議院内閣制
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歴史
議院内閣制は沿革的には18世紀から19世紀にかけて、イギリスで王権と民権との拮抗関係の中で自然発生的に誕生し慣行として確立されるに至った制度である[1][7][8]。
内閣制度の草創期において閣僚は国王の「家僕」とされており、国王は自由に閣僚を任免することができた[33]。しかし徐々に議会の力が大きくなり、18世紀末に誕生した初期の議院内閣制では内閣は君主と議会の双方に責任を負い、大臣の地位は君主の信任を受けて認められると同時に議会の支持が得られなければ政治的根拠を失い、自発的に辞職しなければならないとする政治制度が定着した[33][34]。このように、内閣が国家元首と議会の双方に対して責任を負う類型を二元主義型議院内閣制という[35]。
幾度もの選挙法の改正による下院の地位向上などによって議会の優位がさらに進み、19世紀になると国家元首の任命権は形式的・名目的なものとなって、1841年には首相には議会の多数派党首を任命する慣行が成立し[3]、議会の不信任決議により内閣は辞職しなければならないようになった[33][8]。このように、内閣が議会に対してのみ責任を負う類型を一元主義型議院内閣制という[35]。
一元主義型議院内閣制の下では大統領や君主などの元首は儀礼的な役割しか持たず、内閣が実際の行政権を持つのが普通である。一元主義型議院内閣制を採用している国家は、イギリス、フランス第三・第四共和制、日本、ドイツ、スペイン、スウェーデン、オランダなどが挙げられる。内閣は議会に対して連帯して責任を負い、分裂した状態で議会に対することはない。重要問題で首相と他の大臣が対立した場合、大臣が閣内にとどまったまま首相に対する反対派となることは許されず、首相に従うか辞任して反対派になるかを選択することになる。辞任を通じて議会内の多数派に変動が起き、結果的に内閣が倒れることは許容される。
内閣は議会の明示的、あるいは暗黙的な多数派に依拠しなければならない。議会は内閣不信任決議を行うことにより、いつでも内閣の構成を変えることができる[注 2]。このとき内閣は不信任決議に従って総辞職するか、議会の多数派を再形成するために解散するかを選択する。解散を行うと、選挙を経て新たに作られた議会の勢力により内閣の命運が決まる。不信任決議によって解散する場合、必然的に与党議員からも信用を失っていることが多いため、選挙で相当な多数派形成に成功しなければ不信任された首相が再び指名されることはない。
議会の優位がさらに進むと政府が完全に議会に従属する議会統治制が出現するが、これが好ましい政治形態であるかは疑問とされ、イギリスなどではこのような展開は見られないとされる[33]。
半大統領制の下では内閣が大統領と議会の双方に責任を負う二元主義型議院内閣制がみられるが、これは初期の二元型議院内閣制における君主が大統領に置き換わったものとして理解することができるとされる[36]。
注釈
- ^ ドイツでは、アデナウアーやブラントの様に首相職を辞任した後も与党の党首の座には留まったという例が見られる。
- ^ ドイツの場合は、憲法に相当するドイツ連邦共和国基本法で、連邦議会が新首相候補を選出した後にしか内閣不信任案を提出できない「建設的不信任(Konstruktives Misstrauensvotum)」制度を採用しており、逆に首相の信任決議が否決された時以外、内閣は連邦議会を解散できない。これはヴァイマル共和政時代に倒閣だけを目的とした内閣不信任が何度も可決された結果政治が安定せず、その混乱を衝く形でナチスが台頭してしまったことへの反省によるものである。つまりドイツの内閣は、一見すると議会解散権を持たないように見えるが、実際には与党に信任決議案を出させわざとそれを否決させて解散を実現する手法がとられる。しかし、この手法を基本法違反と批判する法学者もいる。
- ^ 日本が立憲君主国であるか否かついては学説上の争いがある。本項では立憲君主制の国家に分類している。
出典
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