音響心理学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/09 01:15 UTC 版)
マスキング効果
通常なら明瞭に聞こえる音が、別の音でマスクされて聞こえなくなることがある。例えば、雑踏での会話は、周囲の騒音により聞こえづらくなる。このような現象をマスキングという。小さい音は、大きい音でかき消される。マスキング現象は、大きな音が最小可聴値 (ATH) 曲線を歪め、通常なら聞こえるはずの音が可聴範囲外となるために発生する。
同時マスキング
2つの音が同時に発生して、一方が他方にマスクされる場合を同時マスキングという。これを周波数マスキングともいう。音色によっても他の音をマスクする度合いが異なる。正弦波でノイズ的な音をマスクするには大きな音にする必要があり、逆にノイズで正弦波をマスクする場合はそれほど大きな音である必要はない。マスキングをコンピュータでモデル化する場合、音色ごとの周波数ピークで分類する。
経時マスキング
同様に、大きな音の直後に小さな音があっても、大きな音でマスキングされる。さらに大きな音の直前の小さな音もマスキングされる。このようなマスキングを経時マスキングという。
ミッシングファンダメンタル
ミッシング・ファンダメンタルは複合音の音高認知において幻聴される基本周波数である[1]。
人間が知覚する音の高さ(音高)は音波が物理的にもつ基本周波数と強い結びつきを持つ[2]。周期性を持つ音の周波数スペクトルは、いわゆる調波構造を持つ離散スペクトルとなる。一般的には、基本周波数成分(基音)とその整数倍の正弦波(倍音)から構成される。ところで音の重なり合わせ等の結果、基本周波数成分が失われ倍音のみで構成されたとする。この音を人間が聴いた場合、もし人間が一番下の周波数成分から音高を判断しているなら、第2倍音に相当する音高が認知されるはずである。しかし実際には、このような音で知覚される音高は、失われたはずの基本周波数(ミッシング・ファンダメンタル)に対応する音高となる。
この背景には、聴神経の発火が基底膜で分解されたのちに、その基底膜の特定の位相に限定して生じることがある(位相固定性)。この位相固定が成立する周波数には限界があることが知られており、大凡3kHz から4kHz で位相固定性は崩れるとされている。従って、ミッシング・ファンダメンタルに対応したピッチが聞こえる限界も、この辺りが上限となっている。ミッシング・ファンダメンタルに対応したピッチが聞こえるという現象は、しばしば他の感覚領域にも生じる知覚的補完の一種のように取り扱われることもあるが、これは適切とは言えない。むしろ、もともと我々がピッチという感覚を抽出する機構が、波形に備わる周期性を時間的に捉えているからである聞こえている[3]。
ミッシング・ファンダメンタルに関して、ロー・カット・フィルタなどにかけることによって、基本周波数成分を物理的には存在しないようにすることが可能である。近年では計算機の発達により、デジタル加算合成が簡易に可能となっており、物理的に完全に基本周波数成分を含まない複合音を合成出力することは精度高く可能になっている。
ソフトウェアにおける音響心理学
心理音響モデルは、デジタル音声信号から安全に省ける部分を明らかにすることで、高品質な非可逆圧縮を可能にする。つまり、除去されても知覚に影響を与えない音の要素がわかる。
例えば、静かな場所では拍手は明瞭に聞こえるが、都会の交通量の多い交差点では拍手に気づくのも困難である。このような聴覚の性質を応用することで、圧縮比を向上させることができ、心理音響モデルに基づいた手法で、音声ファイルは 1/10 から 1/12 のサイズに圧縮しても高品質な再現性を維持できる。このような圧縮法は、最近のほとんどの音声圧縮フォーマットで使われている。例えば、MP3、Ogg Vorbis、WMA、ATRACなどがある。
耳には上述したような知覚的限界がある。そのため、圧縮にあたっては、人間の可聴域外の音には低い優先順位を与える。つまり、ビット群を重要な成分に多く割り当て、重要でない成分にはビット数を少なく割り当てる。これによって、高品質の音声を保持しているように聞こえる圧縮アルゴリズムが構成される。
- ^ "基本周波数は存在していませんが、残っている周波数成分から、欠落した基本周波数成分(=ミッシング・ファンダメンタル)が推定され、それに対応する高さ(ピッチ)が知覚されるのです。" NTT. ミッシング・ファンダメンタル.
- ^ "純音の場合には、知覚される音の高さ(これをピッチと言います)は単純に周波数の高低に対応します。" NTT. ミッシング・ファンダメンタル.
- ^ Colin Yallop and Janet Fletcher (2007年). An Introduction to Phonetics and Phonology. Blackwell Publishing. ISBN 1405130830
- ^ Acoustic-Energy Research Hits Sour Note Roxana Tiron、2002年3月
- 1 音響心理学とは
- 2 音響心理学の概要
- 3 マスキング効果
- 4 音響心理学と音楽
固有名詞の分類
- 音響心理学のページへのリンク