積極思考 批判・批評

積極思考

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/30 15:31 UTC 版)

批判・批評

W・T・アンダーソンは、全てを個人的な責任とする積極思考、ウィリアム・シュルツの「私たちはどんな法則にも従う必要はない。自分で法則を作るのだ」という発言に見られるような考えは、自分の意思・思考以外を現実の要因と考えることをタブーにするもので、現実の環境への興味を失わせ、悪や災厄への注意を向けさせないようにする論理であり、全宇宙を人間の意思に従わせることができるという気違いじみた信仰であると評している[6]。この論理に沿うなら、極論になるが、飢えた子供は食料がないことに自分に責任があり、広島の原爆の犠牲者は原子爆弾を落とされたことに自ら責任を負わなければならないという結論が導かれると述べている[6]。宗教学者のダグラス・E・コーワン英語版は、悪い考えを持っているからひどい目に合うという論理で被害者を非難することを批判し、「この理屈に従うなら、誘拐された人やレイプされた人が、なにを言われることになるか想像してください」と語っており、一部の宗教者は引き寄せの法則の倫理的な問題を批判している[16]。Brian Dunningは、被害者非難という「犠牲者を責める」アイデアが、利己的な我々の自我には魅力的で、醜く恥ずかしいことだが、この暗い喜びが心理的な魅力になっていると指摘している[23]

ヒューマンポテンシャル運動の関係者には、反知性主義、過度な楽観主義が問題だと考える人もいた[6]。ヒューマンポテンシャル運動には、心の正しい動きに従って行動すればどこでもなんでもうまくいくという信念が見られるようになり、これに対してジャーナリズムから、社会問題を心理化しており、エスリン研究所への滞在は成長への糧でもあるが逃避ではないかという懸念が投げかけられていた[6]

いくつかのニューソートの宗派は、ザ・シークレットの「引き寄せの法則」で物質的に豊かになろうとする考えに反対している[16]。ユニティのトーマス・シェパードは、「引き寄せの法則」は高級車のキャデラックを手にれたり個人的な力を得るためのものではないと批判した[16]

積極思考は、現実を全て自分の思考次第と考えるため、ポジティブであろうとしているにもかかわらず自己嫌悪に陥りやすく、世界に存在する悪や他人の不幸を自業自得とする考えにもつながる[24]。ポジティブであらねばならないと思い、ネガティブな気持ちを持つことを心配し、常に気持ちを修正し続けることは、強い義務感であり、バーバラ・エーレンライクは『ポジティブ病の国、アメリカ』(Bright-sided 、2009)で、積極思考は、ある意味ではカルヴァン主義のような前時代的な厳しい精神修養になっていると指摘している[25]。エーレンライクは、過度な積極思考は、世界中の抗うつ剤の3分の2を消費するほどのアメリカ人の不安の表れであり、自己を欺いて幸せなふりをしていると評している[13]。また、ポジティブな態度を持たないことで公に非難されたり解雇される、がん患者がネガティブな思考のせいで病気になったのだと責められるなどの事例をあげている[13][26]

市場への影響も指摘されており、金融サービスがポジティブすぎる判断で大損害を出し経済に害を与えた、リーマンショックを引き起こしたリーマン・ブラザーズ社社長のジョー・グレゴリーがポジティブな直観と合理的な分析結果が食い違った場合に直観を信じることが多くあった、市場に積極的に参加し楽天的に判断した結果リーマンショックの犠牲者となった人々、自分の信用度を顧みず楽天的にローンを組んだ人々・彼らに貸し付けた銀行家には積極思考が見られたという意見もある[5][27]

アメリカの危機管理コンサルタントのエリック・デゼンホールは、企業の意思決定者に「引き寄せの法則」がウイルスのように蔓延しており、危機はチャンスではないという現実を直視できず、耳に痛いことを言う人は出世の道が閉ざされかねないなどの害が出ている述べている[26]。エーレンライクは、成功するには、一生懸命働き、現実的であることが大事で、動機付け講演家や自己啓発教師はあなたが悪い予感・警告を感じないようにしようとするが、それをそのまま受け入れるのはやめるよう警告している[5]

今日広く流布している精神衛生の理念では、人間は幸福であるべきであり、不幸は不適応の症状であることが強調され、このような考えによって、避けることのできない不幸にあった際に、不幸な出来事それ自体の重荷に、さらに幸福であらねばならないという理念に反したことに対する重荷が加重され、人はしばしば不幸にあったことを恥ずかしく思うという。積極思考の背景には、高度消費社会が現実の不幸を受け入れないほど「狭量」で「冷酷」になっている精神構造がある[14]。積極思考は、心持を変えるだけで現実が変わるほど摩擦が少ない世界に生きるエリートの上流層と親和性が高く、一方下流層は、ポジティブを装うことができないほど絶望しており、積極思考との親和性は低い[28]

ロバート・キャロルは、引き寄せの法則の普及には、買い手が買い手を勧誘する連鎖販売取引(マルチ商法)の手法が使われていると述べている[29]

積極思考に対する批判は、人気に比べてかなり少ない。村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年)などに、積極思考的な考え方に対する批判が見られる[30]


  1. ^ 小池 2007, pp. 35–36.
  2. ^ a b c d WHAT IS LAW OF ATTRACTION HISTORY? Power Law of Attraction
  3. ^ 加藤 2015, pp. 135–138.
  4. ^ a b c 小池 2007, pp. 39–40.
  5. ^ a b c d The negative power of positive thinking”. ワシントンポスト (2014年4月12日). 2018年3月25日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j アンダーソン 1998, p. 289-291.
  7. ^ The (Other) Secret The inverse square law trumps the law of attraction Scientific American
  8. ^ Benjamin Radford The Pseudoscience of 'The Secret' Live Science
  9. ^ a b c d アンダーソン 1998, p. 249-250.
  10. ^ アンダーソン 1998, p. 268-269.
  11. ^ a b アンダーソン 1998, pp. 270–272.
  12. ^ a b アンダーソン 1998, p. 268.
  13. ^ a b c d 加藤 2015, pp. 144–146.
  14. ^ a b c 加藤 2015, pp. 150–151.
  15. ^ a b 加藤 2015, pp. 156–157.
  16. ^ a b c d Jane Lampman 'The Secret,' a phenomenon, is no mystery to many The Christian Science Monitor
  17. ^ 加藤 2015, pp. 142–143.
  18. ^ 小池 2007, pp. 35–37.
  19. ^ 加藤 2015, pp. 136–138.
  20. ^ 小池, 2007 & pp74.
  21. ^ 青木保憲 神学書を読む(10)ノーマン・V・ピール著『新訳 積極的考え方の力―成功と幸福を手にする17の原則』 クリスチャントディ
  22. ^ 小池 2007, pp. 37–41.
  23. ^ What's Wrong with The Secret”. Skeptoid Media (2008年4月15日). 2018年3月2日閲覧。
  24. ^ 加藤 2015, pp. 148–149.
  25. ^ 加藤 2015, p. 146.
  26. ^ a b エーレンライク 2010, pp. 224–225.
  27. ^ Maybe We Should Blame God for the Subprime Mess”. Time (2008年10月3日). 2018年3月25日閲覧。
  28. ^ 加藤 2015, p. 149.
  29. ^ Law of Attraction”. The Skeptic's Dictionary. 2018年2月17日閲覧。
  30. ^ 加藤 2015, pp. 137–138.


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