近畿方言 音声

近畿方言

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 21:53 UTC 版)

音声

近畿方言の音韻体系は東京方言とほとんど変わらないが、母音を丁寧に長く強く、子音を弱く軽く発音する傾向がある[28]

母音

近畿方言でも母音はア・イ・ウ・エ・オの5種であるが、ウは東京方言よりも唇を丸めて発音される(円唇後舌狭母音に近い)[28]

母音を丁寧に発音することから、母音の無声化がほとんど起こらず、例えば東京方言では「菊」の「き」や「月」の「つ」が無声化するが、近畿方言では全てはっきりと発音する(若い世代の近畿方言話者では「です」「ます」などで無声化の傾向も見られる)[28]。「赤い→あけえ」「凄い→すげえ」「寒い→さみい」のような二重母音アイ・オイ・ウイの同化融合も「わたい→わて(一人称)」「かい→け(疑問・反語の終助詞)」などの数例を除いて起こらず[28]、紀伊半島の一部では「丁寧→てえねえ」のような「エイ→エエ」も起こらない。また一般に鼻音前のウは「旨い→んまい」のように鼻音化しやすいが、近畿方言では丁寧にウと発音して鼻音化しにくいという[29](異論もある[30])。

1拍語ではほぼ規則的に「木→きい」「目→めえ」のように母音が長音化し、特定の語では「やいと(灸)→やいとお」「路地→ろおじ」「去年→きょおねん」など1拍以上の語や「寝たい→ねえたい」など語幹が1拍の動詞も長音化することがある[28]。一方で「御幸町通→ごこまちどおり(京都市内の通り)」「早う学校行こう→はよがっこいこ」のように語中・語尾の長母音が短音化することもある[31]。これらの現象は、話者の母音の長短意識が曖昧であることに起因すると考えられる[28]

語によっては「動く→いごく/いのく」「キツネ→けつね」「タヌキ→たのき」「ニンジン→ねんじん」「見える→めえる」のように母音がよく転訛するが、個々の単語に関わる問題であり、規則的・体系的な音変化ではない。

子音

大阪市内の質屋看板

子音も東京方言とほぼ同じであるが、全般に東京方言よりも摩擦や破裂が弱い[28]。「ひ」は調音部位が東京方言と異なり、弱い響きで発音される(無声声門摩擦音に近い)[28]。「じ」と「ず」は破裂音がほとんど聞こえず、語頭・語中問わず摩擦音である(有声歯茎硬口蓋摩擦音および有声歯茎摩擦音)。

摩擦や破裂が弱いため、子音の転訛・混同・脱落がしばしば起こる。近畿地方各地(特に和歌山県)で「全然→でんでん」「身体→かだら/からら」のようなラ行音・ダ行音・ザ行音の混同が起こり[28]、それを揶揄した「よろがわのみるのんれ、はららぶらぶや/はらららくらりや(淀川の水飲んで、腹ダブダブや/腹だだ下りや)」という小噺もある[32]。またサ行音が特定の語でしばしば「質屋→ひちや」「それなら→ほんなら/ほな」「山田さん→山田はん」「しません→しまへん」のようにハ行音化したり、「わし→わい(一人称)」「傘差した→傘さいた(サ行イ音便)」のように脱落したりする[28]。「煙→けぶり」「寒い→さぶい」のようなマ行音とバ行音の交替も多い[28]。奈良県などでは「牙→きわ」のようにバ行音のワ行音化もみられる[28]

都市部から離れた地域の高齢層では、「くゎじ(火事)」のような合拗音クヮ・グヮ、「しぇんしぇ(先生)」「じぇに(銭)」のようなシェ・ジェといった古い発音が残っている[33]。中世の京都で行われた語中・語尾の鼻濁音の残存として、ダ行鼻濁音が紀伊半島各地や淡路島などにあるほか、ザ行・バ行鼻濁音が三重県志摩で「かんじぇ(風)」「あんぶ(虻)」など特定の語のなかに残っている[28]ガ行鼻濁音は近畿地方の広い地域で聞かれるが、鼻音性・破裂性ともに弱く、東京ほどガ行鼻濁音が意識されず、音素として捉えない話者がほとんどである[28]。東京以上に衰退が進んでおり、1999年の兵庫県高砂市での調査によると、ガ行鼻濁音を発音する人の割合が、70-87歳の老年層では74%なのに対し、17-20歳の若年層では8%となっている[34]

その他

促拗音・撥拗音
近畿方言に特徴的な音の融合変化として、イ・ウの後ろにア・ヤ行音が続く場合、「日曜→にっちょお」「好きやねん→すっきゃねん」「カツオ→かっつぉ」のような促拗音化や「賑やか→にんぎゃか」「飲みよる→のんみょる」のような撥拗音化が起こることがある[35]
促音
子音が弱いため、東京方言と比べて促音の語気はそれほど強くなく、「からっかぜ」「川っぷち」などのような複合語中の促音も少ない[28]。一方で、近畿方言では「脱ぎよる→ぬっぎょる」「有るぞ→あっぞ」「鉄道→てっどお」「有るやろ→あっりゃろ」など、東京方言では現われにくい濁音やラ行音前での促音の例が多数ある[28]
撥音
関東方言などと同じく、「何するねん→何すんねん」「おくれなされ→おくんなはれ」のような語中のラ行音の撥音化が盛んである。特定の語では「ゴボウ→ごんぼ」「幽霊→ゆうれん」「相撲→すもん」「菓子→かしん」のように語中・語尾が撥音化したり、逆に「大根焚き→だいこだき」「玄関→げんか」のように撥音が脱落したりすることがある。江戸時代、それを揶揄した「だいこんと付けべきものを付けもせで いらぬごんぼう茶ん袋かな」という戯れ歌を江戸町人に詠まれることもあった[36]

注釈

  1. ^ ここまで、阪口篤義編『日本語講座第六巻 日本語の歴史』(大修館書店、1990年)の徳川宗賢「東西のことば争い」を参考文献とした。

出典

  1. ^ a b c 『国語学大辞典』東京堂出版、1995年、国語学会編、188頁。
  2. ^ a b c d 楳垣編 (1962)、5-14頁。
  3. ^ NIKKEI STYLE エセ関西弁、なぜバレる(謎解きクルーズ) 関西大学 日高水穂教授
  4. ^ a b 奥村三雄「関西弁の地理的範囲」『言語生活』202号、1968年。井上ほか編 (1996)にも収録(60-69頁)。
  5. ^ 楳垣実「近畿」『国文学解釈と鑑賞』「方言の日本地図」号、1954年。
  6. ^ 飯豊・日野・佐藤編 (1982)、117-124頁。
  7. ^ 井上ほか編 (1996)、63頁。
  8. ^ 当時上方では「くゎんねん」と発音しており、「かんねん」は関東訛りとされていた。
  9. ^ 「立派な」の上方訛り。
  10. ^ 金水 (2003)、22-27頁。
  11. ^ 前田 (1977)、13頁。
  12. ^ 保科孝一『最近国語教授上の諸問題』、教育新潮研究会、1915年、29頁。
  13. ^ 梅棹忠夫「第二標準語論」『言語生活』第33号、筑摩書房、1954年。
  14. ^ 「新日本語の現場」方言の戦い 38 「吉本弁」ほとんど共通語、2006年6月8日付読売新聞
  15. ^ 「彼と一緒に暮らす」のような用法は共通語に元からあるが、「私と彼は趣味が一緒だ」のような「同一」という意味の用法は近畿方言から広まったもの。
  16. ^ 語自体は近畿方言に由来するが、現在全国で広く使われる「ゆったりと」という用法は本来の近畿方言ではあまり一般的でない。
  17. ^ 「吐き気がする」という用法は共通語に元からあるが、「腹立たしい」という用法は近畿方言から広まったもの。
  18. ^ a b 陣内正敬「コミュニケーションの地域性と関西方言の影響力についての広域的研究」、2003年。
  19. ^ 真田信治『地域語の生態シリーズ 地域語のダイナミズム―関西』おうふう、1996年。
  20. ^ Facebookが関西弁に対応、「いいね!」は「ええやん!」に” (日本語). GIGAZINE. 2019年11月22日閲覧。
  21. ^ 関西弁のネイティブスピーカー・ボランティア翻訳者、大募集! | Vivaldi日本語公式ブログ” (英語). Vivaldiブラウザー日本語公式ブログ (2019年11月15日). 2019年11月22日閲覧。
  22. ^ a b c d e 金水 (2003)、81-101頁。
  23. ^ 中央公論新社中央公論』2010年5月号
  24. ^ 鹿浦佳子「関西の大学生の関西弁受容意識 -関西出身大学生と非関西出身大学生の意識調査をもとに-」『関西外国語大学留学生別科 日本語教育論集第4号』1994年。
  25. ^ 例として、2011年7月8日に配信されたNEWSポストセブンの「エアコンガンガン使う女性「金払い電力使うの何で悪いんや」」など。
  26. ^ 「【新聞に喝!】関西大学副学長・黒田勇」2009年10月31日付産経新聞。
  27. ^ a b c 山下好孝「『ブランド』としての関西弁」『北海道大学大学院国際広報メディアジャーナル1』2003年。
  28. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 楳垣編 (1962)、15-29頁。
  29. ^ 楳垣実は「わたしの姓なども、東日本の人は[m「me」ŋaki]と発音するが、近畿人は[「u」megaki]と発音する人が多い。」と述べている。楳垣編 (1962)、19頁。
  30. ^ 牧村史陽は「ウの次にマ行の音が来る場合には、そのウはすべてンとなる。」と述べている。牧村史陽『大阪ことば事典』講談社、1984年、754頁。
  31. ^ 飯豊・日野・佐藤編 (1982)、10頁。
  32. ^ 大阪コンベンション協会「大阪弁完全マスター講座 第三十四話 よろがわ」、2010年5月6日閲覧。
  33. ^ 飯豊・日野・佐藤編 (1982)、11頁。
  34. ^ 郡司隆男・西垣内泰介編著『ことばの科学ハンドブック』研究社、2004年、196-197頁。
  35. ^ 前田 (1977)、63-64頁。
  36. ^ 前田 (1977)、59頁。
  37. ^ a b c d e f 楳垣編 (1962)、30-36頁。
  38. ^ 井上ほか編 (1996)、246-247頁。
  39. ^ 井上ほか編 (1996)、250頁。
  40. ^ 井上ほか編 (1996)、248頁。
  41. ^ 「おる」に尊敬語を接続させるのは京阪では一般的でなく(通常「おらはる」や「おおりやす」などは誤用)、「おられる」はあくまで共通語として用いる。
  42. ^ 楳垣編 (1962)、392-393頁。
  43. ^ 近代初期までは江戸・東京でも敬体と「だ」を併用することがあった。
  44. ^ 東京の「です」も江戸後期の成立当初は限られた階層の表現であり、中流以上では用いなかった。(1917年『口語法別記』)
  45. ^ 東京の「です」とは別に、近世上方にも独自の「です」があったとする説もある。
  46. ^ 「『デアル』トイフ詞ニハ『花ヤ』『綺麗ヤ』『賑ヤカヤ』ナド『ヤ』トイフ 又『花ドス』『綺麗ドス』『賑ヤカドス』ハ従来一般ニ用ヰラレタル語ナリト雖近来漸次減少シテ『花デス』『綺麗デス』『賑ヤカデス』ノ方ニ移リ行ク傾キアリ」(1906年『口語法調査報告書(下)』の京都からの報告)
  47. ^ 宮治弘明「近畿方言における待遇表現運用上の一特質」『国語学』151集、1987年。
  48. ^ 楳垣 (1962)、56-57頁。
  49. ^ あるアメリカの旅行者が大阪の市バスの運転手に「次の駅止まりますか?」と聞いたところ「止まりま」と言われたため、関西弁を知らない人にはよくわからない返事の仕方に腹が立った旅行者は新聞に投書したという。
    末延岑生『ニホン英語は世界で通じる』〈平凡社新書〉2010年 ISBN 9784582855357 p16
  50. ^ 兵庫県高等学校教育研究会国語部会編『兵庫県ことば読本』東京書籍、2003年。
  51. ^ 富山県高岡市周辺でも使用される。
  52. ^ みなと舞鶴ちゃったまつりなるイベントが開催されるほど「ちゃった」は舞鶴弁の特徴とされるが、「ちゃった」の使用地域は丹波や播磨の一部(兵庫県多可町加美)にも分布する。
  53. ^ 大阪大学岡島昭浩「雑文・雑考「させて戴く」」、1996年7月4日、2009年11月29日閲覧。
  54. ^ 札埜(2006)p38-40、42
  55. ^ a b 鳥谷善史「関西若年層の新しい否定形式「~ヤン」をめぐって」『国立国語研究所論集』、国立国語研究所、2015年。
  56. ^ 「せう」の転。「しょう」がさらに転じたものが共通語の「しよう」とされる。
  57. ^ 楳垣 (1962)、55頁。
  58. ^ BBCニュースCongo word 'most untranslatable'」、2004年6月22日、2009年11月29日閲覧。
  59. ^ 札埜(2006年) p124
  60. ^ 前田 (1977)、167頁。
  61. ^ 前田 (1977)、170-172頁。
  62. ^ この用法は「嘘やん」以外では稀。
  63. ^ 前田勇(1949)『大阪辯の研究』
  64. ^ 前田 (1965)、202頁。
  65. ^ 『上方語源辞典』34頁。
  66. ^ 堀井令以知『上方ことば語源辞典』東京堂出版、1999年、46頁。
  67. ^ ある時、大鯛がとれ、若者6人で料理したが、1人がエラで指にけがをした。その際に「エラいたい、えらい鯛じゃ」と言ったことから、大きなものに対して「えらい」と言うようになったという。
    札埜(2006)p90-91
  68. ^ 朝日新聞 2003年6月5日
  69. ^ 札埜(2006)p148
  70. ^ 札埜(2006年) p116-117
  71. ^ 『上方語源辞典』131頁。
  72. ^ 札埜(2006年) p129
  73. ^ 札埜(2006年) p143
  74. ^ 札埜(2006)p83では「もし求愛の場面で『きしょい人!』と言われたら、もう脈はないと思うべし」と言葉のその意味合いについて記述されている。
  75. ^ 解釈学会編『解釈』第43巻(1997年、教育出版センター)に掲載された大阪府立阿部野高校教員の岡本利昭の「新科目『現代語』の授業の一思案 阿倍高の言葉・『きもい』『きしょい』考」という54人の高校生に試みた質問紙調査によると、「きしょい」について「強い不快感を感じる時に使う」と答えた生徒は26%、「それほど強い嫌悪感が無いときに使う」と答えた生徒は15%。「きもい」に対して「軽い不快感を感じる言葉」と答えた生徒は33%、「強い不快感、見るのも嫌なものに対する言葉」と答えた生徒は20%であった。
    札埜(2006)p74
  76. ^ 札埜(2006年) p143-144
  77. ^ 東京では本来「明日→あさって→やのあさって→しあさって」の順だった。
  78. ^ 例えば『大阪ことば事典』 (講談社学術文庫、1984年) ISBN 978-4061586581 には掲載されていない。
  79. ^ 札埜(2006)、p67-68
  80. ^ a b 札埜(2006年) p131
  81. ^ 『上方語源辞典』262頁。
  82. ^ 札埜(2006年) p152
  83. ^ 札埜(2006年) p128
  84. ^ 元来より総じて否定的な意味で使われる言葉であった。そのため、2001年にエプソンが優香を起用して「どキレイ」というキャッチコピーを、2003年に日清食品が上戸彩を起用して「どうまい」というキャッチコピーを発表したことに関しては言語学の専門家による非難の対象になり、前者は2002年に開かれた「なにわことばのつどい」第20回記念総会(テーマ「大阪辯の誤用・悪用を正す」)の中でも批判された。
    札埜(2006年) p45
  85. ^ ど根性大根」のように肯定的に用いるのは戦後からの用法で、元は「腐った根性」「曲がった根性」といった意。
  86. ^ 札埜(2006年) p47では「こういうときは『まん真ん中』というと美しい」とする「なにわことばのつどい」代表世話人の中井正明の意見が引用の形で掲載されている。
  87. ^ 札埜(2006年) p175
  88. ^ 札埜(2006)p149
  89. ^ 朝日新聞 2004年5月21日
  90. ^ a b 札埜(2006年) p119-120





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

近畿方言のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



近畿方言のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの近畿方言 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS