真田広之 来歴

真田広之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/28 15:42 UTC 版)

来歴

子役時代から再デビューまで

東京都品川区大井出身。裕福な家庭に育ち、同じマンションに住んでいた高田浩吉の息子と遊んでいた所を芸能関係者にスカウトされ、幼児向け雑誌のモデルなどを経て、1965年、5歳で劇団ひまわりに入団。

1966年に真田の人生に大きな影響を与える千葉真一と出会い、千葉の主演作『浪曲子守唄』でデビュー。続けて千葉や高倉健の主演作品に息子役で出演。その後、父をで亡くす。

1973年4月、品川区立伊藤中学校入学と同時に、幼少時に共演した千葉真一の主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)に入団。時を同じくして母の勧めにより、日本舞踊の玉川流に入門[3]

1974年には『直撃! 地獄拳』に出演した。

1976年4月、堀越高等学校芸能活動コースに入学後、千葉真一のアドバイスで学業専念することになり、一旦芸能活動から身を引く。

アクションスター

1978年、『柳生一族の陰謀』のオーディションに合格したことで芸能活動を本格的に再開。千葉真一の命名で「真」と本名・前田禎穂の「田」を組み合わせ、真田 広之と名乗り、芸能活動を再開する。同年、日本舞踊でも玉川流の名取となり、玉川 大輔の名を受けた[3]。同年、『宇宙からのメッセージ・銀河大戦』で主演を務める。

1979年3月、堀越高等学校を卒業。4月、日本大学藝術学部映画学科に入学。同大学在学中も殺陣同志会に在籍して殺陣の向上に努め、学業と演劇活動の両立に取り組む[4]

1980年の『忍者武芸帖 百地三太夫』で映画初主演を果たし、桃山城天守からの飛び降りシーンや、1981年の『吼えろ鉄拳』では福井県東尋坊の岩場やヘリコプターから海へ飛び降りるスタント吹き替えなしで演じ、格闘シーンでも稽古してきた空手を披露した。

1982年、『龍の忍者』の主演で海外に初進出。Sonny Chibaサニー千葉)に続く日本のアクションスター・デューク真田として海外でも活躍するようになる[4]

1983年3月、日本大学卒業[5]学位芸術学士

幅広い活動

アイドルとしても売り出されていたため[6]、歌手として歌番組にも出演していた。1981年の『魔界転生』での沢田研二とのキスシーン、1982年『道頓堀川』で松坂慶子とのベッドシーン、1983年『里見八犬伝』での薬師丸ひろ子とのラブシーンを演じた。同年、「ギザギザハートの子守唄」を提供されたが、事務所の意向で歌わなかった[7][8]

1984年の『麻雀放浪記』に主演。この頃、尊敬するアル・パチーノが出演する舞台の「出待ち」のために海外まで足を運ぶ[9]。同年、JACの後輩・矢島由紀が『超電子バイオマン』を突如降板したため、急遽スペシャルゲストとして第13話「ジュンよ」に出演した。

1987年の『必殺4 恨みはらします』では悪役に挑戦。

1989年、母が脳出血で急死したことを機にJACから独立し、自らの星座でもあるてんびん座の名を冠した「ザ・リブラインターナショナル」を設立。

1990年にはJAC20周年作品である『リメインズ 美しき勇者たち』に主演と音楽監督を兼務した。

1993年、『高校教師』に主演した。

2001年は『非婚家族』に主演。

2002年、主演した『たそがれ清兵衛』は、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされた。

2005年、『亡国のイージス』に主演。

世界進出

世界進出について千葉真一からアドバイスを受けており、「(師は)いつも世界市場の未来に目を向けていたので、その姿勢に大きな影響を受けました。おかげで将来、他の素晴らしい俳優や監督と一緒に仕事をするには、どうしたらいいかを考えるようになりました」と話している[10]

2002年9月5日、東京都千代田区の英国大使館で行われた叙勲式で大英帝国勲章名誉メンバー(Honorary Member of the Order of British Empire: MBE、同勲章第5位)を授与された。1999年から2000年にかけて、イギリスロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演『リア王』に史上初にして唯一の日本人キャストとして出演。全編17世紀の英語の台詞でナイジェル・ホーソーンなど英国演劇界の俳優達と共演し、日英両国の文化交流の架け橋としての功績を評価された[4]

2003年の『ラスト サムライ』に出演し、ロサンゼルスに拠点を移して米国映画に出演してきたが、ハリウッドでの出演作品では主に日系人や日本人役が多い。

2006年の『PROMISE』で全編に亘り、中国語のセリフを喋った。

2007年、『ラッシュアワー3』でジャッキー・チェンと共演をした[11]

2008年6月30日、『スピード・レーサー』のジャパンプレミアが東京ドームで開催され、上映前の舞台挨拶には主演のエミール・ハーシュと共に登壇、主人公・スピードの愛車“マッハ5”も展示された。

2010年3月、第1回グリーンプラネット・フィルム・アワードにおいて「ハリウッドで最も活躍しているアジア俳優」に選出された[12]

2013年、『47RONIN』では大石内蔵助に配役され、キアヌ・リーブスと共演をした[13]

2015年2月8日、第65回ベルリン国際映画祭に『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』の出演を受けて出席。3月18日に公開された。

2015年5月1日、『HELIX -黒い遺伝子-』シーズン2にも出演。

2016年6月19日、『ザ・ラストシップ』シーズン3にメインゲストとして出演。

2017年7月8日、『ライフ (2017年の映画)』に星で発見された未知の生命体を調査する6人の宇宙飛行士を描いたSFホラーで、ショウ・ムラカミ役で出演。

2017年7月12日、都内で行われた『ライフ』(7月8日公開)のプレミア試写会に出席した。

2018年5月24日、『ウエストワールド (テレビドラマ)』シーズン2に出演。

2018年、ポーランドで行われた『バトル・オブ・ワルシャワ 名もなき英雄』の撮影に小雪と共に参加。

2018年10月2日、宮内庁から褒章受章者に選出され、30日、ロサンゼルスで紫綬褒章受章を発表。11月2日に会見し、13日に授賞式に参加するべく、帰国。14日、文化庁に赴き、勲章を付けたタキシード姿で現れ、秋の紫綬褒章授賞式の伝達式と記念撮影に参加した。

2019年1月、『MINAMATA-ミナマタ-』の撮影で他の日本人キャストらと共に日本、セルビアベオグラード港の倉庫とモンテネグロティヴァト、モンテネグロに行く。

2019年4月26日、『アベンジャーズ/エンドゲーム』にスコーピオン/ハサシ・ハンゾウ役を演じる。

2019年8月13日、三菱UFJ信託銀行のCMに出演。

2020年11月16日、米国のロサンゼルスで新型コロナウイルスによる渡航制限などの影響もあり、日本国内でのロケーション撮影は行われず、アメリカ国内に特設スタジオを組んで撮影に参加。

2021年9月22日 - 2022年7月2日、カナダ・バンクーバーで行われた『SHOGUN 将軍』の撮影に参加。

2024年1月26日17時、ディズニープラスSTARオリジナルシリーズで初めて主演とプロデューサーを務めたハリウッドのドラマ『SHOGUN 将軍』のプロモーションのため、2月に帰国した。真田と共に、メインキャストのアンナ・サワイ、コズモ・ジャーヴィス、エグゼクティブ・プロデューサーを務めたジャスティン・マークスも来日。7日、『SHOGUN 将軍』のディズニープラスで配信され始めた。19日、TOHOシネマズ日比谷で行われた『SHOGUN 将軍』のジャパンプレミア試写会に共演のコズモ・ジャーヴィス、アンナ・サワイ、平岳大、西岡徳馬、二階堂ふみ、エグゼクティブプロデューサーのジャスティン・マークス、レイチェル・コンドウ、ミカエラ・クラベルらと出席。20日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で行われた『SHOGUN 将軍』の記者会見に参加した。3月5日、『SHOGUN 将軍』のプロモーションで田村淳と対談映像がYouTubeで配信された。


注釈

  1. ^ 千葉真一と下沢広之の1968年のシングルレコード『握手をしよう』のジャケットの裏側の歌詞カードに「しもざわ ひろゆき」の読み仮名が記載。
  2. ^ 日本語版での登場人物名「どうも・ザ・スモウ」。大相撲力士のような姿をした悪役。
  3. ^ a b 第1回JACミュージカル。『柳生十兵衛 魔界転生』と『スタントマン物語』は併演された。
  4. ^ 第2回JACミュージカル。
  5. ^ 第3回JACミュージカル。
  6. ^ 第4回JACミュージカル。
  7. ^ 1984年のみ、A, Bキャストで配役が分かれ、違う役を演じた。
  8. ^ a b 第6回JACミュージカル。『アドベンチャー 青春の出発』と『スタントマン物語 愛の物語』は併演された。

出典

  1. ^ 文部科学広報 第229号”. www.koho2.mext.go.jp. 2019年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月9日閲覧。
  2. ^ 真田広之”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月4日閲覧。
  3. ^ a b 玉川大輔:真田広之”. 日本舞踊 玉川流. 2023年7月12日閲覧。
  4. ^ a b c Ninagawa yukio no chosen : Igirisu koen kiko.. 平凡社. (2001.2). ISBN 4-582-94357-8. OCLC 675941366. https://www.worldcat.org/oclc/675941366 [要ページ番号]
  5. ^ 『テレビ・タレント人名事典 第5版』日外アソシエーツ、2001年、488頁。ISBN 978-4816916779 
  6. ^ 黒田邦雄「ザ・インタビュー 千葉真一 序文」『KINEJUN キネマ旬報』第1655巻第841号、キネマ旬報、1982年8月1日、130頁。 1982年、8月上旬号。
  7. ^ 【この人の哲学】チェッカーズの名曲「ギザギザハートの子守唄」はハリウッド俳優・真田広之が歌うはずだった!”. 東スポWEB (2020年9月13日). 2023年2月4日閲覧。
  8. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2018年7月19日). “チェッカーズに拒否された『ギザギザハートの子守歌』紅白見ながら「俺たち、売れますか」(1/2ページ)”. イザ!. 2023年2月4日閲覧。
  9. ^ 男の履歴書 真田広之”. INLIFE. 2013年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月8日閲覧。
  10. ^ Jake Kring-Schreifels (2024年4月14日). Miwako Ozawa: “準備万端にしてから役に入るのは楽”. 'GQ JAPAN'. 『SHOGUN 将軍』は未来への大きな一歩 - 真田広之、俳優兼プロデューサーとしての想い. コンデナスト・ジャパン. 2024年4月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月19日閲覧。
  11. ^ Rush Hour 3(2007)”. IMDb. 2014年6月8日閲覧。
  12. ^ “塚本晋也監督と真田広之がグリーンプラネット・フィルム・アワード受賞!”. MOVIE Collection. (2010年3月24日). オリジナルの2014年4月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140428231346/http://www.moviecollection.jp/news/detail.html?p=1027 2014年6月8日閲覧。 
  13. ^ “キアヌ・リーブスと、真田広之ら日本人俳優が共演する話題の映画「47 Ronin」のポスターがネット上で流出”. MOVIE ENTER!. (2013年2月1日). オリジナルの2013年3月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130315140306/http://news.livedoor.com/article/detail/7372669 2014年6月8日閲覧。 
  14. ^ 『ku:nel 2018年9月号 髪型を変えるとどうしてきれいになるの? NO.92』、マガジンハウス、38頁。 
  15. ^ 『ソワレ 1998年3月号/「ハムレット」~ロンドンへの道~対談/真田広之×松たか子×蜷川幸雄』、日本文芸社、8頁。 
  16. ^ カムイの剣”. マッドハウス. 2016年6月13日閲覧。
  17. ^ ラストサムライ”. 日曜洋画劇場. 2016年7月17日閲覧。
  18. ^ 『上海の伯爵夫人』真田広之 単独インタビュー”. シネマトゥデイ (2006年10月22日). 2024年5月21日閲覧。
  19. ^ 真田広之が「アベンジャーズ/エンドゲーム」出演、ワールドプレミアにも参加”. 映画ナタリー (2019年4月24日). 2019年4月24日閲覧。
  20. ^ “ジョニー・デップ主演映画『Minamata』に美波、真田広之、浅野忠信、加瀬亮、國村隼の出演が決定”. THE RIVER. (2019年2月1日). https://theriver.jp/minamata-first-look/ 2019年11月23日閲覧。 
  21. ^ 「CF撮影余話――三菱電機」『近代企業リサーチ 6月10日』第637号、中小企業経営管理センター事業部、1991年6月10日、77頁、NDLJP:2652138/39 
  22. ^ 「CF撮影余話(日本中央競馬会)」『近代企業リサーチ 6月10日』第706号、中小企業経営管理センター事業部、1994年6月10日、77頁、NDLJP:2652207/39 
  23. ^ 真田広之、中井貴一 、柳沢慎吾の50代トリオがCM共演 アドリブ全開の台詞回しに注目”. ORICON (2015年5月16日). 2015年9月16日閲覧。
  24. ^ “第3回「日藝賞」発表 受賞者は宮藤、真田両氏”. nu press e-NEWS (日本大学新聞社). (2009年4月30日). http://www.nu-press.net/archives/article001140.html 2018年11月2日閲覧。  アーカイブ 2016年8月2日 - ウェイバックマシン
  25. ^ “真田広之に紫綬褒章「日本文化を発信していきたい」”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2018年11月2日). https://hochi.news/articles/20181101-OHT1T50284.html 2018年11月2日閲覧。 
  26. ^ “真田広之に特別賞 LAでアジア映画祭”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2019年11月8日). https://www.sanspo.com/article/20191108-TB5HLS6VY5OZZKZRYLJQYGCLPE/ 2019年11月8日閲覧。 






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