郭泓志 郭泓志の概要

郭泓志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/09 15:57 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
郭 泓志
サンディエゴ・パドレス時代
(2017年)
基本情報
国籍 中華民国台湾
出身地 台南市
生年月日 (1981-07-23) 1981年7月23日(38歳)
身長
体重
188 cm
109 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2005年9月2日
最終出場 MLB / 2011年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイ
WBC 2006年2013年
郭 泓志
各種表記
繁体字 郭 泓志
拼音 Guō Hóngzhì
注音符号 ㄍㄨㄛㄏㄨㄥˊㄓˋ
和名表記: かく おうし
発音転記: グォ・ホンジー
英語名 Kuo Hong-Chih
テンプレートを表示
獲得メダル
男子 野球
チャイニーズタイペイ
アジア競技大会
2006
2002

経歴

プロ入りとドジャース時代

1999年ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ。

2002年オフの10月に開催された釜山アジア競技大会の野球チャイニーズタイペイ代表に選出された。同大会では準優勝を果たした。

2005年9月の拡大ロースターにおいてはじめてメジャーの一員となった。この年は9試合に登板して1敗。

ドジャース時代(2010年)

2006年開幕前の3月に開催された2006 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のチャイニーズタイペイ代表に選出された[1]

シーズンでは、年間を通じて40人ロースターには登録されたまま、昇格と3Aへの降格を繰り返していたが、9月に昇格してからは本来の役割である先発に転向し、9月8日に先発デビューを果たす。首位ニューヨーク・メッツを6回無失点に抑えてメジャー初勝利を飾った。先発5試合で防御率3点強と先発向きの資質をアピールして見せた。また、ドジャースはポストシーズンに進み、郭はメッツとのディビジョンシリーズ第2戦で先発。5回途中、自責点2で降板し、敗戦投手となった。

オフの11月から12月にかけて開催されたドーハアジア競技大会の野球チャイニーズタイペイ代表に選出された。同大会ではチャイニーズタイペイ代表史上初のアジア競技大会優勝に貢献した。

2007年は先発の一員として期待されていたが、背筋を痛めて開幕メジャーはならなかった。

2008年は一気に飛躍の年となった。2007年シーズン終了後のオフで手術した左腕を案じたトーリ監督は郭をセットアッパーとして起用したが、郭はこのポジションで頭角を現した。5月6日のメッツ戦では、黒田博樹のリリーフとして登板し、打者12人に対し8三振を奪い、3回2/3を無安打無得点に抑え、シーズン2勝目を挙げた。また8月14日のフィラデルフィア・フィリーズ戦では2回を無安打無得点に抑え自身初のセーブを挙げた。郭は2008年シーズン中42試合に登板し3試合に先発、39試合にリリーフとして出場、80回を投げ96三振を奪い、対戦チームの打率を.204に抑え、全ナショナルリーグのリリーフ投手の中でも1.69という顕著な防御率を残すに至った。上腕三頭筋のケガによりシーズン最後の15試合、およびディビジョンシリーズへの出場機会を失ったが、ナショナルリーグのチャンピオンシリーズでは3試合に出場し、3回を登板、3三振を挙げた。郭は同年の「MLB.com This Year in Baseball Awards」において、最優秀中継ぎ投手に選ばれた。

2009年は4月後半に持病ともいえる左肘痛から15日の故障者リストに掲示され、さらに60日DLに移行するなど故障に苦しんだ。しかし、7月下旬に復帰すると2ヶ月強で28試合に登板した(ほぼ2試合に1試合のペースである)。終盤、コロラド・ロッキーズに追いつかれそうになったチームの地区優勝達成を支えた。

2010年は台湾出身の選手で初めて、MLBオールスターゲームに出場した。現時点で台湾出身の選手でオールスターに出場したのは郭のみである。

カブス傘下時代

2012年2月6日にシアトル・マリナーズに1年契約で加入[2]。しかし、3月19日、オープン戦6試合で防御率17.55と不振で解雇された[3]

シーズンでは6月4日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結ぶ。7月6日に放出された。

2013年1月14日に第3回WBC本戦のチャイニーズタイペイ代表に選出され[4]、2大会ぶり2度目の選出を果たした。

ライオンズ時代

統一セブンイレブン・ライオンズ時代
(2013年12月1日)

2013年6月22日に母国台湾の野球リーグである中華職業棒球大聯盟(CPBL)の統一セブンイレブン・ライオンズと契約を結んだ。

ガーディアンズ時代

2017年サンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ[5]エイプリルフールに自分の能力不足を痛感し自ら球団に退団を申し込み[6]、後に富邦ガーディアンズ2軍の練習に加わった[7]

選手としての特徴・人物

第3回WBCにて
(2013年3月8日)

高校時代より速球派の左腕として頭角をあらわす。スリークォーターから最速99mph[8](約159km/h)のストレートとスライダーを中心に投球を組み立てる、主にリリーフとして活躍する[9]

王建民投手とは同じ中学(台南市建興国中)の出身で郭は1年後輩にあたる。また、元東北楽天ゴールデンイーグルス林恩宇投手の同級生でもある。

高校時代、第3回AAAアジア野球選手権大会決勝戦の日本戦に先発し、松坂大輔と投げ合っている。

台湾出身としては4人目のメジャーリーガーである。




  1. ^ 2006 Tournament Roster WBC公式サイト (英語) 2015年3月21日閲覧
  2. ^ “マリナーズが郭泓志、キャンプを獲得”. 日刊スポーツ. (2012年2月7日). http://nk.himania.info/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20120207-900423.html 2012年9月23日閲覧。 
  3. ^ “マリナーズ、郭泓志を解雇=米大リーグ”. 時事通信社. (2012年3月20日). http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2012032000183 
  4. ^ 2013 WBC中華隊28人名單 CPBL公式サイト(中国語) (2013年1月14日) 2015年3月28日閲覧
  5. ^ 簽約教士 郭泓志拚重返大聯盟 聯合新聞網 (中国語) (2017年2月18日) 2017年7月10日閲覧
  6. ^ 中職/郭泓志萌生退意? 葉君璋:選手想法最重要 聯合新聞網 中国語 (2017年4月1日) 2017年7月10日閲覧
  7. ^ 中職/郭泓志隨悍將練球 葉總:等他點頭 聯合新聞網 (中国語) (2017年6月10日) 2017年7月10日閲覧
  8. ^ Dodgers-Mets: Rotation analysis MLB.com
  9. ^ Fangraphs Pitch Type


「郭泓志」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「郭泓志」の関連用語

郭泓志のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



郭泓志のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの郭泓志 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS