船舶工学 船舶工学の概要

船舶工学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/30 14:54 UTC 版)

本項目では水上船舶の工学について説明する。潜水艦ホバークラフト水上での表面効果を利用した航空機などは別記事を参照のこと。

概要

船舶工学は船舶の建造(造船)、安全な航行方法や運航にかかわる人間の育成、検査、補修、合理的な海上物流などを取り扱う工学である。船舶はまず水上において航行する能力が求められるが、これを効率的で安全に行うために、波や浮力についての物理学的知識と、具体的な船体設計のための構造力学及び機械工学が必要となる。船舶は貨物や旅客の輸送などさまざまな用途に用いられるため、その目的に適した設計が研究されている。

速度

船舶の速度は一般にノット(knot:kn)で表される。

1ノットは1時間あたり1海里(かいり、1,852m、ノーティカル・マイル、Nautical Mile:nm)を進む速度である。1海里は陸上での1マイル(1,609m)とは異なる。古くは地球の円周部、つまり同一子午線上の海面での地球中心からの角度で1分(ふん、1度の60分の1)に相当する子午線弧長を1海里として使用していたが、地球が真でなく回転楕円体に近い事や国などによって複数の異なる距離の「海里」が存在していた。その後、20世紀中には地球の平均円周を4万kmとしてこれを360x60で割った距離(の小数点以下を四捨五入して丸めた値)である1,852mに統一された。

代表的な船舶の速度に「最大速力」と「航海速力」がある。

最大速力とはまさにその船の最も速い速度であり、普通は公試の時にエンジンを「最大出力」で運転し全力で疾走した時の速力となる。航海速力とは実際の航海時に常用される速力であり最適なエンジン状態を考慮して設定された値である。この航海速力時のエンジン出力は「常用出力」と呼ばれ、常用出力と最大出力との差の比は「シーマージン」と呼ばれる。シーマージンは15-20%程度に設定されるため、常用出力は最大出力の80-85%程度になる。

馬力

ワット
従来、船舶エンジンの出力を表すのには「馬力」が使われてきたが、国際単位系と呼ばれる「ワット」(Watt)が国際的な取り決めや公式な場で使用される事で、公式な記載方法では普及が進みつつある。しかし、これまで慣れ親しんだ馬力は21世紀初頭の今でも日常的な使用としてはワットよりも主流で使われている。
馬力
馬力にはメートル馬力と英馬力がある。
メートル馬力
1PS = 約735.5 watt
「メートル馬力」は別名「仏馬力」とも呼ばれ、現在の日本を初め多くの国で採用されている。昔の「日本馬力」とはまた違うことに注意すること。
英馬力
1HP = 約745.7 watt
「英馬力」:ヤード・ポンド法を使用する国で使われている。
公称馬力(Nominal Horse Power, NHP)
機関の課税および売買上の目安として示される馬力
図示馬力(Indicated Horse Power, IHP)
機関内部で発生する馬力
制動馬力(Brake Horse Power, BHP)
機関外部に取り出すことの出来る馬力
軸馬力(Shaft Horse Power, SHP)
スクリューを回す軸での馬力
蒸気レシプロ・エンジンでは図示馬力を使い、ディーゼル・エンジンでは制動馬力を、タービン機関では軸馬力を使うのが慣例である。

エンジン

船舶用のエンジン、つまり「主機関」としては、ディーゼルエンジンを使用するのが最も一般的であり、ガスタービンエンジンも使用されている(主として艦船や高速船)。船外機も含めて、小型ボートではガソリンエンジンが多い。ただし、船舶ではガソリンの使用は避けられる傾向にある。これは、ガソリンが燃費が悪く、可燃性のリスクが高く船上火災事故が多いためである。

核物質の核分裂反応を利用した原子炉も利用されている(原子力船)。ただし、空母潜水艦などの艦船用やロシアの砕氷船と数えるほどでしかない。

エンジンの回転方向は特に規定は無いが、一軸推進の場合に前進で右回転のものがほとんどであり、2軸では右が右回転、左が左回転のものが多い。

エンジン出力は次の式で求められる。

有効馬力 = 船の抵抗 × 船速 ÷ 75

実際にはプロペラシャフトの回転摩擦時のロスやプロペラの効率などによって必要な出力は2倍程度が求められる。

ディーゼルエンジン

ディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べれば重くかさばるが、燃料には低品質で廉価ながら引火リスクが小さく高カロリーな重油や軽油が使用できるため船舶用エンジンとしては最も代表的なものである。ディーゼルエンジンの原理により高圧力に耐えるだけの重く分厚いエンジン・ブロックが必要となり重く場所を取るだけでなく、ピストンやシリンダーのサイズに比例して燃焼時の騒音や振動を抑制することはかなり困難となっている。出力増大のために過給器インタークーラーが補機として備わっているのが普通である。始動時には、あらかじめ電動ポンプによって蓄えられた起動用圧搾空気タンクからの高圧空気をシリンダー内に抽気してピストンを動かす。また、後進時にはギヤーではなくエンジンを逆回転させる。

船舶に用いられているディーゼルエンジンもいくつかの種類に分けられる。

低速回転ディーゼルのプラント
1.空気 2.空気加圧ポンプ 3.始動用高圧空気タンク 4.低速回転ディーゼル・エンジン 5.燃料(A重油、C重油) 6.燃料ポンプ 7.燃料加熱器 8.冷却水 9.冷却水ラジエーター 10.潤滑油 11.潤滑油ラジエーター 12.-14.冷却用海水 15.高温排ガス 16.船内水排気ボイラー 17.排ガス 18.燃焼用空気 19.給排気タービン 20.プロペラ・シャフトと推進器 21.発電機(複数)
低速回転ディーゼル・エンジン
300回転/分以下で回転するものと分類される低速回転ディーゼルエンジンは、一般に巨大であり大直径で長尺のシリンダーを複数備えている。2サイクルのものが多く、4サイクルに比べて圧縮比を少し下げることで燃焼時のガス圧を下げてエンジン・ブロックの厚みを軽減している。
水中での物理を考えれば、大きな翼面を持つプロペラを低速で回した方がエネルギー効率が良い。その点、低速回転のエンジンでは減速歯車が不要でプロペラ・シャフトに直結できるため、重量、保守、故障、騒音振動などの面で有利であるが、エンジン本体の重量とその大きさが帳消しにしており、歯車がなければ1本のプロペラ・シャフトに1台のエンジンしか接続出来ないという制約が生じる。
回転数も100-300回転/分程度のものが多く使われており、シリンダー当り3,000馬力以上の出力のもので75-110回転/分、シリンダー当り1,000馬力程度のもので150-180回転/分となっている。
このため、タンカーやコンテナ船などの大きく比較的速度も遅い船は大きく低速回転のディーゼルエンジンを搭載している。気筒ピストンシリンダー)のロングストローク化が進んでいるが、これはさらに機関室の高さを求められることにもなる。
中速回転ディーゼルエンジン
中速回転ディーゼルエンジンは300-1,000回転/分が分類上の回転数だが、実際は380-600回転/分のものが多い。4サイクルのものが多く圧縮比を高められるので燃料消費が少なくて済む。減速歯車(ギヤー)を備えるために、エンジン回転数とプロペラの特性に最も適した設定を選べるので燃費が向上し、また、複数のエンジンを1本のプロペラシャフトに接続できるため、エンジン選択の幅も広がる。減速歯車を持つディーゼルエンジンをギヤードディーゼルと呼び、複数のエンジンを1本のプロペラシャフトに接続したものはマルチプル・エンジンと呼ばれる。複数のエンジンを接続するためにそれぞれにクラッチを備える。また、エンジンとクラッチの間に弾性継手を介することによってエンジンからの回転変動によって歯車が傷むのを防いでいる。
こういった中速回転のものは機関室の高さが抑えられるので、カーフェリーやRORO船に向く。
高速回転ディーゼルエンジン
高速客船や小型の漁船プレジャーボートなどではディーゼル・エンジンを使用していても1,000-2,000回転/分程度の高速回転のコンパクトなエンジンを使用しており燃料も軽油を使用する。4サイクルのものが多い。
ユニフロー掃気方式のディーゼルエンジン
ターボ過給器によって加圧された空気はシリンダー下部の吸気ポートから押し込まれ、排ガスは上部のポペット・バルブから出てゆく。
船舶用ディーゼルエンジンでも2サイクルのもののほとんどは、排気用のポペット・バルブをシリンダーの上に持ち、掃気を一方向にして掃気性能を高めた「ユニフロー掃気方式」をとっている。 排気用ポペット・バルブの駆動は一般に油圧空気ばねが使われている。

低速回転域での効率を優先しているため、ピストンはストロークとボアの比率が3前後の超ロングストロークになっている。

長いストロークをそのままクランクで受けずに、ピストンとコンロッドの中間に側圧を受け止める潤滑部のあるクロスヘッド機構を持ち、コンロッドの長さを抑えている。 超ロング・ストロークのピストン・シリンダーとクロスヘッド機構のためにエンジンの背は高くなる。

船体の大型化と推進力の大出力化を阻むもの

21世紀初頭現在、大きなディーゼルエンジンは、ボアは90cm、ストロークは3mほどになり、12気筒ほどが最大である。これ以上の出力を求めると燃費の良い低速回転ディーゼルでも、ギヤード・ディーゼルでマルチプル・エンジンにしないと、エンジンルームが前後にばかり場所をとってしまう。

また一軸推進のままだと、出力に見合ったプロペラを製作する工場がないと言う問題と共に、通過する海峡、水路などの深さから喫水に制約を受けることによってあまり大きなものは付けられない。

ガスタービンエンジン

小型軽量で比較的大出力が得られるガスタービンエンジンは艦船や高速客船や高速カーフェリーなどで使用される。

ディーゼルエンジンのような大きな振動も発生せず、使用燃料の灯油は大型ディーゼルエンジンの重油と異なり比較的良質なため、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)といった有害な排気ガスは少なくて良いが、燃費は悪くなり、エンジンそのものとメンテナンスのコストがディーゼルエンジンに比べて高い。ガスタービンエンジンには航空機用のものと陸上での発電などで使う産業用のものがあるが、船舶に使われるものは航空機用エンジンの転用品がほとんどである。 ガスタービン・エンジンは陸揚げしての整備が可能なように取り付けられている[1]

焼玉エンジン

従来漁船に多く用いられた焼玉エンジン(Semi-diesel engine)はディーゼル・エンジンに代わった[2]

蒸気ピストン・エンジン

蒸気ピストン・エンジン(Steam reciprocate engine)を使用する船は21世紀の現在、全くない[2]

蒸気タービン・エンジン

21世紀の今でも液化天然ガス(LNG)タンカーでは蒸気タービン・エンジンを使うものが多い。運搬中のLNG(液化天然ガス)が少しずつ気化するためにこれをエンジンの燃料として利用できるためである。 蒸気タービンでは前進時とは別に後進用にタービンを備え、前進時に常に空転している無駄を小さくするために後進用タービンの大きさは半分程度としているのが普通である。このため、船のブレーキに相当する「後進全速一杯」(クラッシュ・アスターン)の時のエンジン出力も小さくなるという弊害がある。 原子力航空母艦や原子力砕氷船に使われている原子力機関も、核燃料の核分裂エネルギーを熱源とする蒸気タービン・エンジンの仲間である。


  1. ^ a b c d 池田良穂著 「図解雑学 船のしくみ」 ナツメ社 2006年5月10日初版発行 ISBN 4-8163-4090-4
  2. ^ a b c 野沢和夫著 「船 この巨大で力強い輸送システム」 大阪大学出版会 2006年9月10日初版第一刷発行 ISBN 4-87259-155-0
  3. ^ 池田宗雄著 「船舶知識のABC」 成山堂書店 第2版 ISBN 4-425-91040-0
  4. ^ 檜垣和夫著 「エンジンのABC」 ブルーバックス 講談社 1998年3月20日第6刷発行 ISBN 4-06-257129-3
  5. ^ 野沢和夫著 「氷海工学」 成山堂書店 2006年3月28日初版発行 ISBN 4-425-71351-6
  6. ^ 拓海広志著 「船と海運のはなし」 成山堂書店 平成19年11月8日改訂増補版発行 ISBN 978-4-425-911226


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