酒井法子 経歴

酒井法子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/31 16:17 UTC 版)

経歴

1986年昭和61年)にアイドルとしてデビュー後、自らを「のりピー」と名乗っていた。同時に「ヤッピー」「いただきマンモス」「うれピー」といった独特の言葉の「のりピー語」も流行させた。デビュー当時のキャッチフレーズは、「おキャンなレディ」。

生い立ち

1971年昭和46年)、福岡県福岡市生まれ。その後、埼玉県狭山市の叔母の家で小学校低学年まで育てられ[5]、実父の再婚に伴い福岡へ戻り、福岡市立大名小学校を卒業。父はその後再々婚[5]福岡市立舞鶴中学校時代にはソフトボール部に所属し、中学校3年生時の1985年夏には、9番右翼手福岡県大会に出場し、準優勝している[6]

オーディション

1985年(昭和60年)10月、全国応募総数54,129名のオーディション企画「'86 ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」(主催・資生堂)に出場、グランプリは水谷麻里が受賞したが、酒井には「BOMB!賞」が授与された[注 1]。当コンテストには本来このような賞はなく、芸能事務所サンミュージックの専務が酒井を見初め、「『彼女の』才能を試してみたい」との希望で急遽用意されたものであり[注 2]、このような経緯で酒井の芸能界デビューは決定した[7]

同年12月、福岡市から上京した酒井は、サンミュージック社長(当時)・相澤秀禎の自宅での下宿生活を始め、学校も東京都内の中学校に転校。

酒井にとって初めての仕事として、テレビドラマ 『春風一番!』(1986年1月- )への出演が決定、1985年年末からその収録に参加する。同時期に雑誌 『Momoco』に登場し、モモコクラブのNo.1482となる。

アイドルとしてデビュー

1986年(昭和61年)4月29日、同誌が開催したイベント「'86 モモコ・パーティー」におけるオーディション、『第2回 ミスモモコクラブ』で「ミスVHD賞」を受賞した酒井は、同年11月21日に VHDソフト[注 3] 『YUPPIE』を発売し、本格的にデビューを飾った。VHDソフトを用いたアイドルのデビューは世界初であった。またこの作品では、彼女が初めてレコーディングをした『お願いダーリン』が挿入歌として使用されている。テレビでは同時期放送開始のTBS系『モモコクラブ』にレギュラー出演し、番組の中心メンバーとして人気を博す。この時期から酒井は自身を「のりピー」と自称、同時に「のりピー語」を用いるようになった。

1987年(昭和62年)2月、『男のコになりたい』でアイドル歌手デビューし、オリコン最高6位と幸先のいいスタートを切る。同年の新人賞レースには数多く参戦し、畠田理恵立花理佐BaBe坂本冬美との激戦をくり広げた。また、『第18回 日本歌謡大賞』では『ノ・レ・な・いTeen-age』で、最優秀放送音楽新人賞を受賞した。

ザ・ベストテン』(TBS)では酒井直筆の歌詞がそのままテロップになって表示されたこともあって「変体少女文字を書く新人類」と言われたこともあった[6]

アイドル時代、酒井の活動は多岐に渡り、芸能活動のほかにイラストレーター漫画家ペンネームは平仮名の“さかい のりこ”)としても活動し、少女漫画雑誌『週刊少女コミック』に漫画の連載を持ったこともある。中学生の頃に自ら生み出したというキャラクター『のりピーちゃん』は、日本自動車工業会の交通安全ポスターにも使われた。また、そのキャラクターグッズも自身のショップ 「NORI-P HOUSE」[注 4]で販売されて人気を博し、当時のタレントショップブームの一翼を担った。1988年7月、富士山の8合目(標高3300m)の山小屋にグッズ店「のりピーちゃんハウス」を開店。「日本一標高の高いタレントショップ」として話題となった。1991年には5合目の山小屋に富士山2号店がオープンしている。同年「のりピーハウスレーシングチーム」というチーム名でN1耐久レース(現在のスーパー耐久)にも参加し、チーム監督として酒井が着任していた。

平成期の活動:アジア各地での人気、女優・歌手

タレントとして伸び悩んでいた酒井は、1990年当時、日本の芸能界が目を向けていなかった台湾での活動を始め、香港、中国本土など、中国語圏各地においても、日本での評価以上の人気と知名度を獲得。中国語歌唱による楽曲も発表した。1992年(平成4年)5月には、初めての海外公演として、台北市でのコンサートを成功させた[注 5]1998年には、中国の中国唱片社が発行する音楽情報誌『音像世界』5月号に掲載された同年3月分のランキングで1位に登場し、同誌6月号では表紙を飾った[8]

「微笑みを見つけた」を中国の標準語(普通話)による歌詞でカバーしている(タイトルは「微笑」)。広東語バージョンは黎瑞恩の歌による「你知我想說甚麼」。

1993年脚本家野島伸司に引き立てられ、主演したドラマ 『ひとつ屋根の下』(フジテレビ)、続いて1995年に『星の金貨』(日本テレビ)が立て続けにヒットする。同ドラマの主題歌となったシングルCD碧いうさぎ』は自身初のミリオンセラーの大ヒット曲となり、デビュー9年目にして初めて 『第46回NHK紅白歌合戦』(1995年)に出場した。ドラマでの役柄に合わせて、酒井はこの楽曲を、NHK紅白歌合戦史上初めて、日本手話を交えて歌った。

1996年(平成8年)3月には、個人事務所 「エヌ・コーポレーション」(東京・南青山)設立、継母と共に取締役に就任した。同年、『続・星の金貨』(日本テレビ)にも引き続き主演を務め、ドラマ主題歌のシングルCD『鏡のドレス』もヒット作となった。

その後、結婚・出産を経た酒井は、育児と女優活動を両立、2003年(平成15年)には、伊藤忠商事とサンミュージックが設立した洋服ブランド、『ピーピーリコリノ (PP rikorino)』のプロデュースを始める[9]。さらに、日中文化スポーツ交流年(2007年)・文化親善大使となって、様々なイベントに参加し、当時の内閣総理大臣安倍晋三とも面会[10]、また、最高裁判所制作による、裁判員制度のPR映画審理』(2008年)に主演するなど、芸能人としてのステータスを高めていた。


注釈

  1. ^ 昭和60年10月26日開催 この際、準グランプリを岡谷章子、Momoco賞を畠田理恵が、それぞれ受賞している。[6]
  2. ^ この賞はコンテストの後日、昭和60年11月22日に授与された。
  3. ^ 当時、日本の電気メーカー、日本ビクターが開発したVHDは、LDなどとの規格争いの最中だった。
  4. ^ 原宿恵比寿清里名古屋京都福岡などに存在した。
  5. ^ 1992年5月10日と11日 台北市立総合体育場で開催。
  6. ^ 創造学園大学の受験、合格については、2009年(平成21年)11月10日、大学側が明らかにした。
  7. ^ TBSテレビは、酒井の逮捕状が取られた時点で特別番組を放送した。
  8. ^ 2009年7月下旬の使用歴により、同年9月11日に追起訴された。
  9. ^ 第60回選抜高等学校野球大会開会式入場行進曲
  10. ^ 酒井法子 with L・リーガーズ名義。当時の現役女子サッカー選手10人がコーラスで参加している。
  11. ^ 宇佐元恭一とのデュエット。
  12. ^ 2009年9月16日発売予定だったが、一旦発売中止となった。

出典

  1. ^ オフィスニグンニイバ プロフィール
  2. ^ a b c “【98年12月28日】酒井法子電撃入籍 プロサーファーと”. スポーツニッポン. (1998年12月29日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/sakai_archive/KFullNormal20091001197.html 2009年11月3日閲覧。 
  3. ^ a b “のりピーやっと離婚出来た 6月末親権も”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2010年7月30日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20100730-659747.html 2020年12月4日閲覧。 
  4. ^ a b c “酒井法子が事務所退社し個人事務所立ち上げ 未明にYoutuberデビュー”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2021年5月1日). https://www.daily.co.jp/gossip/2021/05/01/0014290097.shtml 2021年5月1日閲覧。 
  5. ^ a b サンケイスポーツ、2009年8月27日
  6. ^ a b c d 昭和50年男(株式会社クレタパブリッシング)2020年5月号 Vol.004 p.142 - 145「ガールイズマイン 酒井法子」
  7. ^ a b 相澤秀禎 『人気づくりの法則』(東洋経済新報社 1988年4月23日) ISBN 978-4492553091
  8. ^ のりピーが中国でNo1アイドル、ZAKZAK、1998年5月15日。(インターネットアーカイブのキャッシュ)
  9. ^ 伊藤忠商事のプレスリリース 2007年9月26日他
  10. ^ 日中文化・スポーツ交流年を振り返って
  11. ^ “酒井法子被告: 創造学園大に合格 音楽療法など勉強か”. 毎日新聞. (2009年11月9日). http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091111k0000m040137000c.html 2009年11月11日閲覧。 
  12. ^ “最後の卒業式、54人巣立つ 閉校の群馬・創造学園大 - 教育”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2013年3月17日). http://www.asahi.com/edu/articles/TKY201303160373.html?ref=chiezou 2020年12月4日閲覧。 
  13. ^ 酒井法子さん、高相祐一さんと、慰謝料無しで離婚 『Internatonal Business Times』 2009年7月30日
  14. ^ “「芸能界は薬物一掃を」警察トップ異例の要請”. 読売新聞. (2009年8月21日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090821-OYT1T00106.htm 2009年11月3日閲覧。 
  15. ^ 酒井法子容疑者主演、裁判員PR映画自粛 『産経新聞』 2009年8月7日
  16. ^ 酒井法子の元夫・高相氏、歌舞伎町の路上で倒れ込む 新宿署が保護 2011/01/26 【MSN産経ニュース】
  17. ^ 酒井法子容疑者、逃走の足取りメモ 2009/08/11 【日刊スポーツ】
  18. ^ “酒井被告、所属事務所を解雇…経過”. 日刊スポーツ. (2009年8月29日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20090829-536534.html 2009年11月3日閲覧。 
  19. ^ “酒井法子被告らを追起訴 覚せい剤使用の罪で東京地検”. 朝日新聞. (2009年9月11日). http://www.asahi.com/national/update/0911/TKY200909110198.html 
  20. ^ “酒井被告の初公判、競争率は過去最高330倍”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社). (2009年10月27日). http://www.sanspo.com/geino/news/091027/gnd1027008-n1.htm 2009年11月3日閲覧。 
  21. ^ “酒井法子被告:懲役1年6月、執行猶予3年 東京地裁判決”. 毎日新聞. (2009年11月9日). http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091109k0000e040029000c.html 2009年11月11日閲覧。 
  22. ^ “「青少年への影響を考慮した薬物問題報道についての要望」を公表” (プレスリリース), 放送倫理・番組向上機構, (2009年11月2日), http://www.bpo.gr.jp/topics/2009/20091102.html 2009年11月3日閲覧。 
  23. ^ 酒井法子 全額返済の意思に前事務所社長「その気持ち忘れないことが大切」 - スポーツニッポン 2012年11月24日
  24. ^ 酒井法子、12月に舞台主演正式発表…芸能界復帰へ - オリコン 2012年9月28日
  25. ^ 公演情報 | 一期一会 公式サイト
  26. ^ 酒井法子が涙の女優復帰 愛息子に「頑張る背中見せていく」 - オリコン 2012年11月24日
  27. ^ 今井雅之が謝罪「酒井法子は悪くない」 デイリースポーツ2014年1月16日
  28. ^ 酒井法子、16年ぶりコンサートで涙 ファン1200人に感謝「遅くなったけど、ただいま!」 オリコン 2016年9月22日
  29. ^ 酒井法子、26年ぶりBDイベント開催 織田哲郎氏もサプライズ登場 オリコン 2017年2月14日
  30. ^ 酒井法子、5年ぶり主演舞台で泣き演技 長男に感謝も「ひたすら、いい子どもでよかった」 オリコン 2017年10月3日
  31. ^ うんちゃん2 うんちゃん2公式サイト 2018年9月19日閲覧
  32. ^ 酒井法子、子ども健全育成大使就任 大役に葛藤も「私にできることがあれば…」 オリコン 2018年7月18日
  33. ^ a b c d “酒井法子、13年ぶり映画主演…女優復帰後初、来年2月公開”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2020年12月4日). https://hochi.news/articles/20201204-OHT1T50012.html 2020年12月4日閲覧。 
  34. ^ 酒井 法子 | NORIKO BOX [30th Anniversary Mammoth Edition] - ビクターエンタテインメント
  35. ^ サンデー毎日』(特集!バーニング帝国の素顔・第3弾) 2010年8月13日号 閲覧。
  36. ^ 1990年度作品集 ACジャパン
  37. ^ “のりぴー 薬物事件後初のイメキャラに「マンモスうれピー」”. スポニチアネックス. (2016年6月29日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/06/29/kiji/K20160629012868670.html 2016年6月29日閲覧。 
  38. ^ “のりピー「ふんだんに楽しめる」芸能活動30周年記念BOX販売”. スポニチアネックス. (2016年11月1日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/11/01/kiji/K20161101013640340.html 2016年11月1日閲覧。 






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