鞭毛菌類 生態

鞭毛菌類

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/28 04:18 UTC 版)

生態

鞭毛菌類の生育環境は極めて多様であり、海水、淡水、土壌から見つかる[8]。腐生性(植物遺体など生きていない有機物から栄養を得る)のものが多いが、陸上植物などに寄生するものも少なくない。

腐生性の鞭毛菌類を単離する方法として、カップに水サンプルまたは水と土壌サンプルを入れ、これに"餌"(基質)となるものを加える方法(釣菌法 (ちょうきんほう))がある[8]。この際に、"餌"としてマツ花粉ごまセロファン玉ねぎの皮、昆虫の翅、ヘビの抜け殻などがよく使われる。腐生性鞭毛菌の中には、これらの"餌"に含まれるセルロースキチンケラチンなど難分解物質を分解できるものがいる[8]

鞭毛菌類の中には寄生性のものも多く知られている。宿主としては藻類や他の菌類陸上植物動物などがある[8]。よく知られた例として、ジャガイモに寄生するサビフクロカビ(ツボカビ綱)やエキビョウキン卵菌)、アブラナ科に寄生するシロサビキン(卵菌)、カエルに寄生するカエルツボカビ(ツボカビ綱)などがある[8]

系統と分類

鞭毛菌類は、ふつうツボカビ類(広義)、サカゲツボカビ類卵菌類の3群を含む[7][8]。古くは1つの分類群としてまとめられ、鞭毛菌門(Mastigomycota[13][14]、または真菌門の鞭毛菌亜門(Mastigomycotina[7][15]に分類されていた。多くの菌類は鞭毛細胞を欠くが、鞭毛は多くの真核生物に見られる構造であり、鞭毛細胞をもつことは原始形質を残したものであると考えられていた[4]。また上記のように菌体が単純なものが多いことも、鞭毛菌が原始的な菌類であることを示していると考えられていた。

しかし、上記のような鞭毛菌3群の鞭毛細胞の形態的差異は、これらが系統的に異質なものであることを示しているとも考えられるようになった[7][15]サカゲツボカビ類卵菌類の前鞭毛には管状小毛が付随しており、この2群は二毛菌類Dicontomycetes)としてまとめられることもあったが[15][16]、この特徴は不等毛藻褐藻珪藻)などにも見られることから、これらが近縁であることも示唆された[15]

また、さまざまな生化学的特徴からも、ツボカビ類サカゲツボカビ類卵菌類の間に大きな違いがあることが示されるようになった[10][17](下表1)。例えば細胞壁の組成では、ツボカビ類が他の菌類(接合菌子嚢菌担子菌)と同様にキチンを含むのに対して、サカゲツボカビ類と卵菌類はセルロースを含んでいる。またアミノ酸であるリジンの生合成において、ツボカビ類が他の菌類と同様にα-アミノアジピン酸経路(AAA経路)を用いるのに対し、サカゲツボカビ類と卵菌類はジアミノピメリン酸経路(DAP経路)を用いる。

表1. ツボカビ類と卵菌類の比較[18][19]
ツボカビ類(菌類) 卵菌類
細胞壁主要多糖 キチン セルロース
転流炭水化物 ポリオールトレハロース グルコース
貯蔵多糖 グリコーゲン マイコラミナリン
リジン合成 AAA経路 DAP経路
ミトコンドリアクリステ 板状 管状
ミトコンドリアのコドン UGAはトリプトファン UGAは終止コドン
ステロール エルゴステロール フコステロール
ニコチン酸合成 トリプトファンから C3前駆体から
微小管 ベンゾイミダゾールおよび
グリセオフルビン感受性
コルヒチン感受性
鞭毛 細胞後端から後方へ尾型鞭毛 細胞前端または側面から
前方へ羽型鞭毛、後方へ尾型鞭毛

このような特徴から、ツボカビ類は他の菌類(接合菌子嚢菌担子菌)に近縁であるが、サカゲツボカビ類卵菌類は系統的にこれとは大きく異なると考えられるようになった。サカゲツボカビ類や卵菌類は、上記のように不等毛藻に近縁であると考えられ、これをまとめた生物群名としてストラメノパイルが提唱された[20]。このような考えは20世紀末以降の分子系統学的研究からも支持され、「鞭毛菌」はまとまった生物群ではないことが確認されたため、鞭毛菌は分類群名としては扱われなくなった[10]

脚注


注釈

  1. ^ a b fungi の単数形は fungus[3]
  2. ^ 菌類のうち、粘菌を除いたもの。
  3. ^ 2023年現在ではコウマクノウキン門に分類される。

出典

  1. ^ 鞭毛菌類”. 微生物の用語解説. Weblio 辞書. 2023年8月16日閲覧。
  2. ^ 日本植物学会 (1990). “鞭毛菌類”. 文部省 学術用語集 植物学編 (増訂版). 丸善. p. 12. ISBN 978-4621035344 
  3. ^ fungus”. Cambridge Dictionary. Cambridge University Press. 2023年8月16日閲覧。
  4. ^ a b 杉山純多 (2005). “菌類の多様性と分類体系”. In 杉山純多. バイオディバーシティ・シリーズ (4) 菌類・細菌・ウイルスの多様性と系統. 裳華房. pp. 30–55. ISBN 978-4785358273 
  5. ^ 篠田純男, 仲原典子, 竹田美文 & 三輪谷俊夫 (1977). “腸炎ビブリオの鞭毛生成におよぼす界面活性剤の影響”. 日本細菌学雑誌 32 (2): 345-351. doi:10.3412/jsb.32.345. 
  6. ^ a b c d e f 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一, ed (2013). “鞭毛菌類”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 805. ISBN 978-4000803144 
  7. ^ a b c d e f g ジョン・ウェブスター 椿啓介、三浦宏一郎、山本昌木訳 (1985). ウェブスター菌類概論. 講談社. pp. 95–97. ISBN 978-4061396098 
  8. ^ a b c d e f g h i j k l 稲葉重樹 (2014). “鞭毛菌類”. In 細矢剛, 国立科学博物館. 菌類のふしぎ 第2版. 東海大学出版部. pp. 20–28. ISBN 978-4486020264 
  9. ^ a b 徳増征二 (2005). “ツボカビ門”. In 杉山純多. バイオディバーシティ・シリーズ (4) 菌類・細菌・ウイルスの多様性と系統. 裳華房. pp. 198–202. ISBN 978-4785358273 
  10. ^ a b c d e f g 稲葉重樹 (2006). “植物防疫基礎講座: 植物病原菌の分子系統樹--そのシステムと見方 (9) 鞭毛菌類と根こぶ病菌”. 植物防疫 60 (1): 36-42. 
  11. ^ a b 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一, ed (2013). “ネコブカビ類”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 1055. ISBN 978-4000803144 
  12. ^ 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一, ed (2013). “リザリア”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 1455. ISBN 978-4000803144 
  13. ^ Alexopoulos, C. J., Mims, C. W. & Blackwell, M. (1996). Introductory Mycology. John Wiley and Sons. ISBN 9780471522294 
  14. ^ Montes, B., Restrepo, A. & McEwen, J. G. (2003). “New fungal classification and their applications in medicine”. Biomédica 23 (2): 213-224. doi:10.7705/biomedica.v23i2.1214. 
  15. ^ a b c d 井上浩, 岩槻邦男, 柏谷博之, 田村道夫, 堀田満, 三浦宏一郎 & 山岸高旺 (1983). 植物系統分類の基礎. 北隆館. p. 23–34 
  16. ^ 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一, ed (2013). “二毛菌類”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 1041. ISBN 978-4000803144 
  17. ^ 北本勝ひこ (2005). “生理・生化学的形質からみた多様性と系統”. In 杉山純多. バイオディバーシティ・シリーズ (4) 菌類・細菌・ウイルスの多様性と系統. 裳華房. pp. 101–110. ISBN 978-4785358273 
  18. ^ 稲葉重樹 (2014). “除外された偽菌類”. In 細矢剛, 国立科学博物館. 菌類のふしぎ 第2版. 東海大学出版部. pp. 99–105. ISBN 978-4486020264 
  19. ^ Spring, O. (2012). “1. Class Hyphochytridiomycetes”. In Frey, W. (eds.). Syllabus of Plant Families. A. Engler's Syllabus der Pflanzenfamilien Part 1/1. Borntraeger. pp. 98-99. ISBN 978-3-443-01061-4 
  20. ^ Patterson, D.J. (1989). “Stramenopiles: chromophytes from a protistan perspective”. In Green, J.C., Leadbeater, B.S.C. & Diver, W.L.. Chromophyte Algae: Problems and Perspectives. Clarendon Press. pp. 357–379. ISBN 0198577133 


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