黒部ダム
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黒部ダム | |
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所在地 | 富山県中新川郡立山町芦峅寺 |
位置 | |
河川 | 黒部川水系黒部川 |
ダム湖 | 黒部湖(ダム湖百選) |
ダム諸元 | |
ダム型式 | コンバインダム ( アーチ式コンクリートダム + 重力式コンクリートダム ) |
堤高 | 186.0 m |
堤頂長 | 492.0 m |
堤体積 | 1,582,000 m³ |
流域面積 | 188.5 km² |
湛水面積 | 349.0 ha |
総貯水容量 | 199,285,000 m³ |
有効貯水容量 | 148,843,000 m³ |
利用目的 | 水力発電 |
事業主体 | 関西電力 |
電気事業者 | 関西電力 |
発電所名 (認可出力) |
黒部川第四発電所 (337,000kW) |
施工業者 |
間組・鹿島建設・熊谷組・ 大成建設・佐藤工業 |
着手年/竣工年 | 1956年/1963年 |
備考 |
堤高: 日本の全ダム中1位 堤頂長: 日本のアーチ式ダム中1位 堤体積: 日本のアーチ式ダム中1位 総貯水容量: 日本のアーチ式ダム中4位、日本の全ダム中19位[1] 中部山岳国立公園 |
北アルプスの立山連峰と後立山連峰に挟まれた黒部峡谷にある黒部ダムは、黒部川下流域の海に面する黒部市から直線距離で約40キロメートル南東に位置し、長野県大町市から直線距離で約20キロメートル西に位置する(県境から約3キロメートル西に位置する)[5]。標高は1,454m[6]。
黒部ダムの水は平均水温4度。ダム右岸の取水口から、山中に掘られた導水路(専用トンネル)を通って[7]、約10キロメートル下流の地下に建設された黒部川第四発電所(黒四)に送られて、ダムとの545.5メートルの落差で発電する[2][8]。この発電所の名称から黒四ダム(くろよんダム)とも呼ばれる[9]。
富山県は北陸電力送配電の送配電地域であるが[10]、黒部ダムは関西電力が建設し、発電された電気は関西電力送配電の送配電地域に送電されている。
黒部ダム建設の経緯は第二次世界大戦後の復興期に遡る。当時の関西地方は深刻な電力不足により、復興の遅れと慢性的な計画停電が続き、停電による多数の死亡事故などが深刻な社会問題となっていた。決定的な打開策として、関西電力は、大正時代から過酷な自然に阻まれ何度も失敗を繰り返した黒部峡谷での水力発電[注釈 1]以外に選択肢を見出せず、当時、人が足を踏み入れること自体が困難で命がけだったその秘境の地でのダム建設案に、太田垣社長(当時)は「黒部しかない」「関西の消費電力を一気に賄える」「工期7年、遅れれば関西の電力は破綻する」と決断し[注釈 2]、資本金の3倍[7](最終的に5倍[8])の総工費で臨んだ。完成当時、電力需要における京都府の80%と大阪府の20%(合計25万kW)を賄ったことでも知られ、東京に追いつくべく産業も重工業への転換がようやく可能になった[11]。
注釈
- ^ 大正時代の初めから何度もダム計画がたてられ現地調査を行い垂直の断崖に足場を作ってきたが、重機を搬入できず計画はその都度失敗してきた[11]。
- ^ 当時のダム設計担当者であった近藤信昭によれば、人間が行くことも出来ないような場所に作る、関西電力には大正時代の黒部峡谷の現地調査資料が残されていた、豊富な雪解け水による“ダムと発電所の落差545m”での予想発電量は関西の電力不足を一気に解消できる25万kW、しかしダム建設の決断に必要な調査の10%~15%程度しか行なわれていなかったが、この調査資料のみで社長が建設を決断された、普通ではないことだ。と、関西電力も太田垣社長も追い込まれていた[7]。
- ^ 黒部ダムは長野県との県境近くにある。黒部ダムから直線距離で約3km東に県境がある。長野県大町市の「扇沢駅」(標高1425m)から専用電気バス(関電トンネル電気バス)で西に、全長6.1kmの「関電トンネル」で後立山連峰を抜けると、富山県立山町の「黒部ダム駅」に到着する(所要時間16分)。トンネル中央付近が富山県と長野県の県境である[8][12]。
- ^ 貯水量2億トンの全ての水が水量発電に使用される。東京ドーム160杯分にあたる。雪解け水など、年間を通して安定した水量で、黒部ダムの湖の水は1年間に4~5回入れ替わり、年間約8億トンの水が入ってくるとされる[8]。
- ^ 第二次大戦後の復興期、特に関西では、渇水と火力発電用石炭の不足で、昭和30年代すなわち1955年以降も慢性的な電力不足で、工場で週2日、一般家庭では週3日、使用制限(休電日すなわち計画停電)が行なわれ、深刻な社会問題となり、また復興への深刻な妨げにもなっていた[11]。
- ^ 当ダムでは110mの高さから毎秒10トン以上の水が放流されていて、その巨大な力によって川底が大きく削れると、ダムの運営に影響を与える可能性があった。
- ^ 世界遺産候補としたのは厳密には黒部峡谷と戦前に建造された第二・第三発電所や小屋平・仙人谷ダムなどが主体であった。しかし産業遺産に詳しい内閣官房参与の加藤康子は黒部ダムの可能性を示唆している[41]。
- ^ なお、中島はこの時、歌詞を間違えるハプニングを起こしている。詳細は地上の星の当該項目を参照のこと。
出典
- ^ 「順位表[全て] 総貯水容量順」一般財団法人日本ダム協会
- ^ a b 吉田裕一「関西支部だより 黒部川第四発電所・黒部ダム」『電気設備学会誌』第35巻第1号、電気設備学会、2015年、58-59頁、doi:10.14936/ieiej.35.58。
- ^ a b 『くろよん50周年記念誌』(2014年3月31日、関西電力株式会社北陸支社発行)68頁。
- ^ a b 「黒部ダム、完成50年 殉職171人の慰霊祭開く」『日本経済新聞』2013年6月5日
- ^ 立山黒部アルペンルート(富山県立山駅-長野県扇沢駅)参照
- ^ 『富山県の歴史散歩』(山川出版社、2013年3月31日1版3刷発行)31頁。
- ^ a b c d e 2005年10月11日放送 NHKプロジェクトX 第179回『シリーズ黒四ダム 秘境へのトンネル 地底の戦士たち』。
- ^ a b c d e f g 2017年10月7日放送 ブラタモリ『#86 黒部ダム ~黒部ダムは なぜ秘境につくられた?~』[出典無効]
- ^ a b c “黒部ダム[富山県] - ダム便覧”. damnet.or.jp. 一般財団法人 日本ダム協会 (2003年). 2021年7月22日閲覧。
- ^ 「日本の各電力会社の事業地域」参照。
- ^ a b c d 2000年6月27日放送 NHKプロジェクトX 第14回『厳冬黒四ダム 断崖絶壁の輸送作戦』。[出典無効]
- ^ “はじめての黒部ダム”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ “黒部ダムオフィシャルサイト”. www.kurobe-dam.com. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j 村串仁三郎「中部山岳国立公園内の黒部第四発電所建設計画と反対運動 : 戦後後期の国立公園制度の整備・拡充(4)」『経済志林』第76巻第4号、法政大学経済学部学会、2009年3月、287-374頁、doi:10.15002/00004879、ISSN 00229741、NAID 120001645955。
- ^ 「大阪はガス燈時代 東北六県・中国も深刻」『朝日新聞』昭和26年10月6日
- ^ 「出力実に二百万キロ 雪解水で三県境開発」『日本経済新聞』昭和25年7月5日3面
- ^ 『新聞に見る20世紀の富山 第2巻』(1999年7月30日、北日本新聞社発行)124、127頁。
- ^ 『くろよん50周年記念誌』(2014年3月31日、関西電力株式会社北陸支社発行)69頁。
- ^ 「黒部ダム着工50年水力発電再評価の機運も」『朝日新聞』2006年9月21日。
- ^ a b 守田光良, 吉田登「黒部川第四発電所について」『電氣學會雜誌』第85巻第918号、電気学会、1965年、376-383頁、doi:10.11526/ieejjournal1888.85.376、ISSN 0020-2878、NAID 130003435609。
- ^ 2017年10月14日放送 ブラタモリ『#87 黒部の奇跡』
- ^ 『景観デザインと色彩-ダム、橋、川、街路、水辺』技報堂 平成14年, ISBN 9784765516259
- ^ 熊沢伝三「ダム・ハンドレールと景観」『電力土木』233号 p.97-101、1991年7月号, 電力土木技術協会, NAID 40004176979
- ^ “ダムの書誌あれこれ(50)~ダムの景観~ 5ページ - ダム便覧”. damnet.or.jp. 日本ダム協会. 2021年7月22日閲覧。
- ^ “土木学会 令和2年度選奨土木遺産 黒部ダム”. www.jsce.or.jp. 2022年6月9日閲覧。
- ^ “交通アクセス”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ 富山県観光・交通・地域振興局 (2017年10月11日). “黒部ルート見学会の一般開放・旅行商品化プロジェクトについて” (PDF). 富山県. p. 4. 2022年4月24日閲覧。 “平成8年度公募定員1,000人でスタート”
- ^ “黒部ルート見学会のご案内”. 関西電力 (2022年). 2022年4月24日閲覧。
- ^ “黒部ルート見学会”. 富山県 (2022年4月18日). 2022年4月24日閲覧。
- ^ “黒部ルート 立山黒部の新しい観光周遊ルート一般開放”. 富山県地方創生局 観光振興室 (2021年4月13日). 2022年4月24日閲覧。
- ^ 乗りものニュース編集部 (2018年10月17日). “「黒部ルート」2024年に一般開放へ 関電の物資輸送路が観光ルートに”. 乗りものニュース. メディア・ヴァーグ. 2022年4月24日閲覧。
- ^ 迫力の観光放水 黒部ダム公式サイト
- ^ “黒部ダムを見る・楽しむ”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ “新展望広場特設会場”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ “黒部ダムレストハウス”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ “黒部湖遊覧船ガルベ”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ 「凍る前に冬ごもり」『読売新聞』朝刊2020年11月17日(社会面)
- ^ “湖畔遊歩道”. 黒部ダムオフィシャルサイト. 関西電力. 2021年7月22日閲覧。
- ^ a b 昭文社 山と高原地図36 剱・立山
- ^ 沢増水、登山道寸断『朝日新聞』1976年8月15日朝刊、13版、19面
- ^ 「世界遺産登録に尽力した加藤康子内閣官房参与」(47NEWS)
- ^ “世界遺産暫定一覧表候補の文化資産”. www.bunka.go.jp. 我が国の世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加記載に係る調査・審議の結果について. 文化庁 (2008年9月26日). 2021年7月22日閲覧。
- ^ “サントリーコーヒー「BOSS」新TV-CM「宇宙人ジョーンズ・宇宙人からのアドバイス」篇 公開 | ニュースリリース一覧”. サントリー食品インターナショナル. 2021年7月22日閲覧。
- ^ ““宇宙人ジョーンズ”中島みゆきの名曲「地上の星」に男泣き”. ORICON NEWS (2008年8月21日). 2021年7月22日閲覧。
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