福岡藩 藩邸

福岡藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 03:26 UTC 版)

藩邸

明治初期に外務省庁舎として使われた頃の福岡藩江戸屋敷

江戸藩邸は、外桜田に上屋敷があった[12](現在の外務省庁舎の位置[14]千代田区霞が関2丁目2番)[17]。「桜田屋敷」と呼ばれ、北側に隣接する芸州浅野家の上屋敷との間に見晴らしの良い坂があり、江戸霞ヶ関の名所とされ歌川広重が『名所江戸百景』中の「霞かせき」に描いた。『江戸図屏風』では、広島藩邸の後ろに福岡藩邸が描かれ、屋敷にたなびく雲で霞を表現している。あるいは江戸末期に庶民が描いた泥絵(どろえ)にも記録された[18]

明治に入ると創設されたばかりの外務省初代庁舎に転用され、明治3年(1870年)に銀座の仮庁舎から移転された[19][20]が、1877年(明治9年)2月1日に焼失した[24]。最後まで残った海鼠壁の長櫓(ながやぐら)は旧国宝に指定されながら、太平洋戦争時の空襲で被災し失われた。尚、現在も外務省外周に当時の石垣が残り、藩屋敷の面影を伝える。巨大な鬼瓦(雲紋瓦)は常時、東京国立博物館に屋外展示してある。

他に赤坂に中屋敷、渋谷白金に下屋敷、郊外には御鷹屋敷、深川蔵屋敷があった。秋月藩江戸屋敷の表門は、東京よみうりランドに移築して保存してある。

長崎、京都、大坂にも屋敷があり、そのうち中ノ島にあった黒田家蔵屋敷の表門は、天王寺公園大阪市立美術館の横に移築保存されている。

菩提寺・縁寺社

関連作品

戦国時代から江戸時代の黒田家を舞台にした劇場映画
歌舞伎
  • 『博多小女郎波枕』
  • 『しらぬい譚』
演劇
テレビドラマ
書籍

注釈

  1. ^ 反対側の佐賀藩との藩境には何の対策も取られていない。
  2. ^ 忠之の不行跡で福岡藩が改易された際の備えのためとされる[2]

出典

  1. ^ 村川浩平『日本近世武家政権論』近代文芸社、2000年。
  2. ^ 山本 2015, p. 17.
  3. ^ a b 国立国会図書館利用者サービス部編「特集 国立国会図書館所蔵写真帳・写真集の内容細目総覧―明治・大正編―」『参考書誌研究』第33号、 617頁、 ISSN 0385-3306合本(大正2年4月-3年3月=1913年、1914年)。22×31cm。
  4. ^ 「黒田侯爵邸に於ける米国議員婦人団一行の歓迎会」『歴史写真(大正)』大正2年10月号、歴史写真会[3]
  5. ^ 「閑院宮第2女王茂子殿下・侯爵黒田長成令嗣長礼との御婚儀」『歴史写真(大正)』大正3年2月号、歴史写真会[3]
  6. ^ 江島茂逸(編)『高杉晋作略伝 : 入筑始末』団々社ほか、明治26年、doi:10.11501/781609。国立国会図書館近代デジタルライブラリーに収蔵、インターネット公開(保護期間満了)。
  7. ^ 一坂 2002, p. 69.
  8. ^ 福井淳 編「薩長和解の事」 『明治太平記』(2版)明昇堂ほか、大阪、明治20年(1887年)、25 (コマ番号0022.jp2)頁。 また、「高杉晋作兵を起す事」23頁 (コマ番号0021.jp2)を掲載。
  9. ^ 福岡県の幕末維新 2015, p. 37.
  10. ^ 柳 1989, あとがき.
  11. ^ 旧三奈木黒田家庭園朝倉市
  12. ^ 戸川 1914, pp. 1–3, コマ番号0013.jp2、0015.jp2-0016.jp2.
  13. ^ 戸川 1914, コマ番号0011.jp2.
  14. ^ 挿絵「寛永古図略説」の欄外に、「黒田右衛門佐は外務省」と記述がある[13]
  15. ^ 『慶長年間江戸図考』、コマ番号0004.ja2(左)頁。doi:10.11501/253324  - 国立国会図書館デジタルコレクション(古典籍資料(貴重書等)- 絵図)。
  16. ^ 「慶長江戸図」『江戸 A』(近世絵図地図資料集成 ; 第1期 第3巻)、近世絵図地図資料研究会(編)、科学書院、1997年。
  17. ^ 『慶長江戸図』[15][16]・『寛政十二年江戸全図』(国立国会図書館)。
  18. ^ 3.泥絵 霞が関, , 第3展示室(近世)特集展示「もの」からみる近世『泥絵と江戸の名所』, 歴博とは (国立歴史民俗博物館(プレスリリース)), https://www.rekihaku.ac.jp/outline/press/p151020/index.html 2022年4月11日閲覧。 
  19. ^ 港区立港郷土資料館 2005, pp. 156-, 図版265番 霞ヶ関福岡藩黒田侯上屋敷玄関.
  20. ^ 週刊新潮 1997, p. 150, コマ番号0076.jp2).
  21. ^ 「『莫都五十年史(実写)』小林音次郎、日本仏教協会、大正6年」。 2100頁、24×31cm、非売品、明治初年の写真ほか。
  22. ^ 「『93 東京市史跡名勝天然紀念物写真帳』東京市役所公園課(編)、大正11年」。 7166枚、26cm。
  23. ^ 「東京市各編:東京の史蹟 旧黒田侯邸」不動健治『復興の帝都』、写真日報社、昭和5年4月、95頁。21p 27×36cm。関東大震災復興後の写真を中心に、オリジナルプリントを34枚貼り込んである。
  24. ^ 「明治初年の霞ケ関黒田邸」[21]、「黒田藩邸の長屋」[22][23]
  25. ^ 光雲神社公式ホームページ”. 光雲神社. 2022年4月7日閲覧。
  26. ^ 粟山大膳「帝劇十年」『参考書誌研究』第554号。元資料は大正7年6月発刊、63枚、26×38cm。英文書名:The 10 years of Imperial Theatre。本体の写真は帝劇で上演した舞台の写真。






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