英語の冠詞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/16 03:20 UTC 版)
冠詞とは、限定詞の一種で、名詞に付いてその定性を表すものである。英語の冠詞には、定冠詞「the」と不定冠詞「a」「an」があり[1][2][3]、場合によっては「some」も不定冠詞として使用されることがある[4]。定冠詞は、聞き手・読み手が指示対象(その名詞が指し示す対象)を特定できるという前提で使用される[1][5][6]。すなわち、指示対象が明確または常識であるか、同じ文中あるいは先駆ける文の中で触れられており、唯一的に固定可能という状況で使用される[2][7]。一方、不定冠詞は、聞き手・読み手が指示対象を特定できないという前提で使用され[1][2]、不特定の要素を会話の中に新たに導入する役割がある[1][5]。また、名詞句によっては、冠詞が一切使用されないこともある。つまり、英語の冠詞の語法としては、定冠詞、不定冠詞、無冠詞の3種が存在する[3]。
英語の限定詞も参照。
名詞の可算性と冠詞の選択
英語の冠詞の使い分けには、それを伴う名詞の可算性が関係している。まず、英語の名詞には可算名詞と不可算名詞がある[8]。そして、可算名詞には単数形と複数形がある[9]。単数形は基本的に、定冠詞か不定冠詞、あるいは数詞などを伴わなければならない[9]。複数形は限定詞を必要とせずに単独で使用でき、特に不定冠詞は使用不可だが、文脈・状況によっては定冠詞を伴うことがある[9]。不可算名詞の場合、可算名詞の複数形と同様に限定詞を必要とせず、特に不定冠詞は不可で、定冠詞の使用は文脈・状況次第である[10]。
アメリカ合衆国出身で、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部でALESSプログラム[11]のマネージング・ディレクターを務めるトム・ガリー准教授は、理学系の英語論文の書き方に関する『科学英語を考える』と題した一連のウェブ講義において「the」を取り上げている[12]。ガリーは日本語母語話者の英語によく見られる誤用として「無冠詞の単数形可算名詞」を挙げ、それは日本語に可算・不可算の区別がなく、しかも日本の英語教育では可算分類が軽視される傾向にあるからだと分析する[13]。
『わかりやすい英語冠詞講義』(2002年、大修館書店)[14]および『これならわかる! 英語冠詞トレーニング』(2012年、DHC)[15]の著者・石田秀雄[16][17]は、『石田秀雄のこれならわかる英語冠詞講義』と題したウェブ講義(2008年)において、日本の英語教育では冠詞をきちんと取り扱っていないが[18]、冠詞の使い分けによって意味が変わると指摘している[18]。石田は、名詞の有界性という概念で可算性を説明する[19]。有界性とは、名詞の指示対象が「明確な境界線や輪郭」を持っているかどうかという違いであり、有界的なものは可算名詞、そうでないものは不可算名詞として用いられる[19]。こういう境界線に関する意識はどの言語の話者にもあるはずだが、日本語ではその違いを言葉で表現する必要がない[19]。日本語母語話者が可算性を意識しない根拠として、外来語が挙げられる。例えば、野球のtwo strikesを「ツーストライク」、noodlesを「ヌードル」と言うなど、複数形を示す接尾辞の「-s」が反映されないことが多い[20]。一方、英語は可算・不可算の違いを「積極的に表現しようとする言語」である[19]。
広島大学大学院総合科学研究科教授・言語学者の吉田光演[21]も、可算名詞には「個体としての離散的な境界」があると説明している[22]。例えば、「water」はいくら分割したり注ぎ足したりしても均質的で「water」のままであるのに対し、個体としての境界がある「dog」に「dog」を付け足したら「dogs」という複数形にならざるを得ず、逆に分割したら別の言葉が必要になる[22][23]。なお、「dog」のみではそれによって表される個体の集合(種類)を指示しているにすぎないため、個体を指示する際には Dog is barking. では非文(文法的に正しくない文)になり、A dog is barking. (その個体が文脈から特定できるなら the dog is barking. )などとしなけらばならない[22]。
吉田はまた、英語やドイツ語には可算名詞と不可算名詞の両者があるが、日本語や中国語などに比べて「可算名詞が際立っている」言語だとする[22]。「中国語・日本語タイプの名詞=不可算名詞」という説もあるが[24]、吉田はそれに対し、日本語でも例えば「多数の酒」「多数のコメ」は「多量の酒」「多量のコメ」よりも許容度が低く、「多量の自動車」よりも「多数の自動車」の方が許容度が高く、また「2、3の水」とは言えないなど、可算・不可算の区別がないわけではないと反論している[22][5][25]。吉田は、日本語・中国語の名詞は種名詞(kind noun)だという説[24][26]を支持しており、種名詞には限定詞なしで名詞句になれる性質があると説明している[22]。日本語母語話者は名詞の個別指示よりも種指示(「...というもの」を表すこと)を優先しているため、可算・不可算の区別をあまり意識しないというのである[22]。他方、英語の可算名詞はいったん複数(dogs)になってしまえば、不可算名詞と同様に更にいくら付け足しても同じ形のまま(dogs)であり、限定詞なしで主語や述部(の一部)として機能でき、Dogs are clever. (「犬というものは賢い」)のように種指示もできる[22]。すなわち、種名詞・種指示という概念は「日本語の名詞は冠詞を必要とせず、単数形と複数形の区別もない」「英語の不可算名詞と複数形可算名詞は冠詞を必要としない」という2つの事実が同時に説明できると結論付けている[22]。
なお、英語には、魚の名称などのように単数形と複数形が同じ名詞(単複同形)や[27]、ほぼ同じ意味(例えば「装置」)でありながら可算(「apparatus」)と不可算(「equipment」)に区別されている名詞もある[13]。不可算名詞はさらに「water」のような純粋不可算名詞(最小単位がなく、均質的なもの)と「furniture」のような個体的不可算名詞(個体としての境界線や部品などを持っているもの)に分類することもできる[22]。
しかし、英語の名詞の大部分は、一部の例外(下記)を除き、文脈・状況によって可算・不可算の両用法が可能である[13][18][8]。各状況における指示対象を各話者がどう認知しているかによって可算・不可算の使い分けがなされ[28]、やはり各話者の認知・認識に従って冠詞が選択される[3][18]。
例えば「room」は、「部屋」(=天井・壁・床などによって境界が作られている)を指示する場合は可算、「空間」(=明確な境界線がない)を指示する場合は不可算となる[3][19]。果物・野菜・肉・魚など、本来の形を留めている「1個」「1匹」という個体であれば可算だが、切ったり調理したり咀嚼したりすれば不可算になる。例えば、1本1本のバナナ(明確な境界線がある)を想起する場合の「banana」は I bought a banana yesterday.(「昨日、バナナを1本買いました」)、I like bananas.(「僕はバナナが好き」)のように可算名詞であるのに対し、バナナの食べかす(=明確な境界が失われている)を示す場合には You’ve got banana on your chin.(「アゴにバナナがついてるよ」)のように不可算名詞になる[29]。また、「chicken」が個体を意味するのであれば catch a chicken(鶏を捕らえる)と言い、本来の形を失った食材であれば cook chicken(鶏肉を調理する)と言う[29][30]。ただし、「肉」であっても話者が「丸ごと」をイメージしていれば、不定冠詞を用いて We roasted a chicken.(「鶏を丸ごと焼いた」→「鶏の丸焼きを食べた」)と言うこともできる[29]。このニュアンスの違いを顕著に示す実例がマーク・ピーターセン著の『日本人の英語』(1988年、岩波新書)で紹介されている[5]。ある日本人学生が I ate chicken in the backyard. (「裏庭(のパーティー)でチキンを食べました」)と書くべきところを I ate a chicken in the backyard. としたために「庭で鶏を一匹捕まえてそのまま丸ごと食べた」というイメージが浮かんでしまったというのである[5][31]。これは上述のガリー准教授の観察とは逆であるが、ピーターセンによれば、日本語母語話者には不要な不定冠詞を無意識のうちに飾りのように付けてしまう傾向があるという[5][31]。
可算性が切り替わるものとして、素材(物質)と製品(物体)の関係も挙げられる[29][32]。例えば、glass(ガラス)と a glass(グラス)、gold(金)と a gold(金メダル)など。抽象的概念と具体的事例の関係(accomplishment、experience、beauty など)も同様で、前者は無冠詞であるのに対し、後者には冠詞が付かなけらばならない[33]。なお、このような切り替え(変換)ができない「一部の例外」とは、おおむねカテゴリーとしての集合名詞(「advice」「furniture」「luggage」「machinery」「news」「information」など)であり、数えたい場合は a piece of...(多い場合は plenty of... または a great deal of... など)と言う[34]。
本項目では、以上のような事実や研究・分析をふまえながら、各冠詞の語法などについて述べる。
冠詞の語法
英語文法[35]では、ほとんどの場合において、限定詞が名詞句(または限定詞句[5][36])を”完成”させ、名詞の指示対象を明確にする(指示対象と結びつける)役目がある[5][37]。統語論的観点からは「限定作用によって名詞的な範疇の投射を完全に閉じる機能がある」という言い方もされる[5][38]。最も一般的な限定詞は「the」「a(n)」という冠詞で、名詞(句)の定性の有無を示す。限定詞には他に、「this」「my」「each」「many」などがある(英語の限定詞を参照)。なお、限定詞が不要な場合もある[1]。例えば、John likes fast cars.(「ジョンは速い車が好きだ」)という文では、John が人名であり、fast cars が一般的な「速い車(というもの)」を指しているため、それぞれ冠詞が不要で、特に人名に冠詞を付けることは基本的に不可である。
定冠詞「the」が使用されるのは、指示対象が唯一無二の存在であるか、または文脈・状況・既存知識などから聞き手・読み手が特定できる場合である[1][2][7][39]。例えば、The boy with glasses was looking at the moon. (「眼鏡をかけた(特定の)少年が月を見ていた」)と言うためには、その場において指示対象と成り得る「眼鏡をかけた少年」は1人しかおらず、「月」も1つしかないという前提が必要である。
以下のような場合は、定冠詞を使用しない。
- 普通名詞(複数または不可算名詞)の指示対象が一般的な「...というもの」である場合[1]。
- Cars have accelerators. - 自動車(というもの)にはアクセル(というもの)がある。
- Happiness is contagious. - 幸福(というもの)は伝染する(人から人へ広がる)。
- これらの文における「cars」「happiness」は、ともに指示対象が不特定である。一方、the happiness I felt yesterday(私が昨日感じた幸せ、昨日の幸福感)と言う場合の「happiness」の指示対象は特定されている。
不定冠詞「a」(子音の前)または「an」(母音の前)[1]は、基本的に単数形の可算名詞の前でのみ使用される。これは、名詞句の指示対象が不特定の1人(1つ)だということを意味する[1]。例えば、An ugly man was smoking a pipe. (「(ある)醜い男がパイプを吸っていた」)という文における「醜い男」は不特定の人物であり、また「パイプ」も不特定の1本だと看做される。
複数形の名詞または不可算名詞において、指示対象が不特定である場合、冠詞が全く使用されないことがある[1]。そういう場合、限定詞「some」が挿入されることもある(否定文や疑問文では「any」になることもある)。
- 例:
- There are apples in the kitchen. / There are some apples in the kitchen.
- 「台所に(いくつかの)リンゴがあります」
- We do not have information. / We do not have any information.
- 「情報が(全く)ありません」
- Would you like tea? / Would you like some tea? / Would you like any tea?
- 「お茶を(いくらか)いかがですか?」
例えば、I hate a cockroach. (私はゴキブリが大嫌いです)のように、指定対象が不特定である場合に不定冠詞「'a'」を使用すると、以下のようなニュアンスとして誤って伝わってしまう[40]。
-
- I hate a cockroach.
- 「他のゴキブリは平気ですが、1匹だけ大嫌いなゴキブリがいます」
以下のような場合、冠詞はあまり使用されない:
- 名詞句の中に他の限定詞が存在する場合[41]。例えば、my house(私の家)、this cat(この猫)、America's history(アメリカの歴史)を my house, a this cat, America's the history とは言わない。しかし、the many issues(特定の多くの問題)、such a child(そのような子供)など、限定詞によっては冠詞と組み合わせることが可能である。
- 代名詞において。例えば、he、nobody を the he, a nobody とは言わない(a nobody(複:nobodies)は「無名の人」「取るに足らない者」を意味する場合には代名詞ではなく普通名詞扱いになる[42])。しかし、the one, the many, the fewなど、代名詞によっては冠詞との組み合わせが可能である。
- 例(『スタートレックII カーンの逆襲』より)[43]
- 節または不定詞が名詞句として機能している場合。例えば、What you've done is very good. (「あなたがしたことは非常に良い」)、To surrender is to die. (「降伏することは死ぬことである」)を What you've done is very good, the to surrender is the to die などとは言わない。
さらに、見出し、標識、ラベル、メモなど、簡潔さが重宝される場面では、冠詞を含む機能語が省略されることがしばしばある。例えば、新聞の見出しでは the mayor was attacked. (「市長が襲われた」)は Mayor attacked と略される。
その他の語法については、下記#定冠詞の語法および#不定冠詞の語法を参照。冠詞が使用されない場合については、#無冠詞を参照。
語順
原則的に、英語の冠詞は名詞句の構成上、最初の単語であり、形容詞(形容詞句)を含むあらゆる修飾語(付加部)よりも前に位置する[44][45][41]。
- 例:
- The little old red bag held a very big surprise. (「その小さくて古くて赤い袋には、あるとても大きなサプライズ(思いがけない贈り物)が入っていた」)
- この例文には「the little old red bag」「a very big surprise」という2つの名詞句が含まれており、それぞれ冠詞の「the」「a」が先頭に来ている。
しかし、以下のような例外がある:
- 「all」「both」「half」「double」など、限定詞によっては、定冠詞よりも前に来る[46]。例えば、all the team(チーム全体)、both the girls(両少女)、half the time(半分の時間)、double the amount(2倍の額)など。なお、「three times」(3倍)と言う場合も「three times the size」(3倍の大きさ)となる[46]。
- 「half」は基本的に不定冠詞の前に来る[46]。half a mile(半マイル)、half an hour(30分)など。しかし、アメリカ英語にはa half hourという用法もある[41]。なお、two and a half hours(2時間半)のように、数そのものに「and」が含まれている場合(two and a half)、不定冠詞は「half」の前に来なければならず、two and half an hour や two and half an hours は不可である。ただし、two hours and a half という言い換えは可能である。
- 限定詞「such」や感嘆詞としての「what」は、不定冠詞の前に来る[46]。例えば、such an idiot(そのような愚か者)、such a good one(大変良いもの)、What a day! (「なんて日だ!」)など。
- too、so、as、howによって修飾されている形容詞は、不定冠詞の前に来る[45][41]。例えば、too great a loss(大きすぎる損害)、so hard a problem(それほど難しい問題)、as delicious an apple as I have ever tasted(これまで私が味わったことがあるリンゴの中で最もおいしい)、I know how pretty a girl she is. (彼女がどんなに綺麗な娘だかわかっている)など。
- 形容詞が「quite」(かなり)で修飾される場合、形容詞そのものは冠詞の後に来るが、「quite」は冠詞の前に置かれる傾向が強い[45][41]。例えば、quite the opposite(まさに正反対)[47]、quite a long letter(かなり長い手紙)など。
- 形容詞が「rather」(いくぶん、ずいぶん)で修飾される場合、定冠詞は the rather tall girl in the corner(隅にいるあの少し背の高い少女)のように「rather」の前でなければならないが、不定冠詞は a rather tall man と rather a tall man という2通りの語順が可能である[48]。しかし、どちらかといえば a rather... の方が一般的である[45]。
en:English determiners#Combinations of determinersおよびen:English determiners#Determiners and adjectivesも参照。
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