X-GUN X-GUNの概要

X-GUN

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/09 14:29 UTC 版)

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X-GUN
メンバー 西尾季隆
さがね正裕
別名 アジアの超特急
結成年 1990年
事務所 ホリプロコム
活動時期 1990年 -
出会い 音響専門学校
旧コンビ名 丁半コロコロ
芸種 漫才
ネタ作成者 西尾季隆
過去の代表番組 GAHAHAキング 爆笑王決定戦
ボキャブラ天国など
同期 千原兄弟
FUJIWARA
バッファロー吾郎
なだぎ武
白川悟実(テンダラー
博多華丸・大吉
カンニング竹山
堀内健原田泰造ネプチューン
ウド鈴木キャイ〜ン)など
公式サイト 公式プロフィール
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一時期「丁半コロコロ(ちょうはんコロコロ)」にコンビ名を変更、その後再度「X-GUN」へ戻している。

メンバー

西尾 季隆(にしお ひでたか、1970年2月20日 - )(51歳)

さがね 正裕(本名:嵯峨根 正裕〈さがね まさひろ〉1970年3月25日 - )(51歳)

  • ツッコミ担当、立ち位置は向かって右。
  • 身長170cm、体重64kg。血液型O型[1]
  • 京都府舞鶴市出身。

略歴

X-GUN(第1次)時代

  • 大阪の音響専門学校で2人は出会う。クラスが同じで、お互い周囲と話が合わず孤立気味だったのとお笑い好きである共通点から接近していったとのこと。
  • 「芸人になりたい!」と最初から思っていた訳ではなく、当時の心斎橋筋2丁目劇場では1人500円の参加料で舞台に立てる一般参加型イベント「2丁目アマチュアナイト」が開催されていた(吉本興業主催のオーディションイベントであると思われる)。その司会が今田耕司東野幸治であったため「500円出せば2人に会える」という動機で出演、2人のネタを見た今田・東野から「君らプロになるの?」「(プロに)なったらええのに」と勧められたのがきっかけで芸人の道を進むこととなった[2]
  • プロの芸人となるにあたっては層の厚かった吉本には入らず、東京の事務所へ入るため上京を決心。2人ともアルバイトに励んで資金を貯め続けたが、さがねは両親から芸人になるのを反対されて西尾には何も言わず就職してしまい、これに西尾が憤慨し一旦絶縁状態にまで陥る。それから西尾は1人でも上京するつもりでいたがさがねはどうしても夢を諦めきれず、そして西尾との友情を失いたくないとの思いから両親を説き伏せて何とか同意してもらい、半年ほどで退職して西尾に連絡を入れた。西尾もさがねの話を聞いている内に蟠りを捨てて2人一緒での上京を決め、共に東京行きの新幹線へ乗った。
  • 1990年、『X-GUN』としてコンビ結成。幾つか事務所のオーディションを経て渡辺正行に誘われ、彼の主宰だったM2カンパニー(現・ホリプロコム)へ入る。コンビ名の由来は西尾が好きだったバンド・おかげ様ブラザーズのアルバムタイトルから。西尾が気取りの全くない関西のおばちゃんキャラを延々と演じ続け、それに耐えかねたさがねが思い切りツッコむのが漫才のパターンだった。
  • 1994年、『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』にてチャンピオンを目指し2度の挑戦の末、10週目寸前の9週目まで勝ち抜いたものの同時にその勝ち抜きコーナー自体が終了。審査員だったテリー伊藤から慰められるものの、ブレイクチャンスをつかみ損ねる。またその翌年には『GAHAHAキング』の後身番組『GAHAHA王国』出身のお笑いユニット『東京ギャグファクトリー』として合同ライブも行っている。メンバーはネプチューン、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)、底ぬけAIR-LINE、X-GUN、ノンキーズピーピングトムU-turnの7組による16名で、東京のお笑いを強化するため各メンバーの所属事務所が共同で立ち上げた一大プロジェクトだった。この頃吉本が東京で売り出していた吉本印天然素材への対抗策だったとも言われている。
  • 1990年代後半、『ボキャブラ天国』などで人気を博す。西尾は登場時のツカミに得意のおばちゃんものまねを織り交ぜたデブネタを使っていた(2人で「バッツグーン!」と両手を交差させ×印を作った後片方の拳を突き上げるポーズを決め(参考画像)、その後に西尾が「キャ〜! リズミカルデブ!」と叫ぶなど)。
  • 前略ヒロミ様』内でヒロミを中心に結成したバンド・フライングオイスターズに西尾がドラマーとして参加。ライブも開催し、CD「振り向け」(作曲は宇崎竜童)をリリース。
  • TBSラジオの『サタデー大人天国! 宮川賢のパカパカ行進曲!!』でのコーナー「ツムラ街角ヤッホークイズ」の司会を務める。
  • 1998年テレビ朝日深夜ドラマせつない TOKYO HEART BREAK』にて三角関係に悩む売れない芸人「フラワーボーイズ」として主演。バナナマンも共演していた。
  • TBCラジオの夜番組・イキナリ!の月曜枠『X-GUNの一発かましたれ!!』(22:00 - 23:00、番組自体はイキナリ!が始まる前の2000年1月から放送されている)でパーソナリティーを務める。
  • X-GUN(第1次)時代、底ぬけAIR-LINEと共に伊東一雄(パンチョ伊東)のモノマネで『ダ・パンチョ』というカルテットを組みDA PUMPif...」を替え歌した。メインボーカルは西尾が担当した。
  • 単独ライブは1997年に渋谷ON AIR EAST(現・Shibuya O-EAST)、1999年赤坂BLITZで上演。コントに音楽を盛り込んでおり、オリジナル楽曲も披露された。ライブハウスでのお笑いライブ上演は当時では異例だった。
  • 1999年に『ボキャブラ天国』が終了して以降は仕事が激減、月給もピーク時の200万円から2万9000円と約1/70にまで下がってしまった。事務所の後輩に対して前説の仕事を譲るよう迫ったり、営業でスーパーに赴いたところ一切客が集まっておらず営業先から「人を集めてください」と言われたり、後輩と一緒に営業のイベントへ出演して「売れっ子の後輩にくっついてってるコバンザメ」呼ばわりされたり、客がネタを見るのを目的でなくネタを披露後のトイレットペーパー積み放題の無料プレゼントゲーム目当てで仕方なしに残っているのがミエミエだったりと屈辱の日々を送る。それでも売れっ子になった爆笑問題が自分の冠番組の1コーナーに起用するなど、仕事を回してくれたおかげで乗り切れたという[3]

丁半コロコロ時代

  • 2006年、『細木数子が緊急大予言・アナタの将来を幸せにするSP』(テレビ朝日)[4]で改名アドバイスを貰う予定だったが、細木の「続きは他局でやる」という意向により『ズバリ言うわよ!』(TBS)内で「丁半コロコロ」へ改名(当時の西尾のブログ)。解説によると、さがねが「丁」で西尾が「半」らしい。
  • 「現在のコンビ名での活動が10年以下」という参加条件に則り、2006年の第6回『M-1グランプリ』へ出場するも3回戦進出に終わった(当時の西尾のブログ)。なお、X-GUNとしては第1回の時点で結成から10年を超えていたため参加資格そのものが無かった[5]
  • 2006年9月5日放送の『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』 にてさがねのダメダメぶり・いっぱいいっぱいぶりを後輩のくりぃむに諌められ、「解散しなきゃ西尾さんがかわいそうだ」とくりぃむは冗談半分で批判。これは前回のさがねをゲストに迎えた24時間テレビ反省会が、24時間テレビ内で史上最悪レベルのダダ滑りを連発した「さがね反省会」になってしまったのを受けて「丁半コロコロ解散総選挙」として行われたもので西尾も「本気で解散を考えている」と語り、飛び入りで土田晃之デンジャラスも加わってさがねへの不平不満を述べた[6]。特に土田は「自分のコンビが解散した時と一緒」と語るなど事態の深刻さを窺わせていた。同番組内でさがねは脳天気にも「今頑張ってることは家の掃除」「(西尾は)1くらいの話を100に膨らまして話してる」などと発言、それに西尾は「1の話を0.5にしてる、そのまんま話したらマジ喧嘩になってしまうから」とコンビ間の温度差が目立っていた。そして番組中のリスナー投票では解散を支持する声が多かったが、別室にてコンビで話し合いを重ねたところさがね自身も「壁に突き当たって悩んでいる」と告白するなど、最終的に西尾が「今後のギャラの8割を自分が貰う」と条件を立てて正式にコンビ継続を発表したものの、存続が危ぶまれた(当時の西尾のブログ)。しかしながら後に自身のラジオ番組で西尾が「解散はない」と断言した。同年10月に『BINGO75』(BSフジ)で、コンビ結成以来解散を考えたのはこの一度のみと明かしている[7]

X-GUN(第2次)時代

  • 2008年9月28日放送の『タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル』内で、「(改名した事を)誰も知らなかったのに、今日を境に(コンビ名を)「X-GUN」に戻そうと」発言し、同番組では最後までX-GUN名義で参加。その後、西尾が 自身のブログ で正式に「X-GUN」への再改名を発表した。
  • 2009年7月19日に原宿で行われた『サイボーグ009』の連載開始45周年記念イベントにおいて、スピードワゴンクワバタオハラヒデヨシと共にスペシャルユニット『ホリプロ009』として出演。全員が劇中のメンバーの衣装を着用して登場しチャリティオークションを行った他、劇中のサイボーグたちが各々違う特殊能力を持っていることにちなんで各自が自分の「特殊能力」と称した持ち芸を披露した。
  • 2011年9月15日、東京・渋谷のダンススタジオBEASTARで行われた韓国映画『ホワイト』のダンスバトルイベントへ、事務所の後輩・KICK☆と共に映画に登場するアイドルグループ「ピンクドールズ」の日本版グループとして参加した。イベントでは「T-ARA」のカバーダンスチーム「M:name」とダンスのカバーバトルで対決。お揃いの白いロン毛のカツラを着用し、ジュリアナクイーンの荒木久美子師匠をチームに迎えて特訓の成果を発揮したダンスを披露。
  • 2012年、「AAA TOUR 2012 -777- TRIPLE SEVEN」では西尾がツアーレポート番組「有沙と洸とブーデーの追いかけセブン」でレポーターを務める。
  • 2013年、「AAA TOUR 2013 Eighth Wonder」では西尾に加えさがねも参加するツアーレポート番組「ブーデーpresents逢いたかったらWonderパフォーマンス!」でレポーターを務める。
  • 2014年、PlayStation 3専用ソフト『魁!!男塾 〜日本よ、これが男である!〜』のPR用ムービー「男の大バトルスペシャル」にさがねが古坂大魔王クロちゃん安田大サーカス)、ななめ45°と共に出演。メンバーは『魁!!男塾』の世界を再現した衣装(古坂は長ランに白鉢巻きに下駄履き、さがねは羽織袴、クロちゃんとななめ45°は長ランに学生帽に下駄履き)を着用。古坂とさがねはナース風レースクイーンの衣装を着た木口亜矢と共に進行係を務め、後の4人が白褌一丁になって「男塾入塾試験」と称した過激なゲームを実行した[8]ファミ通.com内記事)。
  • この年、さがねは『R-1ぐらんぷり』へ出場し2回戦進出。
  • 2015年7月12日、東京・しもきた空間リバティにてユニットライブ「ホニーライブ」を開催。西尾がチャーミングのネタに「『こんな面白いネタをやる人たちがいるなんて!』と思ったと同時に、自分たちが忘れていた何かを思い出させてくれた」と感銘を受けたのが開催の動機で、ライブにはチャーミングとその同僚だったオテンキ、後輩のオレンジサンセットを呼んでいる。なおライブ名は4組の所属事務所の名前(ホリプロコムとSMA NEET Project)を組み合わせた物で、次回以降については楽しいかどうかに重きを置いて柔軟に展開していくという[9]
  • 2016年5月、漫才協会に加入[10]。同年3月の漫才協会のライブ「漫才大行進」の「道場破り枠」への出演がきっかけで、ライブ後の打ち上げの席上で青空好児(青空球児・好児)から「やはり芸人は舞台の上でネタをやらないと」とアドバイスされ、芸人として自分たちの芸を磨き直すため入会を決めたという。

  1. ^ a b X-GUN - ホリプロコム オフィシャルウェブサイト”. ホリプロコム. 2020年7月26日閲覧。
  2. ^ 「ココロの旅」2012年11月20日放送分(webアーカイブ)
  3. ^ ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!』2011年10月22日放送より。
  4. ^ 1月1日放送分
  5. ^ 同様に博多華丸・大吉も第1回の時点で結成11年であり出場資格は無かったが、ある作家や吉本から出場を勧められて一時期だけコンビ名を『華丸マル・大吉』に改名した上で出場。準決勝まで進出したものの主催側から結成歴の問題を突きつけられて事実上の失格となっている。
  6. ^ くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン【今週の放送】”. www.allnightnippon.com. 2021年11月9日閲覧。
  7. ^ 「コンビ解散を考えたのは何回?」というクイズとして出題された。
  8. ^ お笑いナタリー記事、2014年2月27日
  9. ^ お笑いナタリー記事、2015年5月28日
  10. ^ お笑いナタリー記事、2016年5月5日
  11. ^ sharara99. “X-GUNの西尾季隆さんがS状結腸憩室穿通で入院” (日本語). お医者になるのは、大変ですね. 2021年11月9日閲覧。
  12. ^ X-GUNのさがね正裕さんがプロデュースの「嵯峨根家」がオープン”. 新宿ニュースBlog. 2020年7月26日閲覧。
  13. ^ さがね正裕さんプロデュースの嵯峨根家 先月末で閉店”. 新宿ニュースBlog. 2020年7月26日閲覧。
  14. ^ この回は1〜4位までは450KB以上およびオーバー500KBが2組も出るという大接戦だった。そして上位4組までは高得点を記録していたが5位以降はすべて100〜200KB台に終わるという、極端に差が開いた回でもあった。4位の坂道コロコロは453KBで、X-GUNとはボール40個分もの差があった。なお、6位のハレルヤ林家彦いち(261KB)とはボール8個差であった。
  15. ^ 彼らは地方収録(大阪大会)で記録したため、東京収録で293KBでのオンエアはX-GUNが初となる。
  16. ^ TBS. “オールスター後夜祭” (日本語). TBSテレビ. 2018年10月7日閲覧。
  17. ^ 有吉MC「オールスター後夜祭'19春」あかつ、コウメ、ジョイマン、ザコシ集結”. お笑いナタリー. 2019年4月10日閲覧。
  18. ^ 坊主ワッキーも大興奮、脱衣麻雀でセクシー女優が手ブラ姿を披露” (日本語). AbemaTIMES. 2019年5月18日閲覧。
  19. ^ 単独ライブ「STAY OR GO」の会場内で発売されたCDつきパンフレットで、曲はX-GUNの2人が作詞・作曲した物である。後にライブビデオの付録にもなっている。
  20. ^ 「前略ヒロミ様」(フジテレビ)の番組内で結成されたバンド「ザ・フライングオイスターズ」のナンバーで、当時番組に出演していた西尾がドラムを担当している。


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