NTSC 音声多重放送

NTSC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/21 05:19 UTC 版)

音声多重放送

音声は当初モノラルのみであったが、1978年に日本の東京広域圏で、FM-FM変調によるEIAJ方式音声多重放送が始まった。

1984年、アメリカでBTSC (Broadcast Television Systems Committee) が、MTS (Multi-channel Television Sound) と言われるAM-FM変調方式の音声多重放送の規格を制定した。日本とアメリカの方式の場合、音声信号内にサブキャリアを挿入する。

またPAL圏の西ドイツでは1981年から、A2ステレオ方式で音声多重放送を行っている。これは前2者の様な方式と異なり、2つ目の音声搬送波を設けて、そこで第2音声(二ヶ国語放送の外国語音声または、ステレオ放送時の右チャンネル音声)を伝送する規格である。

他のカラー放送方式との比較

短所

NTSC方式のクロマ信号は、カラーバースト信号で示される基準位相との差が色相を表すという特性を持っている。そのため、伝送・増幅系やフィルターなどで位相歪みが発生すると表示画像の色相のずれに直結してしまう。空間波による放送ではマルチパスがもたらす信号歪みを完全に避けることは不可能であり、その影響も受信アンテナの性能とそれを設置した家々の位置によってまちまちとなる。またクロマ信号側帯波の広がり ( - 4.2MHz) の直上には音声キャリア (4.5MHz) が存在し、これによる妨害を排除する為の急峻な遮断特性を持つフィルターは1950年代当時の家電製品に適用できる技術ではクロマ信号の位相特性が確実に悪化する物しか作れなかった。

放送技術関係者らは、NTSC方式を評して自嘲的に

"Never Twice Same Color"(同じ色は二度と再現できない)
"No Television Same Color"(同じ色が出るテレビはない)
"Never Tested Since Christ"(有史以来、技術的正当性を検証していない)

などと揶揄しているくらいである。

NTSC以後に開発されたPALでは2つある色差信号のうちR-Y成分の極性を走査線1本毎に反転する事によって、位相歪みの影響を画面上で目立たなくする改良が加えられている。SECAMでは色差信号はFM変調されており、この種の問題は原理的に発生しない。

しかし1950年代から1970年代には問題となっていたこの件も送出側規格の厳密化やアンテナの指向特性向上、位相歪みを低く抑える電子回路技術の進歩、特に高性能な中間周波フィルター類の開発と量産廉価化・広範採用により次第に改善され「受像機を設置した先々で、いちいち色相調整つまみを回して合わせ込まないと正しい色が再現できない」という煩わしさを過去のものとしている。

長所

NTSC方式は周波数インターリーブ関係が単純であり、直上直下のライン相関性を利用して輝度信号とクロマ信号とを比較的高い精度で分離するクシ型フィルターを数%の部品追加で実現できる。2本離れた走査線との比較が必要になるPALではライン相関性が低下してY/C分離の精度が悪化し、SECAMではそもそも色信号にライン相関性が無い。画面全体の映像信号を蓄積できる大容量メモリを使って過去のフレームとの比較を取り、フレーム間の相関性を利用して輝度/色差信号を抽出する3次元Y/C分離が家電製品に使われるようになる1990年代初頭までこの点ではNTSC方式に優位性があった。

なおNTSCの走査線数525本に対しPALのそれは625本と多く、画面の詳細度はPAL方式の方が上回っている。逆にNTSCのフレームレートはPALの毎秒25枚に比べ20%増しの毎秒30枚であり、動きが滑らかである。しかし水平解像度と走査線数とフレームレートの積は当該チャンネルの放送波が占有し消費する周波数帯域の広さと比例し各値はトレードオフする関係にあるため、これをもって方式の優劣を語ることは出来ない。

放送電波の帯域は当該国家ないし地域住民の言わば共有インフラ・共有財産であり、民生用途に話を限ったとしてもテレビジョン放送のみに専用が許されているわけではない。VHF帯 (30 - 300MHz) の利用が始まったばかりの1940年代において、当時の16mm白黒映画フィルムと同等の解像度400ラインペア[注釈 4] 程度を確保した上でチャンネル当たりの占有帯域が6MHzで済むNTSCは、国土が広く混信を避けつつ全国放送を行うためには多くのチャンネルを必要とするアメリカの事情を反映して開発された方式でもある。欧州などの7 - 8MHzのチャンネル幅を必要とするPAL/SECAM方式や14MHzもの帯域を占有して819本の走査線を描くフランス式System-Eの様に放送チャンネル当たりの帯域を広く取ればそれだけ多くの走査線を詰め込めるが、確保できるチャンネル数はその分減少する。テレビジョン放送用のチャンネル数を増やすには周波数が高い方向に確保するしかない(低い側の周波数領域は既に他の放送通信用途で埋まっており、数十 - 数百MHz単位で連続した領域を確保するには高い周波数帯を開拓する以外に方法は無い)わけだが、周波数が高くなればなるほど送信側受信側とも克服せねばならない技術的困難は増大する。

日本における実装 (NTSC-J)

アメリカやその他の国々で採用されているオリジナルのRS-170A/SMPTE-170M規格では最低輝度を表すセットアップレベルは7.5IREと規定されているが、日本NHKでは黒レベルとブランキングレベルが等しく0IRE (=0V) となっている。民放では、5IREとなっており、両者の違いはごくわずかであり、多くの一般人はこのような差異が存在すること自体に気が付かないであろう。しかし業務として映像に携わる人々にとっては無視できない違いであり、業務用機器では日本規格と米国規格とで製品ラインナップが別になっていたり明示的にセットアップレベルを切り替えるスイッチが付いていたりする。

また、「輝度100%の」を意味する信号が送られてきた時に表示する「白」の色温度も日米で異なっている。SMPTE-170Mでは国際照明委員会 (CIE) 標準光源のD65(色温度約6500Kの昼光色)を目標色にしているが、日本では明文化された規定は無いが色温度約9300KのD93光源の色が業界標準となっていた。

なお、日本の東半分(富士川および糸魚川以東)ではAC電源の周波数は米国の60Hzと異なる50Hzであるが、50Hz地域でNTSCを採用しているのは日本以外ではミャンマージャマイカチリペルートンガなどと少数派である。白黒時代に垂直同期周波数を米国の電源周波数と等しい60Hzに決定した理由は、端的に言えば1940年代の電子回路に使える増幅素子が真空管だけだったためである。当時はコンセントから取ったAC電源を直接整流してコンデンサで平滑化しただけで回路内部のメイン電源を生成するトランスレス設計が当たり前であり、安定化されていないB電源には交流周波数と同じ周期の脈流成分が多量に含まれていた。同様にブラウン管に印加する加速電圧も安定化されていないために電子ビームの速度が変化してしまい画面が明滅したり偏向感度が変化して画像が膨張・収縮する現象を抑えきれず、表示フィールドレートと電源周波数が等しく[注釈 5] なっていないと激しいフリッカー(ちらつき)や画面の振動を生ずる危険性があった。またブラウン管の蛍光面を焼きつきから保護するために放送を受信していない時にも水平・垂直偏向系を駆動し続ける必要があり仮の同期信号を電源周波数の逓倍で作れるよう、総走査線数は比較的小さな奇数の積 525=3×5×5×7となっている。ところが、このような電源周波数に依存した設計を採ると日本の東西で方式を分けなければならなくなってしまう。幸い、アメリカでテレビ放送が開始された1941年から日本で開始される1953年まで十余年間の技術進歩の恩恵を受けて、内部回路用の低圧電源や電子ビーム加速用の数千ボルトの電圧を一定に保ち、また電源周波数の逓倍に頼らずとも正確な発振周波数を得られる電子回路とそれらを可能にする部品群が開発されており、東日本地域でNTSC方式の受像機を使用しても画像に上記の様な問題を生じることは無い。

75μ秒でプリエンファシスされた信号を50μ秒でデエンファシスした結果

そしてこれはテレビジョン放送規格の差異ではないが、日本のFMラジオ放送では音声信号のエンファシス[注釈 6]時定数は欧州規格と同じ50 μsを採用している。アメリカや韓国・フィリピンなどではFMラジオ放送のエンファシス時定数とテレビのそれとは同じ75 μsであるため、テレビの音声放送周波数にチューニングダイヤルを合わせる事が出来れば(あるいは周波数変換機:コンバーターを使用すれば)テレビの受像機が無くても音声部分だけはラジオで聞く事が出来る[注釈 7]。しかし日本規格(50 μs)のFMラジオ受信機で何の対策もせずにエンファシス時定数75 μsで放送されているTV音声を聞くと高域が強調されて、いわゆる「キンキンした」音になってしまう。


注釈

  1. ^ 画像を水平走査線で分解するという事は、垂直方向にはサンプリング(標本化)を行っているのと等価であり、436本というのは白い水平線と黒い水平線を交互に並べた画像を白と黒の境目が走査線の境目と一致するように撮影した理想的な状況下での最大解像度である。撮影するTVカメラを上か下に1/2ラインずらした時の画像を想像してみて欲しい。一面灰色の、何も描かれていない絵が表示されてしまう事になる。またカメラのズームレンズをワイド側に引いて白と黒の周期を走査線の周期の等倍未満にするとナイキスト定理によるモアレが発生し、この場合も元の絵とかけ離れた画像になってしまう。
    RCA社のレイモンド・D・ケルはこの現象の調査の為、一般人を含む視聴者に様々な画像を見せて実験を行い人間が視認可能な垂直解像度は状況にも拠るが走査線数の64%(1934年調査) - 85%(1940年調査)になるという観測結果を得た。一本の走査線の中でも電子ビームが当たっている中央部が最も撮影時の感度が高く(表示時には明るく)中心から離れるにしたがって感度や輝度が漸減して行く撮像管撮影・ブラウン管表示システムでは低下の度合いが大きく約70%であるが、CCDCMOSといった撮像素子で光学像をとらえLCDプラズマディスプレイのような表示デバイスに映し出す場合は走査線の幅の下端から上端まで同じ感度を持ち同じ輝度で発光させられるためほぼサンプリング定理通りの90%程度まで向上する。
    なお、ケルの実験では全てプログレッシブスキャン(順次走査)で表示した画像を使って調査しており時折言われる「飛び越し走査を行う事で起きる(とされる)垂直解像度の低下現象」とケルファクターとは本来無関係である。
    参考:M. Robin, "Revisiting Kell", Broadcast Engineering, May 2003 & Kell, Bedford, Trainer, "An Experimental Television System : Part II - The Transmitter", Proceedings of the IRE, vol.22 issue11, page 1246-1265, 1934, ISSN 0096-8390
  2. ^ 走査線1本の幅が視角度1分(1/60度)未満になる距離。視力1.0の人物を標準的な視聴者として想定したとき、この人がこの距離よりもブラウン管から離れると画面上に並んだ走査線間の隙間が潰れ「走査線の集まり」ではなく「面」として認識されるようになる。画面縦横比3対4で総走査線525本、映像信号を含む事ができる有効走査線が485本、オーバースキャン率90%を考慮すると画面上に表示される走査線数は430本あまりになるNTSCの場合、画面対角線の長さの6倍とされている。
  3. ^ 水平方向の全てのタイミングの基準点。色副搬送波のゼロクロス(位相0度および180度)点もここに同期させている
  4. ^ 現代の16mm映画フィルムは、HDTVのそれを越える2000ラインペア以上の分解能を持っている。
  5. ^ 等しければ、明暗の帯や画像のゆがみの位置は画面上で固定される。
  6. ^ FM変調では、変調前の信号の周波数が高くなるに従って復調後の信号に現れるノイズが増加するという特性を持っている。そのため変調前の信号の高域を強調しておき、復調後に高域を減衰する事でノイズレベルも同時に低下させるプリエンファシス/ディエンファシス処理がラジオ放送その他で一般的に行われている。
  7. ^ ただし周波数変移はFMラジオの±75kHzからTVでは±25kHzに狭まっているため、音量は1/3となる。
  8. ^ NHKの全放送局、サンテレビ放送大学などは停波直前にコールサインを読み上げていない。

出典

  1. ^ see FCC Code of Federal Regulations Title47 Part73 Section699 figure7 .
  2. ^ 大塚吉道「NTSC-フイールド周波数59.94Hz, 1000/1001の秘密-」『映像情報メディア学会誌』第54巻第11号、2000年、1526-1527頁、doi:10.3169/itej.54.1526 
  3. ^ アナログテレビ放送 “終了”1カ月前倒し/NHK・民放計画 映像やめ音声のみ
  4. ^ 7月1日以降のアナログ放送で画面左下に停波告知-画面の1/9で「アナログ放送終了まであと○日」 - AV Watch2011年6月17日
  5. ^ 総務省ウェブページ 「地上デジタル放送受信のための支援(簡易チューナー無料給付等)」






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