西山事件 経緯

西山事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/13 15:28 UTC 版)

経緯

第3次佐藤内閣の1971年、日米間で結ばれた沖縄返還協定に際し、「アメリカが地権者に支払う土地現状復旧費用400万米ドル(時価で約12億)を日本国政府がアメリカ合衆国連邦政府に秘密裏に支払う[注釈 2]」密約が存在するとの情報を、男女関係のあった女性事務官に依頼して外務省秘密電文の複写を受け取り、これを得た[6]

西山が入手した電信文は3通で、愛知揆一外相とマイヤー駐日アメリカ大使との大詰めの返還交渉の概要内容、外務省井川条約局長とスナイダー在日アメリカ公使との会談における400万ドル支払いについての米国側からの提案内容などであった。

後年、これは蔵相福田赳夫米財務長官デヴィッド・M・ケネディとの会談内容であったと福田自身が自著に記している[7]

表向きの沖縄返還交渉は、外相愛知揆一米国務長官ウィリアム・ピアース・ロジャーズ英語版が行ったが、細かい金銭のやりとりは、大蔵省・財務省マターとなっており、福田とケネディが交渉に当たった。人目を避けるため、福田蔵相と大蔵省財務官およびケネディ財務長官とボルガー財務次官の四人はバージニア州のフェアフィールドパークにある密談のための施設で交渉した。その結果、日本は米国の施設引き渡し費用、および終戦直後の対日経済援助への謝意として、3000万ドルを支払った。西山が知るところとなった400万ドルはその一部であった。

1972年、日本社会党の横路孝弘楢崎弥之助は西山が提供した外務省極秘電文のコピーを手に国会で追及した。この事実は大きな反響を呼び、世論は日本政府を強く批判した。政府は外務省極秘電文コピーが本物であることを認めた上で密約を否定し、一方で情報源を内密に突き止めた。西山が機密文書をコピーする際に取材源を秘匿しなかったこと、さらにこれを提供された横路が電文のコピーをそのまま政府へ渡したため、決裁欄の印影から漏洩元が女性事務官であることはすぐに露呈した。首相佐藤榮作は西山と女性事務官の不倫関係を掴むと、「ガーンと一発やってやるか」(3月29日)と一転して強気に出た。西山と女性事務官は外務省の機密文書を漏らしたとして、4月4日に国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕された。西山は1971年6月18日付の毎日新聞紙面上においてに沖縄返還において土地現状復旧費用の密約をほのめかす署名記事をしているが、外務省極秘電文や具体的な密約の中身には言及していないために機密文書そのものや具体的な密約の中身をスクープしたものではなく、外務省極秘電文や具体的な密約の中身の存在が明らかになったのは毎日新聞として報じる前に政治家に情報提供したことによるものである。

毎日新聞は、この時点で両者の関係を把握していたとされる。司法担当記者の田中浩は「検察が西山太吉記者と女性事務官との関係を切りこんでくるのは目に見えていた。低俗な倫理観で揺さぶられてはたまったものではない」として、起訴までは事実報道に徹して裁判段階で反撃に転じる方針を主張した。しかし、西山の逮捕を受けた社会部会は「西山記者の逮捕は言論の自由に対する国家権力の不当な介入だ。断固として反権力キャンペーンを展開すべきだ」とする意見が大勢を占め、慎重論は押し切られた。毎日新聞は西山逮捕後から大規模な「知る権利キャンペーン」を展開した。他紙も当初は、西山を逮捕した日本政府を言論弾圧として非難して西山を擁護した。佐藤は「そういうこと(言論の自由)でくるならオレは戦うよ」「料理屋で女性と会っているというが、都合悪くないかね」(4月6日)と不倫関係を匂わせてはねつけ、4月8日に参議院予算委員会で「国家の秘密はあるのであり、機密保護法制定はぜひ必要だ。この事件の関連でいうのではないが、かねての持論である」と主張した。この頃になると各紙関係者間で両者の関係が噂伝され、当時朝日新聞社会部記者の岩垂弘は、毎日を応援する記事を書いたがデスクから「あんまり拳を高く振りかざすなよ」と釘を刺された[8]。その間に『週刊新潮』が不倫関係をスクープした。4月15日に起訴された容疑者両名の起訴状で東京地検特捜部検事佐藤道夫[要出典]、「ひそかに情を通じ、これを利用して」と2人の男女関係を暴露する文言を記して状況が一変した。起訴状提出の当日、毎日新聞は夕刊に「本社見解とおわび」を掲載して「両者の関係をもって、知る権利の基本であるニュース取材に制限を加えたり新聞の自由を束縛するような意図があるとすればこれは問題のすりかえと考えざるを得ません。われわれは西山記者の私行についておわびするとともに、同時に、問題の本質を見失うことなく主張すべきは主張する態度にかわりのないことを重ねて申述べます」としたが、実際は以後この問題の追及を一切やめた[注釈 3][要出典]。4月16日に作家の川端康成が自殺して各紙の注目は遷移した。

その後、『週刊新潮』が「“機密漏洩事件…美しい日本の美しくない日本人”」[注釈 4]と新聞批判の論調で大きく扱い[要出典]、女性誌やテレビのワイドショーなどが「西山と女性事務官はともに既婚者ながら、西山は酒を飲ませて強引に肉体関係を結び、それを武器に情報を得ていた」と批判を連日展開し[要出典]、世論は西山と女性事務官を非難する論調が多数となった[要出典]。裁判の審理も男女関係と機密資料の入手方法に終始した。


注釈

  1. ^ 現在は女性事務官の名前を秘匿する者も散見されるが、当時は本人が自ら各種マスメディアに登壇して多くの発言を重ねており[2]、澤地久枝は著書『密約 外務省機密漏洩事件』に実名で記している。
  2. ^ アメリカが負担する義務があったが、アメリカ合衆国議会は反対していた。
  3. ^ 専務取締役の編集主幹と東京本社編集局長を解任した。当時の西山の直属上司である政治部デスクは、のちにフリージャーナリスト政治評論家として活動する三宅久之である。
  4. ^ 前述の川端の自殺と絡めたもの。
  5. ^ しかし、西山の弁護人の反対尋問で、「(個人的な間柄が切れたのは)九月十四、五日ごろだということですが、それに間違いないでしょうか」と聞かれると、「もっと早い時期ではなかったかと記憶しているんですけれども、わたくしの記憶違いかも知れません」と答えている。
  6. ^ 『週刊新潮』1974年2月7日号、女性事務官「私の告白」。他、『週刊ポスト』2月15日号、『女性セブン』2月20日号、『女性自身』3月22日号でも女性事務官の夫が同様の主張をした。
  7. ^ 例外として、西山側の証人となった渡邉恒雄による「「西山事件」の証人として…渡辺恒雄/××さん「聖女」説にみる論理的矛盾」(『週刊読売』1974年2月16日号)がある。記事原文は実名
  8. ^ 2010年12月には、外交文書公開により、原本か写しかは不明だが密約関係の機密扱い訓電3通が焼却処分されていた事が判明した[28]
  9. ^ 預金は6000万ドルまたは現に通貨交換した額のいずれか大きいほうの金額。1億1200万ドル相当の供与にあたる。
  10. ^ Summation of Discussion 1971年6月12日 スナイダー公使の発言「沖縄返還協定第4条3項に基づく土地の原状回復補償費の「自発的支払い」に関するこれまでの議論を参照し、最終的金額は不明であるが、現在の我々の理解では、400万ドルになるだろうことに留意する」
    佐藤栄作がアメリカ側に補償を求めていたところ交渉が難航したため、国民に説明しやすいように「自発的に支払う」と書くことで妥協に至ったもの。実際は肩代わりであるし、アメリカ側ではそのように説明されなくてはならなかったので、協定とは別に秘密文書が作成された。

出典

  1. ^ 沖縄返還密約事件を追って――封印を解く歴史ドキュメンタリー
  2. ^ 週刊新潮広告
  3. ^ a b 土江真樹子 著「沖縄返還密約事件を追って 封印を解く歴史ドキュメンタリー」、筑紫哲也佐野眞一野中章弘徳山喜雄 編『職業としてのジャーナリスト』岩波書店、2005年、58-67頁。ISBN 4-00-026397-8 
  4. ^ 春原昭彦『日本新聞通史 1861年−2000年』新泉社、2003年、300-301頁。ISBN 4-7877-0308-0 
  5. ^ 沖縄密約認め、「捨て得」不問にした司法 みせかけの民主主義の下で:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年5月13日). 2023年2月27日閲覧。
  6. ^ a b c 最高裁判所第1小法廷判決 1978年5月31日 、昭和51(あ)1581、『国家公務員法違反被告事件』。
  7. ^ 福田赳夫『回顧九十年』岩波書店(原著1995年3月)、pp. 182-185頁。ISBN 9784000028165 
  8. ^ 岩垂, 弘 (2006年11月15日). “第2部 社会部記者の現場から 第98回 外務省公電漏洩事件”. もの書きを目指す人びとへ ――わが体験的マスコミ論――. E'con FutureNetworks. 2023年6月14日閲覧。
  9. ^ 沖縄返還35年目の真実 〜政府が今もひた隠す"密約"の正体〜”. ザ・スクープスペシャル. テレビ朝日 (2006年12月10日). 2010年1月24日閲覧。
  10. ^ 河内孝『新聞社 破綻したビジネスモデル』新潮社、2007年、22-23頁。ISBN 9784106102059 
  11. ^ 亀井 週刊新潮「50年」と沖縄密約報道
  12. ^ ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊); 共同著作者 (2008年8月23日). “沖縄返還秘密合意を裏付ける文書を9月早々、公開請求!”. 情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊). 2008年8月23日閲覧。
  13. ^ “元毎日記者の敗訴確定=「西山事件」賠償訴訟-最高裁”. 時事通信社. (2008年9月2日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=200809/2008090200761 2008年9月6日閲覧。 
  14. ^ “「密約」文書の公開請求/県内外記者ら63人/沖縄返還3通指定”. 沖縄タイムス. (2008年9月3日). http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-09-03-M_1-027-1_001.html?PSID=73ce6f983400fe9f1ec375245581fdfb 2008年9月3日閲覧。 
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  20. ^ Lucy Craft (2013年12月31日). “Japan's State Secrets Law: Hailed By U.S., Denounced By Japanese” (英語). ナショナル・パブリック・ラジオ. http://www.npr.org/blogs/parallels/2013/12/31/258655342/japans-state-secrets-law-hailed-by-u-s-denounced-by-japanese 2016年10月8日閲覧。 
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  22. ^ 元記者の西山太吉さんが死去 91歳 沖縄返還めぐる「密約」報じる - 朝日新聞デジタル 2023年2月25日
  23. ^ a b c 最高裁・高裁判決理由文による。
  24. ^ 「岡田・民主副代表:沖縄返還時密約、政権取れば公開」毎日新聞2009年3月15日
  25. ^ “沖縄密約開示訴訟:吉野文六氏出廷へ、12月に証人尋問”. 毎日新聞. (2009年8月26日). オリジナルの2009年8月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090829231500/mainichi.jp/area/okinawa/news/20090826rky00m040005000c.html 
  26. ^ “機密文書、溶かして固めてトイレットペーパーに 外務省”. 朝日新聞: p. 1. (2009年7月11日). http://www.asahi.com/politics/update/0711/TKY200907100424.html 
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  33. ^ 池田龍夫 (2009年12月27日). “大詰めの「沖縄返還密約文書開示訴訟」”. マスコミ9条の会ブログ. 2010年1月24日閲覧。
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  36. ^ 核密約調査:岡田外相「3月に結果」 毎日.jp
  37. ^ 沖縄返還、最大密約は施設工事費 講演で西山太吉氏 共同通信2010年2月27日
  38. ^ 沖縄返還「密約」文書、東京地裁が開示命じる 読売新聞2010年4月9日
  39. ^ 沖縄返還文書 日米密約の存在認め開示命令 東京地裁 朝日新聞2010年4月9日
  40. ^ 密約開示判決 「歴史に残る」 西山さん改めて講演で強調(毎日新聞 4月10日21時6分配信)
  41. ^ 読売新聞 (2010年4月22日). “沖縄密約訴訟、判決不服として国が控訴”. 2010年4月23日閲覧。
  42. ^ 沖縄返還・安保改定などの外交文書公開へ 外務省22日 朝日新聞2010年12月7日
  43. ^ 密約暴いた西山元記者「やっと出たか…」 外交文書公開 朝日新聞2010年12月22日
  44. ^ 西山事件「手際よく処理」 米が日本の対応評価 東京新聞2011年2月18日
  45. ^ 貴省に対する公開質問書の提出及び回答要請に関する件―密約情報公開訴訟原告共同代表より玄葉光一郎外務大臣宛 News for the People in Japan
  46. ^ Listening:時流・底流 秘密保護法、有識者会議 評価の一方、懸念の声も 毎日新聞
  47. ^ 西山太吉『機密を開示せよ―裁かれる沖縄密約』(2010年、岩波書店)ISBN 978-4000225809 pp.15-16. pp.30-40.
  48. ^ 密約 外務省機密漏洩事件 - MOVIE WALKER PRESS
  49. ^ Mitsuyaku: Gaimushô kimitsu rôei jiken - IMDb(英語)






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