調布市 概要

調布市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/22 08:01 UTC 版)

概要

神代植物公園のバラ園と大温室
調布市の街並み

多摩地区の東端に位置し、区部と境界を接している隣接5市の内の一つである。隣接する自治体は、東京都:世田谷区狛江市三鷹市府中市稲城市小金井市、神奈川県川崎市多摩区。また、世田谷区の高級住宅街として知られる成城と隣接しており、調布市もまた閑静な住宅街として知られている。

東京都内では東京23区八王子市町田市・府中市に次ぎ5番目(市町村では4番目)に人口が多い。

「調布」という市名の由来は、名称は、昔の税金である租庸調の調(その土地の特産物を納める)で布を納めていたことに由来する。そのため以前は、当地の他にも都内に幾つかの「調布」地名があった。田園調布は元は荏原郡調布村(のちの東調布町)であり、小泉八雲雪女の調布は西多摩郡調布村(現在の青梅市長渕地区)にあった(南多摩郡にあって現在の八王子市内という説もある)。

調布と書いて「たづくり」もしくは「てづくり」とも読んでいた(調布市の総合文化施設の名称が「たづくり」なのもそのことに由来する)。調布市内には布田(ふだ)、染地(そめち)など布にかかわる地名が存在する。江戸時代までは多摩川で布をさらしていた記録が残っている。「多摩川にさらすてづくりさらさらに何ぞこの児のここだ愛(かな)しき」という万葉集の歌が、布多天神社に残っている。(玉川の項を参照)

また市内の「金子」「神代」などの地名は、はるか昔の渡来人に由来したものであると言われている(狛江なども同様)。

長野県下高井郡木島平村姉妹都市として提携している。

地理

野川

都心(新宿駅)との距離は約20km

地質学的に言うと、調布市は武蔵野台地と多摩川低地によって構成されており、武蔵野台地部分は更に武蔵野面(武蔵野I面、武蔵野II面)と立川面(立川I面)に分けられる[1]。武蔵野面と立川面の間には国分寺崖線が存在しており、立川I面と多摩川低地の間には府中崖線が存在している。国分寺崖線の比高はおよそ12mである。

気候

内陸性気候となり、隣接する府中市とほぼ同じ気候である。夏は暑さが厳しく、猛暑日が多い。また冬は寒さが厳しく、2月中旬までは連日冬日になる。府中(アメダス)では2022年1月に-6.7℃、8月に38.4℃を観測している

河川

  • 多摩川 - 神奈川県と接する市域の南端を東西に流れており、その北岸には市内全域に渡ってサイクリングロードが整備されている。また、多摩川原橋は市内唯一の多摩川を横断する橋梁で、片側2車線合計4車線の車道の両外側には歩行者および自転車専用の道路が併設されている。橋をはさんで対岸の南武線矢野口駅付近は東京都稲城市であるが、その数100m東側は同じ対岸でも神奈川県川崎市となっている。
  • 野川 - 市を北西から南東へと縦断。両岸はサイクリングロードとして整備、護岸工事も土を多く残す形で工夫され、植物や生き物にも配慮されて市民やすらぎの空間となっている。春には桜が両岸に咲き花見客が大勢訪れる。
  • 仙川 - 市北東部・緑ケ丘仙川町の境を流れ世田谷区へ。
  • 入間川 - 以前は三鷹市中原から流れていたが暗梁化され、現在はつつじケ丘の甲州街道と交差する地点が上流端と表記。入間町の狛江ハイタウン目前で野川へと合流。
  • 根川 - 染地小付近から多摩川住宅外周を流れ狛江市へ。
  • 府中用水 - 飛田給小付近で市内地表に現れ、住宅地では暗梁化されながら日活撮影所の前で多摩川へと合流。

歴史

古代

旧石器時代

市域には旧石器時代から人類が居住していたと考えられている。この時期の遺跡に野川遺跡、飛田給北遺跡、野水遺跡、仙川遺跡、入間町城山遺跡がある。そのほとんどは野川や仙川沿いの崖線の上に存在している。

縄文時代

市域からは特に縄文時代の大規模な遺跡が多く見つかっている。代表的なものに入間町城山遺跡、蛇久保遺跡、東原遺跡、原山遺跡、飛田給遺跡など(いずれも縄文中期)がある。縄文晩期の下布田遺跡からは国の重要文化財に指定されている土製耳飾(江戸東京たてもの園保管)なども出土している。

弥生時代

市域に弥生文化が到達したのは、弥生中期後半とされる。この時期、野川や仙川沿いの低湿地に小規模な水田が出現している。集落は引き続き崖線上に築かれている。主な遺跡として深大寺城山遺跡、染地遺跡、入間町城山遺跡がある。

古墳時代

市域に古墳が出現するのは5世紀中頃で、7世紀までに相当数の古墳が築造された。その大半は円墳である。代表的な古墳群は下布田古墳群、上布田古墳群、国領南古墳群、飛田給古墳群である。現在までに確認された古墳の数は23基である。ただし、大半の古墳は墳丘部が崩されており、石室や濠しか残っていない場合が多い。

古墳時代末期になると崖線周辺に横穴墓が築かれる例も現れる。これらは野川沿いの深大寺付近や入間町の蟹沢に集中している(御塔坂横穴墓群、上野原横穴墓群、蟹沢横穴墓群)。

この時期の集落も基本的には弥生以前と似たような場所に築かれている。代表的な集落跡として深大寺城山遺跡、蛇久保遺跡、上ヶ給遺跡、染地遺跡、飛田給遺跡、上石原遺跡がある。

奈良時代
「高大寺」銘土器

奈良時代には、市域は武蔵国多麻郡に属した。現在の府中市に置かれた武蔵国国府から近かったこともあり、国府に勤務する官人の一部が市域に居住していたと考えられている。

主な遺跡として飛田給遺跡、上石原遺跡、下石原遺跡、上布田遺跡、染地遺跡などがあるが、特に上布田遺跡や染地遺跡からはかなり高価なものと思われる装飾品が出土している。染地遺跡からは軒丸瓦、緑柚陶器などが出土しているので、郡衙が存在していたのではないかと考えるものもいる。入間町城山遺跡からは「高大寺」と書かれた土器も出土しており、この時期に仏教も市域に伝わったのではないかと考えられている。また市域に存在する深大寺の銅造釈迦如来倚像(国の重要文化財)は7世紀のものである。

平安時代

平安時代の市域には、武蔵七党のうち西党の狛江氏、村山党の金子氏が進出していた。狛江氏の館は現在の晃華学園敷地内に存在したと考えられており、平成6年の発掘では館の周囲を取り巻く空堀の跡と思われる遺構が見つかっている。一方、旧金子村(現在の東つつじヶ丘1 - 3丁目)は金子氏の所領であったという説もあり、現在の三鷹市新川にある島屋敷跡は金子時光の館跡ではないかと考えられている。

中世

鎌倉時代

鎌倉時代に入ると武蔵国は鎌倉幕府の直轄地「関東御分国」に含まれた。

戦国時代

1537年、後北条氏と対峙していた上杉朝定が深大寺城を築く。しかし朝定はこの年のうちに後北条氏に本拠地を急襲されて敗れており、深大寺城での戦闘は無かったと考えられている。その後、市域は中条出羽守、太田康資(新六郎、太田道灌の曾孫)、太田大膳亮ら後北条氏の家臣団に分け与えられた。

近世

江戸時代

甲州街道布田五宿が置かれ、国領宿(日本橋より4番目の宿場)・下布田宿・上布田宿・下石原宿と上石原宿(同8番目)が設置された。布田五宿は本陣と脇本陣がなく旅籠だけの小さな宿場であったが、布多天神社市場は賑わった。

近代

明治時代

明治維新後、明治政府廃藩置県を行い、旧武蔵国内は新設された府県に分割されることとなる。1869年明治2年)に品川県が設置され、現在の調布市域を含む旧武蔵国多摩郡は当初は品川県に属した。

1871年(明治4年)12月25日第1次府県統合により東京府が設置され、これにより同年に品川県は廃止された。翌1872年(明治5年)に施行された大区小区制により、多摩郡は品川県から東京府(一部は入間県)へ移管された。

しかし神奈川県知事陸奥宗光が、多摩郡の一部が横浜の外国人居留地の外国人遊歩区域に含まれると上申したことから、翌1872年(明治5年)に多摩郡は神奈川県(1868年成立)へ移管されることとなった。同年中にまず多摩郡のうち東京府に移管された区域が、次いで入間県に移管された区域が、それぞれ神奈川県へ移管された。さらに多摩郡東部の一部(現在の中野区杉並区)のみ東京府へ戻された。

1878年(明治11年)には郡区町村編制法を制定して大区小区制を廃止した。これにより同年、東京府では東京15区を置くとともに、東京府内の旧多摩郡域を東多摩郡1896年南豊島郡と合併し豊多摩郡となる)とした。また同年、神奈川県内の旧多摩郡域が北多摩郡南多摩郡西多摩郡に分割された。

さらに郡区町村編制法に代えて、1889年(明治21年)4月1日市制町村制が施行開始され、日本全国の基礎自治体として市町村が置かれることとなる。これにより同日、神奈川県下にあった北多摩郡に、現在の調布市域にあたる以下の2町村が発足した。

  • 調布町 - 布田小島分村、上石原村、下石原村、上布田村、下布田村、国領宿、上ヶ給村、飛田給村が合併。
  • 神代村 - 深大寺村、佐須村、金子村、柴崎村、下仙川村、入間村、大町村の全域および北野村の一部[注釈 1]が合併。

旧多摩郡の東京府への移管は以前から議論されていたが、1892年(明治25年)、神奈川県知事内海忠勝と東京府知事富田鐵之助は、神奈川県に属していた北多摩郡・南多摩郡・西多摩郡(三多摩[注釈 2]の東京府への移管を内務卿井上馨に建言した。東京府民の水がめとして玉川上水の水利権管理と奥多摩地域の水源確保を理由としていたが、『五日市憲法草案』に代表されるように自由民権運動が盛んであった多摩地域と、現在の神奈川県地域を分断する意図もあったとされ、多摩3郡と神奈川県内では移管反対運動が起きた。

1893年(明治26年)「東京府及神奈川県境域変更ニ関スル法律案」が公布。同法可決時に多摩3郡の首長は移管反対の意思表示として神奈川県知事へ辞表を提出したものの、同年4月1日付で多摩3郡は神奈川県から東京府へ編入された。これにより現在の調布市域は東京府に属することとなり、ほぼ現在の東京都の境域が確定した(現在の町田市など一部を除く)。

大正時代

1913年大正2年)4月15日、京王電気軌道(現:京王電鉄)が笹塚駅 - 調布駅間を開業。これにより市内に鉄道が開通した[2]。また同日、鉄道未成区間の補完として調布駅 - 府中 - 国分寺駅間で乗合バスを開業したが、これは東京初の乗合バスである。京王電気軌道は沿線で電気供給事業も行い、調布市域にも電気の供給を開始した[2]。これらは武蔵野の農村であった調布の近代化を象徴する出来事であった[2]

現代

戦前 - 戦中

1932年(昭和7年)6月1日、武蔵野乗合自動車(現:小田急バス)が設立される[2]。東京府北多摩郡調布町布田(現在の調布市布田)に本社を置き[2]、調布 - 三鷹天文台 - 武蔵境、調布 - 野崎 - 吉祥寺の2路線で営業開始した[2]。この「調布」停留所は初代調布駅の近く(「調布銀座」商店街付近)で、旧駅舎近くに武蔵野乗合のバス折返場があった[2]。現在も小田急バスの「調布」停留所(旧甲州街道沿い)として残っている[2]

第二次世界大戦中の1941年(昭和16年)4月30日には調布飛行場が竣工し、戦時中は主に陸軍の飛行場として使用された。敗戦により調布飛行場は進駐軍に接収され、1973年(昭和48年)の全面返還まで在日米軍に使用されることとなる。

また1943年7月1日付で東京都制が施行され、東京府が廃止され東京都となり、北多摩郡調布町・神代村は東京都に属することとなった。

戦後

戦後1952年(昭和27年)11月3日、神代村が町制施行し神代町となった。翌1953年(昭和28年)に町村合併促進法1956年(昭和31年)には新市町村建設促進法が施行され、全国的に市町村合併が推進され「昭和の大合併」と呼ばれた。

この時期に調布町神代町狛江町の3町では、互いに隣接し地域の関連が密接であったことから合併の機運が高まり、そのまま合併は確実であると思われた[2]。しかし1953年に狛江町長に就任した飯田惠輔は世田谷区への編入を強く主張し、3町合併を推進してきた狛江町議会と対立した[2]。東京都はこれに対し、特別区部の拡大は認められず世田谷区との合併は不可能であるとして、狛江町に3町合併を勧告するとともに、世田谷区長にも3町合併への協力を要請するに至った。狛江町の離反により3町合併協議は頓挫し、調布町と神代町の合併協議も一旦は終了した[2]。その後、調布町と神代町の2町での合併協議がまとまり、1955年(昭和30年)4月1日付で調布町と神代町が合併して市制施行、調布市が成立した[2]。なお、狛江町は1970年(昭和45年)には単独で市制施行し狛江市が成立している。

1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックでは国道20号(甲州街道)がマラソン競歩の競技コースとなり、現在の味の素スタジアム付近に折返点が設置された。

在日米軍に接収されていた調布飛行場の一帯は「関東村」と呼ばれていたが、1973年(昭和48年)に全面返還された。調布飛行場では1979年(昭和54年)から新中央航空伊豆諸島への運航を開始。1992年(平成4年)には管理・運営が国から東京都へ移管され、以降は都営コミューター空港として運営されている。

また米軍から返還された「関東村」の広大な跡地の一部を活用して「東京スタジアム」が整備され、2001年(平成13年)より使用開始された。FC東京東京ヴェルディ(同年川崎市から移転)のホームスタジアムとして使用され、調布市では市としてFC東京を応援している。2003年(平成15年)からは味の素ネーミングライツを取得し「味の素スタジアム」(略称「味スタ」)と呼称している。

2000年(平成12年)にはコミュニティバス調布市ミニバス」が運行開始され、西路線が開業。2003年(平成15年)には東路線が開業、2012年(平成24年)には北路線が全線開業した。

2008年(平成20年)には市内に50年以上在住した漫画家の水木しげる名誉市民に選ばれ、「水木マンガの生まれた街」として町おこしが始まる。同年には水木の妻・武良布枝の著書『ゲゲゲの女房』が刊行され、2011年(平成23年)にテレビドラマ化映画化された。それに先立ち、2003年には調布市ミニバスの車体にも代表作『ゲゲゲの鬼太郎』のラッピングが施され「鬼太郎バス」の愛称が付された。2015年(平成27年)11月30日に水木が没したことから、調布市では翌2016年に命日を「ゲゲゲ忌」と定め、毎年追悼イベントを開催している。

2012年(平成24年)には京王線連続立体交差事業により国領駅 - 布田駅 - 調布駅間が地下化され、開かずの踏切が一掃された。翌2013年(平成25年)には「多摩国体」と呼ばれた第68回国民体育大会が開催され、味の素スタジアムがメイン会場となった。また、市内に角川大映スタジオ日活調布撮影所などを擁し映画産業が盛んであった歴史から「映画のまち調布」として町おこしを開始。2015年(平成27年)には市制施行60周年を迎えた。京王線連続立体交差事業により市内では駅前再開発事業が進み、2017年(平成29年)には地下駅となった調布駅の地上部に駅ビルトリエ京王調布」が開業した。

2019年(令和元年)には日本でラグビーワールドカップ2019が開催され、味の素スタジアムがメイン会場の一つとなった。翌2020年(令和2年)には東京オリンピックパラリンピックの開催が予定され、市内でも味の素スタジアムなどが会場とされたが、新型コロナウイルス感染症の影響により翌2021年(令和3年)に延期され無観客開催された。市では東京オリンピック・パラリンピックのレガシーを市政に活用し、共生社会の実現に向けて「パラハートちょうふ」のスローガンを掲げている[3]




調布市役所管内(102町丁)
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
飛田給一丁目 とびたきゅう 1967年6月1日 未実施[† 1]
飛田給二丁目 1967年6月1日 未実施[† 1]
飛田給三丁目 1967年6月1日 未実施[† 1]
上石原一丁目 かみいしわら 1967年3月1日 未実施[† 1]
上石原二丁目 1967年3月1日 未実施[† 1]
上石原三丁目 1967年3月1日 未実施[† 1]
富士見町一丁目 ふじみちょう 1965年11月1日 未実施[† 1]
富士見町二丁目 1965年11月1日 未実施[† 1]
富士見町三丁目 1965年11月1日 未実施[† 1]
富士見町四丁目 1965年11月1日 未実施[† 1]
下石原一丁目 しもいしわら 1976年9月1日 未実施[† 1]
下石原二丁目 1976年9月1日 未実施[† 1]
下石原三丁目 1976年9月1日 未実施[† 1]
小島町一丁目 こじまちょう 1975年1月1日 未実施[† 1]
小島町二丁目 1975年1月1日 未実施[† 1]
小島町三丁目 1975年1月1日 未実施[† 1]
布田一丁目 ふだ 1971年6月1日 未実施[† 1]
布田二丁目 1971年6月1日 未実施[† 1]
布田三丁目 1971年6月1日 未実施[† 1]
布田四丁目 1971年6月1日 未実施[† 1]
布田五丁目 1971年6月1日 未実施[† 1]
布田六丁目 1971年6月1日 未実施[† 1]
国領町一丁目 こくりょうちょう 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町二丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町三丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町四丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町五丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町六丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町七丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
国領町八丁目 1966年3月1日 未実施[† 1]
染地一丁目 そめち 1966年7月1日 未実施[† 1]
染地二丁目 1966年7月1日 未実施[† 1]
染地三丁目 1966年7月1日 未実施[† 1]
多摩川一丁目 たまがわ 1977年10月1日 未実施[† 1]
多摩川二丁目 1977年10月1日 未実施[† 1]
多摩川三丁目 1977年10月1日 未実施[† 1]
多摩川四丁目 1977年10月1日 未実施[† 1]
多摩川五丁目 1977年10月1日 未実施[† 1]
多摩川六丁目 1977年10月1日 未実施[† 1]
多摩川七丁目 1977年10月1日 未実施[† 1]
佐須町一丁目 さずまち 1985年9月1日 未実施[† 1]
佐須町二丁目 1985年9月1日 未実施[† 1]
佐須町三丁目 1985年9月1日 未実施[† 1]
佐須町四丁目 1985年9月1日 未実施[† 1]
佐須町五丁目 1985年9月1日 未実施[† 1]
柴崎一丁目 しばさき 1970年3月1日 未実施[† 1]
柴崎二丁目 1970年3月1日 未実施[† 1]
菊野台一丁目 きくのだい 1969年3月1日 未実施[† 1]
菊野台二丁目 1969年3月1日 未実施[† 1]
菊野台三丁目 1969年3月1日 未実施[† 1]
東つつじケ丘一丁目 ひがしつつじがおか 1968年5月1日 未実施[† 1]
東つつじケ丘二丁目 1968年5月1日 未実施[† 1]
東つつじケ丘三丁目 1968年5月1日 未実施[† 1]
西つつじケ丘一丁目 にしつつじがおか 1968年7月1日 未実施[† 1]
西つつじケ丘二丁目 1968年7月1日 未実施[† 1]
西つつじケ丘三丁目 1968年7月1日 未実施[† 1]
西つつじケ丘四丁目 1968年7月1日 未実施[† 1]
入間町一丁目 いりまちょう 1962年5月1日 未実施[† 1]
入間町二丁目 1962年5月1日 未実施[† 1]
入間町三丁目 1962年5月1日 未実施[† 1]
仙川町一丁目 せんがわちょう 1961年11月1日 未実施[† 1]
仙川町二丁目 1961年11月1日 未実施[† 1]
仙川町三丁目 1961年11月1日 未実施[† 1]
緑ケ丘一丁目 みどりがおか 1961年11月1日 未実施[† 1]
緑ケ丘二丁目 1961年11月1日 未実施[† 1]
野水一丁目 のみず 1970年3月1日 未実施[† 1]
野水二丁目 1970年3月1日 未実施[† 1]
西町 にしまち 1970年3月1日 未実施
若葉町一丁目 わかばちょう 1962年5月1日 未実施[† 1]
若葉町二丁目 1962年5月1日 未実施[† 1]
若葉町三丁目 1962年5月1日 未実施[† 1]
調布ケ丘一丁目 ちょうふがおか 1972年3月1日 未実施[† 1]
調布ケ丘二丁目 1972年3月1日 未実施[† 1]
調布ケ丘三丁目 1972年3月1日 未実施[† 1]
調布ケ丘四丁目 1972年3月1日 未実施[† 1]
深大寺元町一丁目 じんだいじもとまち 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺元町二丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺元町三丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺元町四丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺元町五丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町一丁目 じんだいじきたまち 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町二丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町三丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町四丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町五丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町六丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺北町七丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町一丁目 じんだいじひがしまち 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町二丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町三丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町四丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町五丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町六丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町七丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺東町八丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺南町一丁目 じんだいじみなみまち 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺南町二丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺南町三丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺南町四丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
深大寺南町五丁目 1984年11月1日 未実施[† 1]
八雲台一丁目 やぐもだい 1985年9月1日 未実施[† 1]
八雲台二丁目 1985年9月1日 未実施[† 1]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs bt bu bv bw bx by bz ca cb cc cd ce cf cg ch ci cj ck cl cm cn co cp cq cr cs ct cu cv cw 町名地番整理実施区域

注釈

  1. ^ 北野村の残部は三鷹村に編入。
  2. ^ 現在の多摩地域と世田谷区の一部にあたる地域。

出典

  1. ^ 彼は町長というよりも最後の戸長と見た方がよいだろう。
  1. ^ 深大寺地区街なみ整備基本計画 2021年7月16日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 小野崎満・山岡博 監修『保存版 ふるさと調布 市制施行60周年記念 決定版写真集!!』郷土出版社、2015年5月20日。ISBN 978-4-86375-234-4
  3. ^ 「パラハートちょうふ」ロゴ・アートデザインの取組 調布市、2021年7月30日更新
  4. ^ 任期満了日(定数)一覧 | 東京都選挙管理委員会”. 東京都選挙管理委員会 (2022年5月2日). 2022年7月1日閲覧。
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  8. ^ 京王線仙川駅の列車接近メロディーが「おもちゃの兵隊のマーチ」に変わります!”. 京王電鉄株式会社・調布市・仙川商店街協同組合・キユーピー株式会社(2018年3月14日作成). 2019年5月4日閲覧。
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  15. ^ a b 会社情報 - 沿革 小田急バス公式サイト
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