電波系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/17 14:03 UTC 版)
電波の送受信、交信は「ゆんゆん」「よんよん」「やんやん」という擬音で表現される[1]。
概要
元々は「頭の中に何者かからの声、思考、指示、妨害が電波で届く」と訴える人のことを指していた。
こういう被害妄想の症状を発する者(統合失調症かつての精神分裂症患者に多い)は、かつて電波が一般的でなかった時代は「動物」や「霊」によるものともされ、「狐憑き」などと呼ばれていた。自分や周囲が「電波に操られている」という主張は、近代化により電波を受信し発声する機器が身近に置かれるようになる昭和期に現れ始め、「ラジオからの電波」から「テレビからの電波」といったように技術の進展に伴い“発生源”が変化してきている。
近年では、「部屋に盗聴器が仕掛けられている」「無線で思考を操作されている」「インターネットを通じて見張られている」「頭にマイクロチップ・RFIDを埋め込まれてコントロールされている」といった陰謀論的主張も見られるようになってきている。
また、1980年代後半より、電磁波の人体に対する影響が問題視され始め、特に頭部や脳への影響が示唆された[2]。同時に身近に電子レンジ、電磁誘導加熱を用いた家電、携帯電話など強い電波を発する機器が溢れるようになり、電磁波攻撃を受けていると主張する者(電磁波過敏症)も出てくるようになった[5]。
このような被害妄想の発現としての「電波」は、1981年(昭和56年)の深川通り魔殺人事件の犯人が、自らの行動を「電波が命令した」と証言した[6]ことで一般にも知られるようになってきた。
もっとも、一般化した「電波・電波系」という用語の使用法は、こういった厳密な医学的定義(統合失調症の診断など)に沿ったものではなく、単におかしな主張をする人や、社会常識に当てはまらない行動を取る人にまで用いられる。
そのような意味での電波系の使用は、サブカルチャーやオタク系の媒体で用いられることの多い表現で、電波系な人々と長期に渡ってやりとりを続けた『宝島30』『別冊宝島』などを出版していた宝島編集部、また電波系な人を国内のみならず韓国・北朝鮮にまで捜し求めた特殊漫画家の根本敬、自身がこのような症状に苛まれているとする鬼畜系ライターの村崎百郎[7]らの活動が背景にある[8]。彼らや創作の中で電波系を表現した者達により、1990年代前半より「電波」・「電波系」という言葉は広がっていった。
創作に表れた電波
1936年、日本の古典SF『宇宙の彼方へ』(西森久記)において敵を追い払うために戦車の『毒電波』が使われる[9]。
1970年代、BCLブームの中で、日経流通新聞(現日経MJ)と「日経広告手帖」が『高感度人間』という言葉を広告業界に広める[10]。1977年春、西武がそれを受けて『感度はいかが?ピッ。ピッ。』という広告を出す[11]。
漫画家・イラストレーターの渡辺和博は『ガロ』1980年9月号に『毒電波』という、させられ体験による「電波の攻撃に苦しむ人」が登場する漫画作品を発表しているが[12]、これは被害を受ける側としての話だけでなく、電波を使って他者を制御する、という「させる側」としての電波表現も現れている。特殊漫画家の根本敬はこの漫画を読んだ後、実際に「電波」の攻撃を受けている人々に出会って驚き、自著で「電波」の存在を広めた[13]。
デヴィッド・クローネンバーグによる1981年発表の映画『スキャナーズ』は、妊婦用睡眠薬の副作用により他者の思考が脳内に強制的に聞こえるようになった主人公らスキャナーが、意識を集中することで他者の神経に乗り移り、その行動を制御、果ては電話回線を通して電子機器の破壊まで行うものであった。このスキャナーズにおける、させられる、被害としての電波ではなく、相手を制御する・加害手法としての電波の使用は、日本の文芸作品に取り入れられていく。
音楽家・小説家の大槻ケンヂはその作品の多くで電波を表現し、様々な影響を与えた。また大槻はインディーズの時期から筋肉少女帯の歌詞や表題に「電波」を使用し、メジャーに出て以降も『妄想の男』『電波BOOGIE』『くるくる少女』などの楽曲に「電波」を組み込んだ。また『釈迦』や『僕の宗教へようこそ』では電波の発信源であるアンテナも登場し、電波体験と絡む表現を多用している。特に大槻が1992年に発表した小説『新興宗教オモイデ教』においては『スキャナーズ』同様に制御・加害手段として、念じるだけで他者の精神異常を誘発する電波「メグマ波」で敵対勢力を掃討する物語を描いた。
大槻の『新興宗教オモイデ教』と『くるぐる使い』に刺激されて、1996年1月に髙橋龍也の脚本による『雫』という美少女ゲームが発表された[15]。この作中において、思考制御を引き起こす力は毒電波と表現されている[16]。雫はヴィジュアルノベル[17]という能動的に選択する小説とでもいうべき表現形態を十八禁美少女ゲームの業界に持ち込み、業界に大きな影響を与え、毒電波という語が、念により他者の思考を制御・脳神経を破壊し、対象を電波系と化すものとして広まることとなった[18]。
このような他者からの思考伝播・制御を防ぐものとして、1927年にジュリアン・ハクスリーは『The Tissue-Culture King』において金属で頭部を包むことでテレパシーを防ぐ防具を発案しており、これがアルミ箔で頭部を包むティンホイル・ハットとして現代化し、日本でいうところの電波系の人を指す表象として定着している。
- ^ これは宗左近が作詞をした福島県立清陵情報高等学校校歌『宇宙の奥の宇宙まで』が由来である。宗曰く「宇宙語」。歌詞に則れば発信が「ゆんゆん」受信が「よんよん」交信が「やんやん」
- ^ 電磁波の内、光より周波数の低いものが電波。
- ^ 徳田正満 『情報通信ネットワークインフラにおける悪意ある電磁波攻撃に対する評価および防護技術に関する研究』 戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)第6回成果発表会 (2010年)
- ^ William Radasky,Edward Savage 『Intentional Electromagnetic Interference (IEMI) and Its Impact on the U.S. Power Grid』(2010)
- ^ 本来の電磁波攻撃は、情報通信機器や送電網などへの意図的な電磁波障害(IEMI: Intentional ElectroMagnetic Interference)を指す[3][4]。
- ^ 「私が事件を引き起こしたのは、とても世間一般の常識では考えることのできない非人間的な、人間に対して絶対に行うべきではない、普通の人であったら一週間ももたないうちに神経衰弱になるだろう、心理的電波・テープによる男と女のキチガイのような声に、何年ものあいだ計画的に毎日毎晩、昼夜の区別なく、一瞬の休みもなく、この世のものとは思えない壮絶な大声でいじめられ続けたことが、原因なのであります」犯人が初公判で読み上げた書状より
- ^ 村崎は虚実交えた電波系の寄稿を行った末、そのような表現にひきつけられた読者により殺害された。
- ^ 根本[1995],村崎・根本[1996],『あなたの隣の電波さん』,『隣のサイコさん』他
- ^ 『宇宙の彼方へ 前篇 (実在境横断記)』 p.121 西森久記 1936年 [1]
- ^ 『日本経済新聞社110年史』 日本経済新聞社 1986年
- ^ 『日本百貨店協会会報 (976)』 p.17 日本百貨店協会 1977年 [2]
- ^ 手塚能理子インタビューほぼ日刊イトイ新聞 2008年01月29日付
- ^ 根本敬は「荒唐無稽な主張をする」という意味で「電波」という言葉を始めて使用した作家に渡辺和博を挙げている。
──根本さんがこうした、過剰でつじつまの合わない主義主張を喧伝する、いわゆる“電波”な人や文書に、関心を持つようになったきっかけって、何なんですか?
根本 まあ一番最初に“電波”って言い方を意識したのは……そういうことを周囲で最初に言い出した人っていうのは渡辺和博さんだよ。たしかあの人がだいぶ前に「毒電波」って漫画を書いていたんですよ。彼の知り合いの知り合いのマンションの下に住んでるオバサンが「いつも上の階の向かいの住人が毒電波を送ってくる」って文句言ってて……結局いつまでたっても電波が止まらないから、最後にはそのオバサン、引っ越していっちゃう。たしかそういう話でした。恐らくそれも渡辺さんの身近で実際にあった話なんだと思うよ。そしたらその後に、例のK俣軍司の通り魔事件が起こって。
──メソメソ電波とニヤニヤ電波に、身体を乗っ取られたっていう話ですよね。
根本 で、そのあたりから“電波”って言い方がポツンポツンと出はじめたんじゃないかなあ。──『人生解毒波止場』は電波喫茶のママさんとかホンモノの人が多いですよね。
根本 こういった意味合いとかニュアンスで「電波」という言葉を最初に使ったのは、オレの知る限り渡辺和博さんなんですよ。渡辺さんの漫画の中で「毒電波」っていう、電波の攻撃に苦しめられる団地の主婦を描いた作品があったのね。面白いんだけど、当時はオレ自身、イマひとつ、「電波」ってよくわからなかったの。でも、それから四~五年して銀座線のなかで、あの港雅子さんっていう、電波チラシのオバさんに会って「あ、これか」と気づいた。それからまた七年後くらいに村崎さんに会う。—根本敬「村崎さんには“頑張れ”という言葉が相応しい、というか、これしかない」アスペクト編『村崎百郎の本』2010年 322-323頁
- ^ TINAMIX Vol. 1.30 Leaf 高橋龍也&原田宇陀児インタビュー
- ^ 「高橋:~略~それで選んだのが電波系……というか当時の大槻ケンヂさんのテイストです 高橋:月島兄妹は同じ大槻ケンジでもどっちかと『くるぐる使い』の方なんですよ。そこに収められている『キラキラと輝くもの』という短編のなかに兄妹が出てきて、兄が妹に手を出して妹がおかしくなるんです。キャラクターはそちらだと思います。どちらも電波が出てくる話です。たしかに戦闘シーンのイメージとしては『オモイデ教』の方が強く入っていると思いますけど」[14]
- ^ 元々、同作における電波能力を持つ者は、月島兄妹の妹である月島瑠璃子で、ESPの一種テレパシーによる意思や感情の交信として電波を用いていた。彼女は「電波を集めている」「電波、届いた?」のセリフに代表されるように単なる“電波”としてそれを語る。一方、その妹と交わることで電波能力を開花させた兄拓也は、他者を操作・攻撃する手段としてそれを用い、そのような攻撃的電波の使用を毒電波と表現して区別している。
- ^ ヴィジュアルノベルはゲームブックに影響を受けて作られた、チュンソフトの弟切草・かまいたちの夜が創り上げたサウンドノベルの様式を、改良して持ち込んだもの。
- ^ 宮本直毅 『エロゲー文化研究概論』130頁
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