鎌鼬 季語

鎌鼬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/27 15:58 UTC 版)

季語

季語としての「鎌鼬(かまいたち)」は、季語(三冬の季語)である[18]。分類は天文。外気で皮膚が鋭い刃物で切ったように傷つく現象を指し[18]、昔(およそ江戸時代以前)は、イタチ(鼬)もしくはイタチに似た謎の怪異、あるいは風神の仕業とされていた[18]。子季語[* 1]として鎌風(かまかぜ)がある[18]。「鎌鼬」が係る現象のみならず原因たる正体不明の存在をも指す包括的な語であるのに対して、「鎌風」は現象により注目した語となっている。

  • 例句:三人の 一人こけたり 鎌鼬 ─ 池内たけし(1889-1974年〈明治22年-昭和49年〉)
  • 例句:鎌鼬 かやふ人の 倒れけり ─ 水原秋桜子(1892-1981年〈明治25年-昭和56年〉)[19]
  • 例句:わがきもみてひさしき 鎌鼬 ─ 眞鍋呉夫(1920-2012年〈大正9年-平成24年〉)
  • 例句:広重富士は三角 鎌鼬 ─ 成瀬櫻桃子(1925-2004年〈大正14年-平成16年〉)

現代における解釈

明治時代に「かまいたち」現象は、旋風の中心に出来る真空または非常な低圧により皮膚や肉が裂かれる現象であるという説明解釈がなされており、井上円了などもその説を紹介していた[1]

もっとも、同じ明治時代の物理学者である寺田寅彦はエッセイ「化け物の進化」[20] の中で、 「この説は物理学者には少しふに落ちない (中略) 強風のために途上の木竹片あるいは砂粒のごときものが高速度で衝突するために皮膚が截断されるのである」 と述べ、真空説を退けていた。

真空説は一見科学的であったために近代以後、児童雑誌や科学記事などを通じて一般に広く浸透し、日本の漫画アニメーション等フィクションには、しばしば旋風によって物体をカッターのように切り裂く表現が見受けられる。円谷プロ製作『怪奇大作戦』16話「かまいたち」でも、この理論を元にストーリーが作られている。

しかし、実際には皮膚はかなり丈夫な組織であり、人体を損傷するほどの気圧差が旋風によって生じることは物理的にも考えられず、さらに、かまいたちの発生する状況で人間の皮膚以外の物(衣服や周囲の物品)が切られているような事象も報告されていない。

これらの理由から、現在では機械的な要因によるものではなく、皮膚表面が気化熱によって急激に冷やされるために、組織が変性して裂けるといったような生理学的現象(あかぎれ)であると考えられている。かまいたちの伝承が雪国に多いことも、この説を裏付ける。また、切れるという現象に限定すれば、風が巻き上げた鋭利な小石や木の葉によるものとも考えられている。

テレビ番組『特命リサーチ200X』の調査報告では、砂嵐によって巻き上げられ、突風で飛ばされて来た砂や小石が原因ではないかといった仮説を紹介している(被験者は30年以上前にかまいたちに遭ったとされる)。調査依頼を受けた東京女子医科大学病院形成外科学の佐々木健司によれば、エコー検査の結果、傷の深さは約3ミリ、全治3週間の切り傷と推定。実際は1週間で完治したことに対し、こんなに早く治るのは医学的には考え難いとのコメントを残している。さらに東京監察医務院の徳留省悟にも同じ傷を見てもらい、鋭体による傷に近いと判断している。その上で、最も現実的なのは砂や石の衝突現象として支持している(自動車のボディで同じ傷が確認できる)。第1に体験者の多くが、寒い地方(東北地方)に集中していること、第2に強風が吹いていたこと、第3に乾燥した日に起こったことなどを挙げ、砂嵐なら皮膚の知覚が麻痺し、痛みが起こらず、出血量が少ないのも説明がつくと結論している。しかし、寒冷と強風だけでは、1週間という短期間で傷口が完治したことは説明できないとされる。

風に関する妖怪の民間伝承

風に関する妖怪や霊怪にはあたると病気になるとされる物が多く伝承されており、直接的な外傷を負わせてくるものは他には少ない。

山口県豊浦郡ヤマミサキは、深山に出る怪で、人の生首の形をして落ち葉の上を車のように飛んだりする魔風である。人がその風に会うと大熱を起こすと言われ、萩市相島では、その正体は死後に行き場のない、風になってさまよっている亡霊であるという。山口県阿武郡六島村(現・萩市)では、崖で死んだ人や難破者は、死後8日目までヤマミサキになるという[21]。高知の幡多郡昭和村(現・四万十町)ではこのヤマミサキを「リョウゲ」と呼び[22]、不慮の事故にあって死んだ者の霊とされ、これに行きあうことをリョウゲ憑きと呼んでいる[23]

高知県高岡郡黒岩村(現・越知町)では前述の野鎌に類する魔風を「ムチ(鞭)」というが[24]、これはを振り回すような風が田の上に吹くことをいい、これにあたると病気になるという[25]土佐郡土佐山村(現・高知市)では、ムチは夜道を行く者の連れている牛馬を取り殺すといい、牛馬に目隠しをしてこれを防ぐという[25]

奄美大島では、お盆近くに墓道などで、生温かい風が掠めて悪寒がし、家に帰って着物を脱いでみると、身体のどこかに斑紋が出来ていることがあるという。間もなく高熱が出て、ユタに祓いをしてもらわなければならないとされる。


注釈

  1. ^ ある主要な季語について別表現と位置付けされる季語を、親子の関係になぞらえて、親季語に対する「子季語」という。「傍題」ともいうが、傍題は本来「季題」の対義語である。なお、子季語の季節と分類は親季語に準ずる。

出典

  1. ^ a b 井上円了『井上円了・妖怪学全集』第1巻 柏書房 1999年、576-580頁。ISBN 4-7601-1721-0
  2. ^ a b c d e 大藤時彦他『綜合日本民俗語彙』第1巻、民俗学研究所編、柳田國男監修、平凡社、1977年(原著1955年)、改訂版、393頁。
  3. ^ 稲田篤信・田中直日編 『鳥山石燕 画図百鬼夜行』国書刊行会、1992年、40頁。ISBN 978-4-336-03386-4
  4. ^ a b c d 村上 2000, p. 115
  5. ^ 早川孝太郎「小県郡民譚集」『日本民俗誌大系』第5巻、角川書店、1974年(原著1933年)、91頁。ISBN 978-4-04-530305-0
  6. ^ 多田克己『幻想世界の住人たち』IV、新紀元社Truth In Fantasy〉、1990年、212-213頁。ISBN 978-4-915146-44-2
  7. ^ 村上 2000, p. 263.
  8. ^ 今野圓輔著『日本怪談集 妖怪篇』社会思想社現代教養文庫〉、1981年、24頁。ISBN 978-4-390-11055-6
  9. ^ a b 千葉 1991, pp. 52–53
  10. ^ 山口敏太郎『江戸武蔵野妖怪図鑑』けやき出版、2002年、81頁。ISBN 978-4-87751-168-5
  11. ^ 鈴木棠三 編注『耳袋』2 平凡社東洋文庫)1972年、111頁。全国書誌番号:75019835
  12. ^ 『全国妖怪事典』千葉幹夫編、小学館〈小学館ライブラリー〉、1995年、65頁。ISBN 978-4-09-460074-2
  13. ^ 三好想山 1903, p. 470.
  14. ^ 三好想山 1903, p. 475.
  15. ^ 三好想山 1903, pp. 474–476.
  16. ^ 三好想山「想山著聞奇集」『日本庶民生活史料集成16』第16巻、谷川健一他編、三一書房、1970年(原著1850年)、41-45頁。ISBN 978-4-380-70504-5
  17. ^ 天野信景著『塩尻 下』帝国書院、1907年、16 - 17ページ
  18. ^ a b c d 鎌鼬(かまいたち)三冬”. 季語と歳時記-きごさい歳時記. 季語と歳時記の会 (2011年6月20日). 2018年2月23日閲覧。
  19. ^ 大辞泉』、『大辞林』第3版
  20. ^ 化け物の進化・寺田寅彦(青空文庫)[1]
  21. ^ 桜田勝徳「長門六島村見聞記」『日本民俗誌大系』第10巻、角川書店、1976年(原著1933年)、384-385頁。ISBN 978-4-04-530310-4
  22. ^ 村上 2000, p. 353.
  23. ^ 村上 2000, pp. 364–365.
  24. ^ 大藤時彦他『綜合日本民俗語彙』第4巻、民俗学研究所編、柳田國男監修、平凡社、1977年(原著1955年)、改訂版、1561頁。
  25. ^ a b 村上 2000, p. 327


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