黒澤明 受賞

黒澤明

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受賞

フランスのカンヌにある黒澤のセメントの手形。
メディア外部リンク
第62回アカデミー賞
画像
(写真は左から)ジョージ・ルーカス、黒澤明、スティーヴン・スピルバーグ
映像
黒澤明 アカデミー名誉賞
(Oscars 公式)

黒澤は国内外で多数の映画賞を受賞しており、作品はアカデミー賞、世界三大映画祭のカンヌ国際映画祭ヴェネツィア国際映画祭ベルリン国際映画祭のすべてで受賞経験がある。また、1976年に映画人として初めて文化功労者に顕彰され[10]、1985年に同じく映画人初となる文化勲章を受章した[85]1990年には第62回アカデミー賞名誉賞を受賞した。授賞式のプレゼンターはスピルバーグとルーカスが務め、黒澤は受賞スピーチで「私はまだ映画がよく分かっていない」と語った[95]。没後の1998年10月、「数々の不朽の名作によって国民に深い感動を与えるとともに、世界の映画史に輝かしい足跡を残した」功績により、映画監督初となる国民栄誉賞が贈られた[223]2009年にはシェイクスピア作品に縁のある、または影響を受けた芸術家を対象とするシェイクスピア・ホール・オブ・フェームの殿堂入りを果たした[224]

英国映画協会サイト・アンド・サウンド英語版誌が10年毎に発表した映画監督のランキングでは、1982年に批評家投票で5位[225]1992年に監督投票で3位[226]2002年に批評家投票で6位[227]、監督投票で3位[228]に選ばれた。また、1996年エンターテインメント・ウィークリー誌が発表した「50人の偉大な映画監督」リストで6位[229]2002年MovieMaker誌が発表した「史上最も影響力のある映画監督25人」のリストで12位[229]2007年Total Film誌が発表した「100人の偉大な映画監督」で11位[230]にランクした。

映画賞

以下の表は、黒澤の主な映画賞の受賞とノミネートのリストである。このリストには、黒澤個人が受賞した賞(監督賞、脚本賞、生涯功労賞など)だけではなく、黒澤が直接受賞したがどうかにかかわらず作品自体に与えられた作品賞や外国語映画賞も含まれる(プロデューサーが受賞者である賞も、黒澤作品の受賞・ノミネートとしてリストに含める)。

黒澤明の主な映画賞の受賞とノミネートの一覧
部門 作品名 結果 出典
山中貞雄 1943年 - 姿三四郎 受賞 [57]
毎日映画コンクール 1947年 監督賞 素晴らしき日曜日 受賞 [57]
1948年 日本映画大賞 醉いどれ天使 受賞
1952年 日本映画大賞 生きる 受賞
脚本賞 受賞
1963年 日本映画大賞 天国と地獄 受賞
脚本賞 受賞
1965年 日本映画大賞 赤ひげ 受賞
1980年 日本映画大賞 影武者 受賞
監督賞 受賞
1985年 日本映画大賞 受賞
監督賞 受賞
1998年 特別賞 - 受賞 [231]
キネマ旬報ベスト・テン 1948年 日本映画ベスト・テン 『醉いどれ天使』 1位 [57]
1952年 日本映画ベスト・テン 『生きる』 1位
1965年 日本映画ベスト・テン 『赤ひげ』 1位
日本映画監督賞 受賞
ブルーリボン賞 1950年 脚本賞 羅生門 受賞 [57]
1958年 作品賞 隠し砦の三悪人 受賞
1965年 作品賞 『赤ひげ』 受賞
1980年 作品賞 『影武者』 受賞
1985年 作品賞 『乱』 受賞
監督賞 受賞
1998年 特別賞 - 受賞 [232]
ヴェネツィア国際映画祭 1951年 金獅子賞 『羅生門』 受賞 [57]
イタリア批評家賞 受賞 [233]
1954年 銀獅子賞 七人の侍 受賞 [57]
1965年 国際カトリック映画事務局賞 『赤ひげ』 受賞
サン・ジョルジョ賞 受賞
1982年 栄誉金獅子賞 - 受賞 [233]
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 1951年 監督賞 『羅生門』 受賞 [234]
外国語映画賞 受賞
1985年 監督賞 『乱』 受賞 [235]
外国語映画賞 受賞
アカデミー賞 1951年 名誉賞 『羅生門』 受賞 [236]
1971年 外国語映画賞 どですかでん ノミネート [237]
1975年 外国語映画賞 『デルス・ウザーラ』 受賞 [85]
1980年 外国語映画賞 『影武者』 ノミネート [238]
1985年 監督賞 『乱』 ノミネート [239]
1989年 名誉賞 - 受賞
英国アカデミー賞 1952年 総合作品賞 『羅生門』 ノミネート [240]
1955年 総合作品賞 『七人の侍』 ノミネート [241]
1980年 作品賞 『影武者』 ノミネート [242]
監督賞 受賞
1986年 外国語作品賞 『乱』 受賞
脚色賞 ノミネート
全米監督協会賞 1952年 長編映画監督賞 『羅生門』 ノミネート [243]
1986年 ゴールデン・ジュピリー特別賞 - 受賞
1992年 D・W・グリフィス賞 - 受賞
ベルリン国際映画祭 1954年 ベルリン市政府特別賞 『生きる』 受賞 [57]
1959年 監督賞 『隠し砦の三悪人』 受賞
国際映画批評家連盟賞 受賞
ゴールデングローブ賞 1963年 外国語映画賞 『天国と地獄』 ノミネート [244]
1965年 外国語映画賞 『赤ひげ』 ノミネート
1980年 外国語映画賞 『影武者』 ノミネート
1985年 外国語映画賞 『乱』 ノミネート
1990年 外国語映画賞 ノミネート
モスクワ国際映画祭 1965年 映画労働組合賞 『赤ひげ』 受賞 [57]
1971年 ソ連映画人同盟賞 『どですかでん』 受賞
1975年 金賞 デルス・ウザーラ 受賞 [245]
国際映画批評家連盟賞 受賞
1979年 名誉賞 - 受賞 [57]
フランス映画批評家協会賞 1977年 外国語映画賞 『デルス・ウザーラ』 受賞 [246]
ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞 1977年 外国監督賞イタリア語版 『デルス・ウザーラ』 受賞 [247]
1981年 外国監督賞 『影武者』 受賞
1986年 外国監督賞 『乱』 受賞
ナストロ・ダルジェント賞 1977年 外国監督賞 『デルス・ウザーラ』 受賞 [248]
1981年 外国監督賞 『影武者』 受賞 [249]
カンヌ国際映画祭 1980年 パルム・ドール 『影武者』 受賞 [85]
セザール賞 1981年 外国映画賞 『影武者』 受賞 [250]
1986年 外国映画賞 『乱』 ノミネート [251]
牧野省三 1981年 - - 受賞 [57]
川喜多賞 1984年 - - 受賞 [57]
東京国際映画祭 1985年 国際映画批評家連盟賞 『乱』 受賞 [252]
1998年 特別功労賞 - 受賞 [253]
全米映画批評家協会賞 1985年 作品賞 『乱』 受賞 [233]
監督賞 2位
ニューヨーク映画批評家協会賞 1985年 監督賞 『乱』 次点 [233]
外国語映画賞 受賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞 1985年 監督賞 『乱』 次点 [254]
外国語映画賞 受賞
生涯功労賞 - 受賞
ボストン映画批評家協会賞 1985年 作品賞 『乱』 受賞 [255]
映画の日」特別功労大章 1985年 - - 受賞 [256]
1998年 - - 受賞
ロンドン映画批評家協会賞 1986年 監督賞 『乱』 受賞 [233]
外国語映画賞 受賞
ボディル賞 1986年 非アメリカ映画賞 『乱』 受賞 [257]
アマンダ賞英語版 1986年 外国語映画賞 『乱』 受賞 [233]
BFIフェローシップ賞英語版 1986年 - - 受賞 [258]
サンフランシスコ国際映画祭 1986年 黒澤明賞 - 受賞 [57]
日本アカデミー賞 1990年 作品賞 『夢』 ノミネート [259]
監督賞 ノミネート
1991年 作品賞 八月の狂詩曲 ノミネート [260]
監督賞 ノミネート
脚本賞 ノミネート
1998年 協会栄誉賞 - 受賞 [261]
2000年 脚本賞 雨あがる 受賞 [262]
ゴールデン・アロー賞 1998年 特別賞 - 受賞 [263]
日刊スポーツ映画大賞 1998年 特別賞 - 受賞 [264]
エランドール賞 1999年 特別賞 - 受賞
全米脚本家組合賞 2013年 ジャン・ルノワール[注釈 12] - 受賞 [265]

その他の賞

栄典・称号


注釈

  1. ^ 黒澤優の夫は、歌手の松岡充である。
  2. ^ 勇の先祖は代々神職をしていたが、戊辰戦争官軍に味方し、その功績で帯刀を許されて士族になった[5]
  3. ^ その5つの作品は『建築場に於ける集会』(水彩画)、『農民習作』『帝国主義戦争反対』『農民組合へ』(以上油絵)、『労働組合へ』(ポスター)である[22]
  4. ^ 黒澤の自伝によると、丙午(須田貞明)は「30歳になる前に死ぬ、人間30を越すと醜悪になるばかりだ」と口癖のように言っていたという。丙午はアルツィバーシェフの『最後の一線』を「世界最高の文学」と推奨し、主人公の自殺への信条に賛同していて、黒澤はそれが文学青年である兄の誇張した考えに過ぎないと思っていたが、兄の口癖の通り27歳で自殺した[24]
  5. ^ 東宝の助監督はサード、セカンド、チーフと昇進するが、プロデューサー・システムを導入して製作者の権限を強化していたこともあり、チーフ助監督を「製作主任」と呼んでいた。黒澤はセカンドをやらずにチーフに昇進している[16]
  6. ^ a b 黒澤は『わが青春に悔なし』の完成前に、山本と関川秀雄とともに『明日を創る人々』(1946年)を共同監督しているが、黒澤はこれを「自分の作品とは思えない」として自作のリストから外している[42]
  7. ^ 時代劇三部作は、黒澤が小國英雄菊島隆三橋本忍と企画を練り、当初は『蜘蛛巣城』(本多猪四郎監督)、『隠し砦の三悪人』(鈴木英夫監督)、『仇討ち』(堀川弘通監督)で決定したが、『仇討ち』は話が暗いとして取り上げず、『用心棒』に変更された[54][59]。『仇討ち』は1964年今井正監督で『仇討』として映画化された[59]。最終的に三部作は『蜘蛛巣城』『どん底』『隠し砦の三悪人』となった。
  8. ^ 『嫉妬』の他のエピソードは、キャロル・リードジャン・コクトーヴィットリオ・デ・シーカロベルト・ロッセリーニが担当する予定だった[34]
  9. ^ 1976年に文化功労者に打診されたときは「政治が映画に関心を持ってくれた」と受け止めてもらうことを決め、受章時のインタビューでは、各国とも文化政策の一環として映画に力を入れているが、日本の政治は映画に無関心であると主張した。また、日本映画界をめぐる危機感についても言及し、このままだと残るのはポルノと暴力ものだけで、次々と名監督が無くなる中、残った私は日本映画の荒廃に責任を感じていると語った[64]
  10. ^ 黒澤は『黒き死の仮面』の舞踏会のシーンをフェデリコ・フェリーニに演出させ、手塚治虫のアニメーションを部分的に使うことも考えていた[34]。1976年に手塚は「黒澤さんね。日本では作れなくて、ソ連で『デルス・ウザーラ』を作ったけれど、また今度、ソ連で映画を作るんです。そのとき、ぼくは黒澤さんといっしょに仕事することに…。(中略)恐怖映画なんだ。エドガー・アラン・ポーの短編を映画化するんだ[86]」と述べている。
  11. ^ a b 自作と認めている30本のうち、脚本にクレジットがないのは『わが青春に悔なし』と『素晴らしき日曜日』の2本だけだが、この2本も黒澤が脚本に参加している[34]
  12. ^ 外国の優れた脚本家に贈られる賞で、黒澤のほか橋本忍菊島隆三小国英雄の3人も合わせて受賞した。

出典

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黒沢明

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黒沢 明(くろさわ あきら)




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