群馬県 概要

群馬県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/03 23:24 UTC 版)

概要

群馬県は日本列島内陸東部に位置し、関東地方の北西部を占める。利根川上流域であり県南東部に関東平野、県西部・北部に山地を有し、この山嶺によって日本海側会津信越地方と分けられる。海洋国家である日本において、内陸部に位置する数少ない県である。

2015年平成27年)国勢調査による群馬県の人口は197万3115人で、47都道府県中第19位。2015年(平成27年)全国都道府県市区町村別面積調による県面積は、6362.28km2で、47都道府県中、第21位である。2008年平成20年)度の県内総生産は7兆2216億円であり、世界の過半数の国の国内総生産(GDP) より大きな規模を有している[2]。日本国内で比較すると、47都道府県の中で22位である。一人当たり県民所得は268.9万円である。

名称

「群馬」の2文字が見える古碑・金井沢碑

上代においては「毛野国」(毛の国)を形成し、これを上下に分かち「上毛野国(かみつけぬのくに)」とされ、のちに上野国となる。現在の県域はほぼ上野国と一致し、今でも異称として「上州(じょうしゅう)」「上毛(じょうもう、かみつけ)」を用いることがある。

郷土の風物・人物を詠んだ「上毛かるた」は広く県民に親しまれている。上毛かるたでは毛野国を「しのぶ毛の国二子塚」と詠んでおり、多くの古墳が築かれた古代毛野地域は、東国における有力な文化圏を形成したと考えられている。

「群馬県」という名称は「群馬郡に所在する県庁」を意味する。明治初期の府藩県三治制やそれを前提とする廃藩置県以来、県名の原則は「県庁所在地名」であって県域全体を示す地名を用いるのは少数の例外であり、群馬県もその例に漏れない。群馬という都市や村は明治期には存在しないから、「群馬」が「群馬郡」を意味することは明白である。しかし「群馬郡の中のどの町」を示しているかは明白でない。背景には高崎と前橋が県庁の誘致で対立した経緯があること[3]と、前橋の所属郡が自明ではないことがある。ただし、「群馬県」を最初に設置したときと一旦統合されて再度分離設置したときに、いずれも当初は高崎に県庁を置いていること(#主要年表#明治も参照)から、本来的には高崎を指していると評価することは可能である。

県名の由来となった群馬郡は元は「くるまのこおり」と言い、藤原京木簡では「車」の一字で表記されていたが、奈良時代の初めに全国のの名を二文字の好字で表記することとなり「群馬」と書くようになった(群馬郡#歴史も参照)。群馬は「が群れる」という意味であり、貴重な馬が群れている豊かな土地であった[4][5]。この地方が古くから馬に関係あったことはよく知られている。

ローマ字表記は訓令式で「GUNMA」と表記されるのが一般的であるが、パスポートではヘボン式が採用されているため「GUMMA」となり、混乱が生じることもある[6][7]

県民性

赤城山
かかあ天下

群馬県民の気質は、古典的な類型として、口調が荒く短気で熱しやすく冷めやすいが、正直で人情味にあふれ、義侠心が厚く陽気で楽天的であることがあげられる。内村鑑三は上州人を正直で剛毅朴訥の至誠の人と評している[8]上毛かるたに「雷と空風 義理人情」という札があり、こうした上州人気質は、からっ風に代表される激しい気象条件によって形成されたものであると説明される。近年は過疎化の進展によりこうした特質は薄らいでいるが、両毛地域の民謡である八木節音頭にみられる明るさと威勢のよさは、上州の風土と人を端的に象徴しているといえる。

からっ風に次いで、「かかあ天下」が上州名物として知られる。かかあ天下の由来としては、養蚕製糸織物といった産業による女性の経済力の高さがあったと考えられる。2014年平成26年)に、富岡市富岡製糸場など4件が「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録。2015年平成27年)には、桐生市桐生織物会館旧館など12件が「かかあ天下 ―ぐんまの絹物語―」の名で日本遺産に認定された。また、群馬県は一世帯当たりの自動車保有台数、女性の運転免許保有数が日本一多い。

マスコット

県のマスコットは、の姿をした「ぐんまちゃん」で、初代と二代目がいる。

初代ぐんまちゃんは、馬場のぼるのデザインによるもので、1983年(昭和58年)に群馬県で開催された第38回国民体育大会あかぎ国体)のマスコットキャラクターとして登場した。

二代目ぐんまちゃんは、「ゆうまちゃん」の名で、1994年(平成6年)に群馬県で開催された第3回全国知的障害者スポーツ大会(ゆうあいピック)のマスコットキャラクターとして登場した。

2008年(平成20年)7月、東京都中央区銀座に群馬県のアンテナショップである「ぐんま総合情報センター(通称:ぐんまちゃん家)」が開設され、「ゆうまちゃん」が「ぐんまちゃん」を襲名し「二代目ぐんまちゃん」となった。

銀座5丁目にあったぐんまちゃん家は、2018年(平成30年)3月の賃貸契約の満了に伴い [9] 銀座7丁目に移転し、同年6月にリニューアルオープンした [10] [11] [12] [13] [14] [15]

魅力度

ブランド総合研究所が実施した「地域ブランド調査」では、群馬県の魅力度は47都道府県の中で40位台を推移している。都道府県別集計が始まった2009年平成21年)以来、2017年(平成29年)まで9回の調査で、最下位を含めワースト3入りを5回経験している[16]

地域ブランド調査
群馬県の順位推移
2009年(平成21年) 45位[17]
2010年(平成22年) 41位[18]
2011年(平成23年) 44位[19]
2012年(平成24年) 47位[20]
2013年(平成25年) 44位[21]
2014年(平成26年) 46位[22]
2015年(平成27年) 45位[23]
2016年(平成28年) 45位[24]
2017年(平成29年) 41位[25]
2018年(平成30年) 42位[26]
2019年(平成31年/令和元年) 45位

都道府県単位での評価は高くないが、市町村単位では前橋・高崎・桐生・太田の4市が以下の指標で高評価を得ている[27]




  1. ^ 東京都の水源は約8割が利根川水系及び荒川水系(荒川は武蔵水路によって利根川の水も導水されている)、約2割が多摩川水系である。東京都水道局 水源・水質 貯水量情報
  2. ^ 平成20年度 県民経済計算(県民所得推計結果)の概要
  3. ^ 例えば、高崎学検定講座「逃げた県庁、逃げられた県庁-花燃ゆと県庁移転問題-」”. 高崎市市民活動センター (2015年7月29日). 2019年5月14日閲覧。
  4. ^ 西垣晴次・山本隆志・丑木幸男編『群馬県の歴史』山川出版社 2003年11月
  5. ^ 前掲県史、西垣晴次「風土と人間 -自然にはぐくまれた上州人気質」2ページ
  6. ^ 群馬はGunmaかGummaか ローマ字表記の謎
  7. ^ 群馬(ぐんま)のローマ字表記について
  8. ^ 武光誠 『県民性の日本地図』 文藝春秋 文春新書166 2001年平成13年)73-74頁 ISBN 4-16-660166-0
  9. ^ ぐんまちゃん、“銀座追放”免れる 東京の「ぐんまちゃん家」、交渉難航し近所に移転へ 広くて格安の物件に - 産経新聞(2018年6月22日閲覧)
  10. ^ 【2月14日】ぐんま総合情報センター「ぐんまちゃん家」移転について(ぐんま総合情報センター) - 群馬県報道提供資料(2018年2月14日更新)2018年6月22日閲覧
  11. ^ 【5月9日】ぐんま総合情報センター(ぐんまちゃん家)の移転オープン時期の変更について(広報課) - 群馬県報道提供資料(2018年5月9日更新)2018年6月22日閲覧
  12. ^ 【6月5日】ぐんま総合情報センター(ぐんまちゃん家)オープニングセレモニーについて(広報課) - 群馬県報道提供資料(2018年6月5日更新)2018年6月22日閲覧
  13. ^ 【6月11日】平成29年度「ぐんま総合情報センター」の実績について(広報課) - 群馬県報道提供資料(2018年6月11日更新)2018年6月22日閲覧
  14. ^ 【6月11日】移転後のぐんま総合情報センター(ぐんまちゃん家)について(広報課) - 群馬県報道提供資料(2018年6月11日更新)2018年6月22日閲覧
  15. ^ 新店舗のオープン日が決定しました! - ツイッター ぐんまちゃん家(公式)(5月31日)2018年6月22日閲覧
  16. ^ 2018年(平成30年)1月1日 上毛新聞 6面
  17. ^ 「地域ブランド調査2009」調査結果
  18. ^ 「地域ブランド調査2010」調査結果
  19. ^ 「地域ブランド調査2011」調査結果
  20. ^ 「地域ブランド調査2012」調査結果
  21. ^ 「地域ブランド調査2013」調査結果
  22. ^ 「地域ブランド調査2014」調査結果
  23. ^ 「地域ブランド調査2015」調査結果
  24. ^ 「地域ブランド調査2016」調査結果
  25. ^ 「地域ブランド調査2017」調査結果
  26. ^ 「地域ブランド調査2018」調査結果
  27. ^ 2017年(平成29年)11月20日 上毛新聞 1面
  28. ^ 陸続きで車両が往来できない県境は群馬・福島県境と富山・長野県境の2つのみである。前者は徒歩での越境に3時間30分程度、シャトルバスでの乗り継ぎを含めると4時間程度を要する。車両だと国道120号や国道401号などで日光市などを経由して200km以上、6〜7時間もの大迂回を強いられる。後者は尾瀬のように自然保護目的ではないがあまりにも険しい山岳地帯に阻まれているため歩道も含め直結道が一切存在せず徒歩も含めあらゆる手段を使っても往来は不可能である。
  29. ^ 群馬県「テレビ・ぐんま一番」2017年(平成29年)1月31日更新、2月12日閲覧。
  30. ^ 館林市「館林市の紹介」2015年(平成27年)4月1日付、2016年(平成28年)1月20日閲覧。
  31. ^ 上毛かるた「雷(らい)と空風(からっかぜ)義理人情」
  32. ^ 「気象の“基準”元宿町に移設、「アメダス」23年ぶりに」(2018年12月29日閲覧)
  33. ^ 蒸し焼き料理に用いられたとみられる。
  34. ^ 松田猛・関口功一「文化のあけぼの」 西垣晴次・山本隆志・丑木幸男編『群馬県の歴史』山川出版社 2003年11月 10 - 11ページ
  35. ^ 上毛かるた「ゆかりは古し貫前神社」
  36. ^ 上毛かるた「昔を語る多胡の古碑」
  37. ^ 上毛かるた「歴史に名高い新田義貞」
  38. ^ 上毛かるた「桐生は日本の機(はた)どころ」
  39. ^ 『47都道府県うんちく事典』96頁出版社-PHP文庫・執筆者-八幡和郎
  40. ^ 県総人口が初めて200万人を超えたのは1993年11月1日だが、1994年4月1日に一度割った後、翌月1日に再び200万人を超えている。
  41. ^ 2017年(平成29年)11月1日 上毛新聞 1面 「世界の記憶」に上野三碑 5年越しの活動結実
  42. ^ 2018年(平成30年)1月20日 上毛新聞 1面 歴史的まちづくり支援 桐生市の計画認定 政府
  43. ^ 2018年(平成30年)1月24日 上毛新聞 17面 風致維持計画 桐生市に認定証 政府
  44. ^ 2019年(令和元年)5月21日 上毛新聞 1面 日本遺産に里沼 館林市が申請 本県2件目
  45. ^ a b c 南雲栄治監修『群馬の風土と生活』みやま文庫122(平成4年3月)25-26頁 都市の分布
  46. ^ 海外姉妹友好提携状況”. 群馬県 (2019年12月). 2019 -12 -08閲覧。
  47. ^ 2018年(平成30年)1月21日 上毛新聞 1面 企業名「ぐんま」最多731社
  48. ^ 背景は県民性や郷土愛の深さ? 県内企業名冒頭「ぐんま」731社”. 上毛新聞社 (2018年1月21日). 2018年1月24日閲覧。
  49. ^ JJサニー千葉『千葉流 サムライへの道』ぶんか社、2010年、139頁(日本語)。ISBN 4821142694





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