第29回スーパーボウル 背景

第29回スーパーボウル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/24 09:43 UTC 版)

背景

1991年5月23日に行われたオーナー会議で、開催地にマイアミが選ばれた。マイアミでのスーパーボウル開催は7回目となった。

過去4シーズン連続でAFCからスーパーボウルに出場したバッファロー・ビルズは後半8試合のうち、6試合に敗れ、7勝9敗でシーズンを終えた。

サンフランシスコ・フォーティナイナーズ

1988年から1993年までの6シーズンにナイナーズは、NFCチャンピオンシップゲームに5度進出し、第23回第24回スーパーボウルを連覇していた。しかしジョージ・シーファート率いるチームは、1992年・1993年とダラス・カウボーイズに敗れてスーパーボウル出場を逃していた[1]。チームはフリーエージェントでリチャード・デント(第20回スーパーボウルMVP)、チャールズ・マン、リッキー・ジャクソン、ケン・ノートン・ジュニア、ゲイリー・プラマー、ディオン・サンダースなどのディフェンス選手を獲得した。

ディオン・サンダースは3インターセプトリターンTDをあげて、シーズン最優秀守備選手に選ばれた[1]

こうした補強によりトータルディフェンスは前年の18位から8位に向上、ランディフェンスは16位から2位となった。デイナ・スタブルフィールドがチームトップの8.5サックをあげてプロボウルに選ばれた。また新人DTのブライアント・ヤングが42タックル、6サック、1ファンブルリカバーをあげた。ミドルラインバッカーのケン・ノートン・ジュニアはチームトップの77タックル、1インターセプトをあげた。プロボウルセイフティのマートン・ハンクスがチームトップの7インターセプト、ディオン・サンダースは6インターセプト、3TDをあげて最優秀守備選手に選ばれた。この年ディオンは303ヤードのインターセプトリターンを見せたが、これはNFL史上3位の記録であり、90ヤード以上のリターンTDを同じシーズンに2回あげた最初の選手となった。もう1人のプロボウルセイフティ、ティム・マクドナルドは2インターセプト、1TDをあげた。

ジョー・モンタナに代わって先発QBを務めたスティーブ・ヤングは1991年、1992年とNFLトップのパス成績をあげ、モンタナはカンザスシティ・チーフスにトレードされていた[1]。しかしモンタナが4回のスーパーボウルを制覇していることに対して、ヤングはビッグゲームに勝てないと批判された。1994年ヤングはパス461回中324回成功、3,969ヤード、35TD、10INTの成績をあげて、これまでモンタナが持っていたシーズンNFL記録を塗り替えるQBレイティング112.8をマークした。また58回のランで293ヤードを走り7TD、シーズンMVPに選ばれた。ヤングに率いられたオフェンスはNFLトップの505得点をあげて、NFLトップの13勝3敗でシーズンを終えた。プロボウルRBのリッキー・ワタースは877ヤードを走り6TD、レシーブでも66回のキャッチで719ヤード、5TDをあげた。新人FBのウィリアム・フロイドは305ヤードを走り6TD、19回のレシーブで145ヤードを獲得した。プロボウルWRのジェリー・ライスは112回のキャッチで1,499ヤードを獲得、13TD[1]、ランでも2TDをあげた。そしてジョン・テイラーが41回のキャッチで531ヤードを獲得、5TD、プロボウルTEのブレント・ジョーンズは49回のキャッチで670ヤードを獲得、9TD、オフェンスラインはプロボウラーのバート・オーツ、ジェシー・サポルに率いられた。

スペシャルチームではデクスター・カーターがキックオフリターンとパントリターンで合計1,426ヤードをリターン、それぞれでTDをあげた。

サンディエゴ・チャージャーズ

チャージャーズはスーパーボウル出場はおろか、プレーオフ進出すら期待されていなかった[1]。チームは1980年代に負け越しシーズンが続き、1990年、GMワシントン・レッドスキンズからボビー・ベサードを迎えた。ベサードはチームの再建に着手し、大型のオフェンスラインマンによるパワーランニングゲームと優れたディフェンスの構築を目指した。1992年には元ジョージア工科大学ヘッドコーチのボビー・ロスをヘッドコーチに招聘、チームは11勝5敗でAFC西地区優勝を果たしプレーオフに出場した。しかし翌1993年は8勝8敗でプレーオフを逃した。1994年のチームは新しい選手が22人、うち先発が10人加入しており、シーズン開幕前あまり期待されなかった。ところがチームは開幕から6連勝し、11勝5敗でAFC西地区を制覇した。最終週にエースQBのスタン・ハンフリーズに代わりゲイル・ギルバートが先発、ジョン・カーニーの決勝FGでピッツバーグ・スティーラーズを37-34で破り、AFC第2シードを得てプレーオフ1回戦はシードされた。

ワシントン・レッドスキンズ第26回スーパーボウルを制覇したとき、マーク・リッピンの控えだったハンフリーズは、パス453回中264回成功、3,209ヤード、17TD、12INTの成績をあげた。WRマーク・シーイがチームトップの58回のキャッチで645ヤード、6TD、トニー・マーティンが50回のキャッチで885ヤード、7TD、ショーン・ジェファーソンが43回のキャッチで627ヤード、3TD、TEのアルフレッド・ププヌが21回のキャッチで214ヤード、2TDをあげた。

RBネイトロン・ミーンズは1,350ヤードを走り、12TD[1]、レシーブでも39回のキャッチで235ヤードを獲得しプロボウルに選ばれた。第3ダウンRBのロニー・ハーモンは58回のキャッチで615ヤードを獲得、1TDをあげた。スペシャルチームのアンドレ・コールマンは49回のキックオフで1,293ヤードをリターンし(平均26.4ヤード)2TDをあげた。   ディフェンスラインは強力で、プロボウルラインマンのレスリー・オニールが12サック、4ファンブルフォース、クリス・ミムズが11サック、ショーン・リーが6,5サック、1ファンブルリカバーをマークした。LBは4年連続プロボウルに選ばれているジュニア・セアウに率いられた。セアウは123タックル、5.5サック、3ファンブルリカバーをあげた。ディフェンスバックのスタンリー・リチャードは4インターセプト、2TD、ダリエン・ゴードンが4インターセプトの他にパントリターンでも2TDをあげた。ロドニー・ハリソンがこの時新人であった。

プレーオフ

ナイナーズは、ディビジョナルプレーオフでシカゴ・ベアーズに対してウィリアム・フロイドの3TDランなどで、37点連取をして、44-15と圧勝した。NFCチャンピオンシップゲームでは過去2年苦杯をなめた相手、ダラス・カウボーイズと対戦した。第1Qにチームは3回のターンオーバーでボールを奪取、21得点をあげた[1]。ゲーム開始3プレー目にエリック・デービスがトロイ・エイクマンのパスをインターセプトしリターンTDをあげた。続くカウボーイズのドライブではマイケル・アービンがファンブル、ヤングからワターズへの29ヤードのTDパスで追加点をあげた。さらにキックオフリターンでケビン・ウィリアムズがファンブル、これをキッカーのダグ・ブライエンがダラスの35ヤード地点でリカバー、数プレー後にフロイドが1ヤードのTDランをあげてナイナーズが試合開始から8分足らずで21-0とリードした。その後24-14からエイクマンが3本連続でパス失敗、パントが短かったこともあり、残り1分を切ってから攻撃権を得たナイナーズは前半残り8秒に、ヤングからライスへの28ヤードのTDを決めてリードを広げた。その後エミット・スミスのTD、エイクマンからアービンへの10ヤードのTDパスなどで反撃を許したが38-28で勝利した[1]。この試合ナイナーズが294ヤード獲得したのに対して、カウボーイズに451ヤードを許し[1]、エイクマンは380ヤードのパス獲得、アービンが192ヤードレシーブと2つのNFCチャンピオンシップゲーム記録を作られたが第1Qに奪ったターンオーバーによるリードで逃げ切った。

AFCチャンピオンシップゲームピッツバーグスリー・リバース・スタジアムで行われ、チャージャーズが17-13でスティーラーズを破り、チーム創設以来初めてのカンファレンス優勝とスーパーボウル進出を決めた。


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r Aaron Malone (2013年2月2日). “Super Bowl history, Super Bowl XXIX: Steve Young gets the monkey off his back”. ninersnation.com. 2013年12月4日閲覧。
  2. ^ a b c Rick Telander (1995年2月6日). “Sports Illustrated's Super Bowl Archive”. スポーツ・イラストレイテッド. 2013年12月4日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m Super Bowl XXIX San Francisco 49, San Diego 26”. nfl.com (1995年1月30日). 2013年12月4日閲覧。
  4. ^ Chris Littmann (2012年5月2日). “Junior Seau becomes eighth player from Super Bowl XXIX Chargers team to die”. AOL. 2012年5月3日閲覧。
  5. ^ Pete O'Brien (2012年5月2日). “Junior Seau eighth player to die from 1994 Chargers team”. USAトゥデイ. 2012年5月3日閲覧。
  6. ^ Lightning kills Cal assistant”. サンフランシスコ・クロニクル (1998年7月23日). 2012年5月3日閲覧。
  7. ^ チャージャース元LBブッシュが死去 94年SB出場メンバー”. NFL JAPAN (2011年12月9日). 2012年2月12日閲覧。
  8. ^ チャージャース唯一のSBメンバー、セアウ氏で8人目の死去”. NFL JAPAN (2012年5月3日). 2012年5月3日閲覧。
  9. ^ 増田隆生氏に聞く! 日本テレビ スーパーボウル中継史”. NFL JAPAN (2011年1月). 2015年2月14日閲覧。
  10. ^ Jerry Greene (1990年11月21日). “Miami Pound Machine Has More Proving To Do”. オーランド・センティネル. 2015年2月14日閲覧。
  11. ^ John Clayton, "Ranking all 49 Super Bowls," ESPN.com, January 29, 2016. 2016年2月7日閲覧。
  12. ^ Steve Serby, "Ranking all 49 Super Bowls from worst to first," New York Post, February 5, 2016. 2016年2月21日閲覧。
  13. ^ Greg Rajan, "What are the best, worst Super Bowls?," Houston Chronicle, February 4, 2016. 2016年2月21日閲覧。
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  15. ^ Don Banks, "Every Super Bowl, ranked," SI.com, December 21, 2015. 2016年2月21日閲覧。
  16. ^ Jeremy Gottlieb, "Ranking the watchability of all 49 Super Bowl games ever played," The Washington Post, February 5, 2016. 2016年2月21日閲覧。
  17. ^ Gary Myers, "From wide right and David Tyree to all those blowouts, ranking every Super Bowl game ever played from I to XLIX," NY Daily News, February 5, 2016. 2016年2月21日閲覧。
  18. ^ Nate Davis, USA TODAY Sports, "Ranking all 49 Super Bowls: Which was best of all time?," USA TODAY, January 27, 2016. 2016年2月21日閲覧。
  19. ^ Eddie Brown, "What's the best Super Bowl of all time?," SanDiegoUnionTribune.com, January 31, 2016. 2016年2月21日閲覧。





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