自由民主党の派閥 「派閥と領袖」の意義における変遷

自由民主党の派閥

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/09 12:22 UTC 版)

「派閥と領袖」の意義における変遷

自由民主党内における派閥は、戦前の議会活動から保守合同に至る過程で形成された思想的・政策的・党派的・人的な利害関係により結ばれた集団を背景に、1956年12月の総裁選挙で組織された八派閥が原型とされる。特に、新安保発効と国民皆保険制度成立を下支えした岸信介内閣が総辞職し、池田勇人総裁が誕生した際には対立が鮮明になり派閥の再編が急速に進んだ。総裁の座を巡る権力闘争により離合集散は繰り返され、中選挙区制に対応できない小派閥は淘汰されてゆき、1970年代後半には五大派閥に収束した。

五大派閥に至る時代には国務大臣を経験した自由民主党内実力者が派閥領袖に就いており、総裁の座を争った。特に、三木武夫内閣下で発覚したロッキード事件では、田中角栄との三角代理戦争における影響もあり、派閥の争いは熾烈を極めた。

1980年大平正芳総裁死去を受けた後継総裁に派閥領袖でない鈴木善幸が話し合いで選出され、結党以来初となる異例事態に至り(選出後に大平派を継承し、領袖となる)、総主流派体制を敷いて五大派閥による争いの沈静化に努めることになった。また、竹下登内閣下で発覚したリクルート事件では、総裁を始め派閥領袖を含む自由民主党内実力者たちが軒並み事件に関わっていたことから、1989年に再び派閥領袖でない中曽根派宇野宗佑総裁が誕生し、宇野内閣崩壊後には河本派海部俊樹総裁が続いた。さらに、自由民主党が下野した1993年宮澤派河野洋平総裁、1995年小渕派橋本龍太郎総裁が誕生するに至り、総裁の座は派閥領袖が競うものから選挙における顔としての価値に重きが置かれるものへと変貌した。この間に参議院議員を重視した竹下登がほぼ全派閥から支持を集めるようになり、長期に亘る「経世会支配」とその後に続く「清和会支配」の実現に至った。

そして、中選挙区制から小選挙区比例代表並立制へと変わり、候補者選定過程で自由民主党本部の存在価値が高まった。このことにより総裁の座を争うための集団からポスト獲得互助組織へと派閥における存在目的の変質が見て取れるように、会長総裁分離が進行している[6][7]




注釈

  1. ^ 旧渡辺派」と「村上派」、「旧加藤派」と「小里グループ」などがこれに当たる。
  2. ^ 大平正芳の死去による「旧大平派」、渡辺美智雄の死去による「旧渡辺派」、河本敏夫の政界引退による「旧河本派」、小渕恵三の死去による「旧小渕派」、加藤紘一倒閣運動による「旧加藤派」、橋本龍太郎の派閥離脱による「旧橋本派」、亀井静香の離党による「旧亀井派」、堀内光雄の離党による「旧堀内派」などがこれに当たる。一方で、第43回衆議院選挙で落選した山崎拓は非議員のままで山崎派会長を務めたものの、この時における通称は総じて「山崎派」のままだった。

出典

  1. ^ 塩田潮 (2014年4月5日). “自民党は決して一枚岩ではない | 塩田潮の政治Live!” (日本語). 東洋経済オンライン. 2019年1月13日閲覧。
  2. ^ 杉本康士 (2013年1月26日). “保守本流の外交とは何か”. 産経新聞. https://www.sankei.com/politics/news/130126/plt1301260015-n1.html 2019年1月13日閲覧。 
  3. ^ 松本浩史 (2014年6月17日). “色あせた「保守本流」、現実は「安倍カラー」一色”. 産経新聞. https://www.sankei.com/politics/news/140617/plt1406170013-n1.html 2019年1月13日閲覧。 
  4. ^ 安藤俊裕 (2012年1月29日). “親台湾派議員の総帥に 「群雀中の一鶴」灘尾弘吉(4)”. 日本経済新聞. https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2301J_T20C12A1000000/ 2019年1月13日閲覧。 
  5. ^ 升味準之輔 (1967). “自由民主党の組織と機能”. 日本政治学会年報政治学 18: 34-77. doi:10.7218/nenpouseijigaku1953.18.0_34. https://doi.org/10.7218/nenpouseijigaku1953.18.0_34. 
  6. ^ “1980年代の自民党の派閥政治”. 香川大学法学部卒業論文 - 神江伸介ホームページ. (2002). http://www.jl.kagawa-u.ac.jp/~konoe/14e-ronbun/kurokawa.html. 
  7. ^ “経世会支配と政治改革”. 香川大学法学部卒業論文 - 神江伸介ホームページ. (2002). http://www.jl.kagawa-u.ac.jp/~konoe/14e-ronbun/hata.html. 
  8. ^ “麻生太郎会長「安倍政権を力強く支えていく」 新派閥「志公会」設立記者会見詳報”. 産経新聞. (2017年7月3日). https://www.sankei.com/politics/news/170703/plt1707030080-n1.html 2019年1月13日閲覧。 
  9. ^ “新麻生派「第2派閥」に 山東派など合流で59人”. 日本経済新聞. (2017年7月3日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS03H50_T00C17A7PP8000/ 2019年1月13日閲覧。 
  10. ^ “自民党:石破派「水月会」20人で正式結成 総裁選に意欲”. 毎日新聞. (2015年9月28日). オリジナルの2015年9月29日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150929112100/http://mainichi.jp/select/news/20150928k0000e010179000c.html 
  11. ^ “「石破派」が旗揚げ、安倍後継へ 派閥名「水月会」、20人参加”. 共同通信社. (2015年9月28日). オリジナルの2015年9月30日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150930001930/http://www.47news.jp:80/CN/201509/CN2015092801001493.html 
  12. ^ “井上氏、細田派に正式入会”. 時事通信社. (2016年1月14日). オリジナルの2016年2月23日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160223071648/http://www.jiji.com/jc/zc?k=201601/2016011400720 


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