花押
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中国の花押
中国の花押の起源は、文献(高似孫『緯略』)によると南北朝時代の斉にまで遡ることができる(秦や晋の時代とする説もある)。唐代には韋陟の走り書きの署名があまりに流麗であったので「五朶雲(ごだうん)」と称揚された(『唐書』韋陟伝)。この署名は明らかに花押のことである。中国では現存する古文書が少ないこともあり、花押の実態は必ずしも明らかではない。宋代の文書に記されている花押は、直線や丸を組み合わせた比較的簡単なものであり、日本の禅僧様もこの形式である[4]。また、明の太祖が用いたとされる明朝体は、日本に伝わり、江戸時代の花押の主流をなした[5]。
なお、五代の頃より花押を印章にした花押印が使われ始め、宋代には花押印そのものを押字あるいは押と呼称した。元朝では支配民族であるモンゴル人官吏の間でもてはやされたが、これを特に元押という。モンゴル人官吏は漢字に馴染めなかったようである[6]。花押印は明、清まで続いたが次第に使われなくなった。
日本の花押
江戸中期の故実家伊勢貞丈は、『押字考』のなかで花押を5種類に分類しており、後世の研究家も概ねこの5分類を踏襲している。5分類は、草名体、二合体、一字体、別用体、明朝体である[7]。
日本では、初めは名を楷書体で自署したが、次第に草書体にくずした署名:
鎌倉時代以降、武士による文書発給が格段に増加したことに伴い、武士の花押の用例も激増した。そのため、貴族のものとは異なる、武士特有の花押の形状・署記方法が生まれた。これを
戦国時代になると、花押の様式が著しく多様化した。名前の漢字を裏返したり倒したりして偽造を防止したものが現れたほか[22]、必ずしも実名ではなく、通称や苗字、または無関係な字をもとに作成されるようになり、最初期では足利義持や義政の「慈」字花押、のちには織田信長の「麟」字花押[23]や羽柴秀吉(豊臣秀吉)の「悉」字花押[注釈 1]などの例が見られる。三好宗渭(水鳥)や伊達政宗(セキレイ)などのように、鳥を図案化した別用体も現れた[9][24]。家督を継いだ子が、父の花押を引き継ぐ例も多くあり、花押が自署という役割だけでなく、特定の地位を象徴する役割も担い始めていたと考えられている[25]。花押を版刻したものを墨で押印する
1873年(明治6年)には、実印のない証書は裁判上の証拠にならない旨の太政官布告が発せられた[29]。花押が禁止されたわけではないものの、ほぼ姿を消し、印鑑が取って代わることとなった。その後、押印を要求する文書については必要に応じて法定され、対象外の文書であっても押印の有無自体は文書の真正の証明に関する問題として扱われることに伴い、上記太政官布告は失効した。しかし、花押に署名としての効力はあり、押印を要する文書についても花押を押印の一種として認めるべき旨の見解(自筆証書遺言に要求される押印など)が現れるようになった。一方、2016年6月3日の最高裁判決では、遺言書について「花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさない」との判断がなされた[30][31][32][33]。
日本国政府の閣議における閣僚署名は、明治以降も花押で行うことが慣習となっている[34]。多くの閣僚は閣議における署名以外では花押を使うことは少ないため、閣僚就任とともに花押を用意しているケースが多い。
21世紀の日本では、パスポートやクレジットカードの署名、企業での稟議、官公庁での決裁などに花押が用いられることがあるが、印章捺印の方が早くて簡便である為非常に稀である。旧日本国有鉄道においては、駅内文章に駅長の花押が用いられており、JR移行後の現在でも、一部の駅長(特に国鉄出身者)は花押を以って確認の証としている。
世界の花押
イスラム圏では、装飾的なアラビア書道(カリグラフィ)が発達した。特にオスマン帝国のスルタンのみに許された非常に壮麗な署名はトゥグラと呼ばれ、イスラム文化を代表する芸術作品の一つとされている。
注釈
- ^ 一説には、「秀吉」を音読みにして「しゅうきつ」とし、その最初と最後の一文字を合わせて「しつ」に由来するといわれている。
出典
- ^ a b c 佐藤 1988, p. 10.
- ^ a b 佐藤 1988, p. 11.
- ^ 佐藤 1988, p. 16.
- ^ a b 佐藤 1988, pp. 35–37.
- ^ 佐藤 1988, pp. 62–63.
- ^ 陶宗儀『南村輟耕録』巻2「今、蒙古・色目人之為官者、多不能執筆花押、例以象牙或木刻而印之。」
- ^ 佐藤 1988, p. 12.
- ^ a b 佐藤 1988, pp. 11–12.
- ^ a b 日立デジタル平凡社『世界大百科事典 第2版』1998年、「花押」。
- ^ 佐藤 1988, pp. 12–13.
- ^ 佐藤 1988, pp. 12–14.
- ^ 佐藤 1988, pp. 13–14.
- ^ 佐藤 1988, pp. 14–15.
- ^ 佐藤 1988, pp. 17–18.
- ^ 佐藤 1988, p. 22.
- ^ 佐藤 1988, pp. 22–23.
- ^ 佐藤 1988, pp. 23–24.
- ^ 佐藤 1988, p. 38.
- ^ 佐藤 1988, pp. 28–31.
- ^ a b 佐藤 1988, pp. 31–33.
- ^ 佐藤 1988, p. 36.
- ^ 佐藤 1988, pp. 39–40.
- ^ 佐藤 1988, pp. 42–43.
- ^ 佐藤 1988, p. 42.
- ^ 佐藤 1988, pp. 48–51.
- ^ a b 佐藤 1988, pp. 53–58.
- ^ 佐藤 1988, p. 62.
- ^ a b 佐藤 1988, pp. 65–67.
- ^ 佐藤 1988, p. 67.
- ^ “平成27(受)118 遺言書真正確認等,求償金等請求事件”. 最高裁判所 (日本). 2016年6月4日閲覧。
- ^ “最高裁、花押を「印」と認めず…遺言書「無効」”. 読売新聞 (2016年6月3日). 2016年6月3日閲覧。
- ^ 宮崎幹朗「判例研究 花押と自筆証言遺言における押印の意義」『西南学院大学法学論集』第52巻第1号、西南学院大学、2019年9月、315–335頁。
- ^ 比嘉正、亀島宏美「いわゆる花押を書くことと民法968条1項の押印の要件」『琉大法学』第100巻、琉球大学、2019年3月。
- ^ 佐藤 1988, p. 68.
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