覚醒剤
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/16 12:10 UTC 版)
日本国内の状況
製造
しばしば個人や小グループによる密造事件が摘発されているが成功した事例は少ない。1977年に摘発された神奈川県の密造グループ(6人)は、参考書を手掛かりに独学で実験を重ねたが純度の低いものしか製造できず、実験器具などの経費約250万円を無駄にしていた[56]。
日本国内で組織的に不法製造が行われた例としては、福岡県南部を本拠地とした暴力団・浜田会によるものがある。過去の大規模な密輸活動および本拠筑後地区内での製造活動が確認されたほか[57]、1996年の5月には同会の覚醒剤密造疑惑を内偵していた福岡・宮崎・熊本各県警が、400名以上の警察官を動員したうえで、同会会長の関連会社の所有する宮崎県内の山中の広大な土地と建物の捜査を実施。同会会長を含む複数の関係者を検挙している。
また、オウム真理教においても覚醒剤を製造したとして、教祖の麻原彰晃など関連する人物が起訴された[注 1]。
その後も小規模な密造の摘発は続いていたが、2023年(令和5年)、愛媛県警察および四国厚生支局麻薬取締部などの合同捜査本部は、松山市内で100グラムを超える規模の覚醒剤を密造した工場を摘発。台湾在住者や暴力団関係者を含む9人を覚醒剤取締法違反(所持)容疑で逮捕した。密造は、台湾から来日した男性の知識に基づき行われていた[58][59]。
流通
現在、日本国内で違法に流通する覚醒剤は、そのほとんどが国外の工場で製造され密輸されたものである。密輸の手口は、近年は大規模な密輸が減少し、航空機旅客の携帯品内や国際郵便物に隠匿した少量の覚醒剤を繰り返し密輸するなど、小口化、分散化が進んでいる。このため検挙件数、検挙人員は増加傾向にあり、手口も年々巧妙化している。密輸の小口化、分散化が進んでいる要因は、麻薬特例法による罰則の強化などで1度に大量輸送する大規模な密輸はリスクが大きくなったことや、末端価格の高騰により少量でも利益が見込めるようになったためとみられ、今後もこの傾向は続くと予想される[60]。
国内に入った覚醒剤は暴力団を元締めとする密売人たちによって、主に繁華街などで流通する。しかし近年、イラン人の薬物密売グループが住宅街を拠点にしているのを摘発されたこともあり、流通ルートの郊外への拡散やインターネット取引の増加、密売組織の国際化による言葉の壁など、取締りは困難さを増している。
2010年以降では、一度に大量の覚醒剤を密輸する手口が増えている。2012年に、日本の警察が押収した覚醒剤の総量は約330キログラムだが、2013年4月には横浜港で約240キログラム、2013年6月には神戸港で約200キログラムの覚醒剤が見つかる事件が起こった。それぞれ2012年の総量の半分以上の量が、一度に見つかった事件である[61]。
2020年2月12日の財務省の発表によれば、2019年に関税法違反で摘発された覚醒剤の密輸事件は前年比約2.5倍の425件で、押収量も同約2.2倍の2,570キログラムで、比較可能な1985年以降で過去最多の摘発件数(2011年の185件)、押収量(2016年の1,501キログラム)を、いずれも大幅に上回った[62]。
仕出地(供給地)
1988年度の警察白書によれば、その前年の大量押収例に係る最大の仕出元は台湾で、全体の8割近くを占めていた。この年には福岡県を本拠地とする暴力団・道仁会の傘下組織が、一度の押収量としては史上最高であった約253キログラム(末端価格は当時の価値でおよそ420億円)の摘発を受けている。これは台湾から密輸されたもので、未押収の約317キログラムがその時点で既に関東地方等にまで渡り密売済みであった[63]。この組織は総構成員数20名あまりの小規模な団体でありながら、台湾からの大規模な密輸を洋上取引によって行い、それを全国の暴力団に卸すことで長年にわたり巨額の利益を上げていたことが判明している[64]。
第三次覚せい剤乱用期が宣言された1998年以降、日本で違法に流通する覚醒剤は、中華人民共和国、香港、朝鮮民主主義人民共和国が仕出地である。しかし、密輸の小口化と分散化が進むにともなって、密輸ルートが多様化しており、過去に摘発実績のない国・地域を仕出地とする密輸(後述)、過去に摘発の例がなく警戒の薄い日本の地方港・地方空港を狙った密輸が増えている[60]。また、日本人が運び屋に仕立てられるケースも増加している。中国からの密輸は日本人の困窮者を運び屋に仕立てる手口が横行しており、中国各地の空港で覚醒剤を日本に持ち出そうとした日本人が、相次ぎ逮捕されている[65]。
1997年から2002年まで、覚醒剤大量押収事件における総押収量の約4割を占める北朝鮮からの密輸は、北朝鮮船籍の入港規制や不審船取り締まりにより年々減少。アテネオリンピック終了後の2004年末頃からは北京オリンピックを控えた中国で、覚醒剤の原料となる麻黄の製造や流通の管理が強化されたため、原料の入手が困難になった北朝鮮国内の薬物製造ラインは稼働率が低下。薬物製造拠点とみられる3工場のうち2工場が休止に追い込まれ、北朝鮮による覚醒剤の生産量は激減した可能性が高いことが、国内外の捜査当局の調査で判明している[66]。
2007年は、カナダからの密輸が急増した。カナダからの密輸が急増した原因について、日本とカナダの捜査当局は、カナダを仕出地とする大量密輸入事件の逮捕者が、いずれの事件でも中国人だったことや、2004年以降、中国で覚醒剤原料の流通監視とともに、密造工場の摘発も強化されたことから、中国国内の密造拠点を失った香港系犯罪組織が、1997年の香港返還を機にカナダへ移住した組織のメンバーと連携して、カナダルートでの密輸ビジネスに乗り出したためと推測している。また、カナダ側からの情報や押収した覚醒剤の鑑定結果などから、カナダ国内には複数の密造拠点が存在する疑いが強い[67]。また、同年から過去に摘発実績のない国・地域を仕出地とする密輸の増加が顕著になり、同年はメキシコ、アラブ首長国連邦、トルコからの密輸を初めて摘発した[60]。
2008年は、減少傾向にあった中国からの密輸が増加した。また、南アフリカ、カンボジアからの密輸を初めて摘発した[60]。2009年は覚醒剤密輸事犯の摘発件数が過去最高を記録した。過去に摘発実績のない仕出地からの密輸も引き続き増加し、ベトナム、シンガポール、ロシアのほか、ナイジェリア、ウガンダ、ケニア、レソトといったアフリカ各国からの密輸を初めて摘発した[60]。増加が顕著なアフリカ各国からの密輸は、女性の恋愛感情を利用して麻薬の運び屋に仕立てる「ラブ・コネクション」と呼ばれる手口が多いため、騙された日本人女性が逮捕されるケースが増加しており、警察や大使館は注意を呼びかけている。また「ラブ・コネクション」は、利用された女性が事情を知らないため捜査は容易ではなく、密売組織までたどり着くのは難しい。
2010年、海上保安庁などは覚醒剤密輸のロシアルートの存在を初めて確認した。同年2月には、日本に密輸するためにロシア国内の地下工場で覚醒剤を製造していた犯罪組織のメンバーが、ロシア連邦保安庁に身柄を拘束されている。北朝鮮や中国からの密輸が困難になった日本では、覚醒剤の末端価格が高騰しており、他国よりも高値で取引されるため、ロシアの犯罪組織が日本の麻薬市場に目を向け始めた可能性があるとみて、海上保安庁が警戒を強めている[68]。
日本の警察が摘発した密輸事件の送り出し元の割合は、2009年まで中国が最大で、2番目がアジア各国であったが、2010年になってからは中国・アジア経由の割合は減少し、代わりにアフリカ諸国が急増して1位となっている。2012年時点で、日本への送り出し元の内訳は、1位がアフリカ、2位は中国となっており、3位のメキシコを始めとする中南米経由が中国に匹敵する量となっている[69]。過去にはほとんど見られなかったメキシコからの密輸は特に急増しており、メキシコ発の摘発量は4年で24倍に膨れ上がり、2012年には全体の2割近くを占めるようになっている[70]。
北朝鮮ルートの密輸入事件
警察では1997年から2007年までの間に、北朝鮮を仕出地とする覚醒剤の大量密輸入等事件を水際において7件検挙しているが、これら北朝鮮ルートの密輸入等事件の特徴として、1回の押収量が大量であること、押収した覚醒剤の純度が高いこと、比較的整った規格の包装が行われていることなどが挙げられることから、高度の技術水準および相当の資金を有する組織が事件に関与していたものと見られた[71]。
2010年現在、北朝鮮ルートによる密輸はほぼ壊滅状態にあるとみられるが、2004年以降に押収した覚醒剤の中に北朝鮮が仕出地であると疑われるものもあることから、警察では現在も北朝鮮ルートの覚醒剤密輸入に重大な関心をもち、対策の強化、情報収集等に努めている。また、関係各国の協力を呼び掛けるなど、北朝鮮を仕出地とする薬物密輸入事犯根絶のための国際社会への働き掛けも推進している[72]。
年 | 月 | 押収量 (kg) | 場所 |
---|---|---|---|
1997年(平成9年) | 4月 | 58.6 | 宮崎県細島港 |
1998年(平成10年) | 8月 | 202.6 | 高知県沖 |
1999年(平成11年) | 4月 | 100.0 | 鳥取県境港 |
10月 | 564.6 | 鹿児島県黒潮海岸 | |
2000年(平成12年) | 2月 | 249.3 | 島根県温泉津港 |
2002年(平成14年) | 1月 | 151.1 | 福岡県沖(玄界灘) |
6月 | 237.0 | 鳥取県豊成海岸など | |
10月 | |||
11月 |
検挙状況
年 | 粉末押収量 | 錠剤押収量 | 検挙件数 | 検挙人員 |
---|---|---|---|---|
1998年(平成10年) | 549.0 | - | 22,493 | 16,888 |
1999年(平成11年) | 1,975.9 | - | 24,167 | 18,285 |
2000年(平成12年) | 1,026.9 | - | 25,193 | 18,942 |
2001年(平成13年) | 406.1 | - | 24,791 | 17,912 |
2002年(平成14年) | 437.0 | 16,031 | 23,225 | 16,771 |
2003年(平成15年) | 486.8 | 70 | 20,129 | 14,624 |
2004年(平成16年) | 406.1 | 366 | 17,699 | 12,220 |
2005年(平成17年) | 118.9 | 26,402 | 19,999 | 13,346 |
2006年(平成18年) | 126.8 | 56,886 | 17,226 | 11,606 |
2007年(平成19年) | 339.3 | 4,914 | 16,929 | 12,009 |
2008年(平成20年) | 397.5 | 22,371 | 15,801 | 11,025 |
2009年(平成21年) | 356.3 | 12,799 | 16,208 | 11,655 |
注意
- 粉末押収量の単位は「キログラム (kg)」。
- 錠剤押収量の単位は「錠」。
- 粉末押収量には錠剤型覚せい剤は含まない。
- 錠剤型覚せい剤1錠は0.168グラム (g)。
- 検挙件数及び検挙人員には、覚せい剤事犯に係わる麻薬特例法違反の検挙件数及び検挙人員を含む。
これら押収された覚醒剤は、実際に密輸されている覚醒剤の10分の1から20分の1に過ぎないとも言われている[73]。
警察庁は、暴力団による覚せい剤の取引の収益を恐喝、賭博、ノミ行為等(公営競技関係4法違反)と並ぶ「伝統的資金獲得活動」の一つとして扱い、取り締まりを行っている[74]
官僚の覚せい剤使用(2019年)
2019年、キャリア官僚の逮捕が相次いだ。いずれも職場で使用した疑いが持たれている。
4月27日、経済産業省製造産業局自動車課課長補佐(28歳)が、覚醒剤(フェニルメチルアミノプロパン)約21グラムが入っていると知りながら国際スピード郵便を受け取ったとして、麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)、覚せい剤取締法違反(密輸・使用)などの現行犯で逮捕[75]。勤務先の机から注射器6本が押収された。覚醒剤は海外サイトを通じて個人で密輸し、ビットコインで代金を支払っていたという[76]。
5月28日、文部科学省初等中等教育局参事官補佐(44歳)が、覚せい剤取締法違反(所持、使用)などの現行犯で逮捕。勤務先から注射器数本が押収され、一部は使用済みで、小さなポリ袋に入った覚醒剤のようなものも見つかった[77]。
乱用防止の取り組み
日本では覚醒剤の乱用が大きな社会問題になっており、乱用防止のため様々な取り組みが行われている。
- 薬物乱用対策推進会議
- 厚生労働省、都道府県などが主催するキャンペーン。
- 厚生労働省、都道府県、麻薬・覚せい剤乱用防止センターが主催するキャンペーン。
覚醒剤撲滅のCMキャンペーンでは、日本民間放送連盟が1983年から数年間、「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」というキャッチフレーズのCMを放送した。
注釈
出典
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- 覚醒剤のページへのリンク