蝗害 対策

蝗害

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 14:47 UTC 版)

対策

活動機関

世界で発生するバッタ対策は、国際連合食糧農業機関(FAO)が行っている。

イタリア・ローマにあるFAO本部

蝗害が大きな問題となっているのは、アフリカ中部・北部、アラビア半島、中近東、アフガニスタンなどである。これらの地域で発生するバッタ対策は、ローマにあるFAOの機関、サバクバッタ情報サービス(Desert Locust Information Service, DLIS)を中心に行われている。

DLISでは、人工衛星に搭載されたMODISの降水情報などを利用して、天候、環境、分布状況を日々モニターすることで、6週間先までのバッタ分布を予想している。これらの予想は、1970年代から発行されている月刊誌『locust bulletins』で報告されている。1990年代以降の情報は、FAOの公式サイト http://www.fao.org/ag/locusts から得ることができる。FAOは蝗害が予想される国家に対して、情報と対策技術の教育を実施し、関係機関に資金援助を要請している。日本国政府も被害国に対して度々無償資金援助を行っている。

バッタの活動範囲は、1,600万から3,000万平方キロメートルと非常に広く、多数の人員が必要となる。アフリカでは、モーリタニアのように国立の研究所が設立された国もあるが、多くは開発途上国であったり内政が混乱している国家であるため、政府がバッタの監視や対策をすることが非常に困難である。

方法

バッタ対策としては、小規模な発生が起こった次の世代の発生を防ぐことが重要である。バッタが卵の時期には殺虫剤の効果が薄く、一方、成虫となって飛翔できるようになってからの駆除は困難なので、幼虫の内の駆除が必要である。そのため、まずは産卵地データの収集から始まる。

幼虫の駆除に対して、FAOは機械的な除去、農薬を使っての除去の2つを併用して対策している。例えばアフガニスタンで2005年5月に行われた作戦では、21,000ヘクタールは機械で除去、81,000ヘクタールは合成ピレスロイドを使っての化学的駆除を行っている[9]。FAOの8月の報告によると、バッタの発生時期と上手く重なったこともあってこの作戦は成功し、産卵が減ったために2006年には大幅に対策地域を減らすことに成功した。また2006年からは、昆虫に対する接触毒であるジフルベンズロン(diflubenzuron)の併用も始めている[24]

モーリタニアでは、散布した殺虫剤による環境汚染度を測定するモデル生物として、キリアツメゴミムシダマシを利用している[46]

メタリジウム菌に感染死したアカトビバッタ (Red locust

殺虫剤は広範囲に撒かれるため、人体や環境への影響も十分に考慮する必要がある。これらへの影響を完全にゼロにすることは困難で、通常はバッタの被害と比較しての実施がなされる。ただし、パラチオンジクロルボスなど、世界保健機構(WHO)によりきわめて危険(クラス1a)、かなり危険(クラス1b)とされたもの[47]は使用されない[48]

現在主に使われているのは、超低量散布 (Ultra-Low Volumeという技術である。車両搭載された空中噴霧器を使ってバッタの移動予想地点に濃厚な殺虫剤が少量散布され、バッタが殺虫剤の付いた餌を食べたり上を歩いたりすることで死亡する。この技術は各国の政府機関の要請を受けた東アフリカ移動性バッタ防除機構(Desert Locust Control Organisation for East Africa, DLCO-EA)などによって実施される。

殺虫剤には前述したピレスロイド、ジフルベンズロンのほか、生物農薬であるメタリジウム菌の使用も検討されている。ただしメタリジウム菌は即効性が期待できない[48]

トノサマバッタ以外による蝗害

日本ではバッタ科のバッタによる蝗害がほとんど起こらなかったため、中国渡来の文献に書かれている「蝗害」を、昆虫による大規模な農被害全般を指す語だと誤解した。日本の古文献に書かれている「蝗害」のほとんどは、イナゴ(イナゴ科)、ウンカ、メイチュウによるものである。被害の様相はバッタによる真の蝗害とは著しく異なるが、やはり真の蝗害の実体験に乏しい日本では、このウンカによる被害に対しても、蝗害の漢語が当てられることとなった。今日ではウンカも群生相を示すことが知られているが[42]、被害は飛蝗に比べればはるかに小さい。

日本で越冬できないトビイロウンカやセジロウンカの被害が発生するのは、梅雨前線に沿った気流によって中国南部(東南アジア説もある)から移動してきて一時的に大発生するためである。このトビイロウンカやセジロウンカは昭和前期には越冬していると考えられていたのであるが、1967年(昭和42年)に、岸本良一がジェット気流に乗って梅雨の時期に中国大陸から飛来するとする研究を発表し、1987年(昭和62年)に清野豁が飛来経路を解明した。このため、現在では飛来型ウンカには飛来予報を発表するページが存在する[49]

古文献には、『続日本紀』巻二大宝元年(701年)八月辛酉の条に、三河を始めとする17ヶ国に蝗の被害があったと記されており、以後数年おきに害が報告されている[50]。また、『続日本紀』には749年(天平21年/天平感宝元年/天平勝宝元年)に「下総に蝗害・石見に疾疫あり。よって夫々に賑給す」と関東地方でも蝗害があったとする記述がある。この後の『日本後紀』巻22、812年(弘仁3年)の条にも、薩摩国で蝗が発生し、稻五千束の税が免除されたとの記録があるが[51]、これはウンカによる被害と見られる[3]

神話・伝説のレベルの話だが、807年(大同2年)に成立した『古語拾遺』には、大地主神(おおところぬしのかみ)が御年神(みとしのかみ)から蝗害防止の祭事を教わった話が載る。桑原和男は『古語拾遺』804年(延暦23年)の条から銅鐸にある絵柄の一つは蝗害防止の祭事ではないかと仮説を立てている。

874年(貞観16年)には伊勢国で「其頭赤如丹。背青黒。腹斑駮。大者一寸五分。小者一寸」と描写される「蝗」に1日数ヘクタールが食害されており(『日本三代実録』)、これはイナゴの被害と見られている[3]。また、1017年(寛仁元年)には越前・摂津・近江など蝗害のため、蝗虫御祈諸社奉幣使を使わした記録がある(『小右記』)。

享保年間、特に1732年(享保17年)前後に起きた蝗害が大きい。防長両国の蝗害高は29万2740石余、松江藩では収穫は7割程落ち込んだとされ、伊予和気郡松山藩では3400人の死者が出たとされる。なお、『徳川実紀』にはこの蝗害のために餓死した人間を96万9900人と書き記しており、46藩合計で236万石の所、収穫は62万8000余石足らずであったと言う[52]

また厳島神社には1750年(寛延3年)、同1753年(宝暦3年)に蝗害発生による祈祷を行った記録が残っているほか、1749年(寛延2年)には冷害と蝗害により東北地方が大飢饉となり、肥前唐津藩では1768年(明和5年)に蝗害が起きた記録が、1740年(元文5年)には伊勢国紀州藩領で108村が蝗害のための減免を強訴した記録があり、1770年(明和7年)に関東各地で、1780年(安永9年)に出雲松江藩で蝗害の記録が、1819年(文政2年)11月には大里郡佐谷田村(現埼玉県)にて蝗害駆除の祈願が行われた旨がそれぞれの町史や市史、県史に見る事ができる。大蔵永常の1826年(文政9年)の農業書である『除蝗録』はウンカについての記述と見られる。なお、記録が多い筑紫国の蝗害は、1627年(寛永4年)から1868年(慶応4年)の間に33回も蝗害の記述がある。


注釈

  1. ^ 農商務卿と開拓長官を兼務していた西郷従道の命で、「飛蝗駆除世話係」が任命された。
  2. ^ 「発見」したのは、札幌農学校の一期生である田内捨六と内田瀞。
  3. ^ 晩成社の入植地には1年目からバッタが襲来したが、小豆はまったく被害を受けなかった[39]
  4. ^ これに先立った和人の居住例は、1879年(明治12年)音更に住み着いた大川宇八郎の例などがある[40]
  5. ^ たとえば明治16年には150人のアイヌを雇い、124万坪を掘り起こしてサナギを駆除した。サナギの量は2,500石(約450立方メートル)に達した[41]
  6. ^ 当時困窮していた十勝のアイヌが、この日当で潤ったと伝えられている。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o ギルバート・ウォルドバウアー著、丸武志訳『新・昆虫記』、2002年、大月書店、ISBN 4-272-44029-2
  2. ^ a b c d e f g [藤崎、田中:2004]
  3. ^ a b c d e f g h i 奥井一満『悪者にされた虫たち』、1980年(昭和55年)、朝日新聞社、0345-259260-0042[信頼性要検証]
  4. ^ 農業情報研究所(WAPIC) アフリカの農業・食料生産、バッタが追い討ち、FAOが緊急援助要請
  5. ^ 中筋房夫編『個体群動態と害虫駆除』、1989年、冬樹社、ISBN 4-8092-1305-6
  6. ^ Desert Locust Information Service of FAO: Locust FAQs
  7. ^ Locusta migratoria migratorioides (Reiche & Fairmaire)
  8. ^ Insect pests of cereals in Ethiopia Schistocerca gregaria (Forskal)
  9. ^ a b c d FAO combats major locust outbreak in Afghanistan
  10. ^ Animal Dibersity Web Melanoplus spretus
  11. ^ オーストラリア政府農水林産省 Description of an Australian plague locust。写真あり。
  12. ^ 彭邦炯 商人卜螽説——兼説甲骨文的秋字、1983年、農業考古、1983年第2期
  13. ^ 中國哲學書電子化計劃 詩経·小雅·大田
  14. ^ 漢書 文帝紀(ウィキソース中国語版)。
  15. ^ 国学网站 子部 论衡 乱龙篇第四十七
  16. ^ 李純然 蝗者、在上貪苛之所致也
  17. ^ 『貞観政要』 巻八 務農第三十(凡四章)
  18. ^ 《贞观政要》卷8《务农》、上海古籍出版社1978年版、第237頁。
  19. ^ 旧唐書姚崇伝(ウィキソース中国語版)。
  20. ^ 陳芳生『捕蝗考』(ウィキソース
  21. ^ 人民報 密密麻麻!海南發生歷史最嚴重蝗災
  22. ^ 雲南省のラオス国境付近にバッタの大群、ドローンで防除作業”. AFPBB News. AFP通信 (2020年7月11日). 2020年7月19日閲覧。
  23. ^ 出エジプト記10章
  24. ^ a b FAO Significant progress in Afghan locust battle
  25. ^ a b FAO Locusts could reach India and Pakistan
  26. ^ 外務省 パレスチナおよびイエメン、スーダン、エリトリア、エチオピアに対するFAOを通じた貧困農民支援について
  27. ^ 2020/02/20 07:30 「一瞬で何もかも奪う」アフリカの大地を食い尽くす蝗害、バッタ博士が解説 - 『Forbes
  28. ^ バッタが大量発生、過去25年で最悪の農業被害 インド北西部”. AFP (2019年12月26日). 2020年2月26日閲覧。
  29. ^ 武内進一編 現代アフリカの紛争を理解するために(PDF 2.46MiB)
  30. ^ a b 岡本洋介 世界の農薬事情-アフリカ編-、1999年
  31. ^ 外務省 チャド、マリ、モーリタニアにおけるFAOによる砂漠バッタ対策事業に対する支援について
  32. ^ 京都新聞2020年2月5日朝刊
  33. ^ Desert Locust situation update 10 February 2020 - FAO (英語)
  34. ^ Alexandra M. Wagner (Winter 2008). “Grasshoppered: America's response to the 1874 Rocky Mountain locust invasion”. Nebraska History 89 (4): 154–167. 
  35. ^ a b 異常発生したバッタの防除技術確立 - 環境農林水産研究所・食の安全研究部防除グループ
  36. ^ 『帯広市史(平成15年編)』、2003年、p123
  37. ^ ヌップクかわら版 第3回ヌップク川円卓会議資料1998年
  38. ^ 『新十勝史』p182,十勝毎日新聞社刊,1991
  39. ^ 『帯広市史(平成十五年編)』p123
  40. ^ 『音更町史』、1980年、p48
  41. ^ 『音更町史』、1980年、p51
  42. ^ a b c 笹川満廣『現代応用昆虫学』、1984年(昭和59年)(参照したのは1991年(平成3年)の第6刷)、ISBN 4-254-42006-4、p.160
  43. ^ 弘前学園 学園だより156
  44. ^ 田中寛, 保田淑郎, 柴尾学、「関西国際空港の一期島と二期島におけるトノサマバッタの大発生と管理」 『関西病虫害研究会報』 2015年 57巻 p.1-9, doi:10.4165/kapps.57.1
  45. ^ 四国新聞社 新滑走路からバッタを退治/関空、8月の供用に準備2007年(平成19年)
  46. ^ 前野ウルド浩太郎 (著) バッタを倒しにアフリカへ 光文社新書 2017年
  47. ^ The WHO Recommended Classification of Pesticides by Hazard(PDF 1.22MiB)
  48. ^ a b 国際連合食糧農業機関(FAO) バッタと闘う(PDF 3.67MB)
  49. ^ リアルタイムウンカ飛来予測サイト
  50. ^ 日本古代資料本文データ
  51. ^ 日本後紀
  52. ^ 『歴史地理学 37 近畿地方における享保17年の蝗害と取箇の分布』(池内長良)、中央公論社『日本の歴史17』、『徳川実紀』、『続日本王代一覧』






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