門跡 門跡寺院

門跡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/22 15:15 UTC 版)

門跡寺院

門跡

宮門跡(親王門跡)

法親王、または入道親王が住職として居住する13の寺院。十三門跡とも称する。実際には親王家に限って入寺するのは輪王寺・仁和寺・大覚寺の3門跡で、その他は摂家や足利将軍家からも入寺することができた。6代将軍義教が青蓮院から、15代将軍義昭が一乗院からそれぞれ還俗して将軍となったほか、足利義視(10代将軍義稙の父)が浄土寺から還俗して8代将軍義政の養子となっている。

摂家門跡

摂家の子弟が住職となる。個々の門跡寺院に固有の称号ではなく、その時々の住持の出身を指す。室町時代頃から用いられるようになった。

准門跡

門跡に準ずる格式の寺院のこと。または、他の門跡寺に対して従の関係にある門跡寺のこと。脇門跡ともいう。

天台宗五門跡(京都五箇室門跡)

醍醐寺五門跡

五門跡

浄土真宗で門跡に准ぜられた五寺の総称。五門徒ともいう。江戸時代中期、文化11年(1814年)に真宗木辺派本山錦織寺が、それまでの浄土宗から浄土真宗に復帰し、准門跡に加えられた。

これら6家は明治5年3月にいずれも華族となった[12]。明治29年6月9日、両本願寺の大谷家が伯爵、佛光寺の渋谷家・専修寺の常磐井家・興正寺の華園家・錦織寺の木辺家がそれぞれ男爵に叙せられている。

尼門跡

皇女や貴族の息女が住職となる寺院。正式には比丘尼御所と称した。「尼門跡」は明治以降の名称である。

このうち、奈良にある圓照寺、中宮寺、法華寺は「大和の三尼門跡寺」と呼ばれる[1]。円照寺は開山以来10代中少なくとも6代が天皇の皇女もしくは養女、中宮寺は皇女1名、王女6名、法華寺は徳川期以降はいない[1]

御里房

多くの門跡寺院は御所周辺にあった公家町(現京都御苑)内に、御里房とよばれる別邸(京屋敷)を構えていた。門跡寺院の門主は、皇族や五摂家の子弟という家柄の高い人物であり、御所で開かれる歌会や行事に参加することも多かったため便宜上御所周辺にも邸宅が必要だったからである。また、入寺前の準備期間中は、この御里房で過ごすことが多かった。彼らは、天皇をとりまく文化サロンの構成メンバーであり、和歌や書などに優れた人物が多かった。


注釈

  1. ^ 親鸞は九条家出身の青蓮院門跡慈円から得度を受け、九条家および同家から分かれた一条家と関係が深かった(妙香院は一条家ゆかりの門跡寺院)ため、両院の影響下に置かれていた[9]

出典

  1. ^ a b c d 河原敏明 著「三笠宮は双子だった」、玉川信明 編『エロスを介して眺めた天皇は夢まぼろしの華である』社会評論社、1990年、95-106頁。 
  2. ^ 永村 2017, 「中世寺院と〈門跡〉」.
  3. ^ 永村 2017, 横内裕人「仁和寺御室論をめぐる覚書」.
  4. ^ 永村 2017, 衣川仁「延暦寺三門跡の歴史的機能」.
  5. ^ 和田英松『官職要解』所功校訂〈講談社学術文庫〉、376頁。ISBN 978-4061586215 
  6. ^ 田中義成の『足利時代史』(講談社学術文庫、1979年)や今谷明『室町の王権』(中公新書、1990年)などがこうした見方を取っていた。
  7. ^ 高鳥廉「足利将軍家子弟・室町殿猶子寺院入室とその意義-室町殿と寺院・公家社会との関係を探る-」(初出:『史学雑誌』130編9号、2021年)/改題所収:「室町前期における足利将軍家出身僧の身分と役割」『足利将軍家の政治秩序と寺院』(吉川弘文館、2022年) ISBN 978-4-642-02976-6)P55-94.)
  8. ^ 高埜利彦『近世の朝廷と宗教』吉川弘文館、2014年、129-130・135-139頁。 
  9. ^ 大田壮一郎 著「初期本願寺と天台門跡寺院」、大阪真宗史研究会 編『真宗教団の構造と地域社会』清文堂出版、2005年、11-40頁。ISBN 4-7924-0589-0 
  10. ^ 永村 2017, 太田光俊「本願寺〈門跡成〉と〈准門跡〉本願寺」.
  11. ^ 如意寺跡1、如意寺跡2如意寺跡3如意寺跡4
  12. ^ 浅見雅男『華族誕生 名誉と体面の明治』〈中公文庫〉、68頁。ISBN 978-4122035423 


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