絶対値
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/21 19:56 UTC 版)
絶対値が誘導する距離
絶対値の基本性質、非負性・非退化性・偶性・劣加法性は、二数の絶対差を考えることにより、ノルム(絶対値ノルム)として距離函数が満たす性質と対応しており、x, y, z を任意の実数として
- 非負性: |x − y| ≥ 0,
- 不可識別者同一性: |x − y| = 0 ⇔ x = y,
- 対称性: |x − y| = |y − x|,
- 三角不等式: |x − y| ≤ |x − z| + |z − y|
と書いても同値である[注釈 4]。即ち d(x,y) = |x − y| と置けば d は絶対距離と呼ばれる距離函数になる。
その他の絶対値
順序環における絶対値
任意の順序環 R に対して、0 を R の加法単位元、"−a" は a の加法逆元とすれば、実数の場合とまったく同じく
複素数 z = a + ib に対して、その絶対値は
で与えられる非負実数値である。b = 0 とすることにより、z が実数値を取るときには実数の絶対値に一致することが確かめられる。
z をガウス平面上の点として解釈すれば、|z| とは原点から z までの距離である。複素数を扱う際に、その数を絶対値と偏角とによって表す極形式の考え方は有益である。
複素数 z とその複素共軛 z に対して が成り立つ。また、 は z が引き起こすガウス平面上の一次変換の母数(モジュラス)である。これを と書けば、これは実数の絶対値を と定める定義の対応版と見ることができる(実際、実数 x を虚部が 0 の複素数 z ≔ x + 0⋅i と見れば、z = x = z したがって zz = xx = x2 である)。同様のことはより一般のノルム多元体(あるいはさらに一般の合成代数)において考えることができる。
ベクトルのノルム
絶対値の概念を拡張したものとしてノルムがある。(実または複素数体)K 上のベクトル空間 V に属するベクトル v のノルムあるいは大きさ (magnitude) または長さ (length) ‖ v ‖ は、以下の性質
- 非負性: ‖ v ‖ ≥ 0
- 非退化性: v = 0 ⇔ ‖ v ‖ = 0
- 正斉次性: ‖ av ‖ = |a|⋅‖ v ‖ (a ∈ K)
- 劣加法性: ‖ v + w ‖ ≤ ‖ v ‖ + ‖ w ‖
を満たす。従って、ノルムは距離 d(x, y) = ‖ x − y ‖ を誘導する。上記の実数に対する絶対値、複素数に対する絶対値はどちらもノルムの条件を満たす。絶対値の誘導する距離はノルムの誘導する距離である。
リース空間における絶対値
リース空間と呼ばれる順序線型空間のベクトル v に対しては、|v| = v ∨ (−v) で絶対値が定義される。例えば集合 X 上の実数値(あるいはより一般に全順序群に値をとる)函数全体の成す集合は、f, g に対して (f ∨ g)(x) ≔ max{f(x), g(x)}, (f ∧ g)(x) ≔ min{f(x), g(x)} と置くことによりリース空間となり、各 f に対して
- |f|(x) ≔ max{±f(x)}
が f の絶対値を与える。f± ≔ ±f ∨ 0 と置けば、絶対値は |f| = f+ + f− と書ける。
体の賦値
有理数体上の p-進絶対値など、体の賦値も絶対値の一般化である。賦値には加法賦値と乗法賦値があり、乗法賦値(特に指数賦値)のことをしばしば絶対値あるいはモジュラスと呼称する。賦値体はその賦値の定める距離位相に関して位相体を成す。
複素数体 ℂ の部分体がアルキメデス的な乗法賦値を持つならば、それは本項で述べたような通常の絶対値に(同値の差を除いて)一致する。代数体上のアルキメデス的な乗法付値 は、ℂ への埋め込み σ をうまくとれば、 (ここで は通常の絶対値)と同値となる。一方、代数体上の非アルキメデス的な乗法付値は、有理数体上のp進付値に(同値の差を除いて)一致する。代数体上の乗法付値の同値類のうち、有理数体上で通常の絶対値あるいは正規p進付値と一致するものを標準的な絶対値 (standard absolute value)という[13]。
v が代数体 K 上の標準的な絶対値であるとき、この絶対値による K の完備化を とあらわす。また、この絶対値を有理数体上に制限したものによる、有理数体の完備化を とあらわす。このとき は の拡大体となっており、その拡大次数 を v の局所次数 (local degree) と呼ぶ。このとき、
を正規化された絶対値 (normalized absolute value) という。 v がアルキメデス的な絶対値であれば、 K の埋め込み σ をうまくとり、
とあらわせる。また、このとき σ が実埋め込みならば で、複素埋め込みならば が成り立つ。v が非アルキメデス的な絶対値で、 v の有理数体への制限が p-進付値に一致しているとき、 p の上にある K 上の素イデアル π をうまくとれば、 は正規 π-進付値に一致する。すなわち
が成り立つ(この正規化された絶対値 を と書いている文献も存在する[14]。)。
v がすべての標準的な絶対値を走るとき、 積公式
が成り立つ。
非アルキメデス的な乗法付値は一階の加法的な賦値と対応がとれ、これらはしばしば同一のものとして扱われる。加法的賦値体あるいは順序体においてその賦値環は、その体における正の数全体の集合を本質的に特徴付けるものである。有限体 Fq (q = pf) において標準的な賦値(モジュラス)は p-進絶対値の冪
である。これを適当なハール測度による立方体の体積と理解することもある。
注釈
- ^ オックスフォード英語辞典第2版の最も古い引用は1907年から。もちろん relative value(相対値)と対照を成す語としても absolute value(絶対値)は使われる
- ^ 例えば実数直線をxy-平面の x-軸と看做せば、任意の実数 x は点 (x, 0) で表され、0 は原点 (0, 0) に対応する。平面上の任意の点 (x, y) と原点とのユークリッド距離は √(x − 0)2 + (y − 0)2 = √x2 + y2 で与えられるから、x と 0 との距離はちょうど √x2 に等しい。
- ^ ただし、この微分可能性は複素微分可能を意味しない。つまり、複素変数の絶対値函数はコーシー–リーマンの方程式を満たさない[10]。
- ^ この公理系は極小ではない。実際、非負性は他の三つから出る: 0 = d(a, a) ≤ d(a, b) + d(b, a) = 2d(a, b).
出典
- ^ a b c d Oxford English Dictionary, Draft Revision, June 2008[要ページ番号]
- ^ Nahin, O'Connor and Robertson, and functions.Wolfram.com.; for the French sense, see Littré, 1877
- ^ Lazare Nicolas M. Carnot, Mémoire sur la relation qui existe entre les distances respectives de cinq point quelconques pris dans l'espace, p. 105, - Google ブックス。
- ^ James Mill Peirce, A Text-book of Analytic Geometry, p. 42, - Google ブックス
- ^ Higham, Nicholas J., Handbook of writing for the mathematical sciences, SIAM., ISBN 0-89871-420-6
- ^ Spivak, Michael (1965). Calculus on Manifolds. Boulder, CO: Westview. ISBN 0805390219
- ^ Munkres, James (1991). Analysis on Manifolds. Boulder, CO: Westview. ISBN 0201510359
- ^ Mendelson 2008, p. 2.
- ^ Stewart, James B. (2001). Calculus: concepts and contexts. Australia: Brooks/Cole. ISBN 0-534-37718-1
- ^ a b Weisstein, Eric W. "Absolute Value". MathWorld (英語).
- ^ Bartle & Sherbert 2011, p. 163.
- ^ Wriggers, Peter (1999), Panatiotopoulos, Panagiotis, ed., New Developments in Contact Problems, ISBN 3-211-83154-1
- ^ Hindry & Silverman 2000, p. 171.
- ^ たとえば Yann Bugeaud; Kálmán Győry (1996), “Bounds for the solutions of unit equations”, Acta Arithmetica 74: 67--80, MRMR1367579