谷亮子 人物像

谷亮子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/14 15:08 UTC 版)

人物像

若い頃からインタビューの受け答えがしっかりしており、記者にも常に笑顔で対応し、感謝の言葉を忘れないなど、マスコミへのサービス精神が旺盛である。またよく「○連覇します」と自身を追い込んだ発言をし、そしてそれを有言実行し続ける強い精神力を持っている。

エピソード

  • アトランタオリンピック日本選手団の旗手を務めた[100]
  • 結婚式では夫婦のエピソードVTRに夫婦2人が出演するというものだった。ウェディングケーキは地球をイメージした巨大な青いものだった。柔道を始めたきっかけとなった兄は式を欠席した[64]
  • 消しゴム版画家のナンシー関は、1995年噂の真相に連載されたコラム内で「10年後にヤワラちゃんは選挙に出ていると思う。」と予想していたが、実際には上記のとおり2010年に行われた参議院選挙に民主党から出馬して当選し、関の予想は15年越しで当たったこととなる[101]。 
  • 2011年8月には国際柔道連盟から女子柔道の史上最高選手に選出された[102]
  • 2013年8月には国際柔道連盟の殿堂入りを果たすことになった[103]。 

戦績

年月 大会 成績
1986年4月 全国少年柔道大会 団体戦 3位
1987年8月 全日本少年少女武道錬成大会 優勝
1990年7月 選抜体重別 3位
1990年10月 全日本女子柔道強化選手選考会 優勝
1990年-2000年2002年12月 福岡国際 11連覇を含め、合計12度の優勝
1991年-2001年2003年-2005年 選抜体重別 11連覇を含め、合計14度の優勝
1991年7月 世界選手権 3位
1991年10月 国体 少年女子の部 優勝
1991年11月 アジア選手権 3位
1992年2月 ドイツ国際 優勝
1992年7月 バルセロナオリンピック 2位
1993年2月 フランス国際 優勝
1993年3月 全国高校選手権 優勝
1993年5月 東アジア大会 優勝
1993年10月 世界選手権 優勝
1993年10月 国体 少年女子の部 優勝
1994年10月 アジア大会 優勝
1994年11月 全日本女子柔道強化選手選考会 優勝
1995年8月 ユニバーシアード 優勝
1995年10月 世界選手権 優勝(2連覇)
1996年7月 アトランタオリンピック 2位
1997年1月 ワールドカップ団体戦 3位
1997年10月 世界選手権 優勝(3連覇)
1998年9月 ワールドカップ団体戦 5位
1998年11月 全国女子柔道体重別選手権 優勝
1999年10月 世界選手権 優勝(4連覇)
2000年9月 シドニーオリンピック 優勝
2001年7月 世界選手権 優勝(5連覇)
2003年9月 世界選手権 優勝(6連覇)
2004年8月 アテネオリンピック 優勝(2連覇)
2007年4月 選抜体重別 2位
2007年9月 世界選手権 優勝(合計7度目の優勝)
2008年4月 選抜体重別 2位
2008年8月 北京オリンピック 3位

(出典[26][40]、JudoInside.com)。

対外国人選手の連勝記録

1996年12月の福岡国際2回戦から2008年8月の北京オリンピック準々決勝までの約11年8か月の間に対外国人選手に61連勝しており、浅見八瑠奈の46連勝を上回っている。また、1992年12月の福岡国際2回戦から1996年7月のアトランタオリンピック準決勝までの約3年7か月の間にも42連勝を記録していた。なお、対外国人選手の通算成績は127勝5敗、そのうち一本勝ちが82勝となっている[26][40]

連勝数 ラウンド 対戦相手 内容
福岡国際 (1996年12月8日) 優勝
1 2回戦 フジカワ(アメリカ) 一本勝ち(横四方固)
2 3回戦 ピレス(ブラジル) 一本勝ち(崩上四方固)
3 準決勝 李愛月(中国) 判定勝ち(2-1)
4 決勝 サボン(キューバ) 優勢勝ち(注意)
ワールドカップ団体戦 (1997年1月19日) 3位
5 準決勝 サボン(キューバ) 優勢勝ち(有効)
世界選手権 (1997年10月12日) 優勝
6 2回戦 ムートゥー(モーリシャス) 一本勝ち(大外刈)
7 3回戦 ダマン(ドイツ) 一本勝ち(横四方固)
8 準々決勝 モスクビナ(ベラルーシ) 優勢勝ち(有効)
9 準決勝 ペ・ドンスク(北朝鮮) 一本勝ち(合技)
10 決勝 サボン(キューバ) 優勢勝ち(有効)
福岡国際 (1997年12月14日) 優勝(決勝は長井と対戦)
11 1回戦 黄麗紅(中国) 一本勝ち(内股)
12 2回戦 ニシロ=ロッソ(フランス) 一本勝ち(内股)
13 準決勝 グラダンテ(ドイツ) 一本勝ち(崩上四方固)
ワールドカップ団体戦 (1998年9月12日) 5位
14 1回戦 マクリ(イタリア) 一本勝ち(小外刈)
15 2回戦 ベルティ(ブラジル) 一本勝ち(合技)
16 準決勝 ジョシネ(フランス) 優勢勝ち(有効)
17 3位決定戦 シモンス(ベルギー) 優勢勝ち(効果)
福岡国際 (1999年1月17日) 優勝(決勝は真壁と対戦)
18 2回戦 ガディチョ(インド) 一本勝ち(合技)
19 3回戦 余淑珍(台湾) 優勢勝ち(有効)
20 準決勝 サボン(キューバ) 優勢勝ち(技あり)
世界選手権 (1999年10月10日) 優勝
21 1回戦 ルイニ(チュニジア) 一本勝ち(合技)
22 2回戦 カリイエワ(カザフスタン) 一本勝ち(横四方固)
23 3回戦 クロプストラ(オランダ) 一本勝ち(合技)
24 準々決勝 ニシロ=ロッソ(フランス) 判定勝ち(3-0)
25 準決勝 朴成子(韓国) 優勢勝ち(注意)
26 決勝 サボン(キューバ) 判定勝ち(3-0)
福岡国際 (1999年12月12日) 優勝
27 2回戦 ラウ(香港) 一本勝ち(合技)
28 3回戦 ヘイレン(ベルギー) 優勢勝ち(有効)
29 準決勝 朴成子(韓国) 優勢勝ち(警告)
30 決勝 サボン(キューバ) 判定勝ち(3-0)
シドニーオリンピック (2000年9月16日) 優勝
31 2回戦 趙順心(中国) 優勢勝ち(有効)
32 3回戦 ルスニコワ(ウクライナ) 一本勝ち(払腰)
33 準決勝 チャ・ヒョニャン(北朝鮮) 判定勝ち(3-0)
34 決勝 プロレトワ(ロシア) 一本勝ち(内股)
福岡国際 (2000年12月10日) 優勝(決勝は濱野と対戦)
35 2回戦 タンプラパッソン(タイ) 一本勝ち(大外刈)
36 3回戦 フデイベルゲノワ(ウズベキスタン) 一本勝ち(大外刈)
37 準決勝 金英蘭(韓国) 一本勝ち(体落)
世界選手権 (2001年7月29日) 優勝
38 1回戦 モスクビナ(ベラルーシ) 一本勝ち(燕返)
39 2回戦 エンジェルス(メキシコ) 一本勝ち(払腰)
40 準々決勝 マティヤス(ドイツ) 優勢勝ち(有効)
41 準決勝 マクリ(イタリア) 一本勝ち(内股)
42 決勝 リ・キョンオク(北朝鮮) 判定勝ち(2-1)
福岡国際 (2002年12月8日) 優勝(準決勝は福見、決勝は北田と対戦)
43 2回戦 チョウ(香港) 一本勝ち(合技)
44 3回戦 ジョシネ(フランス) 優勢勝ち(有効)
世界選手権 (2003年9月14日) 優勝
45 2回戦 グンダル(インド) 一本勝ち(払腰)
46 3回戦 ドゥミトル(ルーマニア) 一本勝ち(大外刈)
47 準々決勝 レバーグ(カナダ) 一本勝ち(合技)
48 準決勝 高峰(中国) 一本勝ち(背負投)
49 決勝 ジョシネ(フランス) 優勢勝ち(指導3)
アテネオリンピック (2004年8月14日) 優勝
50 2回戦 カラヤノブルー(ギリシャ) 一本勝ち(合技)
51 3回戦 ハッダ(アルジェリア) 一本勝ち(大外刈)
52 準決勝 ドゥミトル(ルーマニア) 一本勝ち(合技)
53 決勝 ジョシネ(フランス) 優勢勝ち(技あり)
世界選手権 (2007年9月16日) 優勝
54 2回戦 マイズラ(マレーシア) 一本勝ち(体落)
55 3回戦 ジョシネ(フランス) 優勢勝ち(GS効果)
56 準々決勝 呉樹根(中国) 優勢勝ち(GS指導1)
57 準決勝 ドゥミトル(ルーマニア) 優勢勝ち(技あり)
58 決勝 ベルモイ(キューバ) 優勢勝ち(有効)
北京オリンピック (2008年8月9日) 3位  
59 2回戦 マツモト(アメリカ) 優勢勝ち(有効)
60 3回戦 呉樹根(中国) 優勢勝ち(GS技あり)
61 準々決勝 パレト(アルゼンチン) 優勢勝ち(指導1)

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