空手バカ一代 映画

空手バカ一代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/10 02:42 UTC 版)

映画

空手バカ一代

1977年5月14日公開。主演 - 千葉真一 / 監督 - 山口和彦 / 製作・配給 - 東映。91分。

新・空手バカ一代 格闘者

2003年3月28日公開。103分。

作品収録ビデオは、2003年6月25日にGPミュージアムソフトから発売。同年8月25日には、続編の『新・空手バカ一代 2』も発売された。規格は共にVHSDVD

あらすじ

空手狩野道場の師範・宣之は息子の丈太郎に幼い頃から空手を教え込んでいたが、丈太郎は稽古中に誤って宣之を殺してしまう。父への罪悪感と、いつしか母から女と見てしまった宣之の後妻・藍子への想いを断ち切ろうと、丈太郎は片っ端から猛者たちに野試合を挑んでいく。

キャスト

スタッフ

  • 製作 - 真樹日佐夫、北側雅司
  • 製作協力 - 及川次雄
  • 監修 - 真樹日佐夫
  • 原作 - 高森真士(「格闘者」白夜書房刊)
  • 企画 - 中島仁、田中政裕、渡来猛人
  • プロデューサー - 石井誠一郎、山本芳久
  • アソシエイトプロデューサー - 南雲千秋
  • 脚本 - 真樹日佐夫、山田孝之
  • 撮影 - 佐藤和人
  • 照明 - 大坂章夫
  • 録音 - 佐藤幸哉
  • 監督 - 宮坂武志
  • 制作協力 - ウィザードピクチャーズ
  • 企画・制作 - 真樹プロダクション
  • 製作 - 「新・空手バカ一代 格闘者」製作委員会

パチスロ

2007年1月にオリンピアから発売。販売はフィールズが担当[22]

作品の周辺

  • 『空手バカ一代』というタイトルを見せられた際、大山倍達は「確かに私は『空手バカ』だが、こうもはっきり『バカ』と書かれては弟子たちに示しがつかんなあ…」と漏らし、その正直な物言いに梶原や編集者は思わず苦笑し、『バカ』に込められた思いを説明して大山も了承したという。
  • つのだじろうは本作の作画を担当していたが、原作者の梶原一騎とその実弟・真樹日佐夫と不仲になった。その原因に、『週刊少年チャンピオン』誌上で『ゴッドハンド』という大山倍達の伝記漫画(原作は大山自身が手がけた)を発表したことなどが挙げられている。梶原は街中で会ったつのだにこの連載について詰問し、つのだは「独自に取材している」と言いかけたが、梶原は「大山館長があのタイトルでやれって本当に言ったのか? クリスチャンのアメリカ人が人間を『ゴッド』なんて呼ぶわけがないだろう! 常識で考えりゃ分かるだろ! あれは『ミラクルハンド』と呼ばれていたのを俺が『ゴッドハンド』に変えたんだよ! お前は俺の創作を盗んだんだ!!」と糾弾した。この件では当時の少年チャンピオン編集長である壁村耐三も梶原に定宿の「山の上ホテル」に呼び出されて詰問された。その後も梶原サイドからつのだへの嫌がらせは止まず、つのだはその鬱憤を自作『魔子』の中で「カラワジ・イキツ・キマト・ワヒオサ・ハノクキョウ・ミツオ・レシモオイ…呪われよ!」とアナグラムに託してぶちまけたもののあっさり看破されてしまい、梶原兄弟によって監禁された挙句、各方面への詫び状を書かされる結果となってしまった(以上の顛末は、斎藤貴男夕焼けを見ていた男-評伝梶原一騎-』による)。この後つのだは、『恐怖新聞』に「梶川市之進」という乱暴者の侍を登場させ、梶川を見た町民に「かかわりあいになるな! うかつにさわると首がとぶぞ!!」と逃げまわらせていた。かつて発表していた自身の公式サイト「百太郎神社」で『空手バカ一代』の降板理由について触れ、「いつまで経っても原作の原稿が届かない、こんな状況で仕事ができるわけないだろう!」と往年の不満をぶちまけていたこともある。入稿一週間前には必ずシナリオを届けるよう念押ししていたにも関わらず、済崩し的にズルズル引き伸ばされ、酷いときは入稿前日にようやく原作が届くこともあったという。そのため、執筆を手伝うアシスタントにも大変な重労働を強いることになり、多くのスタッフがつのだの下から逃げ出したとのことである(なお、つのだの公式サイトは既に閉鎖されている)。後に大山は斎藤の取材で、「つのださんにも悪い事をしたね」と漏らしている。
  • 連載直前の1970年ごろ[23]、つのだは藤子不二雄Ⓐを誘って極真会館で空手修行をしていたことがある[24]。しかし藤子は(半年ほどで辞めたので名誉資格と思われるが)初段を取ることができたが、つのだは段位を取れなかった(一回名誉初段の免状を大山が授けようとしたが辞退した)[25]。大山倍達はつのだの稽古について「漫画家というのは、あの程度の体力でつとまるものなのかねえ」と苦笑していたという。
  • 本作が開始される直前まで、同じく梶原作・つのだ画による空手漫画『虹をよぶ拳』が『冒険王』で連載されていた。梶原がつのだを起用したのは、当時スランプに陥っていたつのだに光を当ててやりたいという思いがあったためだという。
  • 本項冒頭の真樹日佐夫の証言にあるように、内容のほとんどが創作とされる本作だが、2000年代に入って『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を執筆した増田俊也の取材、若い頃の大山倍達を知る複数の関係者の証言により、フィクション性が強いと思われた箇所にも一定の根拠があった様子が伺える。代表的な例として、「力道山対木村政彦」戦の試合直後、大山が激怒してリングに上がって力道山に勝負を挑もうとする、その後力道山に勝負を挑むために付け狙う」などのシーン。このシーンについて、増田は同書で取材の結果として肯定的に語っているが、日本プロレスの関係者で大山とも面識のあった遠藤幸吉は、大山がその場にいた事自体をほぼ否定している。なお前述のように作中でも小島貞二の証言が引用されている。
  • 真樹は晩年の取材で、「編集者も色々煽っただろうし、梶原の作ったフィクションも多いが、全部が全部そうじゃない」と幾つかの事例を挙げ、「活字と違ってあれは漫画だから絵にならなきゃ仕方がない。フィクションといっても花も実もあるフィクションだ(笑)」としている[26])。
  • 芦原英幸は連載当時自分のエピソードが掲載された時に周囲の人間に真偽を聞かれ、「あれは同姓同名の別人[27])」「漫画の人物は『あしわら英幸』、わしは『あしはら英幸』」などと語る事があった。芦原が自著の中で語ったところによると、自身が山に入って稽古していた話が脚色されて、本作での「道場破りの果ての山狩りの話」になったという。また、暴力事件を起こして極真会館を破門になったエピソードについても、同様の話を述べている。これは芦原によれば、大山倍達は自身を(漫画の通り)破門にするつもりだったらしいが、黒崎健時が「破門は可哀相だ」と大山を説得してくれたおかげで「無期禁足」に留まったのだという。その後詫びのつもりで黒崎の眼前で指を詰めようとして止められて激怒され、廃品回収業に身を落とすのも漫画と同じである(大山との確執が伝えられる芦原だが、この件については「こんな人間をブラジルに送ろうとしていたのかと、(大山)館長も大きなショックを受けられたようだ」とその心情を慮る記述をしており、破門するつもりだったのも「当然」と認めている。)。また、作品終盤の「ジプシー空手家」との対戦のエピソードも、元になるエピソードがあったと書いている。また小島一志は、『芦原英幸正伝』にて、芦原が登場人物の「雲井大悟」とのエピソードで、雲井が登場した際、モデルになった棟田利幸とは似ても似つかぬ「単なるうどの大木で、わしにあっさりやられる役回り」である事に腰を抜かし、棟田のもとに謝罪に行って土下座しようとしたのを棟田に止められた、と芦原が語ったとしている(なお作中で、芦原は雲井大悟に相当の苦戦を強いられている)。他に芦原自身が、多少の脚色はあるものの概ね事実である事を述べているエピソードとしては、「二宮」との『塩めし涙めし』(芦原の自著によれば実際には数人の初期道場生達との話)、道場生たちをしごき過ぎた事で全員辞めてしまった話などが挙げられる[28]」。また、自身の妻とのなれそめで、逃げる妻を説き伏せるために手裏剣を投げて引き止めたシーンについて「わし、手裏剣はやるけどね、人には投げないよ」と語っている。

  1. ^ 週刊少年マガジン 空手バカ一代(つのだじろう / 梶原一騎)”. 文化庁. 2018年8月31日閲覧。他に1971年21号も記されているが、この号に掲載されているのは連載開始予告である。
  2. ^ 週刊少年マガジン 空手バカ一代(影丸譲也とJ・Kプロ / 梶原一騎)”. 文化庁. 2018年8月31日閲覧。他に1973年44号と47号も記されているが、これらの号に掲載されているのは第四部の連載開始予告である。
  3. ^ 『新・極真カラテ強豪100人(ゴング格闘技1月号増刊)』 日本スポーツ出版社1997年、36 - 37頁、49頁。
  4. ^ なお、以降の物語の展開で倍達が乗り物酔いに悩まされるシーンはない。
  5. ^ 『格闘技マンガ最強伝説』 福昌堂1998年
  6. ^ 『ワールド空手』 ぴいぷる社、3月号、2001年、41頁。
  7. ^ 「芦原英幸正伝」 (2013年 小島一志著)
  8. ^ 芦原英幸『空手に燃え空手に生きる』
  9. ^ 家高康彦 『実録!! 極真大乱 大山倍達の死と、全国各派の真実』 東邦出版2006年、275頁、ISBN 4-8094-0542-7
  10. ^ なお梶原は『プロレススーパースター列伝』という漫画作品でも、「アントニオ猪木・談」というフレーズを多用している。
  11. ^ プロレスはあらかじめ(たとえば勝敗まで)決められた台本(ブック)に則った「試合」を見せる『ショー』であるため、本来の意味での「八百長」とは異なる。この場合はプロレス用語では「ブック破り」となる。
  12. ^ 大会ルールでは反則は最大減点5であり、これに該当する倍達は本来なら文句なく反則負けになるが、試し割りでを、組手の部に進むために最低限必要な枚数である8枚(9枚目以降は1枚多く割る毎に1点が加算されるシステム)を大幅に超える17枚を割った事で9点を荒稼ぎしており、5点を引いてもまだプラス4点残る。対して南波の方は試し割りの部では、慎重に最低ラインの8枚に2枚を加えて10枚を割ってプラス2点で組手の部に進んでいたが、倍達の顔面に正拳を当ててしまった事で最低でも1点減点されるため、持ち点はプラス1点に留まる
  13. ^ 極真史上最強は誰だ?
  14. ^ また、春山だけがモデルというわけでもなく、初期の大山道場や、その更に前身の「目白野天道場」時代の複数の弟子達の集大成が有明省吾で、大山倍達が春山の事を語ったインタビューについても、別の人物と勘違いして語っているという証言もある。
  15. ^ 子門は、本作の放送開始の前週まで同枠にて放送されていた『ジャンボーグA』(1973年10月6日より毎週土曜日19時台前半の枠に移行)の同名主題歌等を「谷あきら」名義で歌っており、実質上2作連続で関わった事になる。
  16. ^ 『河北新報』1974年4月16日 - 1975年3月11日付朝刊、テレビ欄。
  17. ^ 『河北新報』1973年10月9日 - 1974年9月23日付朝刊、テレビ欄。
  18. ^ 『福島民報』1973年10月10日 - 1974年9月25日付朝刊、テレビ欄。
  19. ^ 『北國新聞』1974年11月18日付 - 11月22日付各朝刊、テレビ欄。
  20. ^ 『北國新聞』 1973年11月5日付朝刊、テレビ欄。
  21. ^ 『北國新聞』 1975年3月5日付朝刊、テレビ欄。
  22. ^ オリンピア社製パチスロ機『空手バカ一代』発売のお知らせ (PDF)”. フィールズ (2006年12月13日). 2018年8月31日閲覧。
  23. ^ 藤子不二雄A『78歳いまだまんが道を』P122、中央公論新社 2012年
  24. ^ http://blogs.masoyama.net/?eid=27
  25. ^ http://blogs.masoyama.net/?eid=49
  26. ^ 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
  27. ^ 芦原英幸『空手に燃え空手に生きる』
  28. ^ 芦原英幸『空手に燃え空手に生きる』





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