積乱雲 積乱雲の概要

積乱雲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/04 09:48 UTC 版)

積乱雲
積乱雲
略記号 Cb
雲形記号 または
積乱雲
高度 地上付近 - 約16,000 m
階級 下層雲
特徴 非常に大きい、上に向かって成長する
降水の有無 あり(激しいを伴うことが多い)
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名称

飛行機から見た積乱雲
夏の晴天下のかなとこ雲
雲底の黒い積乱雲とちぎれ雲アーチ雲降水雲

国際雲図帳における10種類の基本雲形の1つに数えられる。ラテン語学術名は「cumulus」(積雲)と「nimbus」(雨雲、乱雲)を組み合わせた「Cumulonimbus」(キュムロニンバス)で、略号は Cb [6][7]

特徴

概観

積乱雲は濃密な滴や氷晶からなる雲粒で構成されている。たいてい雲の輪郭がはっきりとしていて、太陽に照らされた部分はく輝き眩しいが影の部分は暗く、上部は濃密な巻雲のように輪郭がぼやけた部分をもち、下部は暗く黒っぽい[2][5]。積乱雲が空のほとんどを覆うと、日中でもかなり暗くなることがある。

多くの場合、もこもこと膨らんでいた雲頂は一定の高さで天井にぶつかったように水平に広がるかなとこ雲となる。雲頂付近にベールのような頭巾雲ベール雲がくっついていることもある[5][2]

雲底は水平だがでこぼことしており、雲底下にはときどき崩れた形のちぎれ雲やロール状のアーチ雲がみられる[2]

積乱雲の雲底はおおむね(緯度に関わらず)地表から高度2,000 mの範囲内にあり、多くは(中緯度で)600 - 1500 m程度。雲頂はしばしば(中緯度で)10キロメートル(km)を超える。雲底から雲頂までの高さは(中緯度で)ふつう3,000 m以上あり、稀に15,000 mにも達する[2][8]

積乱雲は周囲の大気の不安定を背景にして発達した対流により垂直に成長する。かなとこ雲のように雲頂が水平に広がるのは、圏界面(対流圏界面)の高さまで達するとその上の成層圏が強い安定成層にあり、それより上に発達できなくなるためである[9]

個々の積乱雲やその対流の水平方向の大きさは5 kmから15 km程度で、持続時間は30分から1時間程度。なお、スーパーセルと呼ばれる巨大なものは単体でも100 kmに達する場合がある。また、複数の積乱雲がまとまって活動するマルチセルは20 kmから100 km程度、1時間から3時間程度になり、線状降水帯を形成するような対流活動は50 - 200 kmに及ぶ。これらは大気の運動規模の中ではメソスケールに分類される[10][11][12]

積乱雲は極地での発生は稀だが、熱帯温帯ではよくみられ、対流が活発な熱帯収束帯の降雨は主に積乱雲によりもたらされる[13][14]

降水・雷・突風・雹

多くの積乱雲は強い雨または雪、を伴い、強度変化の大きいしゅう雨性の降水となる。しばしば時間雨量数十ミリとなるような激しい雨が降る。またときどき突風が生じる。乱層雲による一様な雨とは対照的[3][2][15]

雷・雹・突風などのsevere weather(荒天)は、生じる範囲は局地的でランダム性があるが、直撃したときには深刻な被害となる可能性をはらんでいる[16]

落雷は雲の下や、周辺にも及ぶ。雷鳴の聞こえる範囲は約10 kmだが、落雷現象は水平方向に10 km程度の広がりをもって発生するため、原則として雷鳴が聞こえはじめたらその場所にも落雷の恐れがあり、安全を確保する必要がある。危険な場所で姿勢を変えただけで雷撃を軽減することはできないので、第1に、鉄筋コンクリート造建物や自動車の中への退避を目指す。それができない場合は、4 - 20 mの電柱電線鉄塔の「保護範囲」内、つまり見上げた角度が45°以上かつその物体の足元からは数 m離れたところで姿勢を低くすることが次善の策となる。なお、樹木は広がる枝葉からの側撃雷のおそれがあるため近づかないほうがよい[17][18][19]

孤立した積乱雲の雨は数十分程度しか続かないが、降り方が強いときに浸水などの被害が生じることがある。

積乱雲を伴う降雨が数時間以上続いて大雨・集中豪雨となることもあるが、その原因には積乱雲の組織化(後述)、収束帯の維持や暖かく湿った空気(暖湿流)の下層への流入、地形性の上昇などが作用している[20][21][22]

積乱雲にみられる突風にはダウンバースト竜巻などがある[23]

積雲との違い

積乱雲は、雄大雲(雄大積雲)がさらに発達したものである[3][13]。雄大雲から積乱雲への変化は氷晶の形成が鍵となっている。つるんとしていた雲頂の輪郭がぼやけたり毛羽立ったりする変化がまさに氷晶の存在を示している[13]。なお、雲頂の輪郭がぼやけたものを無毛雲、毛羽立ちがあるものを多毛雲と呼ぶ。

かなとこ状になっていない積乱雲と雄大雲とを外観で区別することは難しい場合があり、積雲にはない雷や雹を伴うかどうかが判断の基準となる[24][25]

発生原因

気温断面図。横軸:気温, 縦軸:高度, 太線:大気の気温(状態曲線)。

積乱雲やその前段階の積雲はふつう、大気の不安定な状態のもとで鉛直方向へ大きく発達する。典型的には、地表付近が温まる夏の晴れの日や、上空に寒気が流入したときによく発達する[26][27]

例えば風が山を越えたり地表の加熱で空気が膨張したりして、空気は持ち上げられる。持ち上げられた空気は気圧が下がり気温が下がる。単純化のため周囲と混ざり合わない断熱過程として考えるが、このとき、湿度が100 %に達していないうちは空気塊の温度は1 kmにつき9.8 ℃下がる(乾燥断熱減率)。冷やされ湿度100 %に達し(飽和し)なおも持ち上げると、飽和した空気塊の温度は1 kmにつき約5 ℃下がる(湿潤断熱減率)。まわりの大気は大まかな平均で1 kmにつき約6 ℃下がる環境(気温減率)にあって、非常に乾燥した空気なら持ち上げ続ければまわりより冷たくなって上昇が抑えられるが、湿った空気なら途中で凝結してより長い距離をまわりより暖かく浮力のはたらく状態で上昇できる。大気はたいていこの状態(条件付不安定)にある。地表が温まったり上空が冷えたりすれば大気の気温減率は増し空気塊をより長く上昇させる方にはたらく[28][29]

また、厚みのある空気層が持ち上げられたとして考えると、高度が高くなるほど湿度が下がる(厳密には相当温位が減少する)空気層は、上の部分は飽和せず速く冷えていくが、下の部分は持ち上げている途中で飽和しゆっくりと冷えていく。そのため持ち上げるほど温度差が増し不安定度が増大する状態(対流不安定)となる。暖かく湿った空気が流入すると対流不安定度が大きくなり積乱雲が発達しやすくなる。対流不安定は空気層を持ち上げる気流、擾乱があれば不安定だがなければ安定なのでポテンシャル不安定、日射加熱により生じやすいので熱的不安定ともいう[30][31]

積乱雲の発生しやすさを直接的に説明するのは潜在不安定。ある時点の気温をプロットした断面図を用いた説明をすると、地表の空気塊は(A)から乾燥断熱線に沿って(B)の持ち上げ凝結高度(LCL)に達し、湿潤断熱線に沿って(C)の自由対流高度(LFC)を経由し(E)の平衡高度(EL)へ至る。擾乱や加温上昇によって空気を自由対流高度まで持ち上げると、それ以降は空気そのものの浮力によって平衡高度まで上昇し続ける。持ち上げ凝結高度はほぼ雲底高度、平衡高度はほぼ雲頂高度に相当する。図中の対流抑制(CIN)はその面積が対流を抑える力の大きさを示し、対流有効位置エネルギー(CAPE)はその面積が対流を促す力の大きさを示す[30][31][32]

自由対流高度(LFC)が低いほどCINは小さく、積乱雲(対流)の"発生しやすさ"の指標としては500m高度から自由対流高度までの距離 (dLFC)がよく用いられる[33][34]。不安定度の大きさの目安にはCAPEやショワルター安定指数 (SSI)などが用いられ[33][35]、雷の発生しやすさや強度の目安にはSSI、平衡高度などが用いられる[36][37]。ダウンバーストや竜巻の発生しやすさにもいくつかの指標がある[35]


注釈

  1. ^ 日本語訳未確定。壁雲などの案がある。
  2. ^ 日本語訳未確定。尻尾雲などの案がある。
  3. ^ 日本語訳未確定。流入帯雲りゅうにゅうたいうんなどの案がある。

出典

  1. ^ 『気象観測の手引き』p.51.
  2. ^ a b c d e f g h i Descriptions of clouds as observed from aircraft > Cumulonimbus”. International Cloud Atlas. WMO. 2023年2月23日閲覧。
  3. ^ a b c d 『雲・空』pp.100-111.
  4. ^ 小倉 2016, p. 100.
  5. ^ a b c 『雲・空』pp.176-179.
  6. ^ Appendix 1 - Etymology of latin names of clouds”. International Cloud Atlas(国際雲図帳). WMO. 2023年2月23日閲覧。
  7. ^ 「お天気豆知識 No.90 積雲」、バイオウェザー、2008年7月、2023年2月23日閲覧
  8. ^ Chapter 15. Observation of clouds” (pdf). WMO Guide to Meteorological Instruments and Methods of Observation (WMO-No.8, the CIMO Guide). World Meteorological Organization (2014 edition, Updated in 2017). 2023年3月4日閲覧。
  9. ^ 小倉 2016, pp. 72, 99–100.
  10. ^ 小倉 2016, pp. 159–160.
  11. ^ 岩槻 2012, pp. 134, 320–322, 361–365.
  12. ^ 加藤 2017, p. 2.
  13. ^ a b c Cumulonimbus (Cb) > Explanatory remarks and special clouds” (英語). International Cloud Atlas(国際雲図帳). WMO. 2023年2月23日閲覧。
  14. ^ 小倉 2016, pp. 175.
  15. ^ 荒木 2014, pp. 36–38.
  16. ^ 加藤 2017, pp. 199.
  17. ^ 北川信一郎 (1992-04). “1991年度藤原賞受賞記念講演-人体への落雷と安全対策” (pdf). 天気 (日本気象学会) 39 (4): 189-198. https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1992/1992_04_0189.pdf. 
  18. ^ 横山茂 (2008-10). “連載:実践的な人体への落雷防護方法 雷の接近の予知、検知”. 電気設備学会誌 (電気設備学会) 28 (10): 779-782. doi:10.14936/ieiej.28.779. 
  19. ^ 雷から命を守るための心得”. 日本大気電気学会. 2023年3月6日閲覧。
  20. ^ 小倉 2016, pp. 220, 224–231.
  21. ^ a b 岩槻 2012, pp. 363–367.
  22. ^ 荒木 2014, pp. 228, 232–233, 238–240.
  23. ^ 小倉 2016, pp. 212, 220.
  24. ^ 雲の種類とその特徴を教えてください。 理科年表オフィシャルサイト - 積乱雲の特徴について解説。
  25. ^ Main differences between Cumulonimbus and similar clouds of other genera”. International Cloud Atlas. WMO. 2023年3月5日閲覧。
  26. ^ 小倉 2016, pp. 99, 207.
  27. ^ 岩槻 2012, pp. 133–134.
  28. ^ 小倉 2016, pp. 65–75, 207.
  29. ^ 岩槻 2012, pp. 132–149.
  30. ^ a b 小倉 2016, pp. 65–75.
  31. ^ a b 岩槻 2012, pp. 150–169.
  32. ^ 加藤 2017, pp. 36–38, 44, 47–50.
  33. ^ a b 「シビア現象の監視・予測について」、pp.58, 60.
  34. ^ 加藤 2017, pp. 186, 189–190, 285–288.
  35. ^ a b 主な大気パラメータについての解説」、気象庁 竜巻等の突風データベース、2022年8月16日閲覧
  36. ^ 加藤 2017, pp. 36, 121, 156, 186, 260–261, 285–286.
  37. ^ 「シビア現象の監視・予測について」、pp.9, 58, 60.
  38. ^ 荒木 2014, p. 184.
  39. ^ a b 加藤 2017, p. 95.
  40. ^ 小倉 2016, p. 208.
  41. ^ 岩槻 2012, pp. 361–362.
  42. ^ 荒木 2014, pp. 42–43, 182.
  43. ^ 小倉 2016, pp. 208–209.
  44. ^ a b c 岩槻 2012, p. 362.
  45. ^ a b 荒木 2014, pp. 43–44.
  46. ^ a b 加藤 2017, pp. 95, 97.
  47. ^ 小倉 2016, pp. 92–99, 207–210.
  48. ^ 荒木 2014, pp. 142–144.
  49. ^ 荒木 2014, pp. 182–183.
  50. ^ 小倉 2016, pp. 209–210.
  51. ^ 荒木 2014, pp. 183.
  52. ^ 加藤 2017, p. 97.
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  55. ^ 荒木 2014, pp. 219–227.
  56. ^ 岩槻 2012, pp. 198–199.
  57. ^ 加藤 2017, pp. 200–207.
  58. ^ a b 小倉 2016, pp. 210–212.
  59. ^ 荒木 2014, pp. 43–44, 183–184.
  60. ^ 加藤 2017, p. 216.
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  64. ^ 加藤 2017, pp. 224–234.
  65. ^ 竜巻などの激しい突風とは,気象庁
  66. ^ 小倉 2016, p. 210.
  67. ^ 荒木 2014, pp. 183–184.
  68. ^ 小倉 2016, pp. 217–220.
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  70. ^ 荒木 2014, pp. 210–215.
  71. ^ 小倉 2016, pp. 208, 212.
  72. ^ 岩槻 2012, pp. 362–363.
  73. ^ 小倉 2016, pp. 212–217, 220.
  74. ^ 加藤 2017, pp. 100–105, 117–119.
  75. ^ 小倉 2016, pp. 231–242.
  76. ^ 『航空知識のABC』1996年, p.172
  77. ^ 『航空知識のABC』1996年, p.71
  78. ^ 『雲・空』p.12.
  79. ^ Cloud classification summary”. International Cloud Atlas(国際雲図帳). WMO (2017年). 2023年2月22日閲覧。
  80. ^ "積乱雲". 小学館『精選版 日本国語大辞典. コトバンクより2023年2月23日閲覧
  81. ^ "入道雲". 小学館『精選版 日本国語大辞典. コトバンクより2023年2月23日閲覧
  82. ^ "夕立雲". 小学館『精選版 日本国語大辞典. コトバンクより2023年2月23日閲覧


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