阿久悠 エピソード

阿久悠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/05 06:31 UTC 版)

エピソード

演歌、アイドル歌謡曲、フォークソング、コミックソング、アニメソング、CMソングと幅広い作詞のジャンル、日本テレビのオーディション番組 『スター誕生!』などの番組企画など芸風が多彩なのは、広告代理店勤務時にコピーライターをしていたことを活かした商品の特長や特性別に書きわけてコピーを作ることと、歌手や番組もひとつの商品として捉えて作詞を作り出す方法を採っている為で、それが幅広いジャンルにさまざまな作品を作り出した[3]。また、たとえば『津軽海峡・冬景色』『UFO』『ピンポンパン体操』『恋のダイヤル6700』と、これだけ異質な曲でミリオンセラーを連発した作詞家は後にも先にもおらず、ねっとりと暗く激しい情念から明るく弾けきったナンセンスまで自在に描き分けた。

詞が先に描かれ、曲がそれにあわせて作られる「詞先」が多数派だった時代において、どちらかといえばその逆の「曲先」を得意にし、両方を全く違和感なくこなせる作家でもあった。初の大ヒット作である「白い蝶のサンバ」も曲先であり、僅か2日での曲の差し替えを引き受けた「サウスポー」も曲先である。

好きな映画は『ニュー・シネマ・パラダイス』であり、自身の『瀬戸内少年野球団』との共通点についても言及している。

「歌詞は4分間の映画のシナリオ」と語っている。

漫画原作者として『悪魔のようなあいつ』(上村一夫画)を手がける。連載中に沢田研二主演でテレビドラマ化(TBS)された。主題歌は沢田研二の「時の過ぎゆくままに」。

長年、産経新聞『正論』メンバーとしても活動しており、生活面に『阿久悠 書く言う』というコラムを、亡くなる約2か月ほど前の2007年6月9日まで執筆・掲載し、没後に「清らかな厭世 - 言葉を失くした日本人へ」と改題され出版された。

2010年3月22日、出身地である兵庫県洲本市五色町の複合公園『ウェルネスパーク五色』(高田屋嘉兵衛公園)に、阿久が作詞した「あの鐘を鳴らすのはあなた」をモチーフとした顕彰モニュメント『愛と希望の鐘』が設置され、同曲の歌手 和田アキ子作曲家 森田公一らが出席して除幕式が行われた。

宣弘社に入社した理由は、『月光仮面』が好評であったことがチャンスに繋がるのではないかと考えたことによるが、自身はテレビを持っていなかったため番組自体は見ておらず、広告代理店という業種もよくわかっていなかったという[18]

脚本家の伊上勝は宣弘社時代の上司であり、住んでいたアパートを追い出されて住む所がなくて困っていたところを伊上に相談したところ、「じゃあ、決まるまで家に来ていいよ」と言われて、1年ほど伊上宅に下宿していたこともあった[19]。伊上は明治大学の先輩でもあったが、そのことは宣弘社に入社してから知った[18]。元々脚本家志望だった阿久は、給料をもらいながらシナリオを書いて、テレビに名前がクレジットされる第一線で活躍する伊上の姿を「理想の姿」と評していた。下宿していた頃に伊上に麻雀を教えたのは阿久であり、それが原因で伊上は大の麻雀好きになってしまったという。

漫画家・イラストレーターの上村一夫は宣弘社時代の同僚であり、同時代から交友が深かった[18]。阿久は宣弘社時代にCMの絵コンテなどを手がけていたが、上村のうまい絵を見てからは恥ずかしくなり絵が描けなくなったと述べている[18]

逝去した2007年(平成19年)のNHK紅白歌合戦では、最終盤出場の4人、和田アキ子が「あの鐘を鳴らすのはあなた」(森田公一作曲)、森進一 が「北の螢」(三木たかし作曲)、石川さゆりが「津軽海峡・冬景色」(三木たかし作曲)、五木ひろしが「契り」(五木ひろし本人が作曲)の阿久悠作詞作品を歌い、「阿久悠追悼コーナー」として、故人を偲んだ。

阿久悠と野球

瀬戸内少年野球団』でもわかる通り、野球ファンであり、プロ野球では阪神タイガースのファンで阪神を題材にした小説『球臣蔵』を執筆しているほど。しかし、西武ライオンズ福岡ダイエーホークスの球団歌は手がけながら、生前に阪神の応援歌は発表していなかった[20][21]が、没後の2010年6月になって、1992年に作詞した「野球狂〜拝啓タイガース様」という歌の存在が明らかにされた。また、「くたばれジャイアンツ」という曲を作詞し、フィンガー5に提供している。

ヒット曲では「ピンポンパン体操」「サウスポー」と王貞治に縁がある作品を手がけている。

また、1979年から2006年まで、夏の高校野球期間中、スポーツニッポン新聞に『甲子園の詩』と題して、夏の高校野球出場高校及びその選手等を題材にした抒情詩を掲載していた。最後の作品は第88回全国高等学校野球選手権大会決勝(早稲田実業 対 駒大苫小牧)戦が題材であった[22]

宣弘社の渡辺邦彦は、同社時代に一緒に野球をしていたと証言している[3]

平成に入ってに採用された、現在の選抜高校野球の大会歌「今ありて」(谷村新司作曲)も作詞した。




  1. ^ a b “阿久悠さんが尿管がんで死去”. デイリースポーツ. (2007年8月1日). オリジナルの2008年2月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080224061512/http://www.daily.co.jp/newsflash/2007/08/01/0000504071.shtml 2019年12月23日閲覧。 
  2. ^ 阿久悠さん尿管がんで死去、70歳”. nikkansports.com (2007年8月1日). 2020年7月31日閲覧。
  3. ^ a b c 宣弘社フォトニクル 2015, pp. 2-5, 「プロローグ」
  4. ^ 阿久悠『歌謡曲の時代 歌もよう人もよう』190頁。
  5. ^ a b 木村隆『この母ありて』 青蛙房 2010年 14-15頁
  6. ^ 阿久悠追想集!
  7. ^ 阿久悠追想 -2
  8. ^ 阿久悠追想3!
  9. ^ a b 宣弘社フォトニクル 2015, pp. 5、7
  10. ^ 濱口英樹(監修)『作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年 完全保存版』リットーミュージック、2017年、178頁。ISBN 978-4-8456-3150-6
  11. ^ 『作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年 完全保存版』14頁。
  12. ^ a b 『作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年 完全保存版』15頁。
  13. ^ 阿久悠 『夢を食った男たち―「スター誕生」と黄金の70年代』(小池書院1997年7月)
  14. ^ 阿久悠さんのことー4.阿久さんと、その芸術ほぼ日刊イトイ新聞、2017年10月19日
  15. ^ “会いたい・2017年夏/3 阿久悠さん 政治家の詭弁を嘆く”. 毎日新聞. 毎日新聞社. (2017年8月9日). https://mainichi.jp/articles/20170809/dde/012/040/003000c 2017年8月26日閲覧。 
  16. ^ 阿久悠記念館
  17. ^ a b 【オリコン】秋元康氏、作詞シングル総売上が1億枚突破「驚いています」
  18. ^ a b c d 宣弘社フォトニクル 2015, p. 7, 「インタビュー 阿久悠」
  19. ^ 『KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.5 仮面ライダーX』講談社、2004年11月10日、27頁。ISBN 4-06-367094-5
  20. ^ 阿久は阪神の球団歌である「阪神タイガースの歌」(六甲おろし)は、(阪神が初の日本一になった)1985年まで知らなかったと記している。(『愛すべき名歌たち - 私的歌謡曲史』岩波新書、1999年)
  21. ^ 阿久が作詞家になってから阪神はこの2球団のどちらとも日本シリーズで対戦している。
  22. ^ 2006甲子園の詩 阿久悠オフィシャルページ
  23. ^ 『ガラスの小びん | 教科書 time travel | 教科書クロニクル | 光村図書出版』 2020年4月28日に確認
  24. ^ 『ACC CM年間'81』(全日本CM協議会編集、誠文堂新光社、1981年 29頁)





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