若羽黒朋明 エピソード

若羽黒朋明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/30 05:38 UTC 版)

エピソード

  • 入門が1場所遅れで、同い年の安念山治には激しいライバル意識を持っていたという。安念山が「羽黒山」を襲名して立浪の娘との結婚を果たした頃に自身は大関から平幕まで番付を後退させていたばかりか、部屋の後継争いにも敗れたため、部屋での立場が狭くなったことを理由に廃業を決意し始めたと伝わる。
  • 以前から若羽黒の型破りで身勝手、遠慮しない性格は「異端児」と称された。北の洋は「あれはハマッ子だからね」と1957年の安念山との対談において、育った場所による気質であると分析していた[8]
    • その一例として、当時自身を「ワシ」と言う力士が多かった中で「オレ・僕」と言っていたことや、稽古が足りないことを最高位が関脇の親方に注意されると「番付はどこだ?オレは大関だ」と返答した。さらに外出時は羽織の正装ではなくアロハシャツまたは背広で外出[9][10]、魚嫌いの肉好きだったことからちゃんこが嫌いであまり食べず、ビフテキ中華料理を食べる、下戸のために喫茶店コーヒーコーラケーキなどをよく口にしたり、キャバレーなどでバンド演奏を楽しむなど、従来の力士像を覆すものだった。
    • 「調子はどうですか」という質問に対しては、「オレは凝り性だから色々なものに凝る。前は相撲に凝っていたけど最近はどうも、ね…」と返答した。
    • 付け人であった黒姫山にとっては、立浪四天王の中で一番やりやすい関取であり、うるさいことを言われなかったという。ただ、稽古場で汗を流すふりをして息抜きするなど、稽古をサボるのが上手いとは証言している[7]
  • 大関陥落後の1964年3月場所では前頭9枚目で4勝11敗と大敗し、大関経験者として史上初の十両落ちが懸念された。しかし番付運に恵まれ、翌場所での地位は5枚番付を下げただけの幕尻(前頭14枚目)に留まっている(その後、大受久晃雅山哲士把瑠都凱斗照ノ富士春雄の4人がそれぞれ十両陥落の屈辱を味わった。詳細は大関#陥落・大関特例復帰を参照。)。
  • 熱狂的な読売ジャイアンツファンで、他の若い者が他のチームを応援するとすかさず怒鳴りつけたという。
  • が大好きで、運転免許を取得すべく教習所にも通った。稽古場に姿を現したと思いきや抜け出すといったケースが日常茶飯事になっていた上に立浪親方に「そんな事してる暇があったら少しでも稽古しろ」と言われても耳を貸さなくなったため、親方が試験場へ出向いて免許を取らせないように頼んだが、これを見破り別の試験場で免許を取得してしまった。
  • 安部譲二が自身のブログで、若羽黒に競馬場で喧嘩を売ったことについて記している。安部が18歳の夏(1955年)に、最初は手を出さなかったが安部をコンクリート塀に吹っ飛ばし、張り手を食らわしたという。[11]
  • 伊之助から「土俵に宝が埋まっている」と角界において馴染みである叱咤激励の言葉を受け、実際にひそかに土俵を掘って宝探しをしたことがある。



  1. ^ a b c d e f g h ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p23
  2. ^ ベースボールマガジン社『大相撲戦後70年史』18ページ
  3. ^ a b ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p55
  4. ^ それから8年後の1969年7月場所以降は、2場所連続負越で大関陥落、翌場所関脇の地位で10勝以上の成績で大関特例復帰に改正される。
  5. ^ 『大相撲中継』2017年8月12日号 p86(参考)
  6. ^ 常ノ花と高永武敏の共著『近世大関物語』(恒文社)219頁には、賭け事を起因として暴力団との縁ができてしまったという趣旨の記述がある。
  7. ^ a b ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p49
  8. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p57-58
  9. ^ 2013年9月場所7日目中入り後にNHK中継で力道山が生前撮影したカラーのフィルム映像が紹介された際に、解説の北の富士は若羽黒がアロハシャツ姿で場所入りしたことに言及し、その前に「当時は力士が着物を着用せずにスーツで場所入りすることも多かった」とも補足的に証言した。
  10. ^ 1999年12月31日にNHKで放送された『スポーツの20世紀 大相撲 名力士・名勝負100年』では師匠の立浪も現役時代にはスーツで場所入りしていた様子が映し出されていた。実際に1947年11月場所5日目の場所入りにスーツを着用している姿が確認される。
  11. ^ 続・八ヶ岳あかげら日誌
  12. ^ 朝汐若ノ花と優勝決定戦
  13. ^ 角番
  14. ^ 関脇陥落
  15. ^ 右足首関節捻挫により9日目から途中休場
  16. ^ 3月場所直前に廃業を表明


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