自尊心 心理的支援

自尊心

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/04 09:15 UTC 版)

心理的支援

自尊心の形成をサポートする際に支援者は、本人の存在自体の価値をまるごと認め、本人に対して否定をせず根拠のある積極的な肯定をすることが大切であり、そのうえで、何かをすることができた際にそれがどのようなものでも一つ一つの達成を本人の心に届く形で肯定・称賛することが重要である[16]

自尊心に関する批判

自尊心に関する初期の研究

自尊心研究の初期の第一人者の1人であるロイ・バウマイスター英語版によると、バウマイスターが社会心理学者として研究を始めた1970年代には、自分の能力と価値観に自信がある人ほど幸福になって成功するという研究があったため、自尊心関連の研究は当時の主流であった[17]

またその頃の研究では、いずれも相関関係は大きくなかったが統計的には有意なレベルで[18]、自尊心が高い生徒は学校の成績がよく、低い生徒は学校で苦労しているという調査結果や、未婚の母親や薬物依存症患者、犯罪者などは自尊心が低いことを示した研究があった。そのため、ナサニエル・ブライアン英語版は自尊心に関して「心理的な問題のもとをたどればすべて、自尊心の低さにつながると思われる」と言及すること[19]や、カリフォルニア州で自尊心についての特別調査委員会委員長であるアンドリュー・メッカは「事実上すべての社会問題の根は、自分を好きになれないことに帰結すると考えられる」と言及すること[20]、報告書をまとめたカリフォルニア大学バークリー校の社会学者ニール・スメルサー英語版は「ほとんどとは言わないまでも、社会に蔓延している問題の多くの根は、この社会を構成する人たちの自尊心の低さにある」と言及すること[21]があった。

自尊心の定説を覆した研究

なお、上記のカリフォルニア州での研究では確実な科学的根拠は見つからず、その点についてスメルサーは「残念だ」と述べている[21]。しかし、自尊心関連の研究については期待がなされており、もう一度研究がなされればもっと良い結果が出るものとされ、後に科学的な機関である心理科学協会で研究が行われた。この研究[22]では何千という研究の中から高い研究水準を満たすものを選び出して研究が行われ、自尊心のもつ様々な性質が明らかになった。その結果、自尊心に関する定説を覆すものになった。また、科学論文を審査した調査委員会の心理学者たちによると、少なくともアメリカ、カナダ、西ヨーロッパでは自尊心の低い人が満ちているという考えは間違いで、特に子どもたちは最初からとても自信を持っているものだと結論した[23]

自尊心と学業成績との関係

自尊心と成績の相関関係はあり、確かに自尊心の高い生徒は成績が良かった[22]。だが、その因果関係は、10年生(日本の高校1年生)で成績がよかった生徒は12年生(日本の高校3年生)の時点で高い自尊心を持っていたが、逆に10年生の時に高い自尊心を持っていた生徒は、12年生で成績が良いということはなかったため、成績が先に高いことによって自尊心が高まるというものである。

自尊心と成績に関しては、別の研究も行われている。ドナルド・フォーサイスは、自身が担当する心理学のクラスで学生たちの自尊心を高めるため、成績がC以下の学生を2つに分け、毎週、自尊心を刺激するメッセージと事務的なメッセージを送る比較研究を行った[24]。その結果、自尊心を刺激するメッセージを受け取った学生は、対照群の学生たちよりも成績が悪く、さらに前回の試験のときよりも成績が下がってしまった。また、国際的な学力調査で8年生(日本の中学2年生)の数学の成績を比較した研究[25]によると、自分の能力に強い自信を持つアメリカ人の生徒は、日本や韓国といったアメリカよりも自尊心の低い国の生徒よりもはるかに成績が悪かった。

自尊心と諸問題との関係

自尊心の高さは、飲酒・喫煙・薬物・未成年の性行為を防ぐことはなかった[22]。確かに自尊心の低さと薬物依存や10代での妊娠などの問題に相関関係はあるかもしれないが、低い自尊心がその問題を引き起こしているのではなく、逆因果の関係にあり、低年齢で薬物依存状態にあり妊娠をしていることで自尊心が低くなるという指摘がある。

自尊心の高さの利点

この研究からわかった自尊心が高いことによる利点は、2点が実証された[22]。1点目は自主性が高まり、自身の信念に基づき行動して新しい仕事のリスクを引き受ける強い意欲を持っていることである。2点目は成績などが悪くても全体的に満足を感じているので、機嫌良く過ごせることである。

自尊心の高さとナルシストとの関連

自尊心が高いことは、ナルシストと関連があることが指摘されている[26]。ナルシストが近年、特に若いアメリカ人の間で急増していて[27]、この30年で発表された歌の歌詞にまでその傾向が現れている[28]。ナルシストは集団内では最初の2、3回は好かれるものの、その種の人の評価は多くの場合最下位にまで転落して、周りの人にとっては付き合いづらい存在となる[29]

自尊心に関するその後の研究

1970年代のアメリカでは前述通り自尊心の研究が栄えていたが、1980年代になるとマシュマロ実験に代表される自己調節(自己コントロール)英語版に多くの心理学者が目を向けるようになった[30]。その後の研究で、自己コントロール能力が生む利益が総合的に評価され、「自己調節の失敗こそが、現代における主要な社会病理である」と結論付けられた[31]。この研究では、高い離婚率や家庭内暴力や犯罪、その他の問題の一因となった多くの例が挙げられている。

この研究に刺激され多くの研究がなされ、自己コントロール能力が学生の成績を予測する方法としてIQやSATのスコアよりも優れていることがわかった[32]。加えて、後の研究では職場では自己コントロール能力が高い上司は、部下からも同僚からも好意的に評価されていること、自己コントロール能力が高い人物は感情的にも安定していて、不安やうつ病や偏執病、精神病質傾向、強迫神経症、摂食障害、アルコール依存症その他の問題を抱える傾向が低く、また腹を立てることが少なく、腹を立てた場合にも暴言を吐いたり暴力をふるったりして攻撃的になることが少ないことが明らかになった[33]

2010年にはニュージーランドで1000人の子供を誕生から32歳まで追跡するという大規模で徹底された調査が発表された[34]。その結果は上記の内容を裏付けるものであった。自己コントロール能力が高かった子供は、成人してからの肥満率が低く、性感染症を持つ者も少なく、歯の状態もよいという身体的に健康な状態であることが明らかになった。また、大人になってからも安定した結婚生活を営み、両親が揃った家庭で子供を育てる傾向があった。一方、自己コントロール能力が低かった子供は、アルコールや薬物の問題を抱えやすく、大人になってから経済的に貧しくなる傾向にあり、子供を1人親家庭で育てる割合が高く、刑務所に入る割合が高かった。この研究の内容は、評価方法は観察、両親・教師・子供本人からの問題点の報告によるもので信頼性の高い尺度であり、知能・社会階級・人種の要素を考慮してもなお、全てに有意の差が見られた。

この様に自己調節(自己コントロール)英語版の大きな有用性が示されるにつれて、自尊心に関する研究はかつての勢いを失った[35]


  1. ^ より一般的な意味では、自分自身の名誉や品格を維持しようとする心理の全般を指すが、ここでの定義はT. M. Newcomb, R. H. Turner, P. E. Converseによる定義「自己に対して最も一般化された態度」に基づいている。
  1. ^ a b c d e ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 20-24.
  2. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, p. 21.
  3. ^ a b ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 16-17.
  4. ^ Preventing Suicide, A resource for teachers and other school staff, WHO, Geneva, 2000
  5. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, p. 3.
  6. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 29-30.
  7. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, p. 52.
  8. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 76, 78, 80, 92.
  9. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, p. 98.
  10. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 101-102.
  11. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 122-123.
  12. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 129-130.
  13. ^ ナサニエル・ブランデン 1992, pp. 154, 168.
  14. ^ 菅村玄二、(本文著者)Z・V・シーガル、J・M・G・ウィリアムズ、J・D・ティーズデール共著「補遺 マインドフルネス心理療法と仏教心理学」『マインドフルネス認知療法 うつを予防する新しいアプローチ』越川房子訳、北大路書房、2007年、270-281頁。ISBN 978-4-7628-2574-3
  15. ^ Bajaj, Badri; Robins, Richard W.; Pande, Neerja; et al. (2016). “Mediating role of self-esteem on the relationship between mindfulness, anxiety, and depression”. Personality and Individual Differences 96: 127–131. doi:10.1016/j.paid.2016.02.085. https://www.researchgate.net/publication/297659660_Mediating_role_of_self-esteem_on_the_relationship_between_mindfulness_anxiety_and_depression. 
  16. ^ 本間 友巳 (2006). 居場所とは何か 浅井 利明・本間 友巳(編)不登校・引きこもりと居場所 (pp. 10-20) ミネルヴァ書房
  17. ^ ロイ・バウマイスター『意志力の科学』、渡会圭子訳、インターシフト、2013年、p18、ISBN 978-4772695350
  18. ^ 同上,バウマイスター,p.239
  19. ^ N. Branden, “In Defense of Self,” Association for Humanistic Psychology (August–September 1984): 12–13.
  20. ^ I. Davis, “Ministry for Feeling Good,” The Times (London), January 22, 1988.
  21. ^ a b The Social importance of self-esteem. Mecca, Andrew M., Smelser, Neil J., Vasconcellos, John.. Berkeley, Calif.: University of California Press. (1989). p. 1-23. ISBN 9780520909441. OCLC 45729103. https://www.worldcat.org/oclc/45729103 
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  23. ^ 同上,バウマイスター,p242
  24. ^ Forsyth, Donelson R.; Lawrence, Natalie K.; Burnette, Jeni L.; Baumeister, Roy F. (2007-4). “Attempting to Improve the Academic Performance of Struggling College Students by Bolstering Their Self–esteem: An Intervention that Backfired” (英語). Journal of Social and Clinical Psychology 26 (4): 447–459. doi:10.1521/jscp.2007.26.4.447. ISSN 0736-7236. http://guilfordjournals.com/doi/10.1521/jscp.2007.26.4.447. 
  25. ^ Mathews, Jay (2006年10月18日). “For Math Students, Self-Esteem Might Not Equal High Scores” (英語). ISSN 0190-8286. http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/10/17/AR2006101701298.html 2019年2月22日閲覧。 
  26. ^ 同上,バウマイスター,p244
  27. ^ 1971-, Twenge, Jean M., (2009). The narcissism epidemic : living in the age of entitlement. Campbell, W. Keith. (1st Free Press hardcover ed ed.). New York: Free Press. ISBN 9781416575986. OCLC 232979200. https://www.worldcat.org/oclc/232979200 
  28. ^ DeWall, C. Nathan; Pond, Richard S.; Campbell, W. Keith; Twenge, Jean M. (2011-8). “Tuning in to psychological change: Linguistic markers of psychological traits and emotions over time in popular U.S. song lyrics.” (英語). Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts 5 (3): 200–207. doi:10.1037/a0023195. ISSN 1931-390X. https://doi.org/10.1037/a0023195. 
  29. ^ Paulhus, D. L. (1998-5). “Interpersonal and intrapsychic adaptiveness of trait self-enhancement: a mixed blessing?”. Journal of Personality and Social Psychology 74 (5): 1197–1208. ISSN 0022-3514. PMID 9599439. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9599439. 
  30. ^ 同上,バウマイスター,p19
  31. ^ F., Baumeister, Roy (1994). Losing control : how and why people fail at self-regulation. Heatherton, Todd F., Tice, Dianne M.. San Diego: Academic Press. ISBN 0120831406. OCLC 30594010. https://www.worldcat.org/oclc/30594010 
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  33. ^ Tangney, June P.; Baumeister, Roy F.; Boone, Angie Luzio (2004-4). “High self-control predicts good adjustment, less pathology, better grades, and interpersonal success”. Journal of Personality 72 (2): 271–324. ISSN 0022-3506. PMID 15016066. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15016066. 
  34. ^ Moffitt, T. E.; Arseneault, L.; Belsky, D.; Dickson, N.; Hancox, R. J.; Harrington, H.; Houts, R.; Poulton, R. et al. (2011-02-15). “A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety” (英語). Proceedings of the National Academy of Sciences 108 (7): 2693–2698. doi:10.1073/pnas.1010076108. ISSN 0027-8424. PMC PMC3041102. PMID 21262822. http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1010076108. 
  35. ^ Google Books Ngram Viewer”. Google. 2019年2月23日閲覧。


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