鎌倉宮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/12 15:27 UTC 版)
施設
土牢
本殿の後方にある土手の穴が、護良親王がおよそ9か月間幽閉されていた土牢であるという古伝承がある。土窟で2段になっている。
「鎌倉覧勝考」によれば、上段は入り口から0.1寸ばかりの深さで2間四方余あり、下段はさらに7、8尺下って9尺四方あり、周囲は赤い土であるといい、さらに、「太平記」に「建武元年五月二日大塔宮を足利直義うけ取鎌倉へ下し奉つて、二階堂谷に土籠を塗てぞ置参らせける」とあり、土の牢とは記されておらず、薬師堂谷の御所または牢の御所と書いているものもあり、土籠は塗りごめた土蔵であり、四面を禁錮して入れ置いたのであるから、牢の御所と称したにすぎないという説もある(拝観は有料)。
宝物殿
1873年に明治天皇が鎌倉宮へ行幸した際、行在所として建設された建物。館内には鎌倉宮の祭神である護良親王ゆかりの品々や、歴代連合艦隊司令長官の書など多数くの宝物が展示されている(拝観は有料)。
撫で身代わり様
元弘3年(1333年)に吉野城落城の時、村上義光が護良親王の身代わりとなって切腹してエピソードから、2004年(平成16年)に義光を境内の樹齢103年の欅の大木で彫り上げた、「撫で身代わり様」像が拝殿横に存在する。
鎧姿の等身大武者像で厄除け、病気平癒のご利益があるとされ、参拝者が撫で回すので手沢を帯びて全身が光沢で輝いている。
獅子頭守像
拝殿の正面には、本神社のお守りの代表格である「獅子頭守(ししがしらまもり)」の巨大像がある。
真っ赤な獅子頭は護良親王が、獅子頭の小さなお守りを兜に忍ばせて自らの無事を祈ったのが由縁とされ、厄除け・幸運招来・交通安全・身代りなどの効能があるとされる。
盃割り舎
土器(かわらけ)に息を吹きかけて盃に自分の「厄(悪いもの)」を移し、「厄割り石」と呼ばれる大石に投げつけて割るための施設。設置されたのは比較的新しく、1980年代頃である(土器は有料)。
小賀玉の木
休憩所
境内の社務所に隣接する二階建ての建物。参拝者、特に団体客の無料休憩所として利用される。椅子や机、自動販売機などが設置されている。結婚式の披露宴会場としても使用され「太平殿」との別名もある。
時には災害時に、この建物と境内は避難所として使用されることもある[注釈 1]。
神鹿園
かつて丹沢地方から奉納されたシカが、神鹿として飼われていた施設が境内に存在したが、神鹿が1980年代半ばに逝去したために撤去され、跡地は駐車場となった。
注釈
出典
- ^ 『鎌倉古社寺辞典』株式会社 吉川弘文館、7‐10、19頁。ISBN 9784642080606。
- ^ 『鎌倉史跡事典』株式会社 新人物往来社、3-15、86頁。ISBN 4404024525。
- ^ 『かまくら子ども風土記(第13版)』鎌倉市教育委員会、3-31 平成21、49頁。
- ^ a b “鎌倉タイムTop » 寺と神社 » 鎌倉宮”. 鎌倉タイム. 2020年2月18日閲覧。
- ^ a b 亀田 2017, pp. 30–31.
- ^ a b “鎌倉宮について 御由緒や歴史のご紹介”. 鎌倉宮. 2020年2月18日閲覧。
- ^ 長谷川 1994, p. 261.
- ^ a b c #三菱、20話12頁『「秩父丸」から「鎌倉丸」へ船名変更』
鎌倉宮と同じ種類の言葉
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