議院内閣制
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概説
議院内閣制は議会と政府との関係の点から見た政治制度の分類の一つで[6]、議会と政府(内閣)とが分立した上で、内閣は議会(特に下院)の信任によって存立する政治制度である[1][2]。議会制民主主義の発祥国でもあるイギリスで誕生した政治制度であり[1][7][8]、そこでは首相が内閣を、内閣は多数党を、多数党は議会をそれぞれ統率・指導・統制し、議会の多数党は国民の投票によって決定される[9]。
議院内閣制を他の政治制度と比較すると、以下のような特徴によって表される。
- 議院内閣制(parliamentary government / parliamentary cabinet system、イギリス型)
- 行政府の主体たる内閣は議会(主に下院)の信任を得て統治を行う政治制度[6][10]。権力分立の観点からみると、議会統治制とは異なり議会と政府は一応分立しているものの、大統領制のような厳格な分離は採られず、内閣は議会の信任によって存立している[1]。民主主義の観点からみると、内閣の首班(首相)は議会から選出されること、内閣は議会の信任を基礎として議会は内閣不信任を決議しうること、首班には法案提出権が認められること、内閣の構成員たる大臣はその多くが議員であること、大臣には議会出席について権利義務を有することなどを特徴とする[11]。
- また、内閣には議会解散権が認められているものの、議会解散権については議院内閣制一般に認められる本質的要素とみるか否かで、後述のように責任本質説と均衡本質説が対立する[11]。
- 超然内閣制
- 大統領制(presidential system、アメリカ型)
- 今日では議院内閣制と並ぶ代表的な政治形態であり、立法権と行政権を厳格に独立させ、行政権の主体たる大統領と立法権の主体たる議会をそれぞれ個別に選出する政治制度[6][12][13]。その特徴としては、大統領は議会選挙からは独立した選挙により国民から直接選出されること(アメリカ大統領選挙は制度上においては間接選挙であるが、実質的には直接選挙として機能しているとされる[10])、原則として大統領は任期を全うすること(弾劾制度が設けられているが、弾劾の事由は狭く限定されたものとなっている[10])、大統領には法案提出権や議会解散権が与えられていないこと、議員職と政府の役職とは兼務できないこと、政府職員は原則として議会に出席して発言できないことなどを特徴とする[14][10]。
- 半大統領制(semi-presidential system、フランス型)
- 議院内閣制と大統領制の中間に位置する制度。議院内閣制の枠組みを採りながら、より権限の大きな大統領を有する政治制度。
- 議会統治制/議会支配制(assembly government、スイス型)
政治モデルとしては、アメリカ型大統領制が立法権と行政権を厳格に分離し権力分立を指向するのに対し、イギリス型議院内閣制は立法権と行政権が政権党によって一元化され強力な内閣の下に権力を集中させる制度であるとされる[15][16]。議院内閣制の下では、一般的に議会で多数を占める政党が政権を担当し与党となる[17]。一方で大統領制の下では、議会の少数党であっても大統領が所属する政党が与党となる。議院内閣制の場合は、議員の中から選出される首相にも法案提出権が認められている事から、厳格な権力分立を指向する大統領制に比べて強い政治権力を有している。したがって、議院内閣制には集権性・集約性がみられるとされ、イギリスでは首相統治制・二大政党制を背景に首相権力の強い議院内閣制となっている[9][18]。
国民による公選によって選出される大統領とは異なり、議院内閣制における首相は国民から直接選ばれるわけではないため、自らの民主的正統性の根拠について議会からの信任に依拠することになる[19]。議院内閣制の下では原理的には議会は内閣に優位することになり、国民(有権者)→議会(議院)→内閣(首相・大臣)→行政各部(官僚)という権限の委任と監督の連鎖と、内閣(首相・大臣)→議会(議院)→国民(有権者)という責任の連鎖を構築することによって行政権の民主的コントロールを確保するとともに、議会の多数党派が行政部の中枢機関を担うこととして政治上の責任の所在を明確にして民主主義的要請に応えようとする制度であるとされる[20][21][16]。
大統領制の下では、大統領と議会とは別々に選出されるため民意は二元的に表れる二元代表制であるのに対し、議院内閣制では議会のみが選挙により選出されて内閣はそれを基盤として成立するため民意は一元的に表れる一元代表制である[22]。そして、議院内閣制の下で議会と内閣の協働関係が破綻した際には、内閣不信任決議、内閣総辞職、議会解散権の行使のいずれかによって解決が図られる[23]。
議院内閣制では立法権を持つ政党が行政権も担当している事から、基本的に議会多数派が政権を握ることになる。そのため、与党の分裂や連立与党の関係破綻などの問題が生じない限り、首相が提出した議案は成立する[24]。議院内閣制の下では立法及び行政の統治責任は、議会を支配し現に内閣を組織している政権党に一元化される。議会選挙では内閣与党の治績の良否、政策競争の優劣などの点から国民の審判を仰ぐことになる[24]。
以上の点は、立法府と行政府の厳格な分離をとり大統領の任期が定められる一方、議会解散権がなく、大統領の所属政党と議会多数派とが異なる場合も出現しやすいアメリカ型の大統領制と異なる点である。議院内閣制の利点を実際に活かすことができるか否かは政治上の諸条件にかかっているとされ、議会や政党に頽落を生じる場合にはアメリカ型の大統領制よりも大きな構造的な問題を抱えることになるとされる[25]。
議院内閣制の問題点としては、政権与党が議会の圧倒的多数を占めると独裁化に近い状態になり、他方で政権与党が小政党の連立である場合には政権基盤は著しく不安定な状態になる点が挙げられる[26]。
注釈
- ^ ドイツでは、アデナウアーやブラントの様に首相職を辞任した後も与党の党首の座には留まったという例が見られる。
- ^ ドイツの場合は、憲法に相当するドイツ連邦共和国基本法で、連邦議会が新首相候補を選出した後にしか内閣不信任案を提出できない「建設的不信任(Konstruktives Misstrauensvotum)」制度を採用しており、逆に首相の信任決議が否決された時以外、内閣は連邦議会を解散できない。これはヴァイマル共和政時代に倒閣だけを目的とした内閣不信任が何度も可決された結果政治が安定せず、その混乱を衝く形でナチスが台頭してしまったことへの反省によるものである。つまりドイツの内閣は、一見すると議会解散権を持たないように見えるが、実際には与党に信任決議案を出させわざとそれを否決させて解散を実現する手法がとられる。しかし、この手法を基本法違反と批判する法学者もいる。
- ^ 日本が立憲君主国であるか否かついては学説上の争いがある。本項では立憲君主制の国家に分類している。
出典
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議院内閣制と同じ種類の言葉
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