業界の代表のつもりで、EVの実験に取り組んでいる」
「タクシーとEVは親和性が高い。タクシーの走行距離は、景気にも左右されるが、1日300キロメートルほどとされる。1年で10万キロと考えてよい。普通の乗用車に比べると、1台当たりの二酸化炭素(CO2)の排出量は格段に多い。温暖化対策の効果が大きい分野だ。タクシーが先頭を切ることで、社会全体のEVの普及スピードを速めることができる」
「タクシーは、社会のインフラとして皆さんの目に触れる場所にいつもいる。自動車販売会社のショールームに行けば、EVを見ることはできるが、タクシーがEVになれば、多くの人が乗車して乗り心地を実感できる。ベタープレイスのシャイ・アガシ最高経営責任者(CEO)は、これを教育的な価値と呼んでいる」
――使ってみて難しいのは、1回充電当たりの走行に限りがあることですか。
「1回のフル充電で約160キロしか走らないので、1日に3、4回充電ステーションに戻る必要がある。液化石油ガス(LPG)なら1回で済んでいた。乗務員にとってはわずらわしい。現在、乗車しているのは、ハイブリッド車のプリウスのタクシーで経験を積んだ9人のベテランドライバーだ。彼らがどこまで走れるか、充電と休憩の時間をどう組み合わせて、営業効率をあげるか、経験を蓄積しているところだ」
「燃料切れになるのを避けるセーフティーネットは用意した。3台の蓄電量はドライバーはもちろん、社長の私も携帯電話で見られるようになっている。『そろそろ危ないぞ』と感じたら連絡できる。EVは加速や運動性能などでは既存の車に遜色(そんしょく)ない。だからこそ運用経験を積むことが重要になる」
――タクシー業界のEV普及ペースをどうみていますか。
「今年秋に日産自動車がEVの『リーフ』を発売する。これも導入し試してみたい。今後、様々なEVが登場し、3~5年は試験的段階が続くだろうが、2015年あたりから新車はすべてEVになってもおかしくない。タクシー車両は6~7年が寿命だから、当社のタクシー約3000台、ハイヤー約1000台が20年過ぎにはすべてEV化したとしても非現実ではないだろう」
「これはハイブリッド車を導入した経験から言える。プリウスのタクシーも森ビルの依頼で六本木ヒルズの拠点から導入を始めた。利用者に好評でドライバーも経験を積んだので、5年間で新車はすべてハイブリッド車になった」
「その経験から言えば、EV化の最大の課題は乗務員の意識改革だ。EVの場合は、営業所に戻る回数が多いので営業距離が短くなり、乗務員の給与に響く。EVに乗る人には手当を多めにするなどの配慮が必要だし、EV化で燃料費が節約できたら、乗務員に還元するようなことも考えなくてはいけない」
――ベタープレイスのEVは日産のスポーツ・ユーティリティー・ビークル(SUV)「デュアリス」を電池交換式に改造した車両ですね。「リーフ」も導入にあたって改造するのですか。電池交換式へのこだわりはありますか。
「リーフを導入するとしたら、これは改造せずに使ってみる。電池交換式は充電時間がかからないなどの利点はあるが、交換ステーションがないと使い勝手に制約がある。ベタープレイスがどこまでステーションを整備できるかどうかだ。タクシーに燃料を供給するLPG供給ステーションに電池交換ステーションを置くことが1つの道だろう。タクシーがEVになっていけば、LPGステーションも変わらなければいけなくなる」
――EV普及に向けて、政府などへの要望はありますか。
「EVを使ってほしい。例えば、都庁や環境省の人の外出時にはEVタクシーを指名するとか、お役所の玄関にはEVが優先でいけるとか、普及に力を入れている人たちが元気になるよう支援してほしい」
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〈取材を終えて〉 車体の底部に格納した蓄電池を、1分間ほどでフル充電のものに自動交換するシステムはとても魅力的に見える。急速充電装置などの開発で、充電時間は短くなる傾向にはあるが、現状ではガソリン給油より素早い交換式にはかなわない。LPG供給ステーションが電池交換の場所になっていけば、タクシーほど交換式になじむ業態はないだろう。川鍋社長の言うとおり「親和性がある」のだ。
ただ、国内では今のところ充電式が主流を占めそう。EV導入に意欲的な川鍋社長も次に導入するのは、充電式の日産車だという。今回の実験は経産省の補助事業で電池交換ステーションを建設、日本交通には資金面では負担はかからない仕組みだ。EVを自前で購入するとなると、ドライバーの意識改革にとどまらず、採算上も厳しい判断を迫られる。覚悟の上で、タクシー業界の先頭を切ろうという日本交通に期待したい。
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