hide 逸話

hide

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/29 02:16 UTC 版)

逸話

  • 難病であるライソゾーム病を患ったファンである少女、貴志真由子の「hideに会いたい」という願いを、支援団体のメイク・ア・ウィッシュを通じて受けたhideは1995年12月31日、Xの東京ドームライブで少女と会い、ライブの打ち上げにも招待して少女を友達だと紹介し、少女から不自由な手で2か月かけて編んだマフラーをhideにプレゼントされた(このマフラーはhideの死後、形見として少女の手に戻った)。その後も手紙を送ったり、お見舞いに訪れたりという交流を持ち、少女を励ますことになった。少女への手紙には「昔のこととか初めてのドームのこととか忘れていた色々な絵が見えてきて、かなり感動したんだ。おかげで、思い出さなきゃいけなかったいくつかのことが頭にやきついた」と感謝の言葉を残している。1996年3月28日に少女は治療のために骨髄移植手術を受けたが、手術後の1996年4月1日に拒絶反応のため心臓に水が溜まり危篤状態となり、彼女の母親から「hideさんの声だけでも良いから聞かせたい」と電話を受けた時にはその日の予定を全てキャンセルし、病院へ駆けつけて数時間の間励まし続けた。結果、その晩に危篤状態を抜け出し徐々に病状は良くなって数ヵ月後には退院することもできた。その後にhideは「できることをするだけ」とあくまで個人的に骨髄バンクに登録をしたが、その際に所属事務所が独断で急遽記者会見をセッティングしてしまい、パーソナルマネージャーを務める弟・裕士は、そのことを一切知らなかったと後に出版した追憶本「兄弟」の中で明かしている。記者会見自体は行われたが、会見終了後にhideは「これじゃあ売名行為じゃねえか!!もしそんな風にマスコミに書かれてその娘が傷ついたらどうすんだ!!」と言って彼を殴り飛ばした(hide自身ももちろんそのことは知らなかった)。慈善活動をひけらかすような行動を嫌ってのことであったが、結果的にはこの報道が骨髄バンクの認知度向上に大きく貢献することとなり、以後もボランティア活動を続けていた。貴志真由子は、hideが他界した11年後の2009年9月30日に、和歌山市内の病院で、肺出血による呼吸困難により28歳で他界した[13][14]。両親は現在和歌山市内で「レモネードカフェ」(hideが立ち上げたレーベル名にちなんで名づけられた)を営んでおり、2Fに設けられたライブスペースにはゆかりのミュージシャン等が度々訪れライブが行われている[15]
  • ファン想いであることが有名で、大物になるほど回避しがちなTV出演について「地方でライヴに来られないファンの為にも出る」と積極的であったり、「チケット代も安くないのに、更に高いお金を遣わせるのはいけない」と、ソロ活動についての関連グッズは全て5,000円以下であったという。
  • hideが初めて手にしたギターは新古品ギブソンレスポール(ナチュラルカラーのレスポールデラックスモデル)であった。祖母に無理だと思って頼んでおいたら、在日米軍横須賀基地内に出入りが出来たのでフリーマーケットで買ってきてくれたという。当時は現在以上に高級品でロック好きには憧れの的であったために、隣の学校や、「友達の友達」という人までが自宅にギターを見に来るという状況になった。だがそのギターは、PATA曰く「金がなかった頃に売っちゃたのかもしれない」とのこと。そのため、記念すべきhideの最初のギターの行方は誰にもわからない。
  • hideの勤めていた美容院(ジャガーが経営)の常連にヤクザの娘がいて、その常連が行方不明になったとき、その常連の日記の最後に「松本秀人 サーベルタイガー」と書いてあったため、その関連性を疑われ、車に乗せられる。富士の樹海まで連れて行かれ、自白するよう強要されたが、hideは「分からない。」と主張し続け、なんとか解放してもらう。
  • サーベルタイガー時代、当時後にXで一緒になるTAIJI率いるデッド・ワイヤーのドラム・TETSUを迎えようと電話したところ、TETSUは留守で母親が出てきて、伝言を頼んだ。しかし、本名を名乗っていたため、TETSUには「松本さんという方から、一緒にバンドをやりませんか?」としか伝わらず、無視することに。しかし、サーベルタイガーに加入するといううわさがデッド・ワイヤーに広まってしまい、TETSUとTAIJIが大喧嘩。結果、引っ込みのつかなくなったTETSUがサーベルタイガーに加入したが、これが元で一時hideとTAIJIの仲は気まずいものになった。
  • また、kyoをサーベルタイガーのメンバーに加えようとしたとき、待ち合わせ場所にkyoがライブ並の格好で現れ、hide曰く「モーセの十戒のごとく」人が避ける様を見て「他人の振りして逃げようかと思った」と言っている。ただ、kyoも「お前も人のこと言えなかったろうが」と返している。
  • サーベルタイガー解散の理由は、REMが私用でライブをすっぽかし、裏でローディーがギターを弾いてごまかすという事件があり、これに疑問を持ったTETSUが脱退を表明、それを聞いたhide・kyo・TOKIも「今のメンバー以外にはありえない」として解散を決意した。
  • 解散後も、hide・kyo・TETSUはお互いに自分のバンドを持っているにもかかわらず、「元サーベルタイガーの○○です」と言っていた。
  • hideがサーベルタイガーを解散させ、ミュージシャンを辞める決意をしたとき、親交のあったミュージシャンにそのことを電話で話した。しかし、サーベルタイガー時代からhideの活躍ぶりは有名で、中にはバンドへの誘いもあったが全て断ってきた。最後にYOSHIKIに電話を掛けて辞めることを伝えた。「俺、美容師の免許を持ってるだろ。実家のある横須賀に帰って美容師になることにしたよ。もう、ギターは捨てる」と伝えたところ、「Xでもう一度やってみない?」とYOSHIKIから誘われる。それまで全てのバンドからの誘いを断ったにも関わらず、YOSHIKIからのこのオファーには「ちょっと考えさせて」と返答を保留した。後日、YOSHIKIからXのリハーサルがあることを聞いたhideは、池袋のスタジオでXの演奏をじっと見つめていた。リハーサル後、池袋の居酒屋でhideはXに入ることをYOSHIKIに伝えた。YOSHIKIをはじめXのメンバーたちは感情を爆発させ興奮のあまり奇声を発した。[16]
  • かねてよりゲームパソコン通信に高い関心を持っており、出演した深夜番組にてその将来性を力説していた。インターネット黎明期の1995年にはすでに自身のホームページと専用メールボックスを開設している。[17]
  • X加入当時、Xが得意としていたテンポが速い激しい曲を弾いた経験が無く、全く弾けず、死に物狂いで練習したと言う。
  • Vanishing Vision』のレコーディング中に腱鞘炎を患い、腕の痛みに耐え切れず、本来自身が弾くはずだったパートを一部PATAに代わりに弾いてもらった。この頃は連日お昼頃にスタジオに入り、明け方に帰宅するという生活サイクルで練習のしすぎが祟ったようで、PATA曰く「たぶん腱鞘炎になってた事は、他のメンバーは知らないと思う」との事。
  • hideのファンだったマリリン・マンソンがhide本人に電話をかけるも、hideは変な外国人から電話がかかってきたと勘違いしてしまった。



  • 注釈

    1. ^ 「ZI:KILLとhide=ジキルとハイド」という洒落にもなっている。
    2. ^ なお、2000年にXを再結成する事をメンバーと約束していた事をhide死去時にYOSHIKIが公表した。
    3. ^ 2006、2007年にも8cmシングルが12cm化され再発売されたが、その際にはCDジャケットレーベルもリニューアルされての再発売だった。ちなみに本作は、ジャケット・レーベル共に、オリジナル盤をそのまま再現したものとなっている。音源も、オリジナル盤のものが使用されており、リマスタリング等はされていない。これについては再発盤も同様である。
    4. ^ ただし公式サイト内の「INFORMATION」では現在も情報が残されている。
    5. ^ 表記はされていないが、『HIDE YOUR FACE』に収録の「EYES LOVE YOU(T.T. VERSION)」である。
    6. ^ アルバム『PSYENCE』収録バージョン。
    7. ^ 曲終了後にシークレットトラックとして「Virusmaker 7.1」が収録されている。
    8. ^ 楽曲が起用された年ではなく、音源化された年で記載
    9. ^ 当時「サクセス」という掛け声もhideの声だった

    出典

    1. ^ 『ピンクスパイダー』、「hideが望んでいた精神的な繋がりが実現できる」”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2011年3月6日). 2015年9月9日閲覧。
    2. ^ a b c d e f hide(X JAPAN)”. CDJournal. 音楽出版社. 2015年9月9日閲覧。
    3. ^ a b c d e f g hideのプロフィール”. ORICON STYLE. オリコン (2011年7月27日). 2015年9月9日閲覧。
    4. ^ a b c d e BIOGRAPHY”. hide official web site [hide-city]. ヘッドワックスオーガナイゼーション. 2015年9月9日閲覧。
    5. ^ ロッキンf97年7月号別冊 Rockin'Talk CAFE(立東社)152p
    6. ^ 市川哲史、藤谷千明『すべての道はV系へ通ず。』シンコーミュージック・エンタテイメント、2018年8月26日、76頁。ISBN 978-4-401-64639-5
    7. ^ 松本, 裕士『兄弟 追憶のhide』講談社。
    8. ^ スポーツニッポン 1998年10月25日 P27 / サンケイスポーツ 1998年10月25日 P25
    9. ^ X JAPAN・Toshl、HIDEさんに自責の念「自分が洗脳されなければ…」”. オリコン (2014年8月19日). 2015年8月14日閲覧。
    10. ^ “「ご両親のお気持ちに泥を塗らないで!」 X JAPAN「hide」さんの墓荒らされ、ファン激怒”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2013年3月2日). http://www.j-cast.com/2013/03/02167891.html 2013年3月6日閲覧。 
    11. ^ hideさん十三回忌、参列2キロ超 「X JAPAN」”. 朝日新聞デジタル (2010年5月2日). 2016年1月10日閲覧。
    12. ^ 宝島社著「hideDAYS」松本裕士インタヴューより
    13. ^ 故hideさんと交流の貴志真由子さんが死去”. スポーツ報知 (2009年10月2日). 2009年10月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年9月7日閲覧。
    14. ^ レモネードカフェ・ごあいさつより
    15. ^ レモネードカフェ | 和歌山市にある約束のお店”. www.lemoned-cafe.com. 2019年8月9日閲覧。
    16. ^ 小松 成美 (2009/5/25). YOSHIKI/佳樹. 角川グループパブリッシング 
    17. ^ (hide本人のホームページ)
    18. ^ “hideミュージカル演奏曲をまとめた2枚組アルバム登場”. ナタリー. (2011年1月6日). http://natalie.mu/music/news/43045 2015年7月21日閲覧。 






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