道教 三教の関係

道教

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/27 06:46 UTC 版)

三教の関係

道教・儒教・仏教の間には様々な相互交渉と融合が起こった。仏教と道教の融合の事例としては、天界説・「劫」の観念・地獄・止観・禅の思想・大乗思想・空思想・仏性思想などがある。儒教と道教の融合の事例は倫理思想の面によく現れており、『太平経』や『抱朴子』など儒教の倫理道徳が基調となっている経典は多い[102]

仏教と道教

仏教が中国に伝来した際、中国に固有に存在した道家思想・神仙思想を媒介として中国の社会・文化の中に入っていった[103]。老子がインドに入って仏となり作ったのが仏教とする「老子化胡説」や、老子・孔子・顔淵は仏が中国の人々を教化するために派遣した仏弟子であるとする「三聖派遣説」などが唱えられ、道教・仏教は互いの優位性を争うこととなった[103]

元徽年間、道士の顧歓が「夷夏論」を著すと、「夷夏論争」と呼ばれる仏教と道教の論争が始まった[104]。顧歓は、仏教と道教はその根源的な真理は一致しており、どちらも人々の本性を完成させるという目的は同じであるが、そのための教化方法が異なり、中国においては中国の風俗に合った道教がふさわしいと述べた[104]

仏教の要素は道教にも取り入れられるようになったが、特に霊宝経の仏教需要は顕著であり、仏教の宇宙論・大乗思想・因果応報思想・戒律などが霊宝経の中に取り入れられている[105]

儒教と道教

儒教で最も重んじられる道徳である「孝」も道教に取り入られており、祖先祭祀を行うことによって、亡き先祖を思う心が天を感動させ、冥界の魂に報いが及ぶと考えられていた[106]。陸修静が整備した儀礼である「霊宝斎」は、父母の重恩を思う気持ちが斎の根本であることを強調し、家の祖先を供養するための斎や国家の安寧を祈願する斎を整備した。これは儒教の思想と同じように家と国家の安寧を祈願するものであり、唐代に道教が王朝に重んじられるきっかけを作った[106]

三教帰一の思想

こうして三教の間の交渉・融合が進むにつれて、儒・仏・道の一致を主張する説も多く提出されるようになってきた。特に宋代以後になると、自己修養を目的に内丹に関心を持つ人が増え、その一致が説かれるようになった。道教の側からこの議論を行ったのが『悟真篇』で、この書では「性」に重きを置く仏教と「命」に重きを置く道教は不可分で、かつ儒教経典である『論語』や『易』を引用しながら孔子が性命の奥義に通じていたと述べられている[107]


  1. ^ a b c d e 福井 1984, p. 327.
  2. ^ a b c 神塚 2020, p. 6.
  3. ^ a b c d e f 金 1995, pp. 146–149.
  4. ^ a b c 横手 2008, pp. 1–8.
  5. ^ P.R.ハーツ 2005, p. 12.
  6. ^ P.R.ハーツ 2005, p. 13.
  7. ^ P.R.ハーツ 2005, pp. 146–152.
  8. ^ a b c 神塚 2020, pp. 7–8.
  9. ^ a b c d 神塚 2020, p. 28.
  10. ^ a b 神塚 2020, pp. 32–33.
  11. ^ 神塚 2020, pp. 34–36.
  12. ^ 横手 2008, pp. 9–12.
  13. ^ 横手 2008, pp. 9–11.
  14. ^ 横手 2008, pp. 12–16.
  15. ^ 横手 2008, pp. 26–28.
  16. ^ a b 神塚 2020, p. 45.
  17. ^ a b 神塚 2020, p. 54.
  18. ^ a b c 横手 2008, pp. 16–19.
  19. ^ 坂出 2005, p. 38.
  20. ^ 神塚 2020, p. 53.
  21. ^ 神塚 2020, pp. 54–55.
  22. ^ 神塚 2020, p. 13.
  23. ^ 神塚 2020, pp. 64–66.
  24. ^ 神塚 2020, p. 117.
  25. ^ 横手 2008, pp. 35–39.
  26. ^ a b 神塚 2020, p. 66.
  27. ^ a b 金 1995, pp. 88–93.
  28. ^ a b 神塚 2020, pp. 108–110.
  29. ^ 横手 2008, pp. 20–22.
  30. ^ a b c 神塚 2020, pp. 120–122.
  31. ^ a b c 大形 1984b, p. 162.
  32. ^ a b 神塚 2020, pp. 86–88.
  33. ^ 神塚 2020, pp. 100–102.
  34. ^ a b c 神塚 2020, pp. 73–76.
  35. ^ 神塚 2020, p. 76.
  36. ^ a b c 神塚 2020, pp. 76–79.
  37. ^ a b c d 神塚 2020, pp. 79–81.
  38. ^ a b c d 神塚 2020, pp. 81–83.
  39. ^ a b 神塚 2020, pp. 130–138.
  40. ^ a b 神塚 2020, pp. 138–139.
  41. ^ a b 加治 2001, pp. 12–13.
  42. ^ 酒井 1984, pp. 257–258.
  43. ^ 加治 2001, p. 15.
  44. ^ a b 神塚 2020, pp. 141–142.
  45. ^ a b 神塚 2020, pp. 142–143.
  46. ^ a b 加治 2001, pp. 19–20.
  47. ^ a b 加治 2001, pp. 22–23.
  48. ^ 大宮 2002, p. 1.
  49. ^ 横手 2008, pp. 22–25.
  50. ^ 大宮 2002, p. 12.
  51. ^ 大宮 2002, p. 13.
  52. ^ 大宮 2002, p. 14.
  53. ^ 大宮 2002, p. 15.
  54. ^ a b c d 大宮 2002, pp. 29–30.
  55. ^ a b 田中 2000, p. 284.
  56. ^ 田中 2000, pp. 280–290.
  57. ^ a b c 田中 2000, pp. 294–295.
  58. ^ 田中 2000, p. 296.
  59. ^ 浅野 2000, pp. 300–301.
  60. ^ 浅野 2000, p. 302.
  61. ^ a b 浅野 2000, pp. 314–317.
  62. ^ 浅野 2000, pp. 318–319.
  63. ^ a b 神塚 2020, pp. 50–51.
  64. ^ a b 神塚 2020, p. 52.
  65. ^ a b c 坂内 1994, p. 206.
  66. ^ 松村 1994, p. 220.
  67. ^ 松村 1994, p. 221.
  68. ^ a b 小林 1994, pp. 214–215.
  69. ^ 坂出 2005, pp. 68–69.
  70. ^ a b 坂出 2005, pp. 73–74.
  71. ^ a b 坂出 2005, pp. 180–183.
  72. ^ a b 林 1994, pp. 182–189.
  73. ^ a b c d デスプ 1996, pp. 23–26.
  74. ^ デスプ 1996, pp. 31–32.
  75. ^ デスプ 1996, pp. 36–37.
  76. ^ a b c d e f 坂出 2005, pp. 64–66.
  77. ^ デスプ 1996, p. 32.
  78. ^ デスプ 1996, p. 26.
  79. ^ 坂出 2005, pp. 60–62.
  80. ^ a b 猪飼 1994, pp. 224–226.
  81. ^ a b c d e 神塚 2020, p. 178.
  82. ^ 神塚 2020, pp. 178–181.
  83. ^ 神塚 2020, pp. 185–188.
  84. ^ a b 二階堂 2000, pp. 152–154.
  85. ^ a b c 有澤 2000, pp. 213–214.
  86. ^ a b 有澤 2000, pp. 221–224.
  87. ^ a b c 杉原 2000, pp. 251–255.
  88. ^ P.R.ハーツ 2002, pp. 134–139.
  89. ^ 杉原 2000, pp. 257–258.
  90. ^ 吉川 1987, p. 7.
  91. ^ 吉川 1987, pp. 187–196.
  92. ^ 吉川 1987, p. 8-10.
  93. ^ 吉川 1987, pp. 143–161.
  94. ^ 吉川 1987, pp. 19–21.
  95. ^ 奈良 2000, pp. 230–232.
  96. ^ 奈良 2000, pp. 232–234.
  97. ^ 奈良 2000, pp. 235–238.
  98. ^ 奈良 2000, pp. 238–246.
  99. ^ a b c d e f g 大形 1984b, pp. 157–158.
  100. ^ a b c d e 横手 2008, pp. 32–35.
  101. ^ 横手 2008, pp. 40–45.
  102. ^ 神塚 2020, pp. 172–173.
  103. ^ a b 神塚 2020, pp. 154–160.
  104. ^ a b 神塚 2020, pp. 160–162.
  105. ^ 神塚 2020, pp. 162–164.
  106. ^ a b 神塚 2020, pp. 164–167.
  107. ^ 神塚 2020, pp. 172–176.
  108. ^ a b P.R.ハーツ 2005, pp. 153–154.
  109. ^ a b 坂出 2005, pp. 20–22.
  110. ^ 鄭 2001, pp. 206–207.
  111. ^ a b 鄭 2001, pp. 208–211.
  112. ^ a b 都築 2001, pp. 152–153.
  113. ^ 都築 2001, p. 157.
  114. ^ a b 神塚 2020, pp. 198–199.
  115. ^ a b 千田 1989, p. 8.
  116. ^ 神塚 2020, pp. 199–200.
  117. ^ 神塚 2020, pp. 201–202.
  118. ^ 千田 1989, p. 17.
  119. ^ a b c 神塚 2020, pp. 207–210.
  120. ^ 福永 1989, pp. 20–29.
  121. ^ a b 前田 1989, pp. 103–110.
  122. ^ 神塚 2020, pp. 204–207.






道教と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「道教」の関連用語

道教のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



道教のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの道教 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2023 GRAS Group, Inc.RSS