1982年のル・マン24時間レース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 22:19 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動1982年のル・マン24時間レース | |||
前年: | 1981 | 翌年: | 1983 |
概要
この年からル・マン24時間レースはグループCの車両によって争われることになる旨1981年に発表された[4]。参加車両があまりに少なくなることを防ぐため、グループ6も排気量2,000ccを限度として参加を認められた。実際にはグループCの車両が参加車57台[5]中ほぼ半数の28台[4]または29台[5]を占めた。
使用可能燃料は2,600リットルとされた[2]。
グループC
前年優勝し本命のポルシェはポルシェ・956を新たに作成した。前年優勝したポルシェ・935/81と同じ[6]935/76型[6]2,649ccツインターボエンジンで出力は650PS[6]/8,200rpm[6][注釈 2][注釈 3][注釈 4]。重量は820kg[6][2]であった。
アストンマーティンはローラT70系のシャシを使用した[7]ため31号車が1,047kg、32号車が1,051kgと[8]やや重かった[7]。
ローラ・T610、フォード・C100、ザウバー・SHS、ロンドー・M379など各社が作成した車両の多くはフォード・コスワース・DFLエンジンを使用、3,955cc自然吸気で550PS/9,000rpmとも言われたが燃費との兼ね合いで8,000-8,500rpmに抑えて使用された[4]。
フランスの小コンストラクターWMから、市販のプジョー製2,849ccV型6気筒PRV型エンジンをベースに4バルブ化しKKK製ターボを2個装着し540PSを発生するエンジンを積んだWM-P82が出場した[4]。
グループ6
ランチアがLC1で出場した。ベータ・モンテカルロ[2]用直列4気筒1,425cc[2]エンジンにターボを2個装着し450PS/9,000rpm[4]とエンジンパワーでは劣る[2]ものの、多くのグループCカーが850kg以上ある中で640kg[2][注釈 5][注釈 6]の軽量と信頼性で唯一ポルシェのライバルになり得ると目された[2]。
IMSA-GTX
マツダは完走を目標としトム・ウォーキンショーとチームを組みマツダ・RX-7・254を2台投入した[5]。
予選
出走は55台[9]。
6月16日と6月17日の夕方から4時間ずつ、合計8時間に渡り行なわれた[4]。
始まって2時間もしないうちに本命のジャッキー・イクス/デレック・ベル組が前年のタイムを11秒も上回る[4]3分28秒40[3][4]を記録して残り時間をセッティングとデータ取りに費やし、これがポールポジションになった[4]。
ランチア・LC1は3分31秒42で4位であった[4][3]。
グループCカーの多くはトラブルが出て修正や調整に追われた[4]。
マツダは82号車が4分4秒74で50位、83号車が4分11秒29で53位とし、決勝に進出した[5]。
- ^ 『Gr.Cとル・マン』p.55は6月22日とするが、24時間レースであること、決勝は土日に行われること、他の資料と食い違う資料がこれだけであることから誤植と判断した。
- ^ 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』p.73は「600psを超えているという」。
- ^ 『Racing On』459号p.18は「650ps」、p.19は「620ps以上/8.200rpm」。
- ^ 『Gr.Cとル・マン』p.54は「630馬力(過給圧1.2)」。
- ^ 『Racing On459号 特集 ポルシェ956』p.18は「650kgに満たない」。
- ^ 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』p.は「700kgに満たない」。
- ^ a b c 『Racing On』459号 pp.10-13。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs bt bu bv bw bx by bz ca cb cc cd ce cf cg ch ci cj ck cl cm cn co cp cq cr cs ct cu cv cw cx cy cz da db dc dd 『Gr.Cとル・マン』pp.54-55。
- ^ a b c d e 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』pp.224-231「資料2」。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』pp.27-154「ルマン24時間レースの歴史」。
- ^ a b c d e f g 『ル・マン 偉大なる草レースの挑戦者たち』pp.29-62「質屋通いのレース記者」。
- ^ a b c d e f g 『Racing On』459号 pp.14-19。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『ル・マンの英国車』pp.132-133「1982」。
- ^ a b c d e 『ル・マンの英国車』p.144。
- ^ a b c d 『ル・マン 偉大なる草レースの挑戦者たち』pp.298-303。
- ^ 『Gr.Cとル・マン』p.22。
- ^ 『THE 911&PORSCHE MAGAZINE No.63』2011春号p.133。
- 1 1982年のル・マン24時間レースとは
- 2 1982年のル・マン24時間レースの概要
- 3 決勝
- 4 結果
- 5 出典
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