神 (神道) 神 (神道)の概要

神 (神道)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/29 22:36 UTC 版)

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定義

他言語との関係

日本語における「神」という言葉は、元々は神道の神を指すものであった。ただし『日本書紀』にはすでに仏教の尊格を「蕃神」とする記述が見られる。16世紀にキリスト教が日本に入ってきた時、キリスト教で信仰の対象となるものは「デウス」「天主」などと呼ばれ、神道の神とは(仏教の仏とも)別のものとされた。しかし、明治時代になってそれが「神」と訳された。

他言語においては、神道の神を指す場合は "kami" として一般的な神とは区別されることもある。

語源

漢字の「神」は、祭祀を意味する「示」に音符「申」を付した字で、祭祀および祭祀対象である神霊の類を示す。また「神祇」とした場合は、地の神である「祇」に対し、天空にいる雷神の類を意味する。「神」字は、日本においては「カミ」と訓じられ、日本の神霊的存在の総称として定着した[1]

現代日本語では「神」と同音の言葉に「」がある。「神」と「上」の関連性は一見する限りでは明らかであり、この2つが同語源だとする説は古くからあった。しかし江戸時代に上代特殊仮名遣が発見されると、「神」はミが乙類 (kamï) 、「上」はミが甲類 (kami) と音が異なっていたことがわかり、昭和50年代に反論がなされるまでは俗説として扱われていた。

ちなみに「身分の高い人間」を意味する「長官」「守」「皇」「卿」「頭」「伯」等(現代語でいう「オカミ」)、「龗」(神の名)、「狼」も、「上」と同じくミが甲類(kami)であり、「髪」「紙」も、「上」と同じくミが甲類(kami)である。

「神 (kamï)」と「上 (kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こったとする説もある。

神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコ)、神阿多都比売(カムアタツヒメ)、神屋楯比売命(カムヤタテヒメ)などの複合語で「神」が「カム」となっていることから、「神」は古くは「カム」かそれに近い音だったことが推定される。大野晋森重敏などは、ï の古い形として *ui と *oi を推定しており、これによれば kamï は古くは *kamui となる。これらから、「神」はアイヌ語の「カムイ (kamui)」と同語源だという説もある。[誰によって?]

「カム」には「交む」「組む」「絡む」「懸かる」「係わる」「案山子」「影」「鍵、鉤」「嗅ぐ」「輝く」「翳す」「首」「株」「黴(かび)」「賀茂、鴨」「醸す」「食む(はむ)」「生む」「這う」「蛇(ハブ、はふむし)」「土生、埴生(はぶ)」「祝(はふる)」「屠る(ほふる)」「放る」などの派生語がある。

現時点では、本居宣長が『古事記伝』のなかで「迦微(かみ)と申す名の義はいまだ思い得ず」といっているように、語源についての明確な定説はない[1]

八百万の神

自然のもの全てには神が宿っていることが、八百万の神の考え方であり、欧米の辞書にはShintoとして紹介されている。日本では古くから、山の神様、田んぼの神様、トイレの神様(厠神 かわやがみ)、台所の神様など、米粒の中にも神様がいると考えられてきた。自然に存在するものを崇拝する気持ちが、神が宿っていると考えることから八百万の神と言われるようになったと考えられる。八百万とは無限に近い神がいることを表しており、多神教としてはありふれた考え方である。 またこういった性格から、特定能力が著しく秀でた、もしくは特定分野で認められた人物への敬称として「神」が使われることがある。

神と霊

神道において、特に有力な人物や恨みを残して亡くなった人物を『神』として祀り、祟りを避けようとした例は数多い。中でも菅原道真を祀る天満宮は亡くなった人間を神として扱う顕著な例である。 これに対して近代に興った靖国神社は国家のために戦死した不特定多数を神として祀っており、特定単数を神として祀る先述の例と一線を画している。 これらのことから、神社から慰霊碑、(神仏習合における)墓に至るまで規模は違えど本質的に同じものであり、『神』(祀れば恩恵をもたらし、ないがしろにすれば祟るもの)と『霊』(人間が死んだ後に残るとされる霊魂)とは明確に区別されていないといえる。

類型

神道の神々は祖霊信仰を淵源として人と同じような姿や人格を有する記紀神話に見られるような「人格神」であり、現世の人間に恩恵を与える「守護神」であるが、祟る性格も持っている。祟るからこそ、神は畏れられたのである。神道の神は、この祟りと密接な関係にある。

神々は、いろいろな種類があり、発展の段階もさまざまなものが並んで存在している[2]

神には大別して以下のような側面がある。

抽象・概念神

  1. 自然物や自然現象を神格化した神
  2. 思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神
  3. 万物の創造主としての神(ここにおいてはthe Godである)
  4. 例として天之御中主神伊邪那岐命伊邪那美命など[3]

祖霊神

  1. 古代の指導者・有力者などを神格化したと思われる神(エウヘメリズム)、氏の集団や村里の守り神とされるようになる神々
  2. 例として須佐之男命天照大御神大国主神豊宇気毘売神など[4]

その他に、

  1. 万物の創造主・主宰者としての全能の天皇
  2. 王権神授説 (Theory of the divine right of kings) における divine としての神(天皇)

などが存在する。

自然物や自然現象を神格化した神

この中で最も古いのは 1 の自然物や自然現象を神格化した神である。古代の日本人は、、海中の巨石巨木、神の顕現と思われるような動物植物などといった自然物、のような神聖な物体、などといった自然現象の中に、神々しい「何か」を感じ取った。この感覚は今日でも神道の根本として残るものであり、小泉八雲はこれを「神道の感覚」と呼んでいる。自然は人々に恩恵をもたらすとともに、時には人に危害を及ぼす。古代人はこれを神々しい「何か」の怒り(祟り)と考え、怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願い、それを崇敬するようになった。これが後に「カミ(神)」と呼ばれるようになる。このように神の観念の発展とともに、岩や器物は神霊の憑依するものと見なされるようになり、鳥や獣も神の使いとして考えられるようになる。

山に関しては神の鎮まるところ、神の住むところと見るようになり、山そのものを神体として「神体山」と呼ぶようになった。大場磐雄は、神体山を浅間型と神南備(かんなび)型の二つに分けている。まず浅間型は山谷が秀麗で周囲の山々からひときわ高く目立つ形をしており、神南備型は人里に近い比較的低い山で、傘を置いたようななだらかな形をしている。地名としてはカンナビ、ミムロ・ミモロというものが多い[5]。前者に属する山は富士山白山(加賀)で、後者は奈良の三輪山・春日山がその典型[6]

次に、川や沼、池などにも水の神がいるという信仰もたくさんある。農業用水や生活用水との神と結びつくことが多い。神聖な山から水が流れ出し川となり、その川の上流から何か流れくるものが、神の世界から来たものと結びつけられることが多く、桃太郎や瓜子姫の話が成立し、神の子が誕生する物語に発展していく[6]

思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神

神話では厄神の禍津日神、これを直す直毘神伊豆能売、民間信仰では貧乏神、疫神等があげられる。また、腸チフスをもたらす「ボニの神」が恐れられた。

古代の指導者・有力者の神格化

1 については、日本において古来より一族の先祖や有力者を祖神として祭る「祖霊崇拝」・「エウヘメリズム」があり、日本神話に登場する多くの神々はこれに分類される。即ち皇室の祖である天照大御神物部氏の祖である邇芸速日命中臣氏の祖である天児屋命三輪氏鴨氏の祖である事代主神諏訪氏の祖である建御名方神安曇氏の祖である綿津見神などがある。

その他、その時代の有力者や英雄を死後に神として祭る例として桓武天皇豊臣秀吉=豊国大明神、徳川家康=東照大権現、東郷平八郎乃木希典などがある。また権力闘争での敗北や逆賊として処刑された者を、後世において「怒りを鎮める」という意味で神として祭る「御霊信仰」の例として菅原道真平将門崇徳天皇橘逸勢などがある。

また民間では特定地域を助けた献身行為・殉死から、その義民を神格化して祭る例もある。

様々な部族が個々に固有の神を信仰していた。それらの部族が交流するにしたがって各部族の神が習合し、それによって変容するようになった。さらに、北方系のシャーマニズムなども影響を与えた。これを「神神習合」と呼ぶ学者もいる。この神神習合が、後に仏教を初めとする他宗教の神々を受け入れる素地となった。

また人神の一環として、天皇のことを戦前・戦中は現人神と呼び、神道上の概念としてだけでなく、政治上においても神とされていたことが挙げられる。現在では、昭和天皇によるいわゆる人間宣言により政治との関わり、国民との関係は変わった。だが、神道においては天照大御神の血を引くとされる天皇の存在は現在も大きな位置を占め、信仰活動の頂点として位置付けられている。

万物の創造主

4 は平田篤胤が禁書であったキリスト教関係の書の影響を受け、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)を万物の創造主として位置づけたものである。尊王攘夷思想の基盤を形成し、近代の教派神道各派にも強い影響を与えている。国家神道の基盤ともなったが、神道事務局祭神論争(1880年 - 1881年)での出雲派の敗退により表舞台からは消えて潜勢力となった。天御中主神・高皇産霊神神皇産霊神造化三神とされた。造化三神は、多くの復古神道において現在でも究極神とされている。中でも天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は最高位に位置づけられている[7]

万物の創造主・主宰者としての全能の天皇

5 は明治の初期に祭政一致の国家体制を企図した神祇事務局亀井茲監らが「天皇」と「天」とが同体しているという神儒合一的な観念によって全能の存在としたもの。「天皇ハ万物ノ主宰ニシテ、剖判(ほうはん・「宇宙創造時」の意)以来天統間断無ク天地ト与(とも)ニ化育ヲ同シ玉ヒ……」(『勤斎公奉務要書残編』)などとされる[8]石原莞爾は『最終戦争論・戦争史大観』(原型は1929年7月の中国の長春での「講話要領」)の中で、

人類が心から現人神(あらひとがみ)の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。最終戦争即ち王道・覇道の決勝戦は結局、天皇を信仰するものと然らざるものの決勝戦であり、具体的には天皇が世界の天皇とならせられるか、西洋の大統領が世界の指導者となるかを決定するところの、人類歴史の中で空前絶後の大事件である。

と述べている。太平洋戦争に際しては東南アジア諸国への侵略を正当化する目的で、大東亜共栄圏と並びこうした思想を八紘一宇と称して盛んに使用された。前項および次項参照。

王権神授説(Theory of the divine right of kings)における「divine」としての神(天皇)

6 は「現人神」の対訳として昭和天皇人間宣言 (1946年) の英文詔書において用いられた。




  1. ^ a b 伊藤聡 2012年
  2. ^ 岡田精司 2011年 10ページ
  3. ^ 宝賀寿男神々の系譜と海神族の初期分岐過程」『古樹紀之房間』、2011年。
  4. ^ 宝賀寿男「神々の系譜と海神族の初期分岐過程」『古樹紀之房間』、2011年。
  5. ^ 岡田精司 2011年 10ページ
  6. ^ a b 岡田精司 2011年 7-9ページ
  7. ^ 村岡典嗣「平田篤胤の神学に於ける耶蘇教の影響」1920年3月、雑誌「芸文」。所収『新編日本思想史研究』2004.5平凡社東洋文庫。
  8. ^ 安丸良夫「近代転換期における宗教と国家」(『日本近代思想大系第5巻(宗教と国家)』岩波書店、1988年、p497)
  9. ^ 國學院大学古事記センター


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