詭弁 意味

詭弁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/03 05:35 UTC 版)

意味

日本語で日常的に使われる「詭弁」とは、「故意に行われる虚偽の議論」[1]「道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論、論理学で外見・形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法」[2]「実質において論理上虚偽あるいは誤謬でありながら、故意に誤りのある論理展開を用いて、間違った命題を正しいかのように装い、思考の混乱や欺瞞を目的としておこなう謬論」を指す[3]。発言者の「欺く意志」があってこその「詭弁」であり、必ずしも意図的にではなく導かれる誤謬とは区別される。日本では「詭」が漢字制限により当用漢字常用漢字に含まれないため、新聞などでは奇弁論理学などでは危弁と書かれることもある。

英語の sophism は歴史的存在としてのソフィストを前提とし、彼等によって実践される教義・推論の様式、欺くために設定された論法[4]を指す。ソフィズムはソフィストにより展開された修辞学や哲学、公教育手法のための専門技術であり、このため「洗練された」「思弁的」といった[5](肯定的)意味合いをもつ点で「詭弁」とはニュアンスが異なる。もっとも、和英辞書では「詭弁、こじつけ、詭弁法」[6]「詭弁、こじつけ、へ理屈、詭弁法」[7]としている。

解説

詭弁には、論理展開が明らかに誤っている場合もあれば一見正しいように見える場合もある。そして論理展開が正しいように見える場合、論理的には違反しており、誤った結論でも説得力が増してしまう。協働関係や社会的合意においては、論理的推論の整合性よりも話者が対象とする聞き手や大衆に対しての言説上の説得(説明)力がしばしば効果的であり、このため、説得交渉プロパガンダマインドコントロールのテクニックとして用いられることがある。

歴史

「詭弁」という語は、『史記』に見ることができる。 「屈原賈生列伝」で「設詭辯於懐王之寵姫鄭袖(詭弁を懐王の寵姫鄭袖に設く)」との用例がある[8]。 「五宗世家」で「好法律持詭辯以中人(法律を好み詭弁を持して、以て人に中つ)」との用例があり[9]、『史記索隠』は詭弁の語義について「詭誑ノ弁」(あざむき、たぶらかす言葉)と注している。

古代中国の詭弁は学問的な発展につながらなかったが、古代ギリシャの時代には詭弁が飛躍的に発展し後世の論理学の発展へとつながっていった[10]。この時代は、弁舌に長じた哲学者達を多く輩出し、日本語で「詭弁家」とも称されるソフィストを生んだ。 ゼノンやプロタゴラスは紀元前400年以前のギリシアアテナイなどで活躍し、哲学の分類では名家やソフィストなどを含めて詭弁学派と呼ぶことがある。

ピタゴラスは、4と10という数字に神秘性を感じており、弟子のひとりに、両手の指を、1本、2本、3本、4本と回数ごとに1本ずつ多く曲げさせてゆき、最後に4本曲げたところで10本すべての指が曲がると「お前が4だと思ったのは実は10だった」と説いたというエピソードがある。これは典型的な詭弁とされる[11]

ギリシャ、ローマの時代では、為政者、立候補者が高い地位につくために、人心を得る演説をする必要があった。そのためには、正当な弁論術よりも、詭弁、強弁、争論が有用であったため、ソフィストが台頭することとなった[12]

中国の諸子時代においては、恵施公孫竜が、詭弁に基づいた論陣を張った[13]

古典的な詭弁

古典的な詭弁の例として、古代中国の思想家公孫竜による「堅白異同」[3]や「白馬は馬に非ず」がある。公孫竜の「白馬非馬」の論法を以下に示す(詳細は公孫竜を参照)。これは論点のすり替え、連続性の虚偽と誤った二分法を含んでいる。

「白馬」という概念は、「白」という色についての概念と「馬」という形についての概念とが合わさったものであるから、もはや純粋な形の概念である「馬」とは異なる。したがって白馬は馬ではない。

この種の詭弁は単に言説上の遊びとして軽んじられることがあるが、法(文字)による社会規範を重視する社会では重要であり、例えば「国民は納税の義務を負う」の場合、国民の定義があいまいであれば法の合意や実効力は極端に阻害される。公孫竜の話題では、例えば馬1頭あたりに税を課する場合、白馬は馬ではないとの論証に対して馬の定義があいまいであれば、その論証は有効である可能性がある[注 1]。奴隷や小作、未成年や女性は「人頭」ではないとすれば人頭税の及ぶ範囲は極端に制限されるかもしれない。


注釈

  1. ^ 韓非子外儲説にこれにもとづく説話がある
  2. ^ つまり、暴力が好きな男が存在する(ある男は暴力的である)という個別の事実から、暴力が好きでない男が存在するはずがない(すべての男は暴力的である)という全称判断(断定)を引き出しており、誤りを犯していることになる。
  3. ^ 逆に「Bさんはエビフライとトンカツとカレーライスが大好きだ。だからエビフライとトンカツをカレーライスに載せたものも喜んで食べるに違いない」といった推論がつねに偽であるとすることもできない。合成の誤謬の典型的な例についてはコモンズの悲劇も参照。
  4. ^ 「地の塩」は福音書の一節。
  5. ^ なお、「できる」「能力」という語自体が、後述される充填された語 に該当する。(たとえば老人力など)
  6. ^ 帰納的な命題を、論理的な命題と解したとき、循環論証となることがある。たとえば「(1)すべての人間には寿命がある。(2)Aは人間だ。(3)よってAには寿命がある」という推論の大前提(1)は、寿命のない人間の例が、これまでに一つも知られていないことから導かれたものである。これを論理的な命題と捉えると、結論(3)を知っていなければ大前提(1)の全称判断は得られないため、循環論証となる。
  7. ^ その他にもたとえば一時的に引き上げられていた課税率を下げることを「減税」と呼ぶ、臨時の減税措置を解除することを「増税」と呼ぶような場合、あるいは販売予定価格に割り増した額を最初に提示し「今日は特別に値引きします」などと提案する場合、それぞれ「減税」「増税」「値引き」などがloaded languageである。
  8. ^ ちなみに、この論証は、「あなたはサムライでありたいならば、あなたも刀をもつべきだ。なぜならば、すべてのサムライが刀をもっているからだ」という論法と同型である。かりにこの論法を認めたとしても、これまでのすべてのサムライが刀をもっていたことが、これからのサムライが刀をもつべき理由とはならないため、やはり自然主義の誤謬を犯していることになる。
  9. ^ またレトリックとして見た場合、Aの発言は、「これから皆がそうしてほしい」という発言者の願望を表現している可能性もある。

出典

  1. ^ ブリタニカ国際大百科事典小項目事典
  2. ^ 小学館デジタル大辞泉
  3. ^ a b 『大辞典』七、平凡社、平凡社〈大辞典〉、1936年、620頁。NDLJP:1873360/316
  4. ^ webstar"sophism"
  5. ^ Chambers 20th Century Dictionary"sophism"
  6. ^ 研究社新英和中辞典"sophism"
  7. ^ Eゲイト英和辞典"sophism"
  8. ^ 「国訳史記列伝 上巻 屈原賈生列伝第二十四」『国訳漢文大成 経子史部 第15巻』上巻、国民文庫刊行会、箭内亘訳註、国民文庫刊行会〈国訳漢文大成〉、1924年、4版、373頁。NDLJP:926465/191。「【四○】詭弁。詐術。」
  9. ^ 司馬遷「五宗世家第二十九」『史記 第3至5』第12〔3〕、有朋堂〈漢文叢書〉、1927年、555頁。NDLJP:1118527/282
  10. ^ 野崎昭弘 1976, p. 58.
  11. ^ 野崎昭弘 1976, p. 60.
  12. ^ 野崎昭弘 1976, p. 61.
  13. ^ 野崎昭弘 1976, p. 62.
  14. ^ 野崎『詭弁論理学』(2007年)[出典無効]より引用。





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