YS-11 派生型

YS-11

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 05:58 UTC 版)

派生型

YS-11にはいくつかの派生型式が存在する。機体の用途による違いで分かれているが、さらに納入先によって細かく区分されている。また、製造番号が付けられており、先行試作機2機は1001・1002、以下量産機は2003 - 2182である。

YS-11-100

日本国内航空(JDA)のYS-11(1960年代)
  • 生産機体番号 - 2003 - 49、58

2003(量産1号機)から2048が該当する初期の生産型。2003は試作機の設計変更中に組み立てが開始されたため、生産中に同様の改良を受けている[7]。2010からは乗降口をヒンジ式からスライド式のプラグドアに変更[7]、2040から翼の防氷装置をヒーターからラバーブーツ方式(ゴム膜に空気を送り込む)に変更した。納入先によって仕様が細かく違うことから形式名称が違う。日本国内航空(形式:106、108、109、124)が12機、全日空(102、111)が9機、東亜航空(104、114)が7機、航空自衛隊輸送機Pが4機(103、105)、運輸省航空局が3機(104、110、118)海上自衛隊輸送機M(112、A-113)が2機、航空大学校(115)が2機、輸出はフィリピナス・オリエント航空(107、116、121)が4機、また、リースでピードモント航空、大韓航空、ランサ航空、ハワイアン航空、クルゼイロ航空、アルゼンチン航空が採用した。このうちJA8612として使用された機体が定期便初就航の「聖火号」である。

海上自衛隊の輸送機Mのうち1機は2058だが、特別に100形 (A-113) として生産された。

YS-11A

1967年(昭和42年)製造の2050(通算50号機)以降の機体で、輸出を見込んで大幅に改良を施した。これはアメリカ中西部の中古機や航空部品販売を行うディーラーであるシャーロット・エアクラフト社がアメリカでの販売代理権の取得を目指して提案してきたことを受け入れた仕様であった。同社がコンサルタントを使い競合機(フェアチャイルドFH-227)との比較において、運航コスト、離着陸性能が優れ、短距離ローカル線で需要があると判断したが、ペイロード(有償荷物重量)が少ないとの指摘を受けて改良されたものであった[1]

エンジンはタービンの耐熱性向上とプロペラ減速歯車の強化によって出力を10%増加させ、ペイロードを1トン増やした。合わせて各部の設計変更を行い、主脚ドアの内面を平滑にして脚下げ時の速度を289km/hから389km/hへ向上、同時に急降下の際に脚をエアブレーキとして使用できるようにした。座席の座面クッションを着水時の浮き具として使用できるものとし、座席間隔も860mmから790mmに改めて、64席に増やした。

2070からは内装をレザー張りからプラスチックに改め、カーテンシャッターブラインドとして、ライバルになると目されたフォッカーF-28などに対抗した。また、オプションとして補助動力装置(APU)を搭載可能とし、空調発電油圧装置・エンジン始動を地上設備なしで作動可能とした。これは地上設備の貧弱な日本国外の地方空港乗り入れを目指したものである。2075からは乗降口高さを体の大きな欧米人に合わせて1.6mから1.75mに拡大、2078からはエンジンを、タービンブレードの材質変更で高温時の最大出力を4%増加したダートMk542-10Jに 、2092からは減速歯車を補強して耐久性を向上したダートMk542-10Kに変更した。

YS-11A-200

プーケット航空のYS-11A-200(2005年)
  • 生産機体番号 - 2050 - 57、59 - 69、75 - 85、90 - 103、108 - 121、123、126、127、130 - 138、141 - 149、152、154、155、157 - 159、163 - 168、175 - 178

YS-11Aのうち、標準形式の旅客型である。95機が生産された。最初の発注者であるピードモント航空はYS-11-100をリース購入していたが、頑丈な機体を気に入ったものの、機内設備などがアメリカの標準的な機内サービスの水準を満たすには程遠く、日航製は改良提案を受け入れて対応した。

ピードモント向けは205型で、電子装置を一新した。アメリカの基準に合わせるためオートパイロットをスペリー製とし、フライトディレクターシステム、エア・データ・コンピュータ電波高度計を追加し、アメリカ連邦航空局(FAA)のカテゴリーII着陸の追加証明を獲得した。さらに計器類を刷新、インバータの増設、左プロペラにブレーキ設置、前脚ステアリングを50度から60度に変更、床下貨物室を後方へ60cm拡大した。機内設備はアメリカの航空会社の標準とし、前方乗降口を非常用に使用するため客室乗務員席を前方に増設、ギャレー(調理設備)装備もアメリカの水準に合わせたものを、トイレもジェット機で使う水洗式に、洗面台には給湯器を設置、座席を米国製に変更し、前方にコートルームを増設した。当時は日本製品の信頼性が高くなく、前述の通り、ピードモント航空では乗客の心理を配慮して広告宣伝時刻表には「ロールスロイス・プロップジェット」と表記し、日本製やYS-11の表示は行わなかった。

ピードモントは205型を20機採用、続いてクルゼイロ航空が202型を8機、ヴァスプ航空が211・212を6機、オリンピック航空が220を6機、中華航空が219を2機、ポーラック・インドネシア航空が222を1機採用した。また、国内では全日空が208・213をリース含め計29機で最大のカスタマーとなり、東亜航空が217・221を11機、南西航空が209・214を5機、海上保安庁が207を2機、海上自衛隊が機上作業機T-Aに206を4機、航空自衛隊が飛行点検機(FC)に218を1機採用した。また、リースとしていくつかの航空会社に引き渡された。

機体の多くは最初に発注された航空会社で使用された後も、第2・第3次カスタマーによって運用され、そのほとんどが500型に、後にカーゴ(貨物型)に改造された。

YS-11A-300

  • 生産機体番号 - 2070 - 74、86 - 89、105 - 107、128、129、139、182

YS-11Aのうち、旅客・貨物混載の機体である。16機製造。前方が貨物室、後方が客室で、自動式タラップを内蔵した乗降口を後方へ移動し、前方左側には横2.48m・縦1.83の油圧式カーゴドアを増設し、大型貨物の搭載を可能とした。また前方の床は強化された。カーゴドアはプロペラ回転面を避けるため、自衛隊の貨物機400よりも横幅を縮小している。キャビンは隔壁の移動により、30席、38席、46席の混載型、50席から62席までの全旅客型にそれぞれ転換が可能である。

大韓航空が310型を4機、オーストラル航空が309を3機、トランスエアが306を2機、エアアフリクが302・314を1機ずつ、ガボン政府が318を1機、日本国内航空が307を1機、航空自衛隊が305を1機、海上自衛隊が1機(320→625として納入)採用、その他リース機として生産された。多くは600型に、その後にカーゴへ改造された。

後ろから乗るYSとして、YSのマイナーチェンジタイプとしては最も異彩を放った存在であった。

YS-11A-400

  • 生産機体番号 - 2124、125、150、151、160-162、174

YS-11Aの貨物専用機である。航空自衛隊に7機(402型)と海上自衛隊に1機(404型)が納入されたが、民間からの受注はなかった。胴体後部左に横3.05m・縦1.83mのスライド式カーゴドアを設置、床は全面補強を行い、44席のパッセンジャーシート、3人がけのトループシート14基(42席)を設置可能、担架は24台を輸送できる。航空自衛隊では小型物資投下ドアも設置されている。

YS-11A-500

YS-11A-500・JA8776
  • 生産機体番号 - 2122、153、156、179
  • 改造機体番号 - 2050 - 57、61、62、64、65、69、75、77 - 79、81、91、92、94 - 99、109、111 - 114、117 - 122、126、127、131、141、142、147、149、152 - 154、156、157、163、165、166、176、178

YS-11A-200のエンジンを542-10Kに換装し、ペイロードを500kg増加した機体。最大離陸重量も増加したため、運用能力が向上した。ピードモントが1機(205/500)、オリンピックが2機(220/500)、フィリピン航空が1機(523)採用した。また、200のうち54機が改造された。最後まで残った日本エアコミューターの4機はこのタイプである。日本ではJA8766(製造番号2142)・JA8768(製造番号2147)の機体が最後の最後まで使用され、ファイナルにはJA8766が使用されていた。このシリーズには後にオートパイロットやTCASなどの追加装備を施したものも存在している。

YS-11A-600

ミッドパシフィック航空のYS-11A-600(1981年)
  • 生産機体番号 - 2104、140、169 - 173、180、181
  • 改造機体番号 - 2070、71、72、73、89、106、128、182

YS-11A-300のエンジンを542-10Kに換装し、ペイロードを500kg増加した機体。最大離陸重量も増加したため、運用能力が向上した。海上自衛隊がT-Aとして2機(320/624)、ペリタ・エアサービスが2機(320/623)、リーブ・アリューシャン航空が2機(320/623)、ソシエテ・ジェネラル・アリマンタシオンが1機(321/627)、ガボン政府が1機(321/621)、ポーラック・インドネシアが1機を採用した。また、300のうち8機が改造された。

このタイプも-300同様、搭乗の際は後ろ側から乗り込む形となり、全日空のラストフライト機にはこのタイプが使用された。

YS-11A-500R

  • 改造機体番号 - 2101、102、103、108、115、116、133、146

YS-11A-200のエンジンにMk543を搭載、高気温高地運用時の片発上昇性能が向上したことで、離陸重量制限が緩和された。開発段階ではYS-11Rであり、1972年(昭和47年)7月に型式証明を取得した。全日空の213のうち、8機が改造の対象となった。

YS-11A-CARGO

  • 改造機体番号 - 2050 - 53、56、62、70-73、75、77、86-88、104-106、113、114、117、120、129、139、140、154、169、170、171、173

YS-11Aの第3次カスタマーが運航している、YS-11の最終形態と言える機体である。その名の通り全室貨物機であり、200/300/500/600のうち、最後まで残った機体の中から30機が改造された。

計画機

赤字が問題になっていた日航製だったが、通産省の主導で1967年(昭和42年)頃より、YS-11の後継機種(YX)の構想を練っていた。1970年(昭和45年)には二つの派生型まで用意していた。しかし翌年末の1971年(昭和46年)に政府決定によりYS-11が生産中止となったため、計画も放棄された。

YS-11J
YS-11のリージョナルジェット タイプ
  • 全長29.5m、全幅32m、全高8.5m。
主翼の上にロールス・ロイス/スネクマ(SNECMA) M45Hターボファンエンジンを搭載、後退尾翼に改造し、最高高度7,620m(2万5千フィート)航続距離2,100km、巡航速度650km/hを目指した。設計図や当時の詳細パンフレットなども残っており、ジェット機は通常翼の下部分にエンジンがあるが、この機体の イラスト ではエンジンを翼上に搭載したタイプである。
YS-11S

YSX YS-11の短距離離着陸 (STOL) タイプ

  • 全長28.8m、全幅29m、全高7.3m。
エンジンを4基搭載、尾翼を大幅に改造して、航続距離900km、600m級の滑走路で離着陸が可能とされた。1970年(昭和45年)にアメリカン航空が、短距離の都市近郊路線へのSTOL機導入のため、1974年(昭和49年)に国際競争入札すると発表したことから計画した。入札内容は47席以上のコミューター機、開発費のかからないもの、20機から300機を購入するとしていた。候補に選ばれたのは日航製のほか、ホーカー・シドレー、コンベア、デ・ハビランド・カナダマクドネル・ダグラス
YS-33
1967年(昭和42年)に通産省がYS-11の後継機種(YX)として研究を開始した。1968年(昭和43年)に90席前後のターボジェット機として構想され、市場調査と基礎設計を開始した。1969年(昭和44年)に「YS-33」と呼ばれるようになり、1300mの滑走路で離着陸性能を持つ90席前後の機体で、3発ジェットエンジンのDC-10に似た 機体 となった。1970年(昭和45年)に構想は更に大型化して、180席クラスのロールスロイス・ターボファンエンジン換装の機体にまで拡大した。ロールスロイス社がエンジンの開発を中止したことや、開発予算が膨らんだことに加え、日航製の赤字問題で1971年(昭和46年)に開発が中止された。
この研究は後に締結されるボーイング社との国際共同開発の基礎となった。

注釈

  1. ^ その後MRJの生産拠点となる。
  2. ^ スプリングタブは、補助翼にも取付けられている
  3. ^ 4号機はYS-11A-320/625をベースにしているため前部が貨物室、後部が客室
  4. ^ 2020年3月までは羽田空港で保管されていたが、一般公開が限られることから、公開の在り方について検討を重ね、無償貸与という形でザ・ヒロサワ・シティにて展示されることとなった

出典

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