薬剤耐性 薬剤耐性の概要

薬剤耐性

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/27 01:02 UTC 版)

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分野による違い

農学
農学分野では、殺虫剤に対する病害虫の耐性や[1][2]除草剤に対する植物の耐性が扱われることが多く[3][4]、「薬剤抵抗性」「薬剤耐性」の用語が用いられる[5]。この内容については、薬剤抵抗性を参照のこと。微生物や昆虫の薬剤耐性獲得は、変異選択による、進化の最も身近な例の1つである。
主に薬理学・微生物学
医学薬理学微生物学の分野では、特に細菌ウイルス[6]などの病原性微生物がん細胞が、それらの病原体による疾患を治療する抗生物質抗癌剤など(化学療法剤)の薬剤に対して抵抗力を持ち、これらの薬剤が効かない、あるいは効きにくくなることを指し、この場合「薬剤耐性」という語が用いられることがもっとも多い。
他の疾患に対する治療薬や麻薬などの向精神薬を反復投与することで、ヒトや動物に対する効力が低下していく現象を指す「耐性 (drug tolerance)」については、耐性 (薬理学)を参照のこと。
厚生労働省および国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンターは「薬剤耐性 (AMR)」と表記しているが、Antimicrobial Resistance; AMR には「抗微生物薬耐性[7]」や「抗菌薬耐性[8]」といった日本語訳が与えられている。

薬剤感受性と薬剤耐性

細菌ウイルスの病原性微生物によって引き起こされる感染症や、がん細胞の増殖によっておきる悪性腫瘍の治療法の一つとして、これらの病原体を殺したり、あるいはその増殖を抑制する化学物質を治療薬として投与する化学療法がある。化学療法に用いられる薬剤(化学療法剤)には抗菌薬抗生物質のほとんどがこれに当たる)、抗ウイルス薬抗真菌薬抗原虫薬抗癌剤が含まれ、それぞれに多くの種類が開発、実用化されている。

患者に投与して治療を行うためのものであるため、ヒトに対する毒性は低いが病原体には特異的に作用するという、選択毒性があることが化学療法剤には要求される。このため、細菌ウイルスだけが持ち、ヒトには存在しない特定の酵素を阻害したり、細菌やがん細胞だけが細胞内に取り込み、正常なヒトの細胞は取り込まないなどの特徴を持ったものが、化学療法剤として用いられている。

これらの薬剤は、例えば抗細菌薬であればすべての細菌に有効、というわけではなく、薬剤の種類と対象となる微生物(またはがん細胞)の組み合わせによって、有効な場合とそうでない場合がある。ある微生物に対してある薬剤が有効な場合、その微生物はその薬剤に対して感受性 (susceptibility) であると呼ぶ。これに対し、ある微生物に対してある薬剤が無効な場合には、

  1. もともとその薬剤が無効である、
  2. もともとは有効であったがある時点から無効になった、

という二つのケースが存在する。この両者の場合を、広義には耐性または抵抗性であると呼ぶが、通常は(2)のケースに当たる狭義のものを薬剤耐性 (drug resistance) または獲得耐性 (acquired resistance)と呼び、前者は不感受性 (insusceptibility) または自然耐性 (natural resistance) と呼んで区別することが多い。例えば、元からペニシリンが効かない結核菌は「ペニシリン不感受性」、もともとはペニシリンが有効であったブドウ球菌のうち、ペニシリンが有効なものを「ペニシリン感受性」、ペニシリンが効かなくなったものを「ペニシリン耐性」と呼び、このうち、最後のペニシリン耐性ブドウ球菌が、一般には「薬剤耐性」と表現されることが多い。

薬剤耐性を獲得した微生物は、細菌の場合は薬剤耐性菌、ウイルスは薬剤耐性ウイルス、がん細胞は薬剤耐性がん細胞などのように総称される。また個々のものについては、上記した例のように、対象となる薬剤と微生物との組み合わせによって、ペニシリン耐性ブドウ球菌などと表記される。また、複数の薬剤に対する耐性を併せ持つことを多剤耐性 (multi drug resistance、後述) と呼び、医学分野では治療の難しさから特に重要視することが多い。また、ある薬剤に対する耐性が、それと類似の薬剤に対する耐性として働く場合を、交差耐性と呼ぶ。

薬剤感受性試験

ある微生物がある薬剤に対して感受性か耐性かを判断するには、薬剤感受性試験と呼ばれる微生物学的検査が用いられる。

細菌真菌など培養可能な微生物については、検査する薬剤を一定の濃度になるよう加えた培地でその微生物が生育可能かどうかの検査(生育阻止試験)が行われる。それぞれ完全に生育阻止または殺菌が可能であった最低の濃度を、最小発育阻止濃度英語: minimal inhibitory concentration, MIC)として、その微生物に対する薬剤の効果の指標とする。MICが小さいほど、薬剤の効果が高い、あるいはその微生物の感受性が高いことを表し、指標値よりもMICが大きければ、微生物のその薬剤に対する感受性が低い、すなわち薬剤耐性であることになる。

この他の病原体については、ウイルスでは薬剤を処理したときの培養細胞や実験動物に対する感染価の変化から耐性かどうかを実験室的に検査することが可能である。またヒトがん細胞については分離したがん細胞を用いて実験室的に検査することも可能であるが、実際に薬剤を投与した場合の治療の経過から薬剤耐性かどうかを臨床的に判断する場合も多い。これらの薬剤の効力については、通常、IC50(50%抑制濃度)やEC50(50%有効濃度)、ED50(50%有効投与量)などで表される。

多剤耐性

多剤耐性(たざいたいせい、: multiple drug resistance, multi drug resistance)は、ある微生物が作用機序の異なる2種類以上の薬剤に対する耐性を示すことをいう。多剤耐性の発生機序としてはかつては突然変異によってのみ起こると考えられていたが、現在では薬剤に対する耐性の遺伝子をもったプラスミドの伝達もその要因の一つであると考えられている。なお、作用機序が同一の薬剤による耐性は1種類の耐性とみなす。多剤耐性を起こした菌に対しては、従来使用されていた薬剤が治療効果を失うため、医学上問題となる。多剤耐性菌の蔓延の要因の一つとして抗生物質の乱用が挙げられる。


  1. ^ 橋本知幸、殺虫剤による衛生害虫駆除の実際と課題 学術の動向 2016年 21巻 3号 p.3_72-3_76, doi:10.5363/tits.21.3_72
  2. ^ 村野多可子、並木一男、椎名幸一、安川久、国内の養鶏場におけるワクモDermanyssus gallinaeの市販殺虫剤に対する抵抗性出現 日本獣医師会雑誌 2015年 68巻 8号 p.509-514, doi:10.12935/jvma.68.509
  3. ^ 内野彰、多年生水田雑草の除草剤抵抗性 農業および園芸 90(1), 174-180, 2015-01, NAID 120005864802
  4. ^ 市原実、石田義樹、小池清裕 ほか、静岡県内の水田周辺部におけるグリホサート抵抗性ネズミムギ (Lolium multiflorum Lam.) の分布 雑草研究 2016年 61巻 1号 p.17-20, doi:10.3719/weed.61.17
  5. ^ GCSAA GOLFCOURSE MANAGEMENT 芝草分野におけるハロスルフロン抵抗性の一年生カヤツリグサ科雑草と他のALS阻害剤 : 芝生分野で抵抗性カヤツリグサ科雑草が除草剤抵抗性雑草の問題に加わったことを確認する (日本語版ダイジェスト アメリカの最新コース管理情報を読む) 月刊ゴルフマネジメント 37(407), 125-128, 2016-04, NAID 40020765398
  6. ^ 山田理恵、定成秀貴、松原京子 ほか、「ヒトサイトメガロウイルスとその感染症」 北陸大学紀要 第30号(2006) 平成18年12月31日発行
  7. ^ 抗微生物薬耐性について(ファクトシート)”. FORTH; 厚生労働省検疫所 (2017年11月). 2019年12月6日閲覧。
  8. ^ 臨床検査データブック2019-2020 耐性菌,多剤耐性〔MDR〕についての概説
  9. ^ 厚生労働省健康局結核感染症課 (2017-06) (pdf). 抗微生物薬適正使用の手引き 第一版 (Report). 厚生労働省. http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000166612.pdf 2017年12月10日閲覧。. 
  10. ^ a b Negut I, Grumezescu V, Grumezescu AM (September 2018). “Treatment Strategies for Infected Wounds”. Molecules (9). doi:10.3390/molecules23092392. PMC: 6225154. PMID 30231567. https://www.mdpi.com/1420-3049/23/9/2392/htm. 
  11. ^ 清野敦子、長谷川泰子、益永茂樹 ほか、【原著論文】金目川,鶴見川,多摩川における薬剤耐性大腸菌の分布 水環境学会誌 2004年 27巻 11号 p.693-698, doi:10.2965/jswe.27.693
  12. ^ a b c 中尾江里、中野和典、野村宗弘 ほか、宮城県内の畜産地帯を流域とする河川における薬剤耐性菌分布の実態 環境工学研究論文集 2008年 45巻 p.187-194, doi:10.11532/proes1992.45.187
  13. ^ 緒方文彦、東剛志、医薬品による環境汚染問題-実態・生態影響・浄化技術-YAKUGAKU ZASSHI 2018年 138巻 3号 p.269-270, doi:10.1248/yakushi.17-00177-F
  14. ^ 薬剤耐性菌の歴史・変遷 国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター
  15. ^ 抗生物質効かぬ「悪夢の耐性菌」米CDC発見『日本経済新聞』朝刊2018年4月8日サイエンス面掲載の共同通信記事。
  16. ^ 新種の細菌感染で初の死者 ベルギー
  17. ^ a b 感染症法に基づく医師の届出のお願い”. 厚生労働省 (2019年5月7日). 2019年12月6日閲覧。
  18. ^ 厚生労働省 院内感染対策サーベイランス 薬剤耐性菌 判定基準(Ver.3.2) (PDF) 厚生労働省(2019年1月)
  19. ^ 多剤耐性菌関連 III.どのような薬剤感受性を示す菌が要注意か 日本臨床微生物学会





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