餅 餅の概要

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/17 06:03 UTC 版)

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丸餅
角餅(切り餅)
のし餅

概要

「餅」という名で呼ばれるものには、粒状のもち米蒸しで搗いた搗き餅(つきもち)と、穀物うるち米アワキビなど)の粉に湯を加えて練り、蒸しあげた練り餅(ねりもち)の二種類に大別される。沖縄県を除く日本で「餅」といえば一般にもち米からなる搗き餅を指し、練り餅は「団子」と区別されることが多い。

日本の餅は様々な形で食べられる。形・大きさの違いのほか、もち米と一緒に搗き合わせる食材、つけて食べる調味料も多彩で、餅料理も雑煮など伝統的な和食だけでなく、洋食デザートにも使われることもある。

日本国内での餅製造の大手企業としては、新潟県サトウ食品株式会社、越後製菓株式会社などがある。製造方法が単純なことから、さまざま場所で製造販売されている。

フランスアメリカなどの欧米の一部でも日本語のモチを由来とした「MOCHI」が販売されているが、日本の餅とは異なり求肥等で作られた薄皮でアイスクリームを包んだものを指すことが多い[1][2]

字と文化

イネ科の植物の果実である穎果は小粒で、1つ1つがに包まれ、さらに加熱加工しにくい果皮が包み、これらの除去を大量に行う必要がある。このため、食用とするには技術と手間がかかる。これは穀物を杵などで叩く(「搗(つ)く」という)ことで除くことができる。人類史上、このような加工の初期段階では、コメにおいてもおそらく他のイネ科の穀類と同様に粉状にし、水とともに練ってそのまま食したと考えられる[3]。やがてコメの煮炊きが始まり、さらにコメは小麦大麦などよりも吸水性がよいことから粒食が発達することになるが、原始の形のコメの食法は神饌として残り、日本ではこれを「粢(しとぎ)」と言った[3]。日本語の「モチ」の語源について、古語の「モチヒ」「モチイヒ」(糯飯、黐飯)から、または望月の形状から、など諸説ある。

日本では正月の祝いとして食べることが多いが、旧仙台藩領内の北部(宮城県北部から岩手県南部)では正月以外にも餅を食べる習慣があり、多彩な餅料理がある[4]。例として一関市には近年の創作料理を含めて300種類を超える餅料理がある[5][6]

中華文明圏において、「餅(ピン)」は主に小麦粉から作るなどの粉料理(麺餅中国語版)全般を指す。焼餅、湯餅(饂飩雲呑餃子の原型)、蒸餅(焼売饅頭の原型)、油餅などに分類され[7]、小麦以外の、コメなどの粉から作るものは「餌(アル)」と呼んで区別があった。「餌」を蒸した「餻(カオ)」、小さいものを「円(ユワン)」、他の食材を包んだ「団(トワン)」、日本で知られる飯粒を搗いたいわゆる餅は「餈(ツー)」と呼んだという[8]。日本ではこの「餈」に相当するものが他の食材と合わせて多様な「餅」に発展した。朝鮮でも「떡(トック」といい、東アジア圏では現在も節会縁起祝賀行事など特別な節目に饗されることが多い。

日本が統治していた歴史がある台湾では、日本語の「もち」を音訳し、台湾語môa-chî(モワチー)と呼び、それに「麻糬」などの漢字当てる客家や一部の菓子店に搗き餅の伝統を残しているが、一般的には練り餅が主流で、どちらも「麻糬」と呼ぶ。近年、台湾風の「麻糬」を中国大陸の方でも売るようになってきている。

つき餅(搗き餅)

日本ではもち米を用いて作る餅が一般的である。製法は、まずもち米を研いでから十分にに浸しておいた後に、水気を切り、蒸し布で包んで蒸籠等で蒸す。次に、蒸したもち米をで米粒の形がなくなるまでつき、下記の「主な餅の種類」に記載される形状に成形する[9]。食べ方は、雑煮にしたり、きな粉しょうゆ海苔をつけたりして食べる。餅自体によもぎをまぜることもある(草餅)。島根県では、通常の粒状のもち米から作る餅に加え、粒状のもち米と米粉を一緒に蒸して搗く、練り餅との折衷のような餅を作る場所がある(松江市宍道湖畔ではふきもち(粉もち)、仁多郡横田町(現奥出雲町)では粉もち、邑智郡大和村(現美郷町)ではてんこもち、隠岐諸島島前ではふくもちと呼ぶ。てんこもちには粒状のうるち米ヨモギも加える)[10]。旧美濃郡匹見町(現益田市)のよもぎもちもまた、普段食べるものは米粉を混ぜて作る[11]。旧簸川郡斐川町(現出雲市)と隠岐郡五箇村(現隠岐の島町)など隠岐諸島で作られるふきもちは、米粉のみを蒸すか(旧斐川町)茹でて(隠岐諸島)臼や(旧斐川町)こね鉢で(隠岐諸島)搗いて作られる。隠岐諸島のふきもちは中に小豆を入れる[12]中国広東省福建省江西省などや台湾に住む客家[13]湖南省西部の漢族貴州省ラオスなどのミャオ族(モン族)などには杵と臼で作るつき餅がまだ残っている。餅つきは中国語で「打糍粑」(ダーツーバー、dǎ cíbā)と称し、親戚や近所の人が集まって行う行事となっている。

この他に、蒸したもち米を使うものとして、中国にはもち米を底の浅い器に敷き込み押し固め、半分潰したようにするものもあり、「糯米糕」(ヌオミーガオ nuòmǐgāo)、「糯米糍」(ヌオミーツー nuòmǐcí)などと呼んでいる。加工法としてはぼた餅(お萩、半殺し)に近い。いずれも「餅」という字を用いないのは、「餅」は主に小麦粉を使って円盤状に加工した食品を指すためである。

日本では家庭用の餅つき機が販売されており、羽根で叩きながら練る構造のものが多いが、練り餅よりもつき餅として認識されることが多い。大規模な工場の餅つき機では、杵と臼を備えた構造のものもある。

歴史

餅つき、『日本の礼儀と習慣のスケッチ』より、1867年出版
餅つきの様子(1914年)

古来から日本では、稲作信仰というものがあり、特に平安時代から朝廷に推奨され、顕著になった。これが現在でも受け継がれ、正月などのハレの日の行事には欠かせない縁起物食材となっている。このため、米などの稲系のもので作った餅が簡便で作りやすく加工しやすいことと相俟って、多様なつき餅の食文化を形成している。

考古学の分野では、間壁葭子が古墳時代後半(6世紀頃)の土器の状況からこの頃に蒸し器の製作が社会的に普及したと判断し、日常的に蒸す調理による食品の種類が増し、米を蒸す事も多くなり、特に餅を作る事も多くなったと考えている[14]。ただし、蒸し器の普及には地域差が見られ、佐原眞の『食の考古学』(1996年)によれば、6世紀時点の西日本では土器の状況から蒸す調理より煮炊き中心で、蒸す食物(餅も含む)はハレの時に用いられたとし、むしろ東日本の方が蒸す調理用土器が普及していたとしている[15]

日本における餅に関する記述として、『豊後国風土記』(8世紀前半)には次のような内容の話が語られている。富者が余った米で餅を作り、その餅を弓矢のとして用いて、米を粗末に扱った。的となった餅は白鳥(白色の鳥全般の意)となり飛び去り、その後、富者の田畑は荒廃し、家は没落したとされる。この記述は、白鳥信仰と稲作信仰の密接な繋がりを示す証拠として語られ続けている。また、この記述自体が古来から日本で白鳥を穀物の精霊として見る信仰があった事を物語っている[16]

正倉院文書には各種の餅についての記録が残り、大豆餅・小豆餅の他、胡麻油を用いた「煎餅」、飴を用いた「布留」など、この時点で多様化していることがわかる。菓子に当たる餅は「まがり」と呼ばれ、藤づるのような形の油で揚げた餅もある[17]。『延喜式』(10世紀前半成立)では、塩・醤・未醤で味付けした「索餅(さくべい)」や米粉で作る「粉熟(ふんずく)」などが記されている(前同 p.252.)。

10世紀中頃成立の『和名類聚抄』巻十六における表記としては、「毛知比=モチイ」とあり、モチイイ(長持ちする飯=イイ)から簡略されているが、まだモチの読みではない。

大鏡』(11世紀末成立)では、醍醐天皇(9世紀末から10世紀初め)の皇子[注 1]が誕生してから50日目のお祝いとして「五十日(いか)のお祝いの餅」を出されたことが記述されている。また「孫の公成に目のない、老いた公季」の条においても「誕生五十日の祝いに、赤子(公成)の口に餅を含ませた」とあり、天皇家や貴族の間では生後50日目に餅の味を覚えさせたことが記録されている。

貴族男性の結婚後は3日連続して妻の家に通い、「三日の餅(みかのもちい)」の儀式を行い[18]、婚儀にも餅が食された。

吾妻鑑』の建久4年(1193年)5月16日条に「三色餅」の記述がある。それによれば、黒・赤・白の三色の餅とあり、12世紀末において、白色以外の色餅が作られていた事が分かる。左に黒色餅、中に赤色餅、右に白色餅を置き、それぞれ食され、最後に重ねられ、上段に黒色餅、中段に赤色餅、下段に白色餅とあり、それを山の神に供したとある。形状についての記述はないが、長さ8寸(24センチ)、広さ3寸(9センチ)、厚さ1寸(3センチ)とある。鏡餅菱餅と同様に餅を重ねるという行いは鎌倉時代(中世初期)より確認できる。

民俗学的見地からは、東国では正月行事の中で餅を忌避して食べず、サトイモヤマイモを食べる習俗の方が重要な意味をもって分布していた[19]円谷幸吉遺書の書き出しに「父上様、母上様、三日とろろ美味しうございました」と記したが、「三日とろろ」とは、正月三日の晩に家族一同が揃ってとろろ飯を食べる風習だとされている。この東西の差異は、西が水田稲作に対し、東が焼畑農業による生産圏であり、それと結び付いた行事であるためと捉えられている[20]。したがって近畿圏と比べれば、餅が東国各地の正月行事で用いられ、普及するのは後になる。これはハレの食物としての餅が全国一様に普及するまでには、生産圏の差異から地域差があったことを示す。また餅が普及した後も「餅の四角い東と丸い西」[21]の考察にあるように、東西日本では餅の文化は異なる歴史を歩んできた。

材料

日本において伝統的な餅の製法では、原材料としてもち米をそのまま使うが、近代に入ってからは、滑らかさや細粒感を均一にし、焼いた際の膨れ具合や煮た際の溶け具合、伸び具合や粘り具合など主に味わいを向上させるため、いったんもち米を挽き、粉状(もち米粉)に加工してから蒸し煮してつく方法が生まれた。後者の方法で製造された餅は、製造過程で原料をもち米粉に加工する手間が加わることから、同品種のもち米を同量使った製品に比して高価になりやすい。そのため、もち米粉に馬鈴薯等のデンプンを加え、原価を抑えると共に口当たりの良さを維持する製造方法も考案されている。そうした製品は、マッチ箱程度の小さなつき餅1個で茶碗1杯分程度のカロリーがあることや、個包装され、保存が利き、煮る、焼く等の調理をせずに、そのままでも柔らかく食べられること、簡単に入手できることなどから、災害時の非常食としても重宝される。

もち米をついた後に、保存するための形成方法は地方によって異なる。ついた後の餅を板状にした「伸し餅」を切り分けた「切り餅」または「角餅」が主流の地方と、ついた餅を円盤状に丸めた「丸餅」が主流の地方がある。

餅つき(餅搗き)

水分を含ませた臼と杵
もち米をせいろで蒸す
蒸したもち米を臼に入れつき始める
臼と杵を用いて行う餅つき
電動餅つき機

搗き餅をつくることを「餅つき」(もちつき)と言う。北陸方言では「餅をかつ」と言う[22]いう。

もち米を蒸し、臼の中に置きで繰り返し叩く。餅つきの様子を表す擬音は「ペッタン」や「ペッタンコ」と表現される。

多くは正月節句、祝い事などでつく[23]。餅つきはある程度の人数分をまとめてでないと行いづらく、大人数が集まって作ることが多く、年中行事祭り神事などの場で行われることが多い。餅は神道仏教供物としても用いる(鏡餅菱餅など)。また町内会や子供会などの行事としても人気があり、歳末の風物詩となっている。

つきたての熱い状態の餅は不定形で粘り気があり、他のものに付きやすい食べ物である。常温になると固まるため、円盤状や球状、板状にして保存する。保存形状により丸餅、伸し餅(のしもち)、切り餅などと呼び分けられる。できたてのものは、きな粉をまぶしたり、醤油などの付け汁に入れたりして、くっつかないようにして食べる。味付けの仕方により、きな粉餅、醤油餅などと呼び分けられる。また様々な材料を混ぜ込むものもあり、よもぎ餅、豆餅、海老餅などと呼び分けられる。保存したものは、焼いたり、煮たり、揚げたりし、再び加熱してから食べる。加熱方法により、焼き餅、揚げ餅などと呼び分けられる。

一般に年末の12月29日は「苦を搗(つ)く」という音韻から九日餅(くんちもち)と呼び、年の暮れの数日間のうち、29日だけは餅をついたり購入したりすることを避ける風習がある一方で、二九を「フク(福)」と読んで29日に餅をつく地域もある。

機械化された工場で「餅つき機」を用いて餅を製造する業者が増え、一年を通してスーパーマーケットなどの小売店で餅が流通するようになった。また家庭用の餅つき機も普及しつつあり、餅を日常的に食べる人も増えた。1974年に小型の電動(自動)餅つき機が普及し[24]、一般家庭で古典的な餅つき風景を見ることは少なくなった。電動餅つき機は、大量の餅を作る精米店や餅菓子を販売する和菓子店、高齢化が進んだ農家等で人手が足りず人力による餅つきができなくなってきた場合に多く利用されている。

電動餅つき機は、杵(きね)と臼(うす)でつく機構の機械は商業用のものに多く、家庭用の小型機は蒸した米をメーカー独自の特殊形状のヘラで練り、十数分でついた餅と同じ状態になる。ヘラで練る方式の機械で作った餅は、杵つき餅と比べて細かい気泡が多く含まれ、雑煮に入れた場合に柔らかくなりすぎたり、伸ばした時の表面の肌目の細かさなどといった食味の違いがあるが、一般には杵と臼でつく餅を比較する機会が少ない理由から、同等の食味を持つものとして扱われている。

餅つきに用いる臼の大きさは、直径尺貫法で表す。

餅のつき方

  1. 餅つきをする前に、杵の頭が欠けたり木片が餅に入るのを防ぐため、水を張った桶(おけ)の中に杵の頭を漬けて水分を含ませておく。木臼の場合はよく洗い、臼に水を張って水分を含ませておく。乾いた状態のまま杵でつくと臼が割れる場合がある。木臼や石臼を設置する際には杵でつく作業が行いやすいように高さを調整し、高く調整する必要がある場合には専用の木台などを用いて調整しておく。
  2. もち米は水洗いし、6 - 8時間程度水に浸し、ザルに開けて水切りをする。
  3. 蒸し器の蒸篭(せいろ)に清潔なサラシやサラシより粗めの蒸し布を敷き、水切りしたもち米を開けて蒸し布でくるんだ後に蒸す。炊けた状態は「蟹の穴」と呼ばれる孔が表面に見えるか、箸を挿してもち米が付着しなければよいが、米の芯が残っていない赤飯程度の固さに炊けていればよい。蒸し器がない場合は炊飯器で「もち米」を選択して炊く。
  4. 炊けたもち米は、蒸し布に包んだまま臼の中にあけ、臼の外周に沿って杵の柄を腰に当てるか沿わせて体重をかけ、もち米を臼に圧し付ける。ヘラやしゃもじを用いて裏返し、まんべんなく手早く粘りを出すようにする。
  5. ヘラやしゃもじで持ち上げたとき、もち米全体が一体になる程度に粘りが出始め、米の形が識別できるものと餅状になったものが混ざった状態になり、杵でついたときに蒸した米が飛散しない程度になったら、つき始めの目安とする。
  6. 杵でつき始めると、粘りが増すごとに杵と餅がくっつくため、手水(てみず)をする。手水とはあらかじめ桶に水を入れておき、手を水で濡らし餅の表面に水分を与えることである。蒸して数分しか経過していないため、表面は炊きたてのご飯と同じで相当に熱く、餅の表面を濡れた手のひらで叩く程度で良い。手水が多すぎると、餅をついている最中は柔らかいが、後で延ばしたり成形するときに固くなりやすく、保存中にカビが生えやすくなる。
  7. つき終わった餅は、餅取り粉をまぶした板の上に置き、好みの形状に成形する。切餅であれば一定の大きさの伸し餅とした上で乾燥後に切り分け、丸餅であればつきたての餅を丸く成形した上で乾燥させる。
  8. 餅つきが終わった後の杵と臼はよく洗い、たわし等で表面の餅を必ず取り去る。

道具・機器

  • 臼(搗き臼)
臼には搗き臼(つきうす)と碾き臼(ひきうす)があるが、餅つきに用いるのは搗き臼である。木製のものと石製のものがある。
  • 電動餅つき機
蒸したもち米を投入してつく工程のみを行う機器や、もち米を投入して蒸す工程からつく工程まで一連して行うことが可能な機器などがある。
  • 餅切り器
    • 切餅用
    伸し餅をてこの原理を用いて切り切餅を作るための機器。のし餅切り器。押し切り。なお、かき餅用の餅切り器もある。
    • 丸餅用
    つきたての餅を投入してハンドルを回して切りながら丸餅を作る機器。製餅機。
    • 餅切り包丁
  • 餅のし板
伸し餅を作る際に用いられる縦長の薄い容器。
  • 餅取り盆(餅取り器)
餅を小さく分けていく際に用いられる皿。

注釈

  1. ^ 『大鏡』では、どちらの皇子だったか覚えていないと記す。
  2. ^ 餅は餅屋ウィクショナリー
  3. ^ 絵に描いた餅ウィクショナリー
  4. ^ 棚から牡丹餅ウィクショナリー

出典

  1. ^ フランスで「MOCHI」ブーム 日本の「餅」とは微妙に違う…ザンネンな点も” (日本語). デイリー新潮. 2022年5月17日閲覧。
  2. ^ miraclenachan. “英語で「Mochi」と呼ばれる、アメリカで大人気のアレって何?” (日本語). ENGLISH JOURNAL ONLINE. 2022年5月17日閲覧。
  3. ^ a b 「粢」 コトバンク - 日本大百科全書(ニッポニカ)
  4. ^ 多彩な餅料理 栗原市観光ポータルサイト
  5. ^ 一関もち料理データベースが出来ました 一関市公式観光サイト「いちのせき観光NAVI いち旅!」、2018年6月1日、2019年1月18日閲覧。
  6. ^ 【仰天ゴハン】300種類のもち料理(岩手県一関市)新メニュー続々 にも届け『読売新聞』朝刊2019年1月6日(日曜版別刷り「よみほっと」1面)。
  7. ^ 篠田統『中国食物史』柴田書店、1976年、P54-56
  8. ^ 「餅」 コトバンク - 世界大百科事典 第2版
  9. ^ 全国餅工業協同組合 餅つきをしよう
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  11. ^ 日本の食生活全集32 聞き書 島根の食 p.223 農山漁村文化協会, 1991, ISBN 4-540-91002-7
  12. ^ 日本の食生活全集32 聞き書 島根の食 p.81,p.285,292 農山漁村文化協会, 1991, ISBN 4-540-91002-7
  13. ^ 古進編『客家人』p177, 中国三峡出版社, 1994, 北京
  14. ^ 大塚初重・吉村武彦 編『古墳時代の日本列島』p.267、青木書店、2003年。ISBN 4-250-20330-1
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  16. ^ かみつけの里博物館 第5回特別展「鳥の考古学 神・精霊・人の死―古代人の精神と密接にかかわる鳥の造形たち―」1999年
  17. ^ 大塚初重・戸沢充則・ 佐原眞編『日本考古学を学ぶ(2) 原始・古代の生産と生活』p.252、有斐閣選書、1979年
  18. ^ 『新訂総合国語便覧』p.30、第一学習社、1998年 改訂28版(初版1978年)
  19. ^ 網野善彦『中世再考 列島の地域と社会』講談社学術文庫、2000年
  20. ^ 坪井洋文『イモと日本人』未来社、1979年
  21. ^ 宮本常一『宮本常一著作集 13』
  22. ^ さむ~い冬はお餅を食べよう 北陸ろうきん会員情報誌「ろうきんボイス」Vol.45
  23. ^ a b c d e 広辞苑』第五版【餅】
  24. ^ 餅とカビの歴史
  25. ^ 飴餅(宮城の正月の餅) みんなのきょうの料理
  26. ^ やしょうま”. コモリ餅店. 2020年7月19日閲覧。
  27. ^ 餅は喉ごし、かまずに楽しむ 山形・河北町「つかえたら除名」 - 河北新報(47NEWS)
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